第三話
「やあっと見つけたぁああっ!!」
酷く野太い声で宣言してきたその物体は、周りの建物をも壊してしまいかねない程の大きな拳を振りかざし、三人めがけて攻撃を仕掛けてきた。
片手に抱えられているしか無いナウジーは、自分では何のしようもなく「うぎゃああっ?!」と意味の無い悲鳴を上げる。
「ちょ、どうすんだよマミっ?!」
「だあぁぁっー! 黙ってねぇと下噛むぞッ!!」
グンッ 魔魅が、額がぶつかるんじゃないかと思う程定位置までしゃがんでナウジーを強引に黙らすと、髪を掠って巨大な拳が空を切る。横でも無理矢理引っ張っていた手を振り払ってナナシがかわしていた。
拳が通り過ぎると、魔魅は背中の大剣を素早く鞘走らせ、バックステップで後退。
「ヱリっ!!」
一瞬間後、先まで立っていた位置に叫びと金属が叩かれる音が煉瓦を叩きつけた。
「早ッ……!」
ナウジーが今までに見たことの無い速さで間を詰めにかかった人物の俊敏さに唾を飲む隙すら無く、魔魅が剣を下からせり上げる。が、襲撃者は滑らかな動きで刃同士を滑り合わせ、難なく刃から逃れるついでに攻撃に転じてきた。
「…ぐっ!」
向かってくる鋒を横へ薙ごうと剣を横に振るも、弾かれる。
胴が開いた。
相手はその瞬間を見逃さず、少年が反動から立ち直る前に切っ先を胸に突く。
直線に射貫かんとめがけられた刀は、しかし、横から割り込んできた細身剣に軌道を無理に逸らされ、腕を掠めただけとなった。
「迂闊」
刀を叩きつけた剣を手首で翻し、相手を牽制しながらナナシが手厳しく呟く。不意を付かれた相手はが体を仰け反らせて数歩下がった事を確認してから、小さな溜め息を漏らした。
「説明は」
いつも通りの淡々とした口調の短い問に、魔魅は唯肩を竦め、
「助けはありがてぇけど、そんな余裕あると思うか?」
「無い」
最初から答が返って来るわけがないと解っていたのか、直ぐに断言すると大勢を直し、剣を構える。
突然の襲撃とは言え、応戦にかかった魔魅があっさりと押される程の相手。無駄口を叩いて要られるほど楽では無い。気を抜けばやられかねないだろう。
それは、見ていたナナシよりも相手にしていた少年の方が良く解っている筈なのだが。
「……やられた」
魔魅は悔しそうに呟くと、剣を背中に戻してしまった。
突然の行動に、ナウジーは目を丸くする。
「どうしたんだよ、マミ?!」
ナウジーの知る昨日の魔魅だったら、どんな相手だろうと立ち向かって道を強引に作り出す。そんなやり方で突き進んで来ていた。今回とて、押されていたとは言えナナシと二人ならば突破出来ない訳が無い。あの巨大な物体もやり過ごせるはずだ。
なのに何故、武器を降ろしてしまったのか。
ナナシも何かに気付いたのか、目を忙しなく左から右へ動かすと、仕方無さそうに息を吐いて刀身を鞘に戻してしまった。
訝しむナウジーに、魔魅は指までさして、
「ナウジー、よーく屋根の上見てみな」
「屋根…?」
担がれた状態で首だけを上に向けて、村とは違う二階建ての家屋の屋根を見上げた。
明るい彩色で作られた瓦の屋根には、小さな小窓や煙突が設けられている。空が青い事もあって、彩取り豊かに見えるその屋根の上には。
「うげっ……」
思わず漏らしてしまった声に、魔魅は「分かっだだろ?」とナウジーを地面に下ろした。
屋根の上。村より急な斜面となっているそこには、平然とした顔で統一された同服を着用した人間が、三人を取り囲む様に立ち並んでいた。勿論、走ってやって来た背後の道にも。
いくら二人が魔獣相手に勝ると言えど、裕に三十人はいるのではないかと思われる数の相手をたった二人だけで躱せという方が無理問題だ。魔獣と人では勝手が全く違う。
「詰めが甘いな、ヱリ」
