名刺代わりの一撃
『お、俺は夢を見ているのか・・・?』
ポルトガルの地で開催された、U23日本代表とU23メキシコ代表の親善試合。その終了のホイッスルを聞いたとき、テクニカルエリアで棒立ちのホセ・ロドリゲスメキシコ代表監督は、うわ言のようにつぶやいた。ピッチの選手たちも同様であり、立ち尽くすか、うなだれるか、跪くか、そして座りこむか。そのいずれかだった。その傍らで、日本代表の面々が充実のハイタッチを繰り返している。その中心は、二人のストライカーだった。
「はっは!やるじゃねえか薬師寺!俺の想像以上だぜ」
「ふん!お前こそやるもんだな、剣崎!とりあえずお前を認めてやるぜ」
薬師寺と剣崎が、そう言葉を交わして肩を組み合う。ピッチでプレーするうちに、互いに共感を覚え、最後は無二の親友のようにじゃれあっていた。
メキシコ代表は、この二人に3発、全体でも5発のシュートでゴールを貫かれ、緑の海に轟沈したのであった。
親善試合
日本代表スタメン
GK友成哲也
DF結木千裕
DF大森優作
DF降谷慎吾
DF吉原裕也
MF内海秀人
MF南條惇
MF竹内俊也
MF桐嶋和也
FW剣崎龍一
FW薬師寺秀栄
この試合4ー4ー2の布陣を敷く日本代表。中盤は内海と南條のダブルボランチに、FWの竹内(右)、桐嶋(左)がサイドハーフに入った。。
試合前のミーティングで、叶宮監督はメキシコの最終ラインについてこう説明していた。
「むこうは北中米予選では一貫して3バックを使ってきた。この親善試合でも、ガルシア、クルーズ、フリントの主力三人が使われる予定よ。こいつらは連携も良くて対人戦も強い。特にドリブラーを潰すのが巧いわ。西谷みたいな選手はまあライオンにお肉をあげるようなものよ」
「・・・それ、スタメン落ちで気分を悪くした選手と目合わせながら言いますか?」
西谷は顔を引きつらせながら叶宮監督に言った。
叶宮監督が挙げた三人は、いずれも欧州リーグでプレーする若き実力者であり、フィジカルコンタクト(要は身体のぶつけ合い、競り合い)の強度と耐久度が、メキシコ守備陣の土台となっている。全員が180センチ以上の体格ながら、跳躍力とスピードも一線級だという。
「だからこそ、訳の分かんない2トップなのよ」
「「一緒にすんじゃねえよ」」
ハモった瞬間、剣崎と薬師寺はにらみ合う。そんな二人を見て、友成は一言。
「名前以外一緒だよお前らは」
「「何だと友成ゴルァ!!」」
「ホントだ・・・」
またもハモった二人に、吉原は思わずそう漏らした。
「あ~・・・なんかこの二人をメキシコにぶつける理由がわかりますね」
「でしょ~?竹内ちゃん、アタシ冴えてるでしょ?」
竹内のつぶやきに、叶宮監督は得意げになる。
「しかしよ、まともな試合になるのか?天才たるこの俺様を差し置いて、チンパンジーよりも頭悪いこいつらを使ってよ」
「「小宮てめえ!!」」
見事なハモりぶりに緊張が解けてきたのか、ミーティングの空気は次第に緩くなってきた。
「なあ渡。この二人呼吸すごいよな。まるで双子の芸人みたいだ」
「ああ・・・いたな。『幽体離脱〜』とか言うのが。しかし毒突きの範疇越えてるだろ、小宮も友成も」
渡は呆れながら、大森に同調する。その中で叶宮監督は続けた。
「プレミアリーガーと人間離れの2トップよ。リーガやブンデスぐらいどうってことないわよ。それに、鍵はむしろあんたとあんたよ?」
言いながら叶宮監督は桐嶋と竹内を指さし、プロジェクターである映像を見せる。それはメキシコの失点シーンだった。右サイドからのクロスを相手FWに押し込まれているが、その時のディフェンダーの動きに南條が唖然とした。
「何だ今の。棒立ちじゃないっすか」
「ピンポ~ン、南條ちゃんご名答。メキシコは3-2-4-1を基本システムとしてるんだけど、サイドにいるのはサイドハーフの二人だけでボランチのフォローも遅い。だからこうしてサイドアタックにやられてんだけど、あの3バックはアーリークロスに弱いのよ。浮き球だろうがグラウダーだろうがね。突破力とクロスの精度の高いあんたたち二人がカギってことはこれでお分かりかしら。ま、オフサイドトラップはしっかりしてるから、裏を取ったりマークをはがすのは並大抵じゃないでしょうけどね」
