厳しい言葉が並ぶ進水式
2016年1月上旬。
和歌山市内のホテルにて、アガーラ和歌山の新入団選手を集めた記者会見が開かれた。
昨シーズン、混乱に混乱を重ねた末にJ2に戻ってきた和歌山は、実質1年目となる松本大成監督のもと、J1復帰に向けて動き始めた。
「去年までのJ1は、まだチームとして地に足をつけた戦いができていなかった。若さと攻撃力を全面に押し出して、その勢いのまま戦い続けた。その結果、相手に覚えられた中での戦いができなかったし、けが人が出るたびに不在の在ばかりで、個人技次第に左右される脆弱なチームになってしまった。1年で(J1に)帰るに越したことはないが、今ある攻撃力を活かすためにも、守備意識の改革に取り組んでいきたい」
新人選手たちとともに壇上に立った松本監督は、厳しい表情で決意を語る。
「今年は五輪イヤー。エースである剣崎をはじめ、本大会になればリオに行ってしまう選手がいる上に、J2は待ってはくれない。不在の在をどれだけ払しょくできるかも課題になってくる。その中でフロント陣から十分な実力者を揃えていただいた。『守備意識の改革』と『選手層の強化』、これを図りながら、今年のスローガン『Re:Top』、トップリーグであるJ1への返り咲きを果たしたいと思います」
続いて紹介された、新加入選手。
まず新卒選手。ユースからは5年連続で昇格者を出した。抜群のスピードと突破力を誇るMFの緒方達也と、ボランチとセンターバックをこなし、キャプテンも務めてきたDF古木真がチームに加わる。「憧れの先輩方に、少しでも近づけるように頑張りたい」と控えめな緒方。一方で古木は「一日でも早くレギュラーになって紀三井寺で暴れたい」と強気な発言を見せた。同学年の高卒世代では、鹿児島の名門・薩摩実業の司令塔MF前田祐樹、東北の新鋭・奥州学院の大型FW村田一志が入団。両者とも「五輪代表の先輩方からいろんなことを吸収して、世界で勝負できる選手になりたい」と言った。五輪代表を多く抱えることで、クラブのブランドが身についてきた証であろうか。唯一の大卒選手は、昨シーズン途中、強化指定選手として活躍した小松原のチームメイト、橙山学院大GKの秋川豊生が加入した。アガーラOBで、今はユースのGKコーチを務める秋川誠氏の甥である彼は「縁故採用と言われないように、粉骨砕身で頑張りたい」とコメント。関西学生リーグのベストイレブンに2度選出されているため、実力は十分だ。
そして、他クラブからの移籍組。今シーズンは久しぶりにレンタル移籍を活用する。そういう形ながら2年ぶりの古巣復帰となったDF関原慶治と、広島の若手センターバック江口大吾、クロスとドリブルに一家言を持つ名古屋のMF野添有紀彦を獲得した。江口と野添は、矢神らと同世代となる。一方で完全移籍で加入するのは沼井琢磨と長塚康弘の両DF。沼井は一昨年途中からJ3青森でプレーしUターン加入。長塚は仁科の同級生で高校や札幌時代にコンビを組んだ間柄だ。若い選手が多い中、あらゆるカテゴリーをプレーした沼井と、元日本代表でJ通算300試合のキャリアを持つ長塚の経験値は頼りにされるだろう。また、同じベテランでは仙台を戦力外となったGK平塚将司が加入。友成のライバルだった天野、本田が抜けて経験値が不足するGK陣に、こちらも経験を加えた形だ。
ただ、守備的な選手を大量に補強した一方で、攻撃的な選手はそれこそ新卒選手ばかりだ。これについてはさすがに記者たちから質問が飛んだ。
「今回の補強選手は、かなり守備に偏っていて、少しバランスが悪いように思います。守備に課題であることは理解しますが、これは松本監督の意向でしょうか」
それについては、松本監督は平然と言い切った。
「本音を言うと・・・これでもまだ足りないぐらいです。確かにセンターバックの選手が結構いますけど、去年うちはそれの力不足に苦しみました。厳しいこと言いますけど、去年うちにJ1レベルのセンターバックはいなかったんですよ。途中で退団したバゼルビッチ以外」
いきなりの辛辣な意見。これだけでも松本監督が、過去4年間の監督と異なるとこがうかがえた。
「今のサッカーは守備が専門のセンターバックですら一定の攻撃力が求められます。ましてうちみたいに攻撃力が持ち味のチームにおいてはね。だからなるべく足(元の技術)がある選手をリクエストしたわけです。あとは状況判断。今の状況を整理して瞬時にアウトプットするうえで、経験値も重要です。メンツは守備のメンバーが多いですが、おおむね僕が求めた力量を持っている選手だと信じてます」
さらに松本監督は、既存の選手たちにも厳しいメッセージを送った。
「うちにはオリンピック代表のエースがいて、主力を担うアタッカーもいる。ほかの選手もユースの年代で結果を出している選手もわんさかいます。・・・・まあ、そろそろ、いい加減にしろと。特に剣崎と竹内に関しては代表活動で抜けることもありますけど、その穴は残った選手で埋めてくしかない。プロである以上、誰も気を抜いてないし、気負いすぎて結果が出なかったことも、僕も選手でしたからその悔しさは十分理解しています。でも問題なのは、そういう二人が、帰ってくるや易々とスタメンに返り咲けることです。2月に彼らが戻った時に、彼らがレギュラー争いの振りだしに戻されるような、そういう緊張感を今シーズンは求めていきたいと思います。補強の人数をある程度抑えたのも、すぐに代わりを用意するための予算を作るためでもあります」
参謀として長らくチームを支えてきた松本監督。その実質的船出は厳しい言葉から始まった。中東の地、ドーハにて、オリンピック出場をかけて最終予選を戦う剣崎たちがいないうちに、どれほどこのチームが変われるのか。
J1復帰に向けた戦いが、まずはチーム内で始まろうとしていたのである。