第四話
一応捕まっている立場上、つい身構えるナウジーだが、騎士長は気さくな軽い笑いで「そう固くなるな」と話してきた。
「先に言っておくが、君達をどうこうする気はないから。一先ず安心してくれ」
「す、既に俺がどうこうされているんだけど……!」
呻き声を漏らして、足だけでどうにかたとうとする魔魅から抗議。余りの勢いだったのか、擦りむいた箇所から赤い血が流れ出てしまっている。
痛いのは承知だが、すぐ治る体質があるので、一旦ここは大人しくしていよう。先ずは相手が何なのかを知るべきだ。
ナウジーは慎重に考えでた結論に、その事をうっかり忘れてしまっていた。慣れとは恐ろしい物である。
魔魅が足と腹筋だけで起き上がると同時に、昨日の出会ってから十数分後に見せてもらった時と同じ、淡く青い発光が起り、傷が塞がっていく。そして、物の数秒で傷口は消えてしまった。
やはり、神秘的な行程に見惚れる。わざわざ話の再開を止めてくれていたらしい騎士長も、その様子をじっと見つめ
「ああぁぁぁぁぁああああっ!!!!????」
突然、盛大な、それこそ、走り去った町の入り口にまで届いているのではないかと言うくらいの音量で、ナウジーはあらん限りに叫んだ。絶叫したとも言うだろうか。
兎に角、余りの叫び声に、騎士長と魔魅、ナナシまでが目を見開いて、ナウジーを見た。
「い、いきなりどうしたんだよ? ナウジー」
隣でひっくり返った魔魅が、汗一つに訊ねる。しかし、ナウジーにはまともに答えられる冷静さは吹っ飛んでいた。
「ままま、マミ、マミ?! 見られ、え、大丈夫なのか?! これは大丈夫に入るのか?!」
「お、落ち着け!! 俺の相方よりも意味が通じてないぞ?!」
脈絡なく話に出されたナナシが僅かに眉を潜めたが、ナウジーに気付ける余裕は戻ってこない。
見られた。見られてしまった。それだけが頭の中で一杯になる。
ナウジーの村で魔魅はわざわざ説明してくれた。自分の体質やそれによって起こってしまう誤解を。誤解した相手が彼に対してどんな態度を取るかも見た。それを解ってもらえることは少ないと、二人は淋しそうに言った。だから、進んで言おうとしないのも解っていた。
なのに。
「マミ、ごめん! 嫌だった筈なのにバレちゃう様な事になって!!」
慌てる魔魅に頭を下げる。謝りたい気持ちと、うっかり出かかってきた水を見せないようにと。
やろうと持ちかけたのは魔魅にしろ、そうなるに至った原因は気持ち任せに宛もないもやもやをぶつけたナウジーにある。
人が本当に嫌だと思っている事。それをするという事は、その人を本当に傷付けてしまうという事になる。それは、ナウジーの嫌いな事で、好きな相手には絶対にしないと決めている事だ。
魔魅は優しい。少くとも、仲間のナナシや合ったばかりのナウジーにでさえ優しのだ。多分と言わず許してくれるんだろう。
でもそれは、優しさに甘えている様に思えて仕方ない。
だから、真っ直ぐ謝った。自分の気をどうにかしたい気持ちもゴチャ混ぜで謝った。
そして、返ってきたのは。
「気にすんな、ナウジー」
ようやく理解に達した魔魅のきがない返事。
予想していた物と同じ言葉に、ナウジーは肩を落とす。正直者の魔魅でも、彼の体質に関しての事は信じきれない。
柄にもなく落ち込んでいると、何に慌てたのか「いや、本当に大丈夫だぞ!!」と魔魅が声を大きくする。
「コイツは俺の事を知ってる奴だから、バレるバレないの話しじゃねーの!」
頭を下げた状態のまま、ナウジーは一瞬思考に空白ができた。
「はい?」
どういう事なのか、思わず顔を上げれば、目の前に苦笑いを浮かべる女性と、弁解を図ろうと必死になっている魔魅がいる。
魔魅の体質を見たのに、女性は笑っている?
