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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第弐章『奴の濡れ給う隷属を』
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第十四話



 微かに動いたユメの唇からは、確かに「ごめん」と言う言葉が漏れた気がした。

 硝子が粉々に砕ける音、弾が穿たれる音、耳に劈きながらナウジーの体で収束する。そして、紅色が飛び出す。

 一度びくりと上下した女の子は、突然糸切れた様に力を失った。



「ナウジーッ」



 支えるように、バッと伸ばされた腕が落下を止める。ナウジーの視界の中で、紫金の髪が揺れた。



「あ、ナナシ」



 抱えられたナウジーは、あっけらかんとした表情で、ナナシの顔を見て安堵したようにへらっと笑う。その笑顔とは対照に、鉛が通るために開けた穴からは止めどない勢いで血が流れているというのに。

 意表を付く形で飛び込んだ塊が幸いしたか、脳天に向けられたはずの照準はずれた。が、角度にすれば三十度程度下を向いただけ。胸あたりがどんどん赤くなる。

 無表情に焦りを浮かべ、ナナシはそっとナウジーを床に寝かせて自分の指同士を絡ませた。ほんのりとした白い光が足元に現れ、彼女が小さく呟き始めると同じくして紫金の髪を揺らす。

 悠長に傷を治している場合では無いはずだが。ぼんやり思ったナウジーが見上げる視界の端で、小さい影とユメがもみ合っている光景が映った。

 重たい頭を動かして伺うと、アズィラに追いかけられた時に見た人型の土、土塊とか言う物が、ユメが握る銃を取ろうとしている。

 既に二丁の内の一丁が取られたか吹き飛ばされたか、部屋の遠い場所に追いやられていた。



「はっ、離してよっ! このっ・・・!」



 ユメが、今にも泣きそうな、怯えた表情で引き金を引く。鉛の銃弾が土塊に当たるが、表面を僅かに削るに留まる。

 そして、打ち切ったのか、いくら引いても何も出なくなった。

 装填し直そうと片手を離すも、それがあだとなって均衡していた引き合いは土塊の力任せに奪われる。反動で、銃痕残る床に尻餅をついた。

 様子だけを何を思うもじっと見ていたナウジーに、ふわりと暖かい光の粒子が舞い始めた。

 少しずつ軽くなる圧迫感に、助けてくれようとする少女にまた笑ってみる。何故か、言葉を口に出来るほどの気力がない。

 目を瞑ったままの彼女は分からなかっただろうが、ナウジーはもう一度ユメと土塊を見た。



「・・・?」



 その先では、まだ抵抗しようとするユメと、それを阻止しようとする土塊の姿があると思っていたが――そんなことは一切起こってはいなかった。

 寧ろ、倒れてから一向に起き上がろうとしないユメに、不審か心配か思ったらしい土塊が様子見のように覗き込んでいる。

 それすらも拒むみたいに、ユメは両手で顔を覆った。



「・・・・・・ュメ?」



 ナウジーは、不思議に体を起こそうとする。ハッとなったナナシがやめるように方に手を置いたが、気にしないで上半身を起き上がらせる。

 ナウジーやナナシよりも背の高く大人に近いユメの肩が、微弱に震えていた。

 言いつけをやり通せなかったから? グロバードの奴隷だから? そんなことでここに留まって震えたりするものなのか。

 何か、違う気がした。

 そうではなかったら、きっと謝ったりはしないだろうから。



「・・・何、で、?」



 胸元に火でも押し付けたような熱さ、それに押し潰されそうになる喉から、一つの疑問を投げかけた。



「……泣い…てる?」


「泣いてなんか無いわよ…っ!」



 治らないまま滴る赤色と同じ様に、透明な涙がぽたりぽたりと絨毯を濡らす。

 見栄と言うよりも、唯の意地だけでユメは返していた。

 けれど、その意地さえもどうでもいいように、鼻で嗤い、ナウジーが言葉を声にする前に自虐的な空笑いを部屋に響かせた。



「そうよ、これが泣かずに居られる訳無いじゃない」



 広角を上げ、鼻から息を出す。しかし、脱力した全身でも、拳だけは強くにぎられていた。震える程強く、平に爪が喰いこむほど躊躇い無く。



「ゆ…」


「もうどうしようもないのよ!!!」



 ナウジーの呼びかけを悲鳴にも近い叫びで遮り、バッと、小さな土塊を突き飛ばして起き上った。誤魔化すことすら忘れて、赤くなった眼で睨む。

 追い詰められて、逃げることもできない、行き止まり。



「今更何だって言うの…?! 知ったような口を聞かないでよ…ッ!!」



 乱れた髪の隙間から、首筋がのぞいた。

 朱い痕が変色し始め、痛々しい青となる。

 ナウジーには、その痣がどうしてつけられたのかも、何故そうなってしまったのかも、全て推測でしか分り得ることはできない。頭の出来が良くないのも自覚しているし、推測と言ってもおぼろげだ。

