第十六話
じめっと湿った暑さと、身震いしてしまいそうな寒さ。相反する感覚が体に留まり、気だるさが押し寄せる。
「うぅ……?」
あまりの気持ち悪さに、ナウジーは目を開けた。
力無くぼんやりと見えたのは、薄茶の天井。何処かにカンテラでも灯されてるのか、物影がゆらゆらと揺れている。
「……どこだ、ここ?」
数回瞬きすると徐々に視界が明瞭になる。重い頭を動かして横を見れば部屋だという事は分った。同時に、自分がベッドに寝かされているという事にも。
「うぇ……ベトベトじゃん」
上半身を起こし、衣服の胸元を覗いてげんなり。水浴びしたまま服を着たみたいに、大量の汗が吹き出して肌を濡らしていた。
気づいてしまっては、もう一度横になる前に着替えてしまいたい。まだ怠い体を布団から出した。
冷気を孕んだ空気が熱を冷ます。ボーッとしていた頭も冷ましてくれるお陰で、気分も少しマシになった。
腕を大きく上に伸ばして背の筋肉を伸ばし、漸く頭も回ってきた瞬間、
「何で寝てんのっ?!」
ギョッとして、辺りを見渡す。
狭いと感じるほどのこじんまりとした部屋の中に、空っぽの本棚と、粗雑な机と椅子が一つずつ。壁や床から滲む古びた色合いに反して、小まめに掃除でもされているのか目立った汚れは無く、ナウジーが寝ていたベッドも汗でぐしょぐしょなこと以外、いたって綺麗なのだが――
「そもそも、ナウジーはこんな所に来た覚えもないぞ……?」
アズィラから頼まれてグロバードの家に行き、魔魅が一人で突っ走り始めたのを手助けしようとナナシと一緒に書庫を探しに行った。書庫での襲撃を潜り抜けて一息つけるかと思って、その後――
冷めるどころか、頭から血の気が去っていくのを感じながら。
「ユメに……撃たれたんだ……」
熱い鉛が弾が体を突き抜けていく、あの感覚。
無意識に胸元を掴む手に、脂汗が噴き出す。
大丈夫、痛くない。痛く、ない。
動悸する心臓へ、自分へ言い聞かせる様に繰り返す。早くなった呼吸も深く息を吐いて大人しくさせる。ギュッと瞼を瞑り、数秒後に勢い良く開けた。
「右脚よし、左足よし、右手左手両腕よしっ!」
頭は元からよろしくなし! 手足をブンブンと振り回し、気絶前と変わり無い事を確認。若干のダルさを払う様に、両頬を引っ叩いた。
ウジウジ考えてるのは疲れてしまう。何度考えても答えが出ないのなら、同じ事で悩んで回るより、別の問題を先に解いてしまった方か良い。
じんわり滲みそうになる涙をこすって引っ込ませ、『ここが何処なのか』と言う疑問を解決すべく、改めて部屋を見渡す。
気絶した後、一体何が起こったのかさっぱりだが、少なくともグロバードに捕らわれた、と言う事は無さそうだ。この部屋は、あの豪邸と雲泥の差もある。
「つっても、マミ達が居ないんだから宿屋でも無い」
二人が無事という確証も――否、あの二人ならナウジーよりも無事に決まっている。魔魅は子供っぽい所が有るも剣の腕は強い。ナナシだって魔魅に後れを取らない。とすれば、この部屋にナウジーを一人っきりにするのはおかしい。
消去法で思い付く限りに考えると、行き着く先は……
思い至った思考に、ナウジーは眉を顰めて微妙な顔になる。
この考えが合っていたとしたら、拒絶するわけではないが、面倒臭くなるのは不可避。個人的にさっさとこの街自体から出発したい所だ。
「何にしても、とりあえず出てみなきゃ分かんねぇって事だよな」
ジタバタ足掻いてもしょうがない。ナウジーは、ベッドの向かいにある一枚の扉の前に立つ。
一人勝手に行動するのは良くないと短期間で知ったので、何処かも知らない場所で下手に行動を起こさないようにしてみたものの、これ以上考えられることが無い。
ノブに手をかけ、なるべく音を立てない様、ゆっくりとひねる。が、引いても押しても開く気配はない。
「だよなぁ〜……当然っちゃ、当然か?」
怪我人でも、流石に逃げられる恐れが有るのに鍵を掛けない訳が無い。それでも、見張りや拘束が無いのだから待遇された方なのだろう。
であれば、魔魅達も手荒にされてる事は無い筈。待っていれば無事に合流出来る。
だが、
「待つのは性に合わないって」
魔魅やフェバレーレの事もある。嘘をつけないナウジーとしては、聞かれる事は避けたい。
一度扉から離れて、再三に部屋を確認する。と、さっきは目に止まらなかったが、扉側の壁の上部がガラス戸製になっている事に気が付いた。子供一人くらいなら通れそうな幅で。
ナウジーは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「考えるよりもまず行動って言うしな!」
思い立つや否や、机にしまわれた椅子を取り出し、壁際まで持っていく。こちらも音を立てないようにそっと置き、静かに上った。
下から見るよりもガラス戸は広く、鍵もかかって無い。
足元を一度確認してから、ゆっくり戸を開ける。覗いて人影を確認出来るほどには届いてはいないものの、少しよじ登れば簡単に乗り越えられた。一瞬目眩がしたのは、血の流し過ぎか。
過る思考を隅に追いやり、乗り出す様な形で身を出した。
明かり代わりの光逆灯が、壁に等間隔に点在する通路。長いと言うわけではないが、曲がり角が少なく、幅が広い分、見つかったら逃げ場がない。
それより早く出なければ。
(って、どうやって降りりゃいーんだ……)
無事登れたは良いが、壁はそこそこな高さ。加え、区切りがあって、開けられたガラスの範囲は大きくない。見動きが取りづらく、足を先に出そうにも一度全身を出さなけるばならなくなりそうだ。
こういう時に後先を考えろと言われるのだが……今更どうにもならない。
とりあえず、音を立てないで降りれるか……? 僅かな心配に見下ろした時。
「おま、何してるんだよ?!」
扉の真ん前に立つ青服の青年――ヘヨンと目が合ってしまった。




