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森に棲む魔女は恋を知る  作者: 菊地 祐
2/8

2話目です。

割とどろどろ?ちょっと注意。

「あは、良かったぁ、マルタが快く了承してくれて!」


マルタは一切快く了承した気はないのだが、こうなってしまったレイラは事実を捻じ曲げ続けるので、なにを言っても意味がない。


マルタは小さくため息をつく。


「あっ、そうそう! 例の薬、作ってくれた!?」


レイラは、ぱあっ、と音がするくらいの輝く笑顔を見せた。

マルタはうまく話をすり替えられたのに気づいていない。


マルタはあ、と小さく声を漏らすと、紙袋を掲げて言った。


「うん、ほとんど完成してる。あとは今日買った"この子たち"を入れるだけ」


例の薬とは、惚れ薬のことだ。


もう仕上げにかかっている。

明日にはもうできている予定なのだ。

レイラは小さくガッツポーズをすると、瞳を燃やして言った。


「やぁっと、あいつらを追い出せる……! さっさと嫁に行ってもらわなきゃね。だれに嫁がせようかしらー♪」


楽しげに話しながら二人はマルタの家のドアを開けた。





今日はレイラの父の一回忌。

名家、シンドリア家の元当主の一回忌というだけあって、かなり立派なものだった。


いやもう、むしろパーティーだった。


明るくやりたいというレイラの意向があってのことだ。

レイラは18歳にして立派に当主を務めている。

それが、あの人たちは気に入らない。

もういっそのことシンドリア家が落ちぶれてしまえば良かったのにとでも思っているのだろう。


レイラの、継母たちだ。


レイラが当主になると決まったとき、彼女達はレイラに毒を盛った。

幸い命は取り留めたものの、レイラには後遺症が残った。

だけどレイラは、彼女達を許した。

嫌悪こそするものの、憎んではいない。


マルタはレイラの、そんなところが好きだった。

でもその優しさは、いつかレイラをーーーーー。


何かが弾けるような音が鼓膜を震わせ、ツーンとする匂いが辺りに漂った。


上空で火薬が弾けーーーーーーー。


門が、開いた。




屋敷の方から軽やかな音楽と子供の笑い声、時折拍手が聞こえてくる。


レイラ大丈夫かな? ……大丈夫だろうな。レイラだもん。


レイラはあのシンドリア家の当主。

シンドリア家が元当主であるレイラの父を失ってもその地位にいるのはレイラがいてこそなのだ。


彼女に、わたしが心配することなんて、なにもない。


マルタは一回忌の式場には決して現れない。レイラは喜んで迎えてくれるだろう。だが他の者たちはちがう。


自分にだけ言われるならまだしも、レイラにまで迷惑はかけたくない……。


マルタは鍋をかき混ぜながら小さく息をついた。


王子さま、か。会わなきゃレイラにもっと迷惑かかるよね……。


マルタはできることならレイラ以外とは関わりたくない。

罵られ、蔑まれ続けたマルタには人への恐怖が否応無く刷り込まれている。


「はぁ……薬草とってこよ……」


鍋の火を弱め、マルタは扉を開けた。

太陽の光が木々の隙間から雨のように降り注いでいる。


とても美しい光景だと、マルタは思った。


こんなに美しい場所が、魔女の森と呼ばれ、遠ざけられている。

それは実はわたしのせいなのだ。


一般開放してあるのはここよりも東まで。わたしの家はレイラから借りているだけだ。滅多なことがない限り、人と会うことはない。


だが、『あの日』は違った。


わたしがいつものように薬草をとっていると、一人の男性が道に迷ったのか茂みから現れた。

誰もいないから、とフードをかぶらず作業していたことがいけなかったのだと思う。

彼はわたしを見た瞬間、顔色を変えた。

化け物、だとか、呪われた目、だとか言っていた気がする。

あまりの剣幕に、わたしは聞き取ることができなかった。

けれどわかることはある。

彼の憎悪、怒りなど、負の感情の全てがわたしに向いていたということ。


聞き取れないその言葉は鎖のようにわたしを縛りつけた。

感じたのは憤りだったろうか、恐怖だったろうか。

頭の中が逃げなきゃという言葉で埋め尽くされていく。


気づいたら側にあった薬草をむしっていた。

この時は本能で動いていたのだろう、あまり覚えてない。

染み付いた感覚に任せ、近場の薬草数種をむしった。

転がっている石でむしった葉を力いっぱい叩く。


彼はわたしの髪を掴み、動きを止めようとした。


わたしは潰しきれてない葉の塊を彼の口元に押し付けた。


彼は小さく呻くと後ろに倒れた。

草が茂っているので特別痛くはないだろう。少し痛いかもとは思うけど。


ほっと息をつくと、レイラが来てくれて彼を人通りの多い場所まで運んでくれた。


わたしが押しつけた草は眠り薬によく使われるものだった。

普段は乾燥させて使うが、摘んですぐに使わなければならなかったため中和の草を混ぜた。

乾燥させずに使うと効力が強すぎるために記憶が飛んだり、麻痺状態になったりする。

中和の草が少し足りなかったように感じるが、もうどうしようもない。



このことがあった数日後、すでにこの場所全てが『魔女の森』と呼ばれるようになってしまっていた。


申し訳なく思った。

レイラの庭を楽しみに来ている家族や恋人たちは誰もいなくなってしまった。


もうあんなことが起きないようにしなければ。


深く深くフードをかぶり決意する。


さしあたっては薬草を摘まなければ。

こんな見た目でも、せめてレイラの役に立ちたい。


シンドリア家はお菓子、雑貨、観光業など、多岐に渡る職業を営んでいる。

その中に製薬も含まれる。


わたしが最初に薬を作り、レシピをレイラに渡して量産してもらう。



「これはいるー……けどこっちはいーらない……あ、これは次の苗用にとっとかなきゃ……」


ぶつぶつと独り言を言いながら手早く葉を摘んでいく。


こんなもんかな、と額を拭った頃には、木で編まれた籠に鮮やかな緑の葉が溢れるぎりぎりまで入っている。


まぁ、多すぎても損はない。


その時、風が吹いた。

強い風。葉と葉が重なり合う心地の良い音がする。


汗をかいた体にはありがたい。


「涼しーい……」


蒸れていた頭が解放され、髪の隙間に風が通る。

ほっと息をついた。


そこでわたしは気づいた。


フード、とれちゃった!!!


