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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第弐章『奴の濡れ給う隷属を』
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第十七話



(見つかった……!!)



 出入口を塞ぐ青年、見間違わない青い制服のヘヨンは目を剥いた。まさか上から出てくるとは思っていなかった、という様な表情だが、今気にする事では無い。

 こうなってしまっては、もう気を回す必要も無い。



「ええいっ! どうとにでもなれッ!!」



 枠を手でしっかりと握り、椅子が倒れる事も厭わず蹴った。その勢いで、前転をする要領で足を窓枠の外に出す。

 「んなっ?!」慌てて駆け寄って来たヘヨンが、絶句してもお構い無し。半ば外れる様に手を離し、床に着地。


 ……に失敗し、足首から嫌な音が聞こえて床に突っ込んだ。



「――っだぁっ?!」



 ゴドンッ 鈍く痛々しい音を立てた。

 鼻っ柱に熱が溢れ、ワンテンポ遅れて骨を直接殴られた様な痛みが滲む。



「何してんだ……?」



 気休めに鼻に手を当てながら、呆れた口調に起き上がると、ヘヨンが手を伸ばしていた。

 捕まる。反射的に過ぎった予感に、ナウジーは全力で後ずさり。唐突な移動に、ヘヨンが呆気に取られている間に廊下を駆け抜けんと立ち上がった刹那、足首に激痛が走った。



「い゛い゛い゛ッ?!」



 電流が駆け巡る様な余りの痛みに、再び床へと激突。これまた盛大な音が上がる。

 決意して飛び出したにも関わらず、正に踏んだり蹴ったり。引っ込んだ筈の涙が視界をぼやかす。



(何でこう、上手く行かないんだよ……っ)



 それでも、諦めたくないから行動するしか無い。

 捕まえている相手の前で、しかも二回も転んで、最早捕まるとは分かっていながらも、立ち上がろうと肘を立てた。

 矢先、白い何かで視界を覆われた。



「――っ?!」



 驚きに思わず振り払うと、正面にハンカチ片手でしゃがむヘヨンが。



「……何してんの」


「それはこっちが言いたい」



 少し不機嫌に返しながら、ヘヨンは布をナウジーの目に押し当てる。

 いきなり何だよ。出かかった言葉は、意外にも飛び出さなかった。

 強くない力加減で擦られること数秒。あっさり布は離れる。


 唯、触ってみた頬は濡れていなかった。



「……どういうつもりだよ」


「ハナからどうこうするつもりは無いっての」



 訝しげに見上げると、目線と同じ高さで手が差し伸べられている。

 一瞬間、これが一体何のつもりか呆けていたが、目で「早くしろ」と言ってくるヘヨンの顔に得心した。

 が、ここで素直に取るのも柄じゃ無いので、



「騎士のくせに、照れてやーんの」


「はあっ?!」



 図星だったらしく、幼さを残す青年の顔に朱が混じる。

 あれ、意外と初々しいヤツ。予想外の反応に呑気な感想を持ちながら、顔と一緒に赤くなった手を取った。半ば引っ張り気味だったので、危うく額同士が当たるところだったが、ぶつかる事無く立ち上がる。



「えーっと、ヘヨンだよな? サンキュ」



 魔魅と同じくらいに当たる顔に向けて笑いかけると、今度はムスッとした表情で――それでも赤みは引いていないが――手を離した。



「どういたしまして」



 それだけぶっきら棒に言うと、「んじゃさいなら」と踵を返したナウジーの首根っこをひっつかんだ。



「誰が逃げていいと言った」


「逃げて下さいと言わんばかりの間抜け面だったじゃんか」



 少しからかって気を逸らせば、村の男子なら簡単に逃げられたのに、そこは流石に騎士団に入っているだけはある。

 二度目のちょっかいは不発に終わり、腕を後ろで掴まれて脱出したばかりの部屋に引っ張られる。抵抗に足を踏ん張ってみたが、引き摺られた。



「おいっ! 別にナウジーは悪い事なんてしねーぞ! ただマミ達んとこ行きたいだけだって!!」



 扉の鍵が開く音に焦り、中に入れられない様、ドア枠に足を引っかけてヘヨンに言ってみるも、



「後で駐在から指示が来る。それまで大人しく待って」


「んなの待ってられっか!!」



 力任せに押し入れようとしてくる力を逆手に、パッと足を外してヘヨンの脚めがけて思いっきり突く。

 惜しくも寸ででよけられてしまったが、手の束縛が緩んだすきにもう片方の足でバランスを崩してやり、廊下を駆け出す。



「な、待てっ!?」



 伸びた手を紙一重で躱し、廊下の角を曲がった。

 同時、視界一杯に青色が現れた。



「はい待った」



「うわぁっ?!」



 突然の行き止まり。咄嗟に急停止のために踏ん張ろうと力を入れた足は、床から離れていた。

 物凄い力で引き上げられる感覚に襲われ、何かに持ち上げられたと理解した時には、一つの顔が覗き込んでいた。



「元気なものだ。正に子供と言う感じで」


「はっ?!」



 垂れた目尻に、上がる口角、面白おかしく笑顔を浮かべている女性。

 何が何やら、これだけでも不可解であるのに、ナウジーの体を持ち上げている腕が女性に繋がっているように思えてしまうのだが。



「モルダ駐在。下ろしてあげたらどうだ。話せん」



 聞き覚えのある声に、モルダと呼ばれた女性は「おっと、軽くてつい」笑いながら腕を下す。同時に、ナウジーの足が床に付き、本当に片手で持ち上げられていた事実に驚きを隠せなかった。

