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プロ意識と反省の色

 Jリーグが開幕してから、はや一ヶ月が経とうとしていた。J1復帰への景気づけとばかりに、開幕戦に快勝した和歌山だったが、第4節を終えて2勝2分け。無敗ではあるが、どこか期待外れの感も否めなかった。


 2節のホーム開幕戦は、水戸を相手に2点ビハインドから竹内、剣崎のゴールで追いついての引き分け。続く3節のアウェー千葉戦は竹内の3戦連続ゴールで先手を取るも、終了間際のセットプレーで追いつかれまたも引き分けた。

 そしてこの4節。ホームに香川を迎え撃った試合。剣崎、矢神、須藤の得点で余裕の展開。しかし、またも試合終了間際に失点し完封を逃してしまった。攻撃陣はエース剣崎が全試合でゴールに絡むなどFW陣が軒並み好調を維持しているだけに、ここまで全ての試合で失点しているのは、「守備再構築へ道半ば」と言うところ・・・ならいいのだが。



「てめえふざけてんのかよ!」

 翌日の練習、リカバリーメニューをこなしていた選手たちの間で、矢神が怒号を飛ばした。その相手は江口だった。ピッチに寝転んでストレッチしていた江口の談笑が聞こえるや、矢神は立ち上がって彼のもとに行き、その胸ぐらをつかんだ。

「なんだよ矢神~。若いのにそんな怒鳴って血圧に良くねえぞ~」

「うるせぇ!!それより今の言葉、もっかい言ってみろ!!」

 矢神が激昂したのは、前日の試合を振り返ってる時の江口の一言だった。開幕こそコンディション不良でメンバー落ちしたものの、以後は3試合連続フルタイム出場。持ち前の身体の強さで存在感を示しつつある江口だったが、とにかく集中力が切れたような余計なミスが多かった。水戸戦、そして香川戦と、彼のミスが失点につながった。特に香川戦はアディショナルタイムの目安3分、その3分台で与えた相手のフリーキックで、マーカーから目を切るという凡ミスでどフリーにしてしまったのである。試合後のロッカールームで友成に殺意全開の説教を喰らったのは言うまでもないが、その友成が五輪代表のポルトガル遠征メンバーに選ばれてクラブから離脱した直後に、仲間内との雑談でこう言ったのであった。


「ちぇっ、友成さんも大人気ないよな~。どうせ勝ったのにあんなに怒ることないじゃん」


 これに矢神の癪に障ったのである。

「だってあれもう3分台だったじゃん。つい『そろそろ笛吹くだろな~』って思ったんだよ。主審が笛吹いてんのにあっちもすぐに蹴らねえんだもん」

「だからってお前がセルフジャッジしてどうすんだよ・・・つーかそれ以前の問題だ!友成テツさんは遠征前の最後の試合だったんだぞ!完封して送りだそうって気はなかったのか!?」

「うっせ~な。いいじゃんか終わったことは。ミスはいつまでも引きずるもんじゃないだろ」

「それとこれとは別問題だ!ああいうミスは反省しろってんだ!!」

「・・・あ~も~、お前同い年なのに先輩面してんじゃねえよ~」

 矢神から怒鳴られるうちに、次第に言葉がとがってきた江口。状況を察したベテランたちが間に入り、その場は丸く収まった。


「くそっ!!」

 クラブハウスで缶コーヒーを飲んだ矢神は、いら立ちをぶつけるようにくずかごに投げ捨てる。

「ガミ、いらつくのは分かるけどさ。ああいう大勢の前ではやめとけよ。今日は祝日で見学者も多かったんだしさ」

 一緒にいた三上がなだめるが、矢神はいら立ちを隠さなかった。

「くそ。今年来たレンタルの連中は反吐が出る。プロ意識低すぎるぞ。なんであんな連中をGMや松本監督マツさんは獲ったんだ?」

「まあ、気持ちは分かるよ。なんかあいつら、ぬるいよね。なんでたらい回しにされてるか、最近わかる気がするわ」

 矢神の愚痴を聞いて、三上も思うところがあるのか、渋い顔を見せた。


 今シーズン、J1クラブからレンタル加入した江口、そして野添は、矢神らとは同学年。ユース時代にも対戦経験もあり、江口はフィジカル面、野添はテクニック面で一目置かれた存在であった。しかし、トップチーム昇格後は出場機会が限られ、J2やJ3のクラブにレンタル移籍をしていたのだが、親元のクラブに定着できない理由が、チームメートになってようやくわかってきたのだ。二人とも、もうプロの世界に身を置いて4年目になるのだが、いまだにユース時代とプレースタイルが変わっていない。ここでいうプレースタイルとは、選手としてのタイプではなく、プレー中の意識を指す。まだまだ才能だけ、悪い意味で裸一貫で勝負しているのだ。そのため試合中でもやや集中力を欠いたり、軽率なミスを平気でしてしまったりとプロとしての自覚を疑うような場面が顔を出すのだ。

「なまじ能力があるからこなせてるのはあるんだろうが・・・。あいつらが試合に出れるようじゃ、今年でJ1に帰ることなんて無理だぜ」

「そういうところを、俺たちが教えていければいいんだけどな。また4人ともいなくなったから、あいつらまた出るでしょ」




 一方でその報告を事後で受けて、松本監督以下首脳陣は頭を抱えていた。

「いつか衝突すると思ったが、こうも早くとはなあ。ま、矢神ガミは自分にも相手にも厳しいからな」

 頭の後ろで手を組みながら、椅子にふんぞり返る宮脇コーチは笑う。一方で、松本監督は眉間にしわをよせている。

「だがだからと言って、サポーターの前でやることじゃない。血の気の多さは今に始まったことじゃないが、あいつももう少し大人にならねばな」

「しかしマツよ。矢神の怒りもわからんではないぜ。あそこまで反省の色がないのは、プロとして論外だぞ」

「まあ、そういうことも折り込み済みで獲ったからな。そうでなかったら、あれだけの選手を二つ返事で貸してもらえないさ」

 松本監督はそう言って手にしたタブレットをいじる。その最中、心中は穏やかではなかった。

(次は剣崎たちがいないなかで、あの二人を同時に使わざるを得ない。どうしたものか・・・)

 松本監督は次の札幌戦に向けて頭を巡らせていた。


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