儀式
この学園は、国が運営する機関で、卒業した後には国に仕える国務官や軍に入ったりすることになる。入園するには十五歳以上で、さらに試験が必要となるが、レイガみたいに、学園に選ばれた人は例外として、試験を必要としなくても入れる制度もある。
そして、試験に受かった者たちが正式に入園を認められるには、まもなく行われる儀式が必要との事らしい。しかし、両方とも入園してしまうと退園は原則として許されていない。
次の日。その夜に儀式は行われた。
行われた場所は、入ろうと思えば五千人も入りそうな大きな講義堂らしき場所。窓は色ガラスでできていて、今宵出ていた月の光に色を染めていった。
中には生徒となる人約百人と教師三十人位いて、レイガの倍年をとっていそうな人も見受けられた。
席は指定となっており、その席を探しだして座ると、隣の人から声をかけられた。
「こんばんはー」
声の主は隣の歳が近そうな女の子だった。
「こんばんは」
「ねぇ、あなた名前はなんていうの?どこ出身?」
「レイガ。レイガ・ローグ・フォニール。ルザリーフ出身だ」
「私はソリナ。ソリナ・ラウス・クァイシス。クザナ出身なの。よろしくレイガ」
「よろしく、ソリナ。俺のことはレイでいい」
「あら。じゃあよろしくレイ。私のこともリナでいいわ」
「分かった」
この学園はベルナ国の首都ルザリーフにあり、クザナはその東側に位置する地区だ。そこは、ルザリーフに商業に訪れる人々が旅に連れてきた馬などを休めるところで、多くの人々が往来する。そのため、首都の回りの中でダントツににぎわっている場所だ。
「ねぇ、レイは試験パス?それとも認生?」
「認生なんだけど、何で選ばれたのか分からないんだ……」
「そうなんだ!私も認生なんだー」
同じだ、と言ってからから笑う。
認生とは、学園に選ばれた人たちの総称として使われている。それに選ばれる基準は明確に記されてはいないが、噂では特殊な能力を秘めているだの魔力が高いだのいわれてはいるらしいが、必ずしもそうではないと思う。
「ねねっ、認生ってほかにいるかなぁ?」
「さぁ。人数だってその年によって違うって聞いたし……」
「じゃあ私たち以外にいない可能性もあるんだよね。ということは、認生同士で会えるってすごい偶然ねっ!」
そんな他愛もない話をしていると、どこかからか鐘の音が聞こえてきた。それは、現在の時刻を表すかのように八回鳴り響いた。つまり今の時間は八時。儀式が始まる時間になった。
「えー、では諸君。儀式を始めるとしよう。その前にまず入学おめでとう」
壇上の上に上がった一人の男性が話し始めた。辺りがしんと静まる。
「私は学園長のエシュッドだ。諸君は晴れてこの学園の生徒として入園を果たすこととなる。君たちはこれから先、この国を担う者としていろいろなことに励んでもらいたい。そして無事に卒業していってくれる事を祈っているよ」
学園長、エシュッド・ルザリア・バラーム。現役の頃はこの国の軍事部隊の総司令として活躍していたと学園の資料に記されていた。
エシュッドは話をしながら顔を確かめるように見ていった。
「さて、この学園は何をするところなのか知っているだろう」
はい、と言ってエシュッドは目の前に座っていた生徒を指して答えを求めた。指された生徒は何を言ったのかは、座っている席が遠すぎて聞き取れはしなかったが、何かを言ったのであろうか、エシュッドが相槌を打ってまた話し始めた。
「そう、学ぶところだ。諸君はここを卒業すると同時に軍に所属までの三年間、人によっては六年間、この学園で生活をする。そのときを有意義に過ごせば、たくさんの事を得ることが可能だろう。しかしその逆のことも言えるのだ。どちらを選ぶにせよ、その時は君たちが二度とおくることができない『時』だということを忘れないでくれ。重ねて言うが、無事に卒業できることを祈っている」
エシュッドは、話を終えると一礼をすると、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。鳴り止むまで待っていたらしいが、降りないとやまないと思ったらしくエシュッドは壇上を降りた。
俺は移動する姿を見ていると、何か違和感を感じた。
(学園長の後ろに何かいる……?)
違和感に思ったのは、学園長の後ろを追随するかのように動く、大人の身長ぐらいの陽炎のようなもの。よく注意してみていないと気づかないであろう。
……一般の人だったならば。
俺の場合、よく人には見えないものが見える体質で、小さいころからいじめられていたりしていた。それ以来、そのことを隠して過ごしている。現時点で知っているのは、院長を含めた五人くらいだと思う。
「どうかした?」
ソリナがこちらを向いて首をかしげていた。言ったところで見えなかったであろう物を言っても、不審がられるだけだと思って俺は首を振った。
「あっ……いや、なんでもない」
そう言うと、そうと言って前を向いた。
(しかし、学園長の後ろに見えたものはいったい……)
このとき、思えばその陽炎のようなものの正体は、今俺の近くを飛んでいるものなのではないかと思った。
俺の中で疑問がぐるぐるしたままの状態が続いている中、儀式は滞りなく進行していった。
「さて、最後に新入生への加護を学園長自ら与えられます。名前を呼ばれた順に壇上へお上がり下さい」
呼ばれた生徒は壇上で学園のエンブレムが描かれたバッチを手渡されているようだ。そして順番が巡り、俺の番がやってきた。
壇上に上がり、バッチを手渡されたので受け取った。俺はそれで終わりかと思い、降りようと体の向きを変えようと思った。しかし、そのとき学園長の口が開いた。
「その『見える目』をうまく役に立ててください。きっとその力は必要とされる日が必ず来るでしょう」
とっさに俺は片手で目を押さえたが、学園長は微笑んだままだった。
席に戻った際、挙動不審な行動のことをソリナに聞かれるかと思いきや、何も聞かれずに終わった。学園長が何かをしていたのかもしれないが、終わった今、聞くすべを今のところ知らない。
配り終えた後、クラス、及びクラス分けテストの詳細説明が行われたところで、儀式の終了が告げられた。
「はぁー、終わったー。長かったー……」
部屋に戻ってきた俺は、ばふっとベッドの上に身を投げた。
「レイ、その格好で寝るなよー」
「……ヴァルってお母さん気質だよなー。まぁ助かるんだけど」
この部屋は相部屋で、俺が着く前日に着いていたやつだ。名前はヴァル。ヴァルベリア・ルーク・ボロタスク。俺と同じルザリーフ出身らしい。
「もう。着替えてから寝ろよなー。そして俺はもう寝る。お休み」
「って着替えんの早すぎだろ!まぁいいや、お休みー」
ヴァルが布団に入ってすぐ俺も着替えて、布団の中に入って寝た。
次の日、目の前にあいつが現れることを知らずに。




