第二話
子供はとてもわかりやすい。感情表現を表情で行おうとする働きが強く、それを抑えようとするほどの確固たる理性も持ち合わせていないので、直ぐに顔や態度に感情が現れる。
子供の良い所であり、弱点であり、子供たる所以である抗えない理なのだが。
「何も俺に当たらなくてもいいだろぉ……」
その所以によって地に野垂れる事になった魔魅は、事象の理不尽をか細く呟いた。
ある程度舗装された煉瓦道が伸び、首都に似せた明るい家屋等が建ち並ぶ小さな町・アルブィ。ナウジーの村よりも広く、人口が多少なりとも多い賑帯びる普通の町である。
が、そこへ足を踏み入れるや否や、唐突に背後からの平打を力加減無しに喰らい、魔魅は煉瓦に頭突きする羽目になっていた。
文句を垂れて頭を上空に向けると、予想通り、引っ叩いたであろうナウジーが思いっきり嫌な顔をして顔を引き攣らせている。
その反応の敏感さに、感嘆にも呆れにも取れる溜息を吐き、魔魅は諦めて話し出した。
「こう言う町なんだよ、ここは」
「納得いかない」
しかし、それを聞こうともせずに遮り、ナウジーは頑なな自身の主張を張る。
納得いかないと言われても、現実として確固たる存在になってしまっている以上、変えようもない事実なのだが、端から見ても不機嫌のナウジーは聞く耳を持ってくれはしないだろう。
「だから、言うべきだった」
口調こそ淡々としているナナシは、けれど内心は呆れている筈だ。その証拠に、わざわざ過去形で先程の選択ミスを指摘する。
「誤魔化す必要零」
「あーあー! 悪かった、アレは俺が悪かったよ!」
取り繕うのも面倒臭そうに投げやって、ナナシの説教が始まる前に立ち上がる。そして、さっきからそこを見続け、不機嫌丸わかりのナウジーに向く。
「嫌だとか胸糞悪いだとか、気持ちは解っけど、アレに一々文句付けたって止めようとはしねぇんだよ」
「だけどなぁ……っ!」
「さっき言っただろ? この町には、世界屈指の奴隷貴族サマが居んだ」
奴隷。人としての権利を全て剥奪され、物と同等かそれ以下の扱いを受ける事しか出来ない人間。
それらを好んで飼い慣らし、娯楽に投じる者。その多くは、金銭豊かな貴族に偏る。
そして、その利己的世界観は、周辺にまで影響を与えていた。
「今は何言っても正当化されるだけだ」
ちらりと冷ややかな視線を、ナウジーの怒りの元となったそこへと向ける。当然相手も睨み返してきたが、そんな事お構いもせずに殴られていたその少女を見た。
町の入口アーチをくぐり抜け、直ぐ様嫌でも目に入る位置で一方的に暴力を振るわれていたその子は、地面に打たれた杭に鎖で繋がれ、逃げる事も出来ず頬を腫らしていた。衣服も気を使われること無く、一枚の薄汚れた布を着ている状態。
それは紛う事無き、奴隷となった少女。
「けど、けどっ………!」
「ナウジーも、解ってるからあっちじゃ無くて俺を引っ叩いたんだろ」
飛び出して講義すれば、少女がこれ以上殴られる事を阻止する事は出来た筈だ。魔魅を引っ叩いた様に叩いてしまう事も。
しかし、ナウジーはそれを我慢し、ヤツ当たりとばかりに魔魅を張り倒した。
「相手は貴族だかんな」
先程、平野で曖昧に誤魔化した奴隷貴族について。
今では殆ど廃止同然の奴隷は、貴族だからこそ残り続けている。そこへ文句だけ言い寄れば、その貴族に喧嘩を売るような物だ。
そんな事をすれば、ナウジーどころか、旅仲間の二人にまで何をされるか分からない。
ちゃんと考えて、それでも地団太を踏む女の子に、魔魅は意地悪気に笑った。
「変な所で頭が回って助かるわ、やっぱ」
「一言多いんだよ、マミ」
ようやく観念したナウジーが、肩の力を抜く。そうである事を認めたわけではないが、今はこうする他やりようが無い。
それを確認した魔魅は、けど以前と笑ったままで「でもな」と、拳を鳴らし始める。