 魔魅やナナシもそうだったが、そんなに軽いのか……? 悪い気はしないが、何とも複雑な気分だ。



「気にするな。彼女の腕力は並みより秀でる」



 ハッと顔を上げると、青服をきっちり着た女騎士。その後ろで、面白そうに笑って手を振る赤髪の少年、そして、無表情ながらに頭肯する少女が立っていた。



「アズィラ! マミとナナシも!!」



 驚きだったり、怒りだったり、表現しきれない気持ちがどっと溢れる中、最も心を満たした思いでナウジーは飛び込むに等しい勢いでナナシに突っ込んだ。

 結構な強さだった筈だが、ナナシは避けずに受け取るみたいに抱いてくれた。

 ぎゅっと衣服を握ると、母親が子供を安心させるみたいに頭を撫でられる。そこまで子供じゃないと思いつつ、一気に力んでた力が抜けた。

 再び滲みそうになった目を隠す様にナナシの服に押し当てる。濡れたら悪いなぁ、と考えながら、そのままぐりぐりと押し続けていても、ナナシはそのままでいてくれた。



「……無事でよかった」



 ポロっと出た言葉に、上から「私の台詞」と返ってくる。

 調子が戻った声に、安堵した。



「だってナナシも撃たれてたじゃん」


「フリ。当たっていない」


「まじか。全然気づかなかった」


「気づかれたら、困る」



 「そりゃそーだ」見上げながら笑うと、ナナシも微笑んだ。

 無理するところがある二人だけども、ナウジーからの目で怪我は無さそうだし、何よりナナシと魔魅は互いに負傷したら放っておかないだろう。魔魅に関しては、ここに居るなら心配も無用と言うもの。

 つい飛び込んでしまった事に、少々赤面しつつナナシから離れ、そういえば先程から魔魅が一言も喋っていないな、と横を見る。

 別に話を聞いていなかった訳では無いようで、壁に寄りかかって様子を見ていたらしい。ナウジーの視線に気づくと、話は終わったのか? と訊いてきた。



「マミ、疲れてる?」


「突拍子ねぇな」


「いや、元気ないなぁって思ったから」



 普段なら直ぐに話に交じって過保護になりそうなモノなのに、どうしたのだろうか。

 魔魅は少し考える様に間を開け、一瞬言葉を濁し、



「連続説教はもう勘弁」



「それはお前が悪い」「貴方が悪い」



 取り繕った笑顔で答えた少年へ、見事に重なった両サイドからの視線が突き刺さった。ナナシはいつもの事であろうが、騎士にも説教されるとは、何をやらかしたんだろうか。


 が、その気持ちはわからなくはない。



「確かに、人を置いてくわ、勝手に行動するわ、挙句人の家までぶっ壊し――」



 自分の事は棚に上げてつらつらと溜まった文句を並べていくと、隣から「わぁーっ あーっ!!」と遮って髪をぐしゃぐしゃにされた。



「はいはい(わぁ)った、(わぁ)ったから!! 同じこと言うなっての!!」


「貴方の場合、学習能力が」



 またもや冷ややかな言葉を放とうとしたナナシの口を手で押さえる。少女に睨まれようとも、少し待てと言って少年は強引溢れる切り返しで「ところで!」と女性に鋭い眼差しを向けた。



「そろそろ用件と理由を言ってくれても良いんじゃねぇの? 駐在騎士、モルダ・ガルダさんよ」



 巫山戯から一転。敵意すら含んだ態度に、空気が張り詰める。



「おや、ご指名かな」



 唐突に水を向けられたモルダは、変わらない笑顔でアズィラに筒状に丸めた紙を渡す。



「茶番劇は終わりかい」


「わざわざ待ってくれたじゃねーか」



 見る分には面白いからな。聞くからに楽しんでいる口調で、魔魅達の方へ一歩出る。



「用があったのは保護者の方だったのだが、子供を置いておくわけにもいかんだろう? 時遅しだったがな」



 チラッと向けられた目に、うぐっと言葉に詰まるナウジー。いつの間にか来ていたヘヨンからも呆れた視線が来る。

 誤魔化すみたいにそっとナナシの後ろに回っている間に「そりゃお気遣いどーも」と、モルダにつられた様に魔魅が挑発的に笑った。

 一体何の話をしているのか呑み込めないまま、唯不穏な流れを感じた内に、知らず知らずに手を伸ばしてしまった。が、魔魅に届くよりも先に、ナナシの口を抑えていた手が離れ、「けどよ」



