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え?この人こんなに厳しいの?

 突然だが、ここで和歌山の5節から7節の戦いを振り返る。


 剣崎たちが遠征している間に行われた第5節のアウェー・札幌戦は、矢神のゴールで先制したものの、終了間際のセットプレーで追いつかれ、早くも今季3度目のドロー。第6節、剣崎ら五輪組がスタメン復帰したホームでの松本戦は、江口のパスミスから失点したものの、剣崎と竹内のゴールで逆転勝利。ホーム連戦となった第7節・岐阜戦は、野添の初アシスト(得点者・小松原)、江口の移籍後初ゴール、関原の復帰後初ゴールと初物尽くしで3-1で勝利。ようやくにして今季初の連勝を飾ったのだが・・・。



「正直、チームとしてまるで進歩できていないな・・・」

 8節の清水戦に向けたミーティングで、松本監督は落胆したようにつぶやいた。

「確かに我々はまだ負けていない。だが、攻撃も守備もまだまだ個人技任せになっている。今J1に戻っても戦えはするだろうが・・・きっとまた落ちるだろうな」

「そこまで悲観することはないだろ、監督マツ。なんだかんだで無敗でいられるのは、今のうちの強みだよ」

 頭を抱えっぱなしの松本監督に、宮脇ヘッドコーチが励ますように言う。しかし、宮脇コーチもまた、要所が個人技頼みのチーム状態に不安げな表情を浮かべる。

「とは言っても、オフサイド一つまともにとれないんじゃ、話にならんわな。練習じゃまあできてるんだが、試合になるとなあ」

「江口のことか・・・。どうもあいつには、真剣になるにはあと一つ何かが引っかかってるんだろうな」

 松本監督が宮脇コーチの指す人物の名前を上げて天井を見上げた。


 アガーラの首脳陣に加わって、松本監督は今年で7年目になる。曽我部、竹下、今石、バドマン、ヘルナンデスと5人の監督に仕えながら多くの選手を見てきた。江口のセンターバックとしてのポテンシャルは、彼の中では間違いなくピカイチ。五輪代表の主力となった大森をも上回っていると、自信を持って断言できた。だが、戦術理解度やプロ意識を含めた完成度の採点は、才能のそれと大差がない。つまり、上積みをまるで感じないのである。

「おそらく、レンタル元の広島も、ウチの気風で判断して送り出してきたんだろう。一見すれば、ウチは度が過ぎるぐらい、自由奔放なチームだからな」

「ま、剣崎とか友成とか、まともじゃない才能を引き受けてきたからな。ただ、江口とあいつらの根本的な違いは、意識の問題。自分の才能を過大評価しているからな」

「いや、むしろ逆なんじゃないっすかね」

 二人の意見に口を挟んできたのは、吉岡GKコーチだった。

「守備連であいつのプレーみてると、どうもDF登録に不満があるんじゃないですかね。だってセットプレーの時も、攻める側の時と守る側の時とじゃ目の色違いますもん」

「あ~、それ俺も思いましたわ」

 同調してきたのはマルコスコーチだ。

「まあ、さすがのお二人も気づいているでしょうけど、あいつ確かもともとFWでプロ入ったらしいじゃないですか。未練があるんじゃないんですか?FWに」

 得点に対して強い色気を見せていることは、二人も確かに感じていた。しかし、その未練は正直プロとして恥ずかしいものであった。去年コンバートされたばかりと言うのならまだしも、プロ入り翌年にはすでにセンターバックへコンバートされ、レンタル移籍先でも常にDFでプレーしていた。

「パワープレー要因としてなら、確かにアイツはいいものはあるよ。あ~、なまじ得点感覚が残っているから捨てられないんだろうな・・・」

「・・・だったら、それを鼻っ柱から折ってやるとするか」

 宮脇コーチの後につぶやいた松本監督の一言に、一同ざわつく。

「移籍後初ゴールを決めたばかりだったからな。アイツも嬉々として受け入れるだろう。だからこそ、冷や水も体の芯まで浴びせられる」

「おいおい・・・いいのか?選手生命、下手すりゃ潰すぞ」

 宮脇コーチの一言に、松本監督は躊躇なく言い返す。その場の全員が凍り付き、松本大成の監督像、その根本が垣間見えた気がしたのである。

「プロで4年もやってて自惚れたままの選手なら、とっとと引退してしまったほうがアイツにもサッカー界にもプラスだ。ウチに来ている以上必要な戦力ではあるが、いつまでも成長できない・・・いや、成長する気がないなら潰させてもらう。代わりはいくらでもいるしな」




 そして清水のホーム、日本平に乗り込んでのアウェー戦。松本監督はこんなスタメンを組んだ。

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF34米良琢磨

DF23沼井琢磨

DF14関原慶治

MF2猪口太一

MF24根島雄介

MF16竹内俊也

MF5緒方達也

FW4江口大吾

FW9剣崎龍一


リザーブ

GK1秋川豊生

DF22仁科勝幸

DF32三上宗一

MF31前田祐樹

FW10小松原真理

FW11櫻井竜斗

FW36矢神真也


「おいおいタイガ。まさかお前と2トップ組むとは思わなかったぞ」

 ピッチに入場する前、剣崎は小突きながら江口をからかう。

「俺もっすよ剣崎さん。でも俺も元々はFWだったんすよ。だから得点感覚には自信あるんすよ」

「言ったな?だったら、俺たちを驚かせてみろよ。楽しみしてるぜ」

「うっす!驚いてくださいよ~」

 試合前、松本監督の意図を知らない江口は、上機嫌でピッチに立った。


 その表情が、試合が終わったころ、蒼白となることを、この時はまだ知る由もなかった。

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