「変なモン見せつけられた御礼くらいはしてやんねぇとなぁ?」
「は?」
思わず漏れた唖然の声は、大人しく事を見守っていたナナシも含まれ、二人して魔魅の言葉に驚く。
そして、ナウジーは直ぐ様意味を理解し、ニヤリと笑う。
「そうだなー 御礼はしっかりとしなくちゃ駄目だよなぁ?」
ナナシが二人のこれから行うであろう行動に頭を片手に押し当てる中、魔魅とナウジーは、
「俺、そう言うノリが良い奴好きだ!」
「ナウジーもだぜ!!」
理由なんて、後からでっち上げれば良い様な物だ。
互いに顔を見合わせ、もう一度悪どく笑い合うと、その一秒後には殴っていた相手に飛び掛かっていた。
ある程度身なりが整っている青年の頬をナウジーが引っ叩き、その反対から横腹を魔魅が殴る。
突然の事で、理解する間もなく吹っ飛ばされた青年は、無様に背後に聳えていた家屋にぶち当たり、奴隷の少女も含め、辺りで他愛も無い日常を送っていた人々が唖然に目を丸くして固まった。唐突に人が殴られれば、驚かない人は居ないだろう。
「い、いきなり何をすぶぉあばぁッ?!」
視線が集中して集まる中、青年は理不尽だと考える暴力に対して文句を言い放とうとしたが、聞く耳を持たない暴れ馬二人によって強制的に遮られる。
見ていて止めなくてはいけない事態であるのに、あまりの勢いで振るわれる手足に、自ら巻き込まれに行くような人間は居ない。
これは気が済むまで終わらないな。そう思ったナナシは、民衆同然に見守っているだけの、傷だらけ少女に近寄り、しゃがみ込む。
「!?」
「大丈夫」
驚いた少女が慌てて後ずさりしようとするのを言葉で静止し、小さな袋から薄く白い布を取り、差し出す。
「使って」
少女の血が滲む頬を見て。
訳がわからないと混乱する彼女は、拒む様に首を激しく左右に揺らすが、ナナシはお構い無しに赤く腫れた頬に布を当てる。
その隣では今だに二人が暴れているので、呆れた溜息を無表情で漏らし、布を置いて立ち上がった。
どうしたら良いのか、迷う少女にナナシは髪を揺らして使う様に頷く。
「したかっただけ。構わない」
淡々に言うと、ローブを翻し、既に根尽きている青年に尚も暴れる二人の方へ歩く。
「二人共」
「止めるなナナシ! まだ気が済まねぇ!!」
「ナウジーの言う通りだぜ! まだまだぁッ!!」
溜飲が上がりきった二人は、ぽかぽかぽかぼか、殴る殴る。
流石にそろそろ止めるべきなのでは。皆がそう思い始めた時。
「こらあぁっっ!! 道中で、しかも入口で暴れてんのは何処のどいつだぁっ!?」
ドスの効いた怒鳴り声が地鳴りの様な足音を響かせてやって来た。何やら手に諸刃の剣が握られて。
「げぇっ!? アズィラッ?!」
苦い顔に顰める魔魅。ドンドンと近づくに連れて表情を険しくさせる。
無我夢中でやり続けていたナウジーも、何だ何だと手を停めて音の方向を見やると、影になりつつもその巨体だけははっきりと目に取れる何かが近寄って来るのが見えた。
「な、何じゃありゃあっ?!」
「い、今は気にすんなっ!!」
驚きに絶句するナウジーを焦る魔魅が強引に青年から引っペがして担ぎ上げ、目を丸くするナナシの手を引いてその場を駆け出す。
驚きも冷めやらぬ二人は、何やら酷く焦っている魔魅の横顔に首を傾げる。
「ど、どうしたんだよマミ?!」
「危険?」
「だあああぁぁあっ!! 何でも良いから逃げんだよッ!!」
訳が解らない魔魅に、取り敢えずナナシはついていき、ナウジーは担がれられたままとなる。
しかし、その高速移動にも思える程の速さで、見知らぬの町を逃走していたにも関わらず、進路が無くなった。正確には、塞がれた。
「やあっと見つけたぁああっ!!」
家屋と家屋の間の道に立ち塞がった巨大な影のせいで。




