王子の心は。
この話は王子視点になります。
俺はあの後城へ帰り、執務室に篭った。
先ほどのマルタは、尋常ではないほど狼狽えていた。
やはり自分の過去の話をするのは嫌がるようだ。
実を言うと、俺はマルタの過去を知っている。
レイラのところにあの少女がいると知った瞬間、回収できる限りの全ての情報を集めた。
でも俺はマルタから聞きたかった。
どうしても。
……だが、レイラはそれをあまり良しとはしていない。
そのせいでマルタの心にさらに大きな穴が空いてしまう可能性があるから。
でも。それでも俺はマルタと一緒に進みたいと。
そう思った。
机の上の呼び鈴を鳴らすと、扉を2回叩かれる。
どうぞと促すと、彼は扉を開いた。
「………失礼いたします。如何なさいましたか」
入って来たのは次期執事長と名高いクラウド・リオラ。
彼はまだ20歳を超えただけの青年なのだが、あまりにも有能なため次期執事長と周りが勝手に呼んでいる。
ちなみに言うと俺の幼馴染でもある。
幼馴染と呼べる人間はあともう一人いる。
俺とクラウドとそいつでいつも遊んでいた。
だからクラウドには言ってある。
「ああ、ちょっとな。おい、もういいぞ」
静かに扉を閉め、こちらに向き直ったクラウドに声をかける。
「ん、そうか。んじゃ、なんかあったのか? クラノ」
俺と二人の時は、敬語を止めるようにと。
今さら敬語なんて気持ち悪くて堪らない。
「お前モテるだろ。訊きたいことがあるんだが」
俺がそう言うと、明らかに楽しそうな顔をする。
そう、これはおもちゃを見つけた時の顔だ……!
悪い予感しかしないまま、クラウドの言葉を待つ。
「なぁなぁっ、それはあのシンドリア家のレイラ嬢のことか!? お前、何年か前からいきなり仲良くなったもんな」
クラウドは目を子供みたいに輝かせ詰め寄ってくる。
確かにレイラとは仲良くしているが、別にそういう関係ではない。
レイラと関わるようになったのも、あの少女がいるからだ。
だからクラウドは全く見当違いなことを言っているのだが、本人は確信を持ったようにベラベラと喋り続けている。
デート場所はうんぬん。ここで食事うんぬん。
「………もういいうるさい。レイラとはそんなんじゃないし、デートという話でもない」
こいつ顔だけはいいのに、なぜこうも残念なのか。
俺が大きくため息を吐くと、クラウドは抗議するようにこぶしを挙げて言った。
「そんなんじゃないわけがないだろー!? おまえがレイラ嬢の屋敷から帰ってきてからここ数日、どんな顔してたかわかるか? ずっとにやにやにやにや、なんかの病気かと思ったぞ。『ラピスラズリの君』が聞いて呆れるなぁ?」
獲物を見つけたとばかりに笑うクラウドのその言葉に、俺は言葉を詰まらせた。
『ラピスラズリの君』。
そう呼ばれているのは知っているが、あまりいい気はしない。
正直に言うときついものがある。
自分では特になにも思わない。
誰でも髪の色くらい違うものだろう。
父は艶やかな白に近い金の髪。
母は……踊り子の母は、海を思わせる深い青。
そして彼女は、雨上がりの星空をそのまま写したような濡羽色。
「……あ! またお前にやにやしてるぞぉ? 気持ち悪いな」
またからかうように笑うクラウドの顔を殴り、話を再開する。
なにすんだよと子どものように怒っているクラウドを無視して続ける。
「……女の子が傷ついている時は、どうすればいい?」
昼に繋いでいたはずの手を見る。
もう繋がっていない、白く小さな手を想う。
一体俺は今どんな顔をしているだろうか。
クラウドはさっきまでの表情を消し、手を顎に当て考えこむように足元を見ている。
「………それは、レイラ嬢のことじゃないな?」
あくまでも確認であることは口振りからわかったので、俺はただ頷いた。
「…………お前がもうすでに何か言って、それでも無駄だったのならーーーーもう、何も言わない方がいいと思う」
何も言わずに、ただ側にいるだけ。
それだけでいいこともある。
クラウドはそれだけ言うと、にやりと笑った。
「では、失礼いたしました。健闘を祈っております」
また巫山戯たような表情に変わり、有能な執事クラウドは静かに部屋を後にした。
本当にクラウドは食えない奴だと実感する。
なんだか体が軽くなったような気分だ。
「………側にいるだけで、か」
ひとり呟き、俺は本棚から古いアルバムを抜き出す。
表紙の文字もかすれて読めなくなってしまっている。
ページを捲っていくと、探していた写真が目に入る。
つい広角が上がってしまっていることに気づいた。
そこには子どもの頃の俺が照れたように見つめる姿がある。
視線の先にはにこにこと可愛らしく笑う少女。
その少女はーーーーーーーーー。
次の話も早めに投稿できるよう頑張ります。