「その子、頭の回転が良いのかと思ったけど、以外に状況把握は苦手なんだな」
少しだけ申し訳無さそうに女性は言うと、刀の鞘がかけられているのとは反対の腰にかけた短剣を徐に取り出した。
何に使うのかと疑問に思う前に、後ろで腕を縛っていたロープを断ち切る。
「すまなかったな、手荒な事をして」
「え、いや………?」
唐突な行動に戸惑うナウジー。気持ちどうこうの前に暴力を振るってしまったのだから捕まるのは当たり前。捕まることは嫌だったのだが、しょうがない事だと割り切っていた。
なのに、その捕まえた本人が拘束を解くとは、不可解である。
「そう怪訝がるな。そこの馬鹿が言った通り、体質の事は知っている。心配無用だ」
柔らかい笑顔で言う女性に、ナウジーは視線を魔魅に向けるも、彼はそうだと何度も頷いた。どうやら本当らしい。
確かに、さっきのやり取りで何処か親しい会話をしていたのは気がついたが、まさか知っている程の仲とは解らなかった。
魔魅が傷付がなかったことに安心する反面、理解者が他にもいたということのもやもやが、ナウジーの心情を複雑にする。どうしてかは、本人でさえ理解し難い物なのだが。
元からぐしゃぐしゃな髪の頭の中が後で腕を組み、魔魅を見る。
「なぁーんだ、だったら先に言ってくれても良いじゃんか」
変な事を考える事は得意ではない。直に投げて教えてくれなかったことに対しての文句を垂れる。
「だったらややこしい事にもなんなかっただろー、マミ」
「教える余裕も無く襲って来たのはあっちだかんな!!」
言い訳がましく魔魅が言えば、隣からの溜息が。
「暴力などと低俗紛いも良い所の行為を率先して行ったお前の方に原因が在ると思うがな」
短剣をしまい、冷ややかな目で訂正する女性に、魔魅は「うるせえい!!」と先の台詞を遮る。
「お前もお前で、いきなり土塊なんて出しやがって!! 逃げるこっちの身にもなれってんだ!!」
「罪人に慈悲無用!」
バシッ 掴みかかれそうなほど近くにまで接近してきた少年を女性は治ったばかりの額を叩き、軽くあしらう。またもばたりと倒れる魔魅に気にもかけず、ナウジーに向かい直って手を差し出した。
「私はアズィラ・カレット。コイツとは腐れ縁の様なものだな」
よろしく頼む。そう挨拶されては、返さないわけにはいかない。
「ナウジーだ。マミの事知ってるのはちょっと驚いたぜ」
本音を込めて、出された手を握り返す。先程見た気圧される様な貫禄を持った雰囲気とは裏腹に、女性らしい細く綺麗な手だ。それで、魔魅に押し勝つ力量の持ち主とは信じがたい。
まじまじと見、改めてその事に関して驚いていると、上から微笑が漏れた。
「それはお互い様だな」
「……は?」
何の事か。ナウジーが聞き返そうと顔を上げた時には、アズィラは手をほどいてしまい、ナウジーの更に後を見ていた。
「それで、そっちの彼女は?」
振り返ると、何故まだ納めないのか。剣を持ったままのナナシが無表情にこちらを見てきている。その上、三人と距離を置いて。
「何してんだ?」
さっきから会話にも混じろうとせず、他に何をすることも無く、唯ジッと見るだけ。ほんのり見えていた感情の変化も、平坦になってしまった様に顔は固い。
相変わらず謎な、そして少し怖さを感じさせるナナシに、アズィラはつかつかと歩み寄る。
「貴方は初めて見る顔だが、以前もヱリと旅をしていたのか?」
一瞬、ナナシが剣を動かしかけたが、力なく腕を垂らす。
何処か目を合わせない様に俯いた。
「……ナナシ」
ぽつりと近くに来たアズィラにでさえ聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。けれど、アズィラは聞き取り、軽く頷いた。
「名無し、か。面白い名だな」
そして、同様に手を出して握手を求めたが、ナナシは避ける様にアズィラの横を通り過ぎ、魔魅の後に回る。まるで隠れるみたいに。
「恥ずかしがり屋なのか?」
握手を拒まれたアズィラは、少し残念そうに言う。
でも、と。ナウジーは首をひねった。疑問に思わざるを得ない。初めて会った時から、ナナシが人見知りする様な性格には思えない。
「さっきからおかしいけど、大丈夫なのか?」
もしや、野宿の時にナウジーが寝相悪くて起こしでもしてしまって寝不足では。心配になると、何か察したのかナナシは小さく首を横に振った。
振った後に、ずっとしまわなかった剣で縛られたままの魔魅の縄を切り断つ。
「お、あんがとよ」
魔魅がお礼を言うと、ナナシは少し反応しただけでさっさとに剣をしまい、彼の後に隠れてしまった。
やはりおかしくないか。
「なぁ、マミ。……ナナシ平気か?」
「まぁ……?」
苦笑いで曖昧に応えられた。それでは答えになってないじゃないか。
もう一度ナウジーが訊ねようと口を開く前に、「ところで」と魔魅が先じてアズィラに訊いた。
「手っ取り早く用件言ってくんねーかな。急いでんだ」
「話が早くて助かるな」
アズィラが、悪戯がバレた時の子供みたいな顔で苦笑すると、魔魅は「嘘つけ」と嫌な顔に顰めた。
「お前がちょっかい出してくる時は、大抵面倒事持ってくる時だけだろ」
「大半がお前が騒動を起してるせいだがな」
苦虫を噛み潰した顔でペッペッと唾を吐いて誤魔化そうとするが、態度でバレバレだ。何をしでかしたのだろうか。様子からして常習犯のようだが。
後ろに隠れるナナシからも冷やかな視線を向けられ、魔魅は居心地悪そうに口を尖らせ、「で、」先を催促する。
「今回の面倒事は何だってんだ?」
途端、アズィラは強張った真剣な顔つきになり、姿勢を整えた。
「これは、提案だ。寧ろ、私からの私的なお願いと言っても過言ではない」
何を改まって。釣られて真顔になる魔魅に、アズィラは一瞬酷く申し訳無さそうにナウジーと、もしかしたら隠れているナナシにも視線を向けた。
何故そんな顔をしたのかは、ナウジーはほんの僅かで解らなかった。あまりの刹那に、本当に浮かべたかも怪しい。
しかし、その後に発せられた言葉と、それと呼応して行われた動作は疑いようもない事実だ。
一見動きづらそうな青い服を身に纏った体を深く曲げ、黒く長い髪を垂らしながら。
「ヱリ。……否、マミ。頼む」
一つの『お願い』を口にした。