 しかし、たとえ知らなくとも、目の前に傷付いた人がいるのに、何で手を伸ばしてはいけないのか。



「確か、に。ナウジー、は、知らない…。ユメの気持ちも、分かったとか、いえない」


「解る訳無いでしょ!!」



 嗚咽が混じり合った叫びに、ナウジーはふらつく頭で(かぶり)を振る。

 他の人が、本当の意味で他人を理解できることはできない。知ったかぶりがせいぜいだ。知ったと思っていたところで、存外わからない。

 それでも、知ることが悪なんかじゃない。



「だから、教えてくれよ」



 止まない、むしろ増してきた痛みで上手く出来たかは自信はないけれど、今できる限りの笑顔で向くと、青女は目を少し丸くした。

 何故、そんな顔ができるのか。そう言いたげな顔に見えるのは、見間違いかもしれないくらいほんの僅かだったけど。



「ナウジーは、知らないより、解らないより、――(りょう)せられないのが、一番嫌、だ」



 それが一番、その人を否定する事になるから。

 我が(まま)であり、自分の願望を相手に押し付けている身勝手。そんなこと、言っているナウジーとて解っている。理想論だと。

 その上で、あえて口にして、願わくばそうであって欲しい。


 ――(すべ)て、綺麗事だ。



「煩い」



 奥歯をこれでもかと噛み、立ち上がろうとしたのを感付いた土塊が押し倒そうと突進して来たが、ユメは一蹴した。――と言っても、土と岩の塊を一瞬止めるだけ。しかし、飛び越えるには十分だった。

 ナウジーが首を(もた)げて宙を一転したかと思えば、視線が追いついた頃には脚が振り上げられていた。

 それがぴたりと止まったのは、ナナシが前に飛び出したからなのか、受け止めたのか、背後に隠されたナウジーには定かにできない。

 ただ、ユメが冷たい泣き顔で睨み据えていることだけは、判った。



「煩い。うるさいうるさいうるさいうるさいッ!!」



 一文字に結ばれた唇が溢れる様にほどけ、呟く程度だった声が叫びに変わる。握った拳が、震えている。



「知った所でどうにもならないっ! 秩序は変わりはしないッ 空論でひっかき回さないでよッ!!!」



 ここでたった一人の奴隷が嘆き悲しみ足掻いたところでどうと言うのだ。家主(グロバード)に限らずも奴隷商はいくらでもいる。《物》に代えなんていくらでもある。

 結局は何も変えられない。



「何も変わらないんだからっ!!」


「――ッ!」



 軸足が浮かび、転じて振り上げ脚となりナナシの頭部にめがけられる。咄嗟に少女はしゃがんだものの、一回転した勢いで蹴り上げられた攻撃に対応しきれずに飛ばされた。

 ドガッ 瓦礫に逆落としされたような鈍い音がした。

 振り返ることもできず、大声で呼ぶこともできず、腰あたりから取り出された瓶が目に映る。



「――何で、」



 どうしてそこまで拒絶するのだろうか。嫌だと思いながら、如何で拒み続ける意味があるというのか?

 どういう気持ちで



「謝ったんだよ…?」



 もう、分らない。

 彼女の手から放り出された瓶は一直線にナウジーへと落下する。

 さっき食らった麻痺させる効果を今浴びたら、恐らく即死するようなことが起こるわけではないとは思うが、どうなるかわからない。魔魅からの聞きかじりなのだから、それ以上も知ることはできなかった。それでなくとも、動けなくなればやられ放題だ。