いつの間にか刀を収めていた最初の襲撃者が、勝利に満ち溢れた笑顔でニヤリと笑った。
「ウィグット、ヘヨン、拘束しろ」
「はっ」
凛と通る固い声で背後に控えていたらしい援軍の名を呼命すると、息ぴったりな了承の言葉を短く返して、二人の男がマミとナウジーの腕を掴んだ。
「な、何だよッ?!」
いきなりの無粋さに振り払おうと抵抗するも、力の差は歴然。無理に腕を痛めただけで、隣で大人しく縛られる真魅を見真似て渋々縛られる。
「お前もだ」
二人を縛り終えると、魔魅を縛っていた男が、戦闘態勢からは崩したが未だに剣を閉まっていないナナシに手を出すように促す。
が、以外にもナナシは強情に従おうとはしない。
「おい、聞こえてない筈無いだろ!」
気が短いのか、縛った縄をもう一人に渡してナナシの手も同じように掴もうとし、
「いや、ウィグット。彼女はいい」
指揮官らしき女性に静止された。
「彼女は殴り合いには参加していなかった。拘束するべきではない」
「しかし……」
ウィグットと呼ばれた男は、不服なのかチラリとナウジーと魔魅を横目で伺ってくる。殴り合いに参加していなくとも、それを傍観して止めるよう言わなかった事は悪事と言わないのか。そんな事が言いたげな目だ。
悪い事をした奴と一緒にいれば、そいつも悪い奴。決めつけも良い所だ。そう言うのが世の誤解を広めているのでは無いのか。
「見てただけで悪人扱いじゃ、他のヤツらはどうなんだよっ!?」癇癪を起こしかけたナウジーの怒り任せ発言は、四文字目を言いかけた当たりで強制的に噤まされた。
「良いと言ってるだろう、ウィグット」
決して怒鳴ったような大声ではなかったのにも関わらず、酷く冷たく響いた声に体が無意識に萎縮する。そんな指揮官の言葉にナウジーは愚か、文句を垂らしていたウィグットや周りで何やら囁き合っていた人達も口を閉じた。
それを確認した様に、一泊置いて指揮官がもう一度口を開く。今度は少し和らげた口調で。
「言いたい事は解る。しかし、我々に許されているのは目の前に起こっている事件の解決のみだ。行き過ぎた罰は、支障を来たしかねん」
必要以上の執行はするな。付け加える様に言うと、ウィグットは腑に落ちずとも理解したのか、伸ばしかけて宙で止まっていた手を引っ込めた。ただ、自棄とばかりに返してもらった魔魅を縛った縄をきつく引っ張っていた。ローブの上からも分かるほど食い込み、痛そうだ。
思わず顔を顰めると、後ろから軽く押された。
振り向けば、ウィグットと共に呼ばれた、確かヘヨンだったかが縄の端を持って歩けと促してくる。
「駐在所まで連行する。さっさと歩け」
こちらはウィグットよりは若い、寧ろ少年と言える程の年の男だが、短気な所は似ている。既に苛立ち始めて、キッ と睨みつけてくる。
「はいはい、歩きゃいーんでしょー」
どうせここで抵抗したとしても、抗う気が無い魔魅の様子では意味ない事になる。大人しくしているのは性に合わないが仕方無い。
初っ端から墓穴を掘った。ナウジーは自分の無鉄砲さに少し後悔をし、けれど直に目の前までにせまった女性の指揮官を見上げた。
少し怖いと思う気持ちはあるが、向かって行かなければ。息を吸って速くなりだした鼓動を落ち着かせる。ナウジーの子供なりの潔さに、隣で魔魅が楽しげに笑みを浮かべた事には気付かなかったが。
「騎士長。この二人は……」
付いて一秒もしないでウィグットが支持を煽る。まだ気が収まらないらしい。ナウジーの縄を持つヘヨンも同様。
その二人からの視線を強く浴びる指揮官は、「ふむ」と考える素振りを見せ、
「駐在所に拘束……したい所だが、ここは私に一任してくれ」
ウィグットとヘヨンが一瞬見せた明るい表情は、二人揃って一気に暗くなった。
反対に、驚きながらも顔を明るくするナウジー。魔魅は依然と余裕な笑みを浮かべている。
