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朔月と望月  作者: 陽向
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以前に投稿して取り下げたものです。

少し訂正してあります。

よろしくお願いします。

 真っ暗だ。


 目の前には永遠とも感じられるくらい長く続く漆黒の闇。上下左右も分からない。

 自分の身体だけが発光しているように明るく、輪郭がはっきりしている。浮いているように重さは感じられない。


 周りには何もない。感じられない。

 誰も居ない。自分一人だけ。


 不思議と怖くはない。

 不安や恐怖よりは安堵の気持ちが優っているのは、この一人ぼっちの世界に慣れてしまったからか。



 一面に広がるのは虚無感、喪失感。


 此処を知っている。


 此処は俺の世界。





・・・





 瞼を開くといつもの真っ白な天井が見えた。

 顔を右を向ければ、白い部屋に貼り付けられたような窓があり、カーテンの隙間から空が垣間見える。

 この眩しさなら、今日も快晴なのだろう。

 右手を伸ばし、床頭台の上にある目覚まし時計をとった。

 デジタルの時計はいつもの起床時間の五分前を表示している。

 毎日毎日繰り返される何の刺激もない日々は、俺の生活をより単調なものにしていった。

 早く寝たら早く起きてしまうのは当たり前だ。夜の十時には眠りにつき、毎日朝六時に目覚める。

 俺はどこぞのじいさんみたいだと思い、自嘲的に笑ってしまった。


 今日も反芻する日々の始まりだ。

 出来るだけ大きく背伸びをして、ベッドから起き上がり窓のカーテンを開けた。

 晴れだと思っていた空が、少しくすんで見えるのは実際に空がこの色なのか、はたまた自分の目のせいか。

 徐々に失われる色彩感覚は色の認識を鈍らせていった。

 緩やかにゆっくりと失われていく色たち。

 そのことに何の焦りも、恐怖でさえも抱かないのはどうなのだろうかと自分でも思う。

 そのうちに失明とかするのだろうか。

 まぁ、それでもいいか。

 いつまた発作がおこるかも分からないのだから、心臓の方が先に音を上げてしまう可能性が高い。


 眩しすぎる朝日に目が眩む。

 ピピピッと、いつもの起床時間を目覚まし時計が告げる。

 次の音がなる前に素早くボタンを押して、開いたカーテンを勢いよく閉めた。





 朝食が終わった後に、看護師が部屋を訪れた。担当看護師の濱野和泉(はまのいずみ)。いつも明るく、親しみやすいのが印象的だ。あまりにも馴れ馴れしくて注意を受けることがあるのが玉に瑕だが。

 慣れた仕草で右腕を出し、体温計を床頭台の上に置く。


「遼くん、おはよう! 体温と血圧測るね。何度だった?」

「36.3℃」

「今日も平熱と。血圧も問題なさそうだね。それにしてもいつ来てもこの部屋は暗いなー。カーテン開けようよー相変わらず散らかってるし」

「俺一人しか居ないんだから、カーテンを開けてようが閉めてようが構わないと思うんだけど」

「確かに今まではね。それでも今は朝だからさ、開けようね?」

「今まではって?」

「今日新しい子が来るから仲良くしてね! 同い年の十歳だよ。だから片付けて、ね?」


 同い年と言うことは小学校五年生だろうか。

 しばらくの間、隣が空きベッドだったのをいいことに好き勝手してきたがそれも今日でお終いのようだ。ベッドの上に散らかっているゲーム機やマンガ本を見て項垂れる。

 隣人なんて気を使うだけで、何も良いことなんてないのに。

 聴こえるように大きめに舌打ちをする。


「すごくいい子だから。遼くんも友達になれるよ」

「ハマちゃんはみんないい子って言うから信じられない」


 少し困ったような表情を浮かべながら、濱野は笑っていた。





 いつもは昼前に来る母親から今日は午後になると病院に連絡が来たそうだ。

 最近は母親との関係が少しギクシャクしていたから、そうしてくれるとありがたい。

 これは男の子特有の思春期というものだろうか。「お母さん」と呼ぶのも躊躇うときがあった。

 父親とはもう暫く会っていない。見舞いにも来ていない。外泊のときも残業などと言って帰宅するのは遅く、朝も出勤時間が早い為顔を合わせることはなかった。休日に家に居ないのは俺を避けているのだろう。