「何しようってんだ? 若しくはどうしようもない馬鹿か」


「騎士相手に馬鹿とは、大層な生意気口を叩くものだ」



 「馬鹿にすんじゃねぇよ」嘲笑にも似た息を鼻から出し、体勢を低くする。



「目的が他にもある以上、此処に長居する意味はねぇ。――騎士(アンタ)らに話す義務もな」



「―――……ぇ?」



 チリッ


 刹那の()

 咄嗟に目を擦って確認しても、何の変わりもない。

 見間違いだったのか。ナウジーが目をぱちくりさせていると、モルダが肩を竦めた。



「辺境と言えど侮られては困るな。これでも本隊が来ている現状、事も相まり、早々出し抜けるものにはしていないんだが。丸腰でどう処理すると?」


「身を持って体験させてやろうか」



 パチッ 魔魅がおもむろに動かした右手に、火の粉が舞い始める。同時に、風もなく赤髪が――だけでなく、血の痕が残る衣服も靡き出した。錯覚にでも陥ったのか、幽かな光を纏っている様にも見える。



「な、何で……」


「ほぉ? 興味深いな」



 今度こそ見間違わない現象に、ナウジーは驚愕、モルダは感嘆を漏らした。



(マミは聖法が使えないって……)



 自分で断言していたのだ。嘘をつく理由もないし、見た目ナナシの扱っていたものと異なると肌が感じている。

 ナナシが発動させている様子も無い。だとしたら、この現象は一体――



「公務執行妨害……とでも付けておこうか」



 逡巡している間に、モルダが帯刀された鞘へ手を伸ばす。



「マミ!! 何の話か解ってないけど、流石にマズイって!!」



 ハッと我に返り、光帯ぶ様相の魔魅に向けて叫ぶ。魔魅が強いのは確かだが、相手は騎士。加え、魔魅の背中にはいつもの大剣がお留守だ。ここで揉め事を起こしていては、逆に時間のロスになってしまう。

 何より、根拠のない胸騒ぎが淡い光よって煽られる。


 ()()()()()

 しかし、聞く耳を持たず、更に火の粉が散り、モルダが自信気に刀身を抜かんとした刹那、



「双方やめろ!!」



「おっと」「んなっ?!」



 我慢の限界と言わんばかりにアズィラが叫んだ。と同時に、二人の頭上に影が落ち、大人一人分ほどの土塊が落下した。

 モルダは予想でもついていたように軽々と避け、完全な不意打ちとなった魔魅は呆気なく下敷きとなった。



「アズィラ……ッ 何しやがっ」


「いい加減にしろ」



 静かに怒りを含んだ冷たい一言に、血が上った魔魅も流石に押し黙る。

 瞬時にナナシに庇われ僅かに引いた場所に立つナウジーも思わず肩を揺らした。

 一瞬の沈黙にアズィラは溜息交じりに、モルダが剣から手を引いたのを確認し、



「そちらに任せるとは言ったが、話が進まない以上口出しさせてもらう」


「いつ出してくれのか待っていたんだがな」



 厳しい一言にも面白そうに笑う女性。アズィラは諦めているのか、話を優先したいが為か、くるりと魔魅、ナナシとナウジーに向き直り、手に持った書面を差し向けた。

 「げっ……」真っ先にそれを見た魔魅から、正にやばいという焦りの声が漏れる。心なしか、血の気盛んだった顔が、青ざめているようにも見える。そういえば、いつの間にか魔魅を包んでいた光が消え去っているな。そんなことを思いながら、目を凝らす。

 ナウジーの場所からでは、紙に書かれた文字は細かすぎてよく見えない。使われている言葉も堅苦しそうで、見えたとしても読めそうにないだろう。

 ナナシも同様のようで、警戒して身を構えている。

 どういう状況なのか相変わらず飲み込めないまま、アズィラは最初に言うべきだった台詞を口にした。



「ヴァルマーゼ町――ここから南に在る港町にて、駐在騎士に負傷者が出た」



 知らないはずがないな。――アズィラの確信に満ちた強い声に、ナナシの髪が不自然に揺れる。

 珍しく動揺しているらしい少女の背中に、ナウジーは嫌な予感が過る。



「目撃者によれば、犯人は二人組の男女。うち片方は赤髪赤瞳の少年だったそうだ」



 二人から聞いた話では、魔魅とナナシは魔獣に襲われるまで馬車に乗せてもらっていたそうだ。逆に言えば、馬車に乗らねばならない場所から来たという事で。


 南端の港町から一番近い町はルゼノア荒野を通るしかない。



「何か弁解はあるか? ()()



 アズィラの問いに、まさかと言う気持ちで、未だに下敷きになっている少年を見やれば。




「……忘れてた」




 本気でやっちまったという顔に手を当てる様子は、肯定しているようなものだった。



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