「何だ何だ? ナウジー達連れてかれねーの?」
「それは、お楽しみ」
気分を上昇させるナウジーの質問に、少年は意味有り気に肩を上下させた。手が縛られているのでそれくらいしかアクションが出来ないと言うのもあるのだろうが。
当然、慌てて反論に出る者がいる。
「騎士長! 何を考えているのですか?!」
「そうですよ! 暴力にお咎め無しと言うのは、些か権力横暴ではありませんか?!」
余裕を漕いた暴力犯を調子に乗らせまいとウィグットとヘヨンが説得にかかろうとするが、指揮官は一瞬キョトンと目を丸くして呆れた溜め息を吐いた。
「何を言っている? この二人に関しては、先の暴力を無罪にするわけ無かろう」
その台詞に「ですよねー」と三人分の声が重なる。二つは安堵、一つは残念と言う思いから。
以外にも息が合う三人に、またもう一つ溜め息を漏らす騎士長。
「何をどう考えればその結論に至るの物なのか……」
「教えの賜物だと思うけどなぁ、騎士長殿?」
先程から笑ってばかりの魔魅が話に入ってくると、指揮官はギロリと睨みつけ、半ば気圧す形で黙らせる。
「おー怖っ」
笑みを見が笑いにしつつ、縄で繋がれそれ程移動出来ないのに、魔魅は数歩後退った。それ程に眼力が強い。
変なちょっかい出すからだろ! 正論をナウジーに言われる中で、軽くそれを受け流すと不機嫌に踵を返した騎士長を見る。
「ウィグット、ヘヨン。いつまでも無駄話している時間は無い。お前達は部隊を先行しろ。三人はこちらで扱う」
「はっ」
さっきとは打って変わり、恭しく体を折ると手綱二本を指揮官に渡し、二人は剣と靴底の音を鳴らしながらこの場を去っていく。他の隊員にも伝わったようで、静かな足音でいくつもの人が立ち去っていった。
残されたのは、状況に思考が遅れつつあることを何となしに自覚はしているナウジーと意味あり気に笑っている魔魅、どうしてか剣を納めないナナシ、そして、先の指揮官であり三人を襲撃した女性だけとなる。
人通りが少ない場所を逃げ回っていたせいか、辺りは妙な静けさを帯び、居心地悪くなるナウジーが真っ先に口を開いた。
「それで、一体どうしてこうなったんだよ」
「そりゃ、そこの騎士長殿に身柄を拘束されたからだな」
サラッ 応える魔魅の答は、どうもナウジーの欲しい答とは方向が違う。
まどろっこしいのも面倒くさいことも回りくどいことも嫌いなナウジーにしてみれば、何と焦れったい事か。
そして、その回りくどさを生み出している二人に、特に魔魅に苛立ちが生まれた。
「つまりどういう事だよ、マミッ!!」
「ぶべっ?!」
縛られていることも忘れ、ガンッ 力任せ、基足任せに少年の背中を蹴った。正確には蹴り上げた。
不意を付かれた形になったせいでぶっ倒れかけた魔魅は、しっかりと縄をにぎられていたおかげなのかせいなのか、とりあえず煉瓦と再びおでこで挨拶する事は避けられた。代わりに、強く縛られた縄が腕に食い込んだが。
「いででででっ?!」
「自業自得だな、ヱリ?」
痛さに顔を顰める間に、ざまあみろとばかりに騎士長が鼻で笑う。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでの馬鹿とは思わなかったぞ」
「ばッ、人を馬鹿呼ばわりすんなッ!!」
「馬鹿に馬鹿と言って何がおかしいか」
やれやれと肩を竦めて、指揮官は魔魅の縄だけ地面に向けて勢い良く叩きに行った。勿論、繋がれた魔魅も道連れに。
「さて、自己紹介が遅れたか」
そういいながら女性は、「ぶげばぁっ?!」等とよくわからない悲鳴を上げ、嫌な音で煉瓦に叩きつけられた少年を無視し、一転して秀麗な笑顔を見せた。
「説明も含め、色々話をさせてもらいたい」




