あれ?俺がもう一人いる?
意表を突く一撃からこじ開けた先制点。それでもメキシコは集中を切らすようなことはしなかった。
「くあ~、惜しいな。イケたと思ったが」
薬師寺は早くも自身三度目のオフサイドに首をひねる。
「おいおい、もう終わりかおい。オフサイド100回とられたからって判定負けなんかしねえんだ。首ひねってる暇あったらまたオフサイドとられようぜ」
そんな薬師寺に、剣崎は背中を叩く。自分が先制点を取れたこともあって、どこかにやついている。
「おう!やってやろうじゃねえか!俺はプレミアでやってんだからな!」
剣崎の笑顔が、薬師寺のストライカーとしてのプライドに火をつけた。
その真価が発揮されたのは、先制点から三分もたたないうちだった。ゴールに程近い位置で得たスローインのチャンス。ボールを手にした南條はロングスローを得意としている。
(ゴール前ごちゃついてるな・・・とりあえず、まずは剣崎を目がけてっと!!)
助走をつけて両手を振り下ろす南條。放たれたボールは美しい弧を描きながら剣崎に向かってくるが、二人ががりで競り合ってきた相手DFによって、剣崎は十分ボールをミートできない。ボールはポストを叩く。
「くそ!外した・・・って」
だが、そのボールにはまるでそこに来ることを予知していたかのように、薬師寺がいた。薬師寺は跳ね返ってきたボールを軽く頭でポンと押し込み柔らかくネットを揺らした。
「悪いな。こぼれ球、ありがたくいただいたぜ」
ニヤリと挑発的な笑みを浮かべて、人指し指をピンと立てて腕を伸ばす。自分の手柄をアピールしながら、仲間と歓喜の輪を作る薬師寺を見て、剣崎はふと思った。
「なんだ?なんつうか・・・俺がいるみたいだったな」
この試合、メキシコ代表にとってはこの時点で「親善試合だから」と割りきってもよかったし、もしそうするならこの時だった。だが、メキシコのロドリゲス監督をはじめ、そう割りきることを良しとしなかった。それは相手への敬意というより、自分達のプライドが起因していた。
『ロンドンで金をとったディフェンデングチャンピオンの俺たちが、ベスト4の日本に無様な負け方は許されない』
剣崎、薬師寺のゴールも、偶発性の強い色合いだったことも、選手たちのプライドに火をつけたと言える。何より首脳陣が「大会前に負けるなんてゲンが悪い!」とムキになりつつあった。前半の残り時間は、スイッチの入ったメキシコの猛攻にさらされることになった。
しかし、叶宮監督はそれも折り込み済みだった。この後、剣崎はセンターバックにまでポジションを下げ、前半の残り時間は5−4−1で対応。薬師寺は1トップの位置でひたすらボールキープに徹した。メキシコの選手たちの強烈な削りに対しても、プレミア仕込みの耐久性でボールを奪わせない。薬師寺の招集は、得点力以上にこのキープ力も叶宮監督が評価したからだ。
『くそ!とにかく攻めろ!!』
『やられっぱなしで終われるか!こんなやつらこじ開けるぞ!!』
前半にもかかわらず、まるで試合終盤のような時間稼ぎにかかる日本に、メキシコの選手たちはいよいよムキになって、なりふり構わずロングボールを放り投げる。それを剣崎が身体能力を持ってほぼすべてを跳ね返す。
「ボールを跳ね返しゃいいんだろ!こういう空中戦は俺の庭だぜ!!」
「急造のセンターバックに、俺も負けてらんないや!」
これに、大森も張り合うように跳び、クロスを跳ね返す。仮に通ったとしても、メキシコのエースFWラファエルが、輝きを失ったかのようにボールロストを繰り返した。こぼれ球を奪いクリアした内海は、ミーティングで叶宮監督が言っていたことを想起する。
「ラファエルは浮き球のトラップが弱点よ。グラウダーのキラーパスをぴたりと収めるから意外かもしれないけどね」
(向こうがこんな戦術をとるとは思わなかったけど、おかげで仮に抜かれても慌てなくて済んだぜ)
すべてが空回りしたメキシコ代表は、ハーフタイムの笛とともに重苦しい表情で引き上げていく。一方で日本代表も、出来過ぎともいえる前半に戸惑いの表情を見せた。そんな彼らを、叶宮監督はますます戸惑わせるのであった。
「じゃ、後半。もっと攻めるわよ~」
ロッカールームにはFWの二人以外が「はあ!?」とハモる。
「おいオカマ。だったら守備にまともな施しするんだろうな。俺を納得させれなかった時はコレをてめえの面に投げ込むぞ!」
そう言って友成はスパイクを片方脱ぎ、右手でそれを構える。
「いやん。目と鼻はやめてね~。で、まず最終ラインは3バックに変えるわ。メンツは吉原、内海、降谷ちゃんね。で、結木に代わって猪口ちゃんが入って南條とダブボラ。大森ちゃんに代わって小宮が入ってトップ下。後の4人はポジションそのままね~」
つまりこうなった。
GK友成哲也
DF降谷慎吾
DF内海秀人
DF吉原裕也
MF猪口太一
MF南條惇
MF竹内俊也
MF小宮榮秦
MF桐嶋和也
FW剣崎龍一
FW薬師寺秀栄
「・・・。ま、吉原の急造CBはまあ許容範囲だ。いいさ、認めてやるよ」
ふんぞり返って腕組みをする友成に、吉原はツッコまずにはいられない。
「大丈夫だって。俺センターもできるし・・・つーかさ、監督に対して何目線だよ・・・」
すると友成はよどみなく言った。
「俺目線」
「あ、さいですか・・・」
固まる吉原に、小宮が追い打ちをかけた。
「おい吉原。リオに行きたかったら、最後尾だろうと天才たるこの俺を納得させるプレーを一つでもしろよ?」
「や、だからさ。決定権は監督にあるんでしょ?お前何様なの」
「俺様!」
対外的な日本人の印象である、謙虚謙遜の「け」の字も感じない小宮に、吉原の思考は止まったといっていい。それを氷解させたのは、内海が悟りを開いたことを思わせる一言だった。
「こういう人間もいる。受け入れろ」