 これじゃあ、本当に変えられないまま終わってしまう。何もできないまま。

 滲む痛覚が遠くなった。



「――倒せッ!」



 不意に声が飛びこみ、考えるよりも先に床に押し倒された。ごりっとした衝撃を痛いと感じる間もなく、腹に響く銃声が瓶を穿つ。

 即時に粉々となった硝子片が液体と共に眼前に飛散していった。倒れたナウジーにも数滴が跳ね返ったが、衣服に吸い取られ、破片もあさっての方向に跳ぶ。

 遅ばせに小さな土塊によってユメも押し倒された。次いで、今度こそ逃がすまいと自身の体をブルリと震わせ、人型から一本の太い縄状へ。圧し掛かる重さで身動きの取れない彼女の体に巻き付く如く周り、地面と同化すると動きを止めた。

 瞬きもままならない一瞬間の出来事に頭の追いつかないナウジーは(まばた)き一つ。



「え?」



 鈍い驚きが漏れた。同時に、押さえつけられていた――否、抱かれる形で庇ってくれていたナナシの重さがふいと消える。代わりに背中に手が回され、持ち上げられると。

 見上げる形で目が合った青い制服の少年に、絶句した。



「おまっ――?!」


「騒ぐな。傷が悪化するぞ」



 つっけんどんな物言いに言い返す余裕などなく、引っ張られるような裂ける様な痛みが瞬時に胸に打つ。反射で胸を押さえようとしたが、ナナシに止められ、そのまま仰向けにされる。

 が、親切でそうしてくれたであろう手を振り払って少年に掴み掛らんと――するものの、思うように体が動かない。脱力してナナシに支えられた。



「な、何で、……いるんだよ……?」



 せめてとばかりに、少年の騎士、ヘヨンを睨む。

 彼は、ユメの行動を警戒しながら、僅かにこちらを一瞥すると、不機嫌そうにまた視線を戻した。



「騒ぎがあればそれを取り締まる。それが任務だ」



 それで瓶を打ち抜いたと一目でわかる拳銃をユメに向けたまま、カチリと音立たせる。

その小さな金属音にナウジーは背筋が凍った。



「まっ…!」



 動く事も辛い。生暖かい物が込み上げ、口中に気持ち悪い味がする。耐え切れずに吐き出すと床に小さな血溜りができた。

 頭がぐらりっ と揺れ、体が危険信号を出している。

 それでもなお、諦め切れなかった。



「ッユメは悪くないからなっ!!」



 自分の声でさらに痛みが増す。その分の大きさで、三人が吃驚と顔を向けた。

 ユメだけは、驚愕と言わんばかりの表情。突かれた虚にしばたき、言葉を理解すると歪んだ笑みを浮かべた。



「何言って」


「ナウジーがっ!!」



 何度言っても伝わらない、幾度繰り返しても同じ言葉ばかり。腹立たしさに言葉を遮る。

 けれど、それらは全てナウジーが一方的に聞いていたがための結果だった。納得していると言われて頷けはしないが、悪くない相手に善だと手を下すのは間違っていると思う。



「聞いただけで――ッ ……だから!」



 自分でもはっきりと何を言おうとしてたかわからない。ただ、騎士がどんな権限を持っているのかも知らないが、誤解でなくしてしまうのは嫌だった。

 そう、続けようとした声は、乾いた発砲音で止められた。



「勘違いするな」



 ぶっきらぼうな物言いで、ヘヨンは呟いた。構えていた腕を下して床に膝をついて屈み、ユメを拘束していた土塊の――自らが撃った箇所に触れた。瞬間、岩土が罅裂(かれつ)。砕けた刹那に光片変じたかと思えば、一枚の紙へと輻輳(ふくそう)した。

 ひらりっ 紙切れが宙を舞い落ちる。

 ヘヨンはそれをつかみ取ると、小筒をホルスターに戻すとともにその横に掛けていた縄を取り、驚倒のあまり動けずにいたユメの腕にそれを回した。

 同じく唖然となっていたナウジーが、はたと声を上げる。



「な、なん……」


「……決定権はアズィラ騎士長に一任されている。これ以上騒ぐのであれば、お前らも捕縛するぞ」



 数回回した縄を固く結びつけると立てと言って、ユメの腕をつかみ上げた。けれど、彼女は抵抗するどころかまともに従って立ち上がった。その表情は、余計に険しくなっているように見えるが。

