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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第壱章『偏狭に在りし教会を模す』
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第二話



裕に三階建て程の高さを一階に使用した、神の姿を抽象的に表現したステンドグラスがはめ込められた教会の窓の下、村の住人であるナウジーは今までに無いほどのすっとんきょうな大声で叫んだ。




「魔獣に襲われたぁあっ!?」



「まあな」




血塗れの少年は何ともなさ気に応えるが、ただ事ではない。

野獣ならいざ知らず、魔獣など殆ど手も足も出しようがない天敵だ。全身から霊気を放ち、その上一度体内に入ってしまえば致死に達する程の毒が滴っている。

物理攻撃にモノを言わせて戦おうにも掠りでもしたらお陀仏であるため、自然に遠距離にならざるを得ない筈だが、少年の姿を見るからに、物理で押したようだ。




「血塗れなのは気になっけど……‥良くもまぁ無傷でいられたなぁ、兄ちゃん」




呆然となるナウジーに少年は凄いだろうと言わんばかりの笑顔になるが、ローブを羽織った旅人のもう一人、少年の旅仲間らしい少女が睨むような視線で彼を見やる。




「危ういの度合いを越えていた」




口調も表情も淡々として起伏がないが、はっきりと不服感は伝わってきた。図星か、少年は目を宙に泳がせている。

彼が何をしでかしたかは不明だが、取り敢えず今ここで無事なので気にしない方向で頭の隅に追いやって、ナウジーは出会ってから持ち続けていた疑問を口にする。




「んで? 兄ちゃん達はどって神父と揉めてたわけさ?」




出会い頭早々に血塗れの少年に恐怖したナウジーは、それでも血塗れ等と言う目立つ格好でいられては堪らないと、どうにか神父を説得させ、教会内に入れてもらったが、詳細は一切知らないのだ。

