第〇話
「また貴方なの、ナウジーッ!!」
割れた花瓶を発見した女性は、直ぐ様側でニヤけている女の子をヒステリックに叫んだ。
髪はお世辞にも整えられているとは言い難い寝癖だらけで、乱雑に束ねられたが為にあちこちが痛んでいる。服装も似たり寄ったりで世間で言う庶民の女の子、それがナウジーだ。
ナウジーは、怒っていると分かっているのに、悪びれずに女性を見上げて笑う。
「ナウジーじゃないよ? フェバレーレがぶつかっただけだし。ニシシッ」
フェバレーレと言われた幼女は、怯えたようにナウジーの背中に隠れる。そして、少し顔を出して、瞳を潤ませる。
「ご、ごめんなさい・・・レバ先生」
それだけ言うと、ナウジーの服を掴んで背後に隠れてしまう。それほど我が強い子では無いのだ。
すっかりナウジーの仕業だと思い込んでいた女性・レバは、自分が間違ったことを無かったことにしたいように、わざとらしく咳払いをする。
「もういいです。フェバレーレ、そしてナウジー。次の授業までに片付けておきなさい」
言うだけ言うと、レバはそそくさと廊下を去っていった。余程間違ったことが嫌だったのだとみえる。
「あのオバサンひでぇのな」
「うんうん。ナウジーに謝りもしないの」
「日頃の行いのせいじゃん」
レバの姿が見えなくなった途端、今までとばっちりを受けないようにと隠れていた子供たちが、窓や教室のドアからわらわらと流れ出てた。
「ちょっとちょっとー。ナウジーは『やっちゃいけない事』はした覚えがあるけど、『悪い事』をやらかした記憶はないぞー」
「同じだよっ!!」
ナウジーの意味の無い反論に子供たちは、わっ と歓喜する。笑われたナウジーも嫌そうな顔一つせず、楽しそうに一緒になって笑っている。
笑いに一段落がつくと、ナウジーが悪戯気に笑う。
「さぁてと。おい、そこのボウズ」
「おれ?!」
指を差されて驚く丸坊主の男児をナウジーは手招きし、花瓶に目をやる。
「ナウジーはこれこら『サボリ』と言う大事な仕事に出てくる。が、あのレババァに仕事を押し付けられてしまった」
自業自得だよね、と笑う観衆を無視して男児の肩に手を置く。
「フェバレーレだけに押し付けるなんて、ナウジーにゃあできねぇ。そこまで腐ってねぇからな」
そこで、だ。逃がすまいと言うように肩を強くもつ。
「ボウズにあの子と一緒に片付けをやってもらいたいさ」
男児は嫌そうに顔を歪める。面倒くさい、遊びたいと言う思いがだだ漏れだ。しかし、ナウジーは諦めず、コソッ と耳打ちをし、
「折角大好きなフェバレーレとの、共同作業だぞぉう?」
ボフッ と火がついた様に真っ赤になった男児をニマニマ笑いながら、開いた窓から飛び出した。
「んじゃあ、頼まぁっ!!」
言うと同時に校庭を駆け出す。途中通り過ぎていく子供が「サボリだー!」と楽しそうに言う声が聞こえた。
別段いつもの事で、気にせず校門を出ようとラストスパートかける。
その時、
「ナウジー! 何をやっているの?!」
「げぇ、レババァ!!」
脱走に気づいたのか、レバが息を荒げながら追いかけてくる。丈の長い服を両手で持ちながら走ってくる姿は、地の悪さを差し引いても少々不気味だ。
ナウジーは、体力と足の早さに自信はあるが、大の大人に敵うとまでは自負していない。
校門を出た瞬間、直ぐ脇にある民家の塀に素早くよじ登り、ついでに屋根にも登る。斜面で歩きずらいが、逃げることに関しては目的を達成できた。
下で、ナウジーを見失ったレバがヒステリックに叫んでいる。ナウジーは気にもせず、歩き出した。
目指すは、平屋の多いこの村で一番の高さをもつ教会。
ナウジーの日課は、この時間に教会へ赴く事だ。
以前までなら普通に行けたのだが、あの施設に通うことになってからは、こうして抜け出すしかなくなった。
「と言うか、何で勉強なんてしなくちゃいけないんだ」
この世界で、勉強をしている子供は殆どいない。首都に住む貴族が社交場で自慢する為だけにやっているようなモノだ。
大体、そんなことをしなくても、歴史や数は日常生活から学べるではないか。
「わざわざこんな田舎の村にまで学校を建てやがってぇ・・・」
首都の大人達が自分の地位を社会的に上げるために、お金がない子供でも勉強が出来るようになんて言う、綺麗事の大義名分で建てた上っ面だけの集団教育施設。その為、仕方なく指導する教師はテキトーなモノで、何故か親よりデカイ顔で威張り散らす。その上、当然のように馬鹿にならない金銭を強要する。
学校に入れないのは貧乏人。そんなレッテルを子供や自分に貼られたくない親は、貴族に比べれば雀の涙程の金を絞り出して、子供を学校に入れる。
ナウジーも、その一人だ。そのせいか、彼女は学校も教師も嫌っている。
「そんなことに手を回す暇が有るんだったら、魔獣をどうにかしてほしいわー」
年々、魔獣による被害は増え続けている現状で、他のやらなくても良いことに手を回しているのは如何なものか。
そんなことをグチグチと漏らしている間に、教会の目の前まで来ていた。
「おっとっと。神様の前だ、きちんとしねぇと」
ナウジーは慌てて飛び移り歩いていた屋根から飛び降りた。平屋の屋根から飛び降りた所で、慣れたナウジーは怪我もなく着地。そして、今まで気にもかけてなかった身だしなみを気持ち整えていると、不意に扉の前で話している三人の姿が見えた。
「んんん?」
一人は神父だ。セーラーカラーを足元にまで伸ばした様な服を着ている。残りのローブを羽織っている二人は旅人か何かの様だ。少なくとも、村の住人ではない。
傍目から見て、神父が教会へ入ろうとしている旅人を止めているように見えるが、どうかしたのか。
「何度も言いますが、ここは・・・」
二人に押されている神父は困惑模様。
「しゃーない」
ナウジーは、髪を掻いて教会の前へ走り出す。
「神父ーっ! どうしたんですかー?!」
近距離にも関わらず、大声を出して三人の気を一斉に自分へ向かせる。少しは流れが良くなればと。
しかし、
「ーーーーーッ?!」
思わず足が止まる。
「んあ? 何だ、この子供」
振り返った二人の内、男だった方がナウジーを見て怪訝な顔になる。
が、今のナウジーに先ほどのようなおちゃらけは出来なかった。
「血・・・・・ッ?」
振り返った男の顔が、これでもかと言うぐらいに赤く、赤い色に埋め尽くされていた。
鉄の、 嫌な臭いを漂わせて。