 小さく溜息をついた。

 それと同時に部屋にノックの音が大きく響いた。


「失っ礼しまーす! 遼くんお友達が来たよ‼︎ ほら入って?」


 部屋に入るのを躊躇っているのか、なかなか姿が見えない。濱野が廊下まで様子を見に行き、手を引く形で一緒に部屋に入ってきた。


「紹介するね。こちらは丹下朔夜(たんげさくや)さん。遼くんとは同じ病気だね。他の子ども病院から転院してきたの」


 濱野が俺の紹介をしている間は相槌を打っていた顔が、終わると同時にこちらを一直線に見つめてきた。

 ベリーショートの黒髪、筋の通った鼻、少し厚めの唇に顔の輪郭は細め。かなり華奢だ。そして何よりも印象的なのは黒目が大きな一重瞼の瞳だった。

 例えるなら黒猫だ。その言葉がピッタリくる。

 暫しの沈黙を打ち破ったのはあいつの方だった。


「僕は暗いのは嫌いだ。辛気臭いのが移る」

「はっ?」


 目を細めて睨みつけてきたあいつの喧嘩を買って口論になった初対面。

 カーテンを開けたり閉めたりの小さな攻防が開始される。

 濱野は頭を抱えていたが、止めることはなくその様子を微笑ましく静観していた。

 その濱野に、大人なら止めろよと二人で同時に言い放ったのを昨日のことのように覚えている。

 絶対に気が合わないと思っていたあいつが、隣に居るのが当たり前になるなんてこの時は思いもしなかった。





・・・




 事あるごとにあいつとはぶつかった。

 お互いに喧嘩っ早くて、引くことを知らない。

 ずっと言い争っていると、何故かいつも俺が負ける。言いくるめられる。

 何故だ。

 口が達者なだけなのに、周りがあいつの味方になるのが気に食わない。


「まぁまぁ、遼くんはまだ子どもだから引いてあげてね?」


 濱野からそう言われてあいつが渋々下がったようになっているが、俺から見たらこっちが先に折れてあげるから感謝しな? と上から目線でほくそ笑んでるようにしか見えない。

 あーやっぱり納得がいかない。イライラする。むしろモヤモヤする。





 そんなモヤモヤが一層濃くなる大事件が起こった。

 小児病棟は男子が月、水、金と入浴日が決められている。

 特別な疾患や届出がない限り例外はない。

 何をやっても勝てない日頃の鬱憤を晴らそうと、水中潜りの勝負を挑もうとあいつを風呂に誘った。

 ちなみに潜っているのを看護師に見つかるとこっぴどく怒られる。ベッドの上に正座で三十分、淡々と追い込まれるように説教をくらうのだ。これは何度やっても精神的にくるので、出来れば避けたいイベントだ。

 だが勝負の為ならそんなリスクも気にならない。看護師の目を盗んで挑戦状を叩きつけたが、即答で断られた。

 勝つ自信が無いのかと挑発してみたが全く乗ってこない。しかも鼻でフンと笑われる始末だ。

 あの小馬鹿にした態度が本当に腹が立つ。

 何度誘っても結果は同じだったので、やる気が削がれて一人で風呂に向かった。

 あれだけ喧嘩を買ってきたはずなのに何だと言うんだ。身体の傷が気になるなら、俺だって同じだ。そんなことの方が今更だ。

 何故か釈然としなかった。





 次の日、俺がトイレに行っている間にあいつの姿が消えていた。しばらく経っても帰ってこなかったので探しに出た。


 ウロウロを歩いていると、洗濯室から出てくるあいつを発見。

 自分でも気づかないうちに口角を上げて、走り出していた。その勢いのままあいつの頭を叩いていた。


「何処行ってたんだよ!」

「痛っ‼︎ 叩くな‼︎」


 叩いた手が僅かに湿る。それに今朝と服装が違っている。手には洗濯洗剤を持っていた。


「洗濯してた?」

「お母さん暫く来れないからね」

「そっか。俺は母親来るから洗濯したことないや」


 あいつの家は共働きだ。あまり見舞いに来ないのはあいつ自身が断っているからだと聴いたことがあった。

 洗濯をはじめ自分のことをするあいつと俺とでは雲泥の差だろう。こう言うところでも敗北感を感じる。


「俺も洗濯ぐらいやろうかなー?」

「そうだよ。入浴日に洗濯するように習慣づけた方がいい」


 ニヤリと口角を上げてあいつは笑った。


「風呂入った後なら、明日か。今日は女子と混ざるから嫌だ」

「なら一緒に洗ってあげられないな」


 頭をが一瞬フリーズする。

 どういうことだ?

 一緒に洗ってあげられない=女子と一緒に洗うからになってしまう。

 えっ、どういうこと?

 そう言えばさっき、あいつの頭は濡れていたような…

 まさか?


「お前…おか…」

「僕は女だ」


 何の躊躇いもなく、ハッキリした声音で告げる。

 それと同時に、俺の頭は完璧に思考を停止した。

 




 その日の夜、カーテンと窓を開け放してあいつと一緒に夜空を見ていた。


「女だと先に言ってくれたら、こんな目には合わなかった…」

「悪い悪い。勘違いしてる姿が可笑しくて…しかもオカマって」


 クククっとあいつは戯けて笑う。


「性格最悪。僕とか言ってるし、髪短いし、言葉遣い悪いし、名前だって朔夜だろ⁉︎ 誰だって男だと思う」

「髪型と言葉遣いは狙ってだよ。僕とは前から言ってたけど、髪はここに来る前にバッサリ切った。前は腰まであったよ」

「もったいねーな」

「いいんだよ。同室が男子だって聞いて、バカにされないようにと思ったのもあるけど。それより…」

「それより?」

「友達になりたかったんだよ」


 目を細めて笑うあいつの顔は、キレイだった。男には出来ないこういう顔を見ると女の子なんだなと意識する。

 何よりも、友達になりたかったという言葉にニヤけてしまう。


 俺も考えていた。初めこそは違ったが、あいつと過ごす時間が楽しくて二人でいるのが当たり前になっていた。

 だが、そうは思っていてもなかなか素直に言葉には出来ない。恥ずかしさを誤魔化すために、曖昧に笑ってみせたが多分あいつは気付いていただろう。

 

 "朔夜" とはあいつの生まれた日の事だった。朔は新月で、しかも真夜中に生まれたからそう名付けられたそうだ。

 雲一つない、月明かりのない星空を見てあいつが言った。


「今日は朔。私の日だよ」


 こんなときだけ、私と言うのか。妙に意識してしまう自分がいる。

 星空を見つめる真っ黒な瞳。

 その横顔を見つめていた。

 あぁ、あいつは黒猫じゃなくて朔月の瞳だんだ。漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。

 新月は全ての始まり。

 俺とあいつの時間が終わりに向けて始まったときだった。







全三話で終わります。

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