百見は一感にしかず
率直に言えば、緒方は当初、和歌山のトップチーム昇格を選択したことを後悔していた。
オリンピック出場を決めて凱旋した剣崎らユースのレジェンドたちの振る舞いを目の当たりにして、とても敬意を払える存在とは思えす、前日ミーティングのやりとりも、部活動のようなノリだったことに呆気にとられていた。
だが、実際にピッチに立って剣崎たちのプレーを目の当たりにして、それがうわべだけの判断だったことを思い知り、ここでの姿が本来の姿だと実感し、とにかく頼もしく映っていた。
(すげえ人たちだ。剣崎さんのあの存在感すげえな。どうにかボールを渡せれば・・・)
前半のアディショナルタイム、その時、緒方は左サイドからふと周りを見渡す。すると、逆サイドのソンと目が合った。
(テジョンさんなら、竹内さんとなんとかしてくれそうだ。俺が決めるよりも、こうした方が・・・)
すかさず、ソンの走路に向かってボールを大きく蹴りだし、それをソンが拾えた。虚を突いたサイドチェンジに、鹿児島守備陣は焦り、ソンとぶつかるようにして倒してしまう。ここでレフェリーの笛が鳴り、和歌山にフリーキックが与えられた。
その時、ボールの前に立った竹内はふと周りを見た。そしてひらめいた。
(チャンス!相手の足が止まった!)
「行けテジョン!」
素早くボールを蹴りだす竹内の声に反応したソンは、ボールを受けるとそのままトップスピードで駆け上がった。完全にスピードを緩めていた鹿児島の守備陣に、トップギアのソンに追いつく術はない。フリーの状態でソンはアーリークロスを放つ。狙っていたのはファーサイドの剣崎だ。
「いよっしゃあ!!」
剣崎はすかさずDFを背負いながら跳び上がり、額でボールを捉える。狙ったのはゴール・・・ではなく、2トップを組む小松原だった。
「頼むぞマコ!」
「マコはやめろ!」
折り返した剣崎からの言葉にツッコみつつ、小松原は冷静に頭で押し込み、ゴールネットを揺らした。関節フリーキックと言う副産物に助けられた点もあるが、ルーキーの思い切ったサイドチェンジから、警戒されていた右サイドから得点につなげられたことは、得点以上に大きな先制点となった。しかも、直後に前半終了の笛が吹かれただけに、鹿児島に与えたダメージはことのほか大きかった。
「向こうは間違いなく気落ちしている。44、いや45分間対策通りに試合を進めていただけになおさらな。後半はうちのボールで始まるわけだが、すぐに追加点を取りに行け。ハーフタイムで折れた気持ちを立て直すのは早々できることじゃない。付き合いの浅い新監督ならなおさらだ。向こうに生まれた嫌な空気を一気に広げるんだ」
松本監督は、ハーフタイムにそう言って選手を送り出す。その期待に応えたのは、またも緒方だった。
開始早々、根島からボールを受けると、アタッキングサードでバイタルエリアにドリブルで切れ込む。相手DFのスライディングをいなして、中央の猪口にパス。猪口は関原に繋ぎ、関原はゴール前にクロスを上げると、剣崎が競り勝ち、その落としを今度は竹内がボレーで打ち込んだ。
この2点目で勝負は九割方決した。
鹿児島のブコビッチ監督は、失点を忘れさせ、変わらず和歌山の右サイドを潰すことを指示。やってきたことに変わらず取り組もう、というものだった。
しかし、開始早々に無防備な左サイドを起点に追加点を許したことで、迷いが蔓延。次第に鹿児島はFW以外が引きこもるような形になった。
「あちらさん、だいぶ引っ込んじまったな。今ピッチはスッカスカだぜ?」
「なら、そのスペースを使わせてもらうとするか」
ニヤリとする宮脇コーチに同調し、松本監督は交代のカードを切った。
「お疲れっす、トシさん。ナイスゴール」
「サンキュー、ミカ。お前も目立ってこい」
まずは竹内に代えて三上を投入し、ソンを一列前に上げる。ただでさえ攻撃力の高いソンがよりゴールに近い位置(と言ってもそんなに近くはない)ことで、剣崎や小松原に送りこまれるクロスに加えて、自分がドリブルで切れ込んでからのシュートも増える。鬼気迫る迫力に入念な対策を敷かれていた右サイドは、今や元のストロングポイントに戻った。だが、鹿児島の左ウイングFWのパブリゼリッチはむしろ自由を得た。対峙する三上はソンと比べてフィジカルに劣り、自分の馬力が通じやすくなっているからだ。その三上を振り切って、パブリゼリッチは左サイドから強烈なミドルシュートをぶっ放すと、仁科の脚をかすめてゴールに突き刺した。とっさの一撃に仁科が反応できず、逆に反応で来ていた友成だったが、さすがに重心を移しきった後への逆コースには対応できなかった。
『よし!!敵の交代ミスにつけこめ!!追いつくぞ!!』
ブコビッチ監督はここぞとばかりに味方に檄を飛ばす。それを見て、剣崎は鼻息を一つ吹いた。
「調子づいてんな。だったらへし折ってやるさ!」
その直後であった。
再開後、中盤でボールを奪った猪口が根島にボールを預け、根島が剣崎に正確なパス。ゴールを背にしてこれを受けた剣崎は、得意とする反転シュートを放つ。
「そらよっ!!」
振りぬいた右足のシュートは豪快にネットを揺らし、相手の反撃の機運を削いだ。
そこから松本監督は先手先手で交代カードを切り、根島を米良、そして緒方を同じくルーキーで凱旋となった前田を投入。アディショナルタイムでは剣崎が、友成のフリーキック(この時点のメンツでは友成が一番フリーキックが上手い)を頭で合わせ・・・いや、顔面で合わせさせられて追加点を挙げる。
「てめえ俺の顔狙って蹴りやがったな!!」
「ああ」
「って、否定しろよ!!」
J2復帰の初陣を快勝で飾った和歌山であった。
RESULT:鹿児島1-4和歌山
得点者:(児)パブリゼリッチ(和)小松原(剣崎)、竹内(剣崎)、剣崎2(猪口、友成)
※名前の後ろのカッコはアシスト




