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全敗上等

 後半、メキシコ代表は是が非でもゴールを奪うべく、布陣を変更。長身のカブレラとスピードのあるマルシオのFW二人を頭から投入。3トップに変更して攻撃の圧力を一気に高めた。


「一人一殺で守るぞ!敵わないまでもせめて粘れよ!!」

 友成のどこか癪にさわる檄に、内海は苦笑し、戸惑う降谷と吉原に「楽に一対一に持ち込ませなきゃいいよ。あいつはそうそうセーブをしくじらないからさ」と声をかけた。


 しかし、先発のラファエルはもとより、投入されたFWも欧州の名門クラブに籍を置く実力者。全体的に海外レベルの対戦に乏しい日本の3バックは、強引な個人技に翻弄されて後半開始からの10分ほどで四度の決定機を作られ、その四度目の正直でゴールを割られた。


 しかし、日本代表にとって、この失点は想定内。むしろ叶宮監督にすれば「早くしたかった」ものだ。


「さーて、『金メダリストの威光』に頼ってる連中の、鼻っ柱を折ってやるとするか」


 再開直後、ボールを受けた小宮は、虚をつくロングパスを放つ。剣崎が頭で前に流すと、メキシコ代表の最終ラインの裏に抜けた薬師寺が、そのままドリブルで持ち込む。あっさりと一対一の状況を作った薬師寺は、ループを警戒して前に出てこないキーパーをあざ笑うように、的確に逆を突くコントロールショットでこの日2点目を沈めた。


「よ~し、今日はハットトリックで俺自身に祝砲でも上げるとするか~ってオイ!!」


 気分上々で自陣に引き返す薬師寺は、主審の選手交代の合図に両手を広げて驚く。叶宮監督は、そんな薬師寺をあっさり下げて、ブンデスリーガでプレーし、ほぼ1年半ぶりに代表に招集された長身FW、天宮礼音を投入。2トップを剣崎とのツインタワーに入れ替えた。


「おめえとは初めてだな。天宮、よろしく頼むぜ」

「俺のことはレネでいい。こちらこそ頼むよ、エース様」


 この選手交代で、日本代表はロングボールを多用する戦術に切り変える。前線に剣崎と天宮を残して自陣でブロックを作り、ボールを奪うや二人目がけて蹴りまくる。芸のない戦術だが、やることが明確な分日本の動きはキレたままだった。小宮の思惑通り鼻っ柱を折られたメキシコ代表の選手たちの動きはだんだん雑になり、不用意なファールで日本代表に次々とセットプレーを献上。そしてその度に、剣崎が自分にマークを集めて周りの選手をアシスト。天宮と竹内のゴールにつなげるポストプレーを披露する。終了間際に失点したものの遠征の親善試合は5-2という思わぬ大勝で決着がついたのである。


「相手に対して警戒なんかしなかったわよ。前回王者と言っても、ワールドカップと違って年齢制限があるから否が応でもメンツは変わるし、正直アタシたちのほうが得点力があるって思ってたから、そんなに気負わなかったわよ」

 試合後の会見で叶宮監督は、余裕しゃくしゃくの表情で言ってのけた。

「改めて剣崎の大きさが分かったけど、彼ばりに決定力のある選手が出て来てくれたことが収穫ね。Jからはあんまり選手は呼ばなかったけど、本番には鮮度の良い選手を連れていくつもりだから、気を抜くことなく頑張ってほしいわね。とりあえず、この遠征ではレギュラーと欧州組を使うつもりだからね」

 ただ、記者たちには日本の攻撃力を頼もしく思う反面、守備に対する不安も残る。「守備はかなり押されているように見えましたが、これについてはどう改善していかれますか?」と、誰かが聞いた。

 すると叶宮監督は、真顔で平然と言い切った。

「守備?そんなものどうでもいいわよ。いくら守ったところで勝ち点は1しか取れないし、得失点も動かせない。だったらいっそ0か3かの戦いをしようと思ってるわよ。今のFWたちはそれぐらいの可能性を持ってるしね」

 まさかの守備放棄宣言。記者団は焦ったが、今日の試合のようにハマった時の得点力を見せつけられると、反論の声が起きなかった。

 さらに続くポルトガル国内リーグのスポルツィオFCとの練習試合では、こんなオーダーを組んだ。


GK渡由紀夫

DF大森優作

DF猪口太一

DF降谷慎吾

MF南條惇

MF結木千裕

MF小宮榮秦

MF茅野優真

MF吉原裕也

FW薬師寺秀栄

FW天宮礼音


 「軸」と公言した剣崎や、不動の右サイド竹内、キャプテンの内海を温存して3-1-4-2という攻撃重視の布陣。小宮と茅野のダブルトップ下を試したのである。

 試合は案の定一方的に押し込まれる展開で立ち上がりに3点を失うも、相手の攻撃になれると『楽にシュートを打たせない』ことだけを念頭に置いた割り切った守備で対応。茅野の縦パスから薬師寺がゴールを奪うと、小宮のフリーキックを降谷が押し込んで前半のうちに1点差に迫る。後半は薬師寺と天宮を下げて西谷と桐嶋の投入。茅野との「鹿児島トライアングル」を形成させ、ショートパスの連続で崩しにかかると、西谷が自ら得たPKを沈めて同点に追いつき、そのまま引き分けに持ち込んだ。

 攻撃力を全面に押し出した、今までにない日本代表の戦い方を見せつけて、ポルトガル遠征を終えたのである。その1か月後に発表される本大会の組み合わせで、その選択が正しいかどうかの議論が起こるが、それはまた別の話とする。

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