忌まわしい黒髪が露わになっている。

呪われた赤目も髪の隙間から覗いている。


急いでかぶり直そうとするが、まず籠を置かないとどうしようもない。


籠を持っていることすら忘れてフードを掴む。

支えを失った籠は中の葉を吐き出した。

風によってさらに散らばる。


「あぁ………っ!? やっちゃった……」


フードはかぶり直せたものの、足下は摘んだ葉が散乱している。


はぁ、なんかこんなことばかりやってるな、わたし。


いつもそう。ドジを踏んではレイラに助けてもらって。


だめだ、なんか泣きそうになってきた。

頭をぶんぶん振って、悲しい気持ちを吹き飛ばす。


「ふぅ……じゃあ拾おうかな。ごめんね、落としちゃって………」


少し土がついてしまっている葉もあるが、別に洗えば問題ない。



しゃがんですぐに、葉を踏む音がすぐ近くから聞こえた。

すぐ近くというより、隣という方が適当か。


体に緊張が走る。


どうして……? さっきまで誰もいなかったのに……!


近づいてくる音なんて今まで聞こえてこなかった。

ずっと気にしていたのだから。

気にしすぎなほど、気にしているのだから。


いることを気づかせないようにするほどの者であることは、容易に考えがついた。

きっと兵士とかそういう感じの職の人ではないだろうか。


いつからいたのかなんて、もうわかるわけがなかった。


捕まってしまうのだろうか、レイラともう会えなくなってしまうのだろうか。

レイラに迷惑をかけるのだけはいやだな。


それだけは、いや。


下を向いたまま固まっているわたしの横に、その人は片膝をついた。


痛いくらいの無音。

いや、音はある。

木々が揺れる音、風が通る音。


ただ、聞こえない。


わたしへの、罵りが。

怒りの言葉が、憎悪の声が。


この人、なんなんだろう?


ちらり、と横目で見ると、わたしと同じような格好をした人が、葉を拾っていた。

同じような格好、というのはわたしと同じフードで顔の上半分が隠れ、足下まである長いローブを着ていたのだ。

ただわたしのような真っ黒ではなく、正反対の白。


何の飾り気もないローブだが、高級感が滲み出ている。


そんなローブで、片膝をついている。


そこでやっと気付いて、言う。


「………あ、あのっごめんなさい、ローブが汚れてしまいます。わたしが落としたので、自分で拾います。

ありがとうございますっ」


早口にそう言い、急いで拾いだす。


この人の態度が変わらないのは、わたしがフードをかぶり直したあとに来たからだろう。

よかった、と胸を撫で下ろす。

でも、この場を離れるに越したことはない。


かなりの量だったが、すぐに拾い終えた。

白いローブを着た人はいまだ片膝をついてこちらを見ている。


なんだろうこの人……!


先程と同じ問いを繰り返す。

暗にわたしはもういいと言ったのだが。

その人はずっといる。微動だにせずいる。

その視線は変わらずこちらを向いている。


いたたまれない。


まずレイラ以外といること自体気まずい。


「………………あの、なにか?」


勇気を振り絞って尋ねてみる。


反応がない。


いたたまれない!!!!


わたしが固まっていると、手が伸びてきた。

少し、というかかなり驚き体が跳ねる。

すらりとしているが角がある男性の手。

緑の葉を持っている。


これを渡そうとしてくれたのかな。


「ありがとう、ございます」


手を伸ばして、葉を受けとる。


「では、失礼します」


葉を拾ってくれたのに何もお礼をせずに去ることに少し罪悪感があるけれど。


フードが取れないように気をつけながら立ち上がる。

軽く頭を下げ、早足で去ーーー…


…ろうとするが、進まない。


足を動かしているのに、進まない。

何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。


掴んでいるのだ。彼がわたしのローブを。


な、ななななっなんで!!?


「なっ、なんですか……? まだ、なにか………?」


彼の意図がわからない。

まったく、一切わからない。


道に迷ったのだろうか。

むしろそれ以外考えられない。

今日は一回忌という名のパーティー。

人がたくさん来ているはず。

きっとその中の一人だろう。


「この方向にまっすぐ行けば、屋敷に出ることができます。……きっと一回忌で屋敷に訪れた方ですよね? 当主さまがパーティーみたいにするんだって言ってましたから」


レイラは今日に向けてとても意気込んでいた。

きっとすごいものになっているだろう。

レイラがんばってるかな? ……がんばってるよね。

レイラを思うと自然と笑みがこぼれる。

一人で何もないのに笑ってしまった。

変な人と思われたかな、フードで隠れているから大丈夫だよね。


「では、本当に失礼します」


次はもう引きとめられることもなかった。


久々にレイラ以外の人と話せたな、今日のこと言ったらレイラ喜んでくれるかな。

そんなことを頭いっぱい考えながら歩き始める。


だから彼が呟いたことが聞こえるはずもなかった。



『まぁ、今はいい。またあとで会える』

次の投稿遅れるかもしれません。

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