 と、ナウジーは急に体を寄せられた。ナナシが、緊張を強めてじっとヘヨンを見ている。それに気づいた相手も、不機嫌に見返す。



「警戒される覚えはない」


「未知数」


「騎士が手を下すわけないだろ」


「建前だけは立派なのね」



 騎士らしかぬ喧嘩腰の言葉に(かえ)ってきたのは、侮蔑した声色の否定。打って変わって大人しく黙っていたユメが、嘲る笑い声を漏らす。

 ヘヨンは、怪訝に顔を顰めた。



「建前なんかではなく、れっきとした規則だ」



 が、ユメは不況を買うことすら厭わず、戯言と言い放つ。



「誰が生真面目に『規則』を守ろうとするのよ」



 俯かれた顔はヘヨンからは見えないが、見上げるようにしてナウジーには見えた。

 笑ってはいても、再び涙が込み上げ来るのを我慢して引きつったぎこちない顔。それなのに、言葉だけは気丈に。

 知っていった事が少ないだけなのか、理解力が乏しいだけなのか。それとも、本当に知りあうことすらできないのだろうか。前者であってほしいと思いながらも、後ろへ心が揺らぐ。



(みな)が循守している当然の事だ」


「笑っちゃうわ」



 理由がわからない否定程、つらい。



「誰もがそうしているのであれば、歪みだなんて生まれるわけないじゃない。とんだ杜撰(ずさん)な愚劇よ!!」



 吐き出し、無言にナウジーを向いた。

 言い返せるのか。そう言われているみたいに。

 ユメが返答を向けた、伝えるチャンスだと思えても、次の言葉が出てこない。傷が苦しい、だけじゃ無い。

 ヘヨンが言ってる事が正しいと思わない。ナウジー自身ルールを守らずに巫山戯をしでかしていた。それでも、合っているとは思う。対して、ユメの言ってる事は……合っている。そう思ってしまう。

 全ての人が同じ様に守っていると、思えない。

 引っ込んでいた筈の、あの子の笑顔がぶり返した。

 違うと、言い切れてた自信は、何だったんだろう。

 たった刹那の沈黙に、押し潰されそうに感じられた。――その時、



「訂正する」



 ヘヨンが発した言葉とは裏腹な乱雑な口調に、ユメはナウジーから視線を外した。安堵した反面、悔しさが込み上げる。



「今更何」



 今度は何だと言うように不快に投げかけると、ヘヨンは一瞬躊躇を見せると、



「誰もが規則で生きてない。むしろ、無視する輩の方が多い」


「は?」



 一転した矛盾を言葉にした。

 思わずナウジーも顔を上げて彼を見やる。憮然として不機嫌なまま、



「騎士だって破天荒で基準から外れる人物もいる」



 そうであれど、そんなものは半々程度だ。



「何を疑ってるのか知らないけど、うちの騎士長は公平だ。良いも悪いも」



 言いながらナウジーとナナシを一瞥し、苦々しい顔となった。直ぐに逸らされたが、何か不満でもあるのか。それに、ナウジーが解釈していた言葉と意味が、彼の返答と合致しない。

 しかし、ユメは目を丸くして、背を向けてしまった。今まで言い散らしてた『否』の声も上げず。

 納得、してくれたという事だろうか。



「そっ、か」



 力が抜ける。気が抜けたとも言うか。まだそう捉えるには早計だが、あれだけ抗拒していたのに比べれば、思い込むのも間違いじゃないだろう。


 ユメにも、【揺らぎ】が映らないから。



「…っナウジー?」



 全体重を乗せたせいかなのか、ナナシが名前を呼んだ。

 ごめん、ナナシ。重いかも。

 心中で謝ってみるものの、そう言えばマミとナナシに昨日軽々と運ばれていた事を思い出す。細身の腕なのに、以外とナナシは力持ちだった。

 重さでナナシまで倒れることはないな。そんな事を思いながら、突然押し寄せた眠気に瞼を閉じたくなる。眠いのに痛いと言う状態も可笑しなものだ。

 僅かに抗って見上げると、驚いて覗いてくるヘヨンと、顔色を変えたユメがいた。

 ユメが思っていた事、伝えられる言葉、ナウジーには殆ど分からなかった。説得も、出来なかった。他にも、役に立つ事は何も出来ていない。

 こんなんで、フェバレーレや村の皆に『言葉』が伝わるのだろうか? 伝える事が出来るのか? ……考えたくもない。

 まるで、現実から逃げるみたいに目を閉じる。情けなく眠気に負けにいく。連呼される名前も揺さぶりも、遠くに離れてく。

 気のせいみたいなこの【揺らぎ】も、声も。今だけは静かにしてくれよ。




 そっと、意識は泥沼に沈んだ。




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