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きれいなシュート

 今日対戦する清水は、Jリーグにおいて黎明期から存在する「オリジナル10」の一角で、サッカー王国静岡の象徴であり、優秀な選手を多く輩出し、リーグカップを獲得するなどタイトル経験もある名門であった。

 しかし、ここ数年、そうしたクラブが次々と地獄を見続けている時代の奔流に、しぶとく抗い続けたものの、一昨年無念の降格。置き土産に天翔杯優勝を目指したものの、それをアガーラ和歌山に阻まれた(第3シリーズ参照)。同じ年には、ライバルであり清水以上の黄金期を築いていた磐田も降格し、かつては「日本のブラジル」とも言われた静岡県のサッカーにおける権威は地の底に堕ち、無に帰った。磐田は昨年自力でのJ1復帰を果たしたものの、清水はすっかりくすぶってしまった感もあり、今シーズンはクラブのみならず「サッカー王国静岡」の再興を果たすべくJ1復帰にまい進している。現在は無敗を続ける和歌山に、勝ち点2差の2位につけている。今日の試合は、J1を目指す両雄にとって序盤の山場であった。

 そんな大事な一戦に、松本監督はFWというポジションへの未練を抱え、4年目にもかかわらず自分の才能への自惚れが抜けない江口を、剣崎の相棒と言うこのクラブでは最も特別といっていいポジションに据えた。


 その結果、和歌山の攻撃は、完全に分断されていた。


「江口!」

 右サイドを駆け上がった竹内が、ニアのポジションにいた江口にアーリークロスを放つ。

(う、また来た・・・)

 それを江口は、どこかおびえるようにボールを受け、その預け所を必死に探す。だが、ゴール前の剣崎はマークが集中しているために、自分のボールロストを恐れて緒方にバックパス。その瞬間、剣崎の怒号が飛んだ。

「バッキャロー!!江口てめえシュート打てよ!!最初だけかっ!?」

「あ、す、すんません・・・」

 試合前、FW起用に嬉々としていた江口の姿は、試合が始まってから20分で消し飛んでいた。


 江口が自信を失う過程を、時系列で見る。

 この試合のファーストシュートは、実は江口であった。開始5分。相手のパスをインターセプトした猪口からボールをもらった根島が前線にロングパス。これを剣崎が清水のDFラインの後方に頭で流し、抜け出した江口に通った。


(うほぉ!ノってる俺にいきなりファーストチャンス!決めてやるぜ〜)


 江口は止めに来たキーパーもかわし、狙いすましたシュートを流し込む。柔らかいタッチで転がされたボールは、ゴールマウスのど真ん中に転がり鮮やかな先制点・・・とはならなかった。ボランチのポジションから懸命に走ってきた清水MFの今村が寸前でかき出してクリアしたのだった。


 これに江口は「嘘だろ〜?」と本気で頭を抱え膝をついた。ゴールを確信していただけに、余計に落ち込んだ。

「おいこら!落ち込んでるヒマあんなら、さっさと切り替えてまたシュート打て!決まりゃ失敗はチャラだぜ」

 落胆した江口に、剣崎はそう励ました。

 しかし、このプレーをきっかけに、江口の動きは途端に鈍くなっていく。ゴールという結果を求めすぎるあまり「きれいな形でシュートを打つ」ことに固持。結果、自分のシュートコースに相手DFがいたり、ボールをもらった瞬間にマークがついていると、自分がフリーになる瞬間まで余計にキープし、そのうちに囲まれてボールを失ってしまうという悪循環に陥る。確実性を欲するあまり強引さが欠落した江口のプレーは、味方のリズムを崩し、相手に余裕を与えた。


 そして江口の意識が、最悪の目を引く。ここで時系列をリアルタイムに戻す。

 

 前半30分過ぎにゴール前でボールを受けると、フリーの形になろうと無理なドリブルを潰した相手DFのクリアが、そのまま風に乗って前線まで届いてしまう。抜け出した清水のエース大舞が、ボールを受けるやすぐさまシュート。友成はこれを手に当てるものの、ボールの勢いを殺せず、そのままゴールに突き刺さった。


「江口!!」

 瞬間、剣崎は江口に詰め寄った。

「てめえさっきから何やってんだ!もたもたしてねえでもっとシュート打てよ!!」

 剣崎らしい怒りである。とにかくシュートを放つことで常に活路を開いてきた剣崎からすれば、フリーでのシュートにこだわる江口のプレーに、今の失点がその我慢を爆発させる。そして江口は、その火にガソリンを注いでしまったのである。


「い、いや・・・。だって、シュートして入んなかったら、カッコ悪いじゃないですか。ハ、ハハ」


 瞬間、剣崎はさっきまでの形相をリセットしきったような真顔になり、江口を一瞥してセンターサークルに走り去っていった。そして江口の表情は凍り付いていた。

(・・・ま、マジで、殴り殺されるかと思った・・・)


 そんな形で前半が終了した。

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