伍
柄近くまで深々と刺さった短剣を引き抜くと、無遠慮に切れた血管から血があふれでる。
傷を押さえ、顔を苦痛で歪めながら崩れ蹲る少年の前で、少女は抜いた刀身についた液体を遠心力で振り払う。
「お・・・、まえぇ・・・・ッ」
少年は恨むような声で、振り払い切れなかった血をローブで拭き取る涼しい顔をした少女を睨む。
「何で、・・・・こんなこと・・・」
「何でって・・・」
何を今さら、とでも言いたげな顔の呆れた様子で少女は答える。
「場違いな事言ったから」
「だからって本当に刺すか普通!!」
唯淡々と、
「否?」
「じゃあ何で俺刺されてんだよ?!」
怒り収まらぬ少年。
しかし、少女は短剣をしまいながら悪びれる様子も無く、
「何で?」
純粋に疑問を口にし、しゃがみこむ少年が押さえる手を乱暴にどけて、衣服を再びめくる。
そこには、生々しい赤い液体がこびりつき、
「不死身でしょ」
しかし、何処にも傷は見当たらなかった。
あれ程深かった傷が、跡形もなく完治している。
「不死身でも、痛いもんは痛いんだ」
少年はぶっきらぼうに言い捨てると、少女の手を払って立ち上がる。ローブや衣服に少々の血がついていまっているが、先程の狼達との攻防でついた反り血に混じってしまって、判る者はいないだろう。
それを見て少女は、
「別に減るものでも無いでしょ」
その発言に、筋肉を伸ばそうと腕を上げかけていた少年がすっとんきょうに「はぁっ!?」と叫んだ。
「俺の精神が軽くないダメージを受けたんだけど?!」
「内臓を傷付けない様に横腹刺したから平気でしょ」
「筋肉切られんのも痛いけど?!」
「服ごと切ってない分マシでしょ」
「汚れた時点でアウトだからなっ?!」
ワーギャーッ と文句を言いたい放題な少年に、少女は呆れて「煩い」と睨み付けた。
「私も、最初は冗談に済まそうと考えてた」
だけど、区切って少女が森にぽっかり空いた空を差す。
「木まで燃やすことはなかった」
少年が言葉に詰まる。
少年の魔法によって、狼共々燃やされた木々は形もない。根が残っていたとしてもあるもう一度生えてくることは無いだろう。
ここはずっと、このまま。
少年は、ばつが悪そうに髪を乱雑に掻いた。
「・・・・・わり」
「私は別に良いし」
そう言って少女は踵を返す。
それ以上は何も言わない。
少年も、後を追うような形で歩き出す。
今日は南風が強く、風が吹いていく向きに歩けば北へと出れる筈。
黙々と歩き続ける少女の後ろ姿を見ながら、不意に少年は思う。
「お前って、さ」
「ん?」
「俺以外には、結構優し」
「黙れ」
眉間に小石が突き刺さった。
少年は勢いで後ろへ倒れる。根と根が複雑に絡み合う地面であるから、所々を打撲しただろう。
「痛ぇぇぇ・・・」ともがく少年を見下しながら少女は言う。
「私は、目的が在って行動してる。変な事をして、それに差し支えるのが嫌なだけ」
他意は無いと言う。
少年は涙目になりつつも、額の血を袖でごしごしと拭き、立ち上がり様に憎らしく笑った。
「とんだツンデレ野郎だ」
「不死身馬鹿に言われたくない」
森は暗く、出口は未だ見えてこない。
それでも二人は風の向く方へと歩いていく。
各々がそれぞれにもつ目的を果たしたいが為に。
少年が空けた、空の青色の光は徐々に遠ざかり。
見えなくなった。