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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第壱章『偏狭に在りし教会を模す』
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第一話

 

 世間一般では、この世界【セレファンブ】は一つの神によって創造されたものだと伝えられている。

 宇宙空間を浮遊していた平たい盤に空間を創り、大地を築き、海を生み出し、生物を誕生させたと言われている一説、ファブレファ説だ。

 命名理由は簡単明白、ファブレファと言う神によって世界は産み出されたからと言うことらしい。

 世界創造の起因を誰としても知らないことを好都合に、一人の人間が吹いた噂の様なモノであるのが事実である訳だが。




「けどそれも、次々と【神欠(シケラ)】が発見されて、現実味を帯びてきつつあるのも事実」




 意気揚々と歴史を語っていた荷馬車の男に対して、少女はさらりと言ってのけた。

 神欠とは、神が世界創造の過程で遺していった神の欠片と考えられている事から付けられた【奇跡の遺物】の総称である。形が十人十色なのだが、総じて全てが異能なる力を持ち得ている。

 そんなものが幾つも見つかる近年では、神ファブレファが実在するのではないかとまことしやかに囁かれていた。

 いざ言わんとしていたことを先じて言われてしまった事に、男は呆気にとられるが、直ぐに気を取り直したように「だけどもな」と話を進める。




「その神欠の内に本当の神の奇跡と云われるモノが有るって言うのは知ってるか?」




 誇らしげに語る男の口調は、妙に弾みつく。

 少女は興味無さ気に「一応」と相槌を打つと、彼女の隣で荷台に寝そべってだらけていた少年がのそりと起き上がってきた。




「お、そっちの坊主は興味あるかい」



「まあな」



 眠たそうに自身の髪を雑に掻き乱しながら、少年は欠伸をする。そして、無造作に辺りを見渡した。

 視力の限りで見える範囲には何もない。気を引く物も小高い丘さえもない、だだっ広いだけの荒れ野原。

 その中を男は荷馬車の手綱を握り、二人の少年少女は荷台に揺られながら移動していた。



「なあ、おっさん。今どこら辺だ?」



 寝ぼけているのか、ボーっとした様子で訊ねる少年に男は僅かに右を見て、




「丁度中間地点ってところか」



「うげっ…‥ 三時間走り続けてまだ中間かよ?!」



「ルゼノア荒野を三時間で半分まで行けるのは良い方」




 男の言葉にげんなりする少年に、少女が言う。




「ティアモナレ大陸の大半を占める世界最大級クラスの荒野は数時間程度で渡り切れるモノじゃない」




 そんな場所を中間まで三時間と言うのは、(ひとえ)に馬を操作する人間の手腕の賜物だ。




「文句言うくらいなら黙って息だけしてれば良い」



「扱いがひでぇ!!」




 余りのぞんざいな態度に少年は不満を叫ぶが、少女は知らん顔でふてぶてしく荒野を眺める。

 反応の無視(スルー)さにはぎりするも、返ってきたのは二人のやり取りを聞いていた男の笑い声だけ。




「仲が良いのは良いことだ!!」



「唯の旅仲間」




 素っ気無く言い切り口調で訂正をする少女。何を言っても無駄だと分かったのか、少年は再び荷台に寝転がる。

 そんな二人に男は何を思ったのか、一瞬黙った後に手綱を揺らして訊ねた。




「【神欠】探しの旅か?」



「一応」




 神欠に興味が有り、旅をしているとなれば、そう考えるのが妥当だ。最近では、そう言う冒険者も少なくはない。




「報酬金目当てか? なら…‥」




 男の怪訝そうな言葉を遮って少年が応える。




「うんにゃ。ちっと治したいモンがあんだよ」



「治したいモン?」




 おうむ返しで少年に聞き返すが、彼はあまり触れてほしくない話題なのか「そういやさぁー」と話を反らす様に切り返して来た。




「ここら辺に乗ってる荷箱には何が入ってんだ?」




 少女が座る左と少年が寝転がる右に規則正しく並べられている、木材で組み立てられたらしい箱を指差して赤髪の少年は訊く。

 男は何だと軽く後ろを振り向き、納得すると「蜂蜜だ」と向き直った。