「なるほど。だからこの2トップか。特に剣崎の瞬発力は人間じゃねえしな」
「ふん。珍しくほめるとはお前らしくねえな」
「それしかほめようないし」
「あん!?」
剣崎と友成のやり取りも、すっかり代表ミーティングの名物になっている。叶宮監督は言った。
「とにかく剣崎と薬師寺はオフサイドにめげることなく裏に抜けまくりなさい。竹内と桐嶋も、積極的にクロスを入れて相手にプレッシャーをかけなさい。で、こっちの守備だけど、ボランチとセンターバックは、相手の縦パスに神経を使いなさい。ボランチのデルトロからFWのラファエルにパスがつながった瞬間は即失点ぐらいの決定力だからね。サイドバックは相手のサイドハーフを見張って自由を与えないこと。最初の主導権は絶対死守。いいわね?」
そして試合。
「トシっ!!」
剣崎の声に反応して、竹内が前線にクロスを放つ。DFラインの背後でそれを受けた剣崎だが、オフサイドの判定に天を仰ぐ。だが、メキシコのDFたちは、その表情に悲壮感を漂わせる。
『プレミアでやってるヤクシジも噂には聞いていたが、この9番も厄介な奴だ』
『大丈夫だ。攻め方を変えない限り、こいつらがオレたちの裏を取れることはない。集中しようぜ、クルーズ』
『・・・そうはいってもフリント。まだ前半でこいつらもう4回目だぜ?』
『学習能力がないのか、それとも・・・いずれにしても集中だ』
開始から日本代表は、桐嶋、あるいは竹内のボールを預けてサイドからゆさぶりをかけた。元々全体をコンパクトにまとめてくるメキシコは、3バックも高い位置で構えているために面白いようにオフサイドを奪ったが、一辺倒ともいえる日本の攻撃に戸惑いといら立ちを覚えた。自分たちの攻撃はどうかと言うと、内海と南條のボランチコンビによって中央を固められている影響でFWへの縦パスが思うように通らず、サイドでは桐嶋と竹内の献身的な上下動によって常に数的不利に陥りFWが強引に個人技でチャンスをひねり出している状態だった。
「いいぞボンクラども!格下の俺たちが十分に守れてるぞっ!」
「味方のエールにその言葉はないだろ・・・」
友成の檄に大森は苦笑いする。
しかし、やはりメキシコのエースFWラファエルは強力だ。ドリブルには馬力があり、キープ力も高い。日本代表の守備陣は、とにかく孤立化させることに徹し、一対一は友成に任せきるという割りきったディフェンスをとった。
正直言ってかなり綱渡りな守り方だが、叶宮監督はこれがベストだと言い切っている。
(いかに優れたFWでも、不安定な球体を足で操っている以上、万全の体勢でも外すことは多々ある。一対一は大ピンチではあるけど腹を括って過剰に恐れなければ案外守れるものよ。さあ、後はこじ開けるだけよ。いい合図、決めなさい)
日本の粘り強い守備と執拗な攻撃にも、メキシコの3バックは冷静に対応。緊張の糸を切らさない。そこに風穴を開けたのが、右サイドバック、結木の一撃だった。
(一発でいいわ。一番シュートの匂いがしないあんたが、ロングシュートを一発。どこかでかましなさい。それで後は面白いように砕けるわ)
「ホントかよ・・・いいや、メチャクチャな指示は馴れてるし」
結木はややきつい角度ながら、狙いをできる限り定めて右足を思い切り振りぬく。これまでクロスを入れてきた結木の意表を突く一撃に、メキシコのディフェンスはあっけにとられる。だが、そう簡単にはいかず、ボールはクロスバーを叩いて跳ね返る。セカンドボールを拾うべく、クルーズとフリントが動く。
が、真っ先に拾ったこの男が、ついにメキシコの壁を貫く。
「見とけ薬師寺!これが剣崎龍一さまだぁっ!!」
跳ね返ってきたボールをダイレクトボレーで合わせた剣崎。左足から放たれた一撃が、豪快にネットを揺らしていた。




