繋いだ手
少し遅れました。
前話は少し詰め込みすぎた感がありました。
なので少し減らします。
拙い文章ですが、よろしくお願いします。
今日やらなければいけないことはすべて午前中に終わらせてしまった。
ーーーーかといってやることは薬草の手入れくらいなのだけど。
午後からはやることがなにもない。
いつもならレイラが来て、おしゃべりをしていると時間はあっという間にすぎてしまう。
「あー……暇だなぁ」
今の時刻は11時55分。
そろそろお昼の時間だ。
結構動いたはずなのに、あまり空腹を感じない。
自分の分だけだし、作らなくてもいいなら別にいいか。
お昼はもういいや。
ではなにをしようかと考えあぐねていると、扉が二回叩かれた。
びくりと体を強張らせる。
ここに来るのはレイラぐらいだった。
でもレイラは、扉なんて叩かない。
心臓が痛いほど脈打つ。
鼓動が身体中に響いている。
なにもできないまま扉を見つめ続けていると。
「…………マルタ? いないのか?」
その凛とした声には、聞き覚えがあった。
一度聞いたらもう忘れないような、落ち着く声。
彼だ。
マルタはよろけつつも立ち上がり、急いで扉を開けた。
勢いよく開いた扉に驚いて、目を丸くしている琥珀の瞳と目が合う。
「ごっごめんなさい……! 誰かと思って……っ レイラは扉叩かないから」
焦りながらも言ったわたしに、クラノは安心したように笑った。
「いや、大丈夫だ。………よかった、居留守というわけではなかったんだな」
そんなわけがない、とわたしは頭を横にぶんぶん振る。
わたしなんかが居留守だなんて。
「………気にしなくてもいい。ところでマルタ、お昼一緒に食べないか?」
レイラにはもう許可を取ってある、とクラノは付け足した。
お昼。
お昼というのは先ほど諦めたお昼か。
クラノと一緒に食べれるのなら食べようかな。
心なしかお腹が空いてきたように感じる。
わたしは肯定するように頷く。
それを見てクラノは笑った。
「よし、じゃあ行こう」
◆
ここはいつもの大通り。
いつものことながら賑わっている。
しかし周りの人々はみんなこちらを見て怪訝な顔をして通り過ぎていく。
いつものことだ。
いつものことなのだが、少し違う。
黒いローブも目立つ。だがそれと対照の白いローブも目立っている……!
白いローブは割と一般的だが、黒いローブが隣にいることによって白いローブも目立っている。
つまりは黒いローブ《わたし》のせいである。
「ごめんねクラノ。わたしのせいで目立っちゃって。やっぱりわたし、戻った方が……」
「いや、別に平気だ。それよりもどこで食べようか」
なにも気にしていないようにすたすたと歩く。
この人混みでよくこんなに早く歩けるものだ。
「………マルタ、手」
すい、と伸ばされた手はわたしの手を連れて行く。
やっぱり、きれいな手だと思った。
「そこの店で買って、公園のベンチで食べるか。……天気もいいしな」
クラノは繋いでいない方の手で店を指さして言う。
わたしは頷いて、繋ぐ手に力を込めた。
そのお店はパンに具を挟んだものを売っていた。
美味しそうな香りが鼻をくすぐる。
先ほどまでお腹が空いていなかったのが嘘のようだ。
「そこのを2つもらおうか」
クラノはオススメと書かれたメニューを見て言う。
たぶん店主であろうその男はわたしを一瞥したあと、大きな溜息をして言った。
「あいよ……………お兄さん、大変だね。こんなののお守りなんざ」
わたしは握っていた手に一層力を込める。
こちらに注目している人たちから笑い声が漏れる。
「こんなのと一緒にいるとお兄さんまで変な目で見られて大変だろう? キレーな顔してそうなのになぁ」
その言葉にわたしは気づいた。
わたしがいるいないに関係なく、フードをかぶっているにもかかわらず、クラノは人からの視線を集めている。
主に女性の。
クラノはすごいなぁ。
わたしがいてもいなくても関係ないなんて。
それほどまでにクラノは輝いているのだ。
まぁあんなに美しい顔ならそれはそうかとも思うけど。
「はい、500リンだ。お兄さんだから売ったんだ。横のが来たら店閉めてたね」
店主の男は愉快そうに笑った。
周りの人たちからも笑いが漏れる。
握った手に力を込めた。
……わたしではなく、クラノが。
「…………けるな」
店主の男は聞こえないと言うように首を傾げた。
「……ふざけるなと、言っている。この娘がお前に、お前たちに何をした。こんなにも優しく、懸命なこの娘を、なぜ笑うことができる?」
怒気をはらんだその声は周りを一瞬で黙らせた。
わたしのために怒ってくれているのに、わたしですら背筋が凍る。
それほどまでに威圧感があった。
「ふざけるな。お前達が、この娘に仇なすなど、俺が許さない。………店主、もう結構だ。戯れ言をどうも」
冷たく低い声で告げると、わたしの手を引いてその場から立ち去った。
周りは少し騒ついていたが、あまり気にしなかった。
目的地であった公園を通り過ぎ、湖のほとりまで来た。
こんなところに湖なんてあったんだ、と驚く。
自然も多いし、古いけれど四阿もある。
公園も知らなかったけど。
基本的に大通りくらいしか行かないからわからない。
「…………マルタ」
クラノはいつもと同じ、落ち着く声でわたしを呼んだ。
湖を見ていたわたしが振り向くと、クラノはわたしに向かって頭を下げた。
「すまなかった。何も考えていなかった。あそこまで酷いとは思っていなかった。……すまない」
わたしとしてはあまり気にしていなかったのに、顔を上げたクラノはとても辛そうな顔をしていた。
まるで自分のことのように。
頭を下げさせてしまったことが悔やまれる。
「大丈夫だよっ! いつものことだし」
わたしがそう言うとクラノはさらに顔を歪め、小さい声で謝った。
わたし何か変なこと言ったかな!?
痛む……! 良心が痛む………!!
わたしはクラノの手を取り歩きだした。
わたしは見上げるほど身長のある彼をぐいぐい引っ張って四阿の椅子に座らせる。
わたしは立って正面に。それでもわたしの目線が少し高いだけだ。
辛そうな顔に少しの驚きが加わっていた。
「……本当に気にしなくてもいいの。これ以上謝ったら怒るんだから」
だってわたしも悪いから。わたしのせいでお昼が買えなかった。
これ以上謝られたら申し訳なくて良心が痛む。
黙りこんでしまったクラノに、わたしは小さな包みを渡した。
中身はクッキー。
腹の足しにはならないと思うけれど。
「クラノ、わたしのために怒ってくれてありがとう」
なによりも嬉しかった。
わたしのために怒ってくれるなんて。
クラノは、まだ申し訳なさそうだったが、やっと笑ってくれた。