「今向かってる町に売る商品の蜂蜜。最近魔獣の増加で高値になってるらしくてなぁ、手に入れるのも一苦労の白物よ」




 それがどうかしたのかと訊ねる荷馬車主に、少年は大きく口端を引き上げ、少女はおもむろに立ち上がった。




「おい、何やってる?!」




 激しく揺れ動く荷台で立ち上がるのは危ないのだが、注意する男の言葉は聞かずに少女は腰の鞘に手をかける。




「一つ訊きたい」



「はぁ?!」




 慌てる大人に淡々と少女が言う。




「何故魔獣の増加で蜂蜜が高価する?」



「そ、そりゃあ、森の中に蜂蜜を取りに行けねぇからで…‥」



「違うね」




 少年が立ち上がりながら断言する。持ち上げられた右手は背負う巨剣を掴む。




「魔獣が森に増えたんじゃねぇ」




 二人の少年と少女は荷馬車の走った荒路(こうろ)の遥か後ろ、地平線にも見えなくない荒野の果てに目を凝らす。

 本当ならば、荒野が途切れた形で終わっているだろうそこには、見える限りの果てを覆う程の紫煙が立ち昇っていた。




「増えた魔獣が蜂蜜(エサ)を食ってんだ!!」




 少年が叫んだ瞬間、二人は各々の刀身を引き抜き、鞘走る音に慌てて振り返った男が情けない悲鳴を上げる。




「なななな何だあれはッ?!」



「何って、見りゃ解んだろ。魔獣の群れだろ」




 違う! と泣きそうな顔で男は叫んだ。




「何であんな沢山の魔獣がこんな所に居るんだ?!」



「そりゃあ‥…‥…」




 少年は片手で軽々と大剣を担いで空いている片手で箱の蓋を強引に引っ開く。すると、鼻腔を甘ったるい匂いが刺激した。




「これのせいだろ」




 人間でさえ顔をしかめてしまいたくなる程の甘い匂いに、何倍も鼻の効く獣が気付かない訳が無い。ましてや、凶暴化した破壊本能の赴くままに行動する魔獣は尚更。




「安全的に生物が殆どいない荒野を選んだのは良かったけど、それが裏目に出た」




 視界を遮る物も障害物も無いと言うことは、大量の敵に襲われる事は否めない。その上、蜂蜜(エサ)の匂いを漂わせて高速で走っているのだ。惹き付けられた何十匹もの獣が追いかけてきても当然の事である。




「つー訳でおっさん。ちっとばかし俺ら離れっけど、置いて行くなよ? 」



「なな何をするつもりだッ?!」



「別に? ちょっちあの魔獣共に一発喰らわせてやろうと思ってな」




 軽々と切り返してくる少年に男は愕然とした。




「正気か?!」




 遠くからだが、魔獣の数は裕に百はある。それをたった二人で薙ぎ払えるわけがない。可能性が低いとしても、このまま荷馬車で逃げた方が得策だろう。群れに自ら飛び込むなんぞ、自殺行為甚だしい。

 しかし、少年は訳も無い様に鼻で笑う。




「正気も正気、大正気」



「だがなぁっ‥…‥…‥!!」




 少年の大真面目に聞こえなくもない答えに、けれども理解を渋る男。

 そんな二人に痺れを切らした少女は、荷台の(ふち)に駆け寄り




「長い。先に行く」



「はぁ?! ちょ、待…‥ッ!」




 仲間と言う少年の制止も聞かずに、外へ躍り出た。

 猛スピードで走る荷馬車から飛び降りるとは、何とも命知らずな事か。男が唖然となる中、飛び出した少女の後ろ姿は吸い込まれるかのように綺麗な着地を決め、百程の魔獣に対峙の構えを取る。

 見る間に遠ざかっていくそんな少女の姿に少年は舌打ちをした。




「あいつ、また無茶を…‥ッ!」




 だが、文句を言ったところで距離が縮まる訳でもない。




「おい、おっさん! 今直ぐ戻ってくれ!!」



「無茶なっ!? 死ぬ気か!」



「死ぬ気でも何でも戻れ!!」




 有無を言わせない勢いで少年は男に近寄り、手綱を力任せに引っ張った。馬が苦し気に(いなな)く。




「このまま逃げた所で生きれる確証はねぇんだからな!」




 その一言が追い打ちだった。

 男は、一瞬躊躇いつつも大声で了承した。




「解ったッ!! 但し、勝機は在るんだよなぁ?!」




 見事に手綱の紐を引いて馬を向き変更させ、叫ぶ様に少年に訊ねる。

 聞かれた本人は当然だと言わんばかりの笑顔で、頷いた。




「俺の辞書に負けの文字は無い!!!」




 後悔先に立たずとは正にこの事だと悟った時には、時既に遅し。



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