第一、何故か魔獣が流すはずがない赤い血でまみれている所から色々と怪しい。

訊ねられた少年は、炎の様な赤い髪を書きながら「うーん…‥」と唸った。




「俺らさ、宿探してんだ」




たった一言、それだけでナウジーは解った。




「ははーん? 兄ちゃん達も、ここの教会の事を【ファブレファ教会】と勘違いしたわけか」



「勘違い?」




旅人二人は揃ってナウジーの言葉をおうむ返す。

ナウジーは、教壇の階段を一つだけ上り、神を象った、つまりファブレファ神を象徴したステンドグラスを見上げてからかい気に笑う。




「ここに来る旅人は結構勘違いをすっけど、ここはファブレファじゃなくて、【聖母ミリフェアーリ】を信仰する教会なんだ」




こんなステンドグラスが有ったんじゃ、そりゃ勘違いするよな~ と楽観的口調で教壇のそれぞれの脇に置いてある石像を見た。

左は長髪の女性が左手を掲げて歌っている姿が、右は単発の青女が右手を掲げて空を見上げている姿が形造られている。




「誰だ、それ?」



「向かって左が【女神リィゼフィ】で右が【聖母ミリフェアーリ】な」




キョトンとなる少年に、ナウジーは肩をすくめて説明する。以前にも同じような旅人でもいたのか、馴れている様だ。




「王国の意向で【ファブレファ教会】には旅人の為の宿舎が有るんだってな」



「【神欠(シケラ)】の半分以上が旅人によって発見されている都合上、世間体を守るために支援せざるを得ないから」




階段を降りながらに話すナウジーに、少女が補足する。

多くの神欠を冒険者や旅人が発見しているにも関わらず、労いの一つもない国と言うのは、民からの反感を買いかねない。

ナウジーは彼女の言葉に頷いて




「んでもな、その条約に適応されるのはあくまで【ファブレファ教会】だけであって、王国の管理外の教会はその規則が無いんだわ」




そこまで言うと、少年もようやく理解に至ったのか、そうかッ! と大声を出して納得した様に笑顔を浮かべた。




「道理でベッドを二つ貸してくれって言っても拒まれた訳だ!! 無いんじゃ貸したくても貸せねぇよなぁ」




うんうんと一人頷く少年に、少女は無表情のまま冷ややかな視線を送る。




「元々話をごり押したのは誰かだけ」


「お前だって止めなかったろ!?」


「止めるだけ無駄な体力」


「どういう意味だぁ?!」




少年の格好とは裏腹の痴話喧嘩の如く二人の言葉のやり取りに、ナウジーは心なしか彼と彼女の性格が見えてきた。

どんなものかを言葉にしてみろと言われれば、上手く表現することは出来そうにないが、少なくとも自分達を脅かすような恐い人物でないことだけは判る。




「じゃあさ、ナウジーの家に来ないか?」




言葉のキャッチボール(但し一方が投げて一方が避けている一方通行の)を繰り広げていた二人にナウジーは提案した。

ピタリッ と少年の言葉が止まり、少女がナウジーを変わらぬ表情で振り向く。




「迷惑になる」




少女が直球で断ろうとするが、言い出したナウジーは引っ込もうとはしない。生まれつき、()い性格は持ち合わせてない。




「迷惑大歓迎! 最近退屈で仕方なかったんだからな」


「家族は」


「限りなく放任主義!」


「寝床」


「空き部屋だけは無意味に有り余ってるぜ!!」


「血塗れ男」


「問題なし!!」




おい今何か間違った確認しなかったか? と疑問がる少年は無視して、渋る少女にいい放つ。




「こんな小っせぇ村に宿屋なんて気の利いたもんは無いぜ」




それが決定打になったかどうかは定かではないが、少女は少し首を傾げて怪訝な顔をした少年を見た。少年も少女を見て、二人で顔を見合わせる。

しかし、それは一瞬だけであって、直ぐに少年が「乗った!」と声を上げた。




「どうせ日が沈みかかってんだ。泊まれんなら何処でも喜んで行ってやるぜ!!」




少年はノリが良い。こう言う雰囲気は嫌いじゃない。

初対面で持った恐怖なんぞ既に無くなり、ナウジーは二人の間を通って案内の為に教会の扉へ向かう。




「じゃ、早速行こうぜ!兄ちゃんの格好もどうにかしたいしな」



「あいよ!」




少年が返事をして同じように扉へ歩いていく。少女も、軽い溜め息を漏らしながら彼の後ろを付いてきた。

何故だかわからないが、ナウジーは二人を好きになれそうだ。そんな楽しい気分で扉の前までやって来ると、ナウジーは一つの大切な事を聞いていないと言う事実に気が付いた。




「そう言えば、ナウジーまだ兄ちゃん達の名前聞いてねぇや」



「名前?」



「そう、名前」




いつまでも兄ちゃんでは呼ぶときに不便である。

ナウジーは常に一人称が名前であるため、わざわざ教えることもないが、二人は一切互いの名前を呼んでいない。ならば、改めて訊く他ない。




「兄ちゃん達の名前教えてくれよ」




極簡単な質問に、しかし二人の旅人は沈黙した。

正確には、どうしたものかと言い淀んでいた。




「名前、あー そんなもん有ったなぁ」



「有ったって……‥誰でも有るだろそれくらい」




親が居ない子供なんて居やしない。喩え孤児で棄てられたとしても、誰かしらが、最悪自分で付けているだろう。

だから、持っていない人間はそうそう居る筈が無いのだが。




「悪ぃな、ナウジー」



「私達に名は無い」




さらりと言ってのけた二人は無表情と苦笑いだった。




「……‥はい?」




思わず扉に伸ばしかけていた手が止まる。

名前がない。言われても然程驚く事でもないが、ナウジーとしては去れとて困る。




「な、無いの? 二人で付けたあだ名とかも?」




じゃあ何と呼べば良いのか。困惑するナウジーに少年は少々唸り気味に考えていると、隣で静かに少女が手を上げて




「ナナシ。名前の無い、名無(ナナシ)し」



「え、良いのかそれで」




一度そう呼ぶとなったら、ナウジーはさらさら変える気は無い。面倒だし、何より一人の人物を多々な名前で呼ぶのは気に食わない。

けれど、それを確認しても少女は変える気がないと言うように返事をしようとしない。

ナウジーから少女の納得するような案が出せるわけも権利も無いので、旅人の少女の名はナナシとなった。




「で、兄ちゃんは?」




未だに悩んでいる少年にナウジーは訊ねる。

深く考えることでも無いのだが、少年は本気で考えている様子。

こりゃ時間がかかりそうだ。急かす主義でも無いので、ナウジーが扉から手を離した時。

ドォンッ! と言う盛大な音を響かせて扉が乱雑に開け放たれた。内開きだったために開いた扉を避けたナウジーは思わず尻餅をついてしまう。

しかし、痛みや怒りでどうこう言う前に、男が叫んで言葉を掻き消した。

怯えたように、上ずった震えた声で、唾を撒き散らしながら、繰り返し繰り返し、少年と少女を指差して。

呆気に取られるナウジーに、男の罵倒の標的にされた少年はニヤリと笑った。




「俺はマミにする」




聞いてもいないのに、男の感に触ると解っていながらも告げる。




「魔を魅せる者で魔魅(マミ)だ」




男は鼻水をだらだら垂らし、(よだれ)が漏れる口から叫んだ。






「化け物めぇッ!!」







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