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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第弐章『奴の濡れ給う隷属を』
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第一話

 

 それは、一種の神秘性を(もたら)しつつ、緩やかな回転を帯びて広がり、僅かな光粒子を空中に舞わして展開された。

 二重の円に細かく刻まれた不可解な文字列が、反時計回りに移動をする。内円の更に内側では、何重にも重ねられた図形が文字とは反対に回っている。

 その綺麗さに見とれてしまっていると、今まで続けられていた言葉の羅列が止み、陣が激しく光出した。

 驚く間さえ与えず、瞬きをした後には仄かな光柱が昇ったと思えば、痛みを発していた切り傷が跡形もなく消えていた。




  「凄ぇ」




 思わず感嘆を漏らして、腕を縦に横断していた傷の箇所を覗き見る。当然、腕はまっさらな状態だ。

 何だこれ?! 楽しそうな声を出して興味津々に何度も繰り返し確認する、ボサボサの髪の女の子、ナウジー。

 その子の目の前では、先程の円陣を展開させた少女が無表情に息を吐いた。




「要練習」




 紫金(しこん)の長髪を揺らし、金瞳を瞬きする。呆れているようにも見えなくも無い、感情が分かり辛いナナシ。

 しかし、もう一度とばかりに立ち上がった矢先に飛んで来た言葉に、僅かに怪訝に顔を顰めた。




「どうだいさ、センセー?」




 からかいげに傍観を気取る赤髪赤瞳の、岩の上で胡座(あぐら)をかく少年・魔魅の、悪戯するような台詞。




「初めてのお弟子さんはよ」



「手伝うべき」




 振り向かずに手助けを要求するナナシ。一人で教えるのにも限界があると。

 しかし、魔魅は無理無理と首を横に振って肩を竦める。




「俺、聖法使えねぇし」




 魔族が扱う魔法と違い、聖法は長い演唱と高い集中力が必要となる。魔魅にそのような細かい芸当は出来ない。

 何より、ナナシ以上に操作が得意な人間はいないだろう。




「お前が適任、俺お邪魔、だからこうして見回りやってんだし」




 岩から何の躊躇いも無く飛び降りた魔魅は、背後に広がる平原を振り返り言った。

 突き出した岩の頭や青々しく生えている草木を除けば、平坦な大地が続く場所。視界を塞ぐ木々も、先を覆う段差も山地も無い、真っ平らな大地だ。

 三人が佇むは、その平野の中部、大まかに大陸の中央部となる位置。そこは見晴らしが良い反面、野獣に襲われる危険性も孕んでいる。

 よって、聖法を使いこなそうとするナウジーとやり方を教えているナナシは、ほぼ無防備な状態。それを、暇人な魔魅が警戒を行っていたのだ。




「でも、それって面倒臭ぇだけだよなぁ、マミ?」




 ナウジーは、自身の服に付いた土を払いながら、胡散臭そうにとぼける魔魅に視線を投げる。




「だってさぁ、このソメリ平原にそうそう野獣が出る筈ねぇし」




 ここ、ティアモナレ大陸の一村出身のナウジーにしてみれば、それは常識だ。村人達が薬草として取りに来る時、比較的安全なここを選んで採取に行っていた。比較的であって、近年の野獣増加の影響は出ているが。

 村人が安全と言うならば、野獣がそうひょいひょい出る訳が無い。




「マミって、結構面倒臭がりだよなぁ」




 出会って二日。ナウジーと魔魅達との付き合いはたったそれだけだ。一日目は殆ど走り回っていて、きちんと話したのは昨晩と今日だけ。それでも、二日だけでも二人を知れた。




「本当は、教えるのが嫌なだけだろー?」




 魔魅はナウジーを連れて行く為に両親を説得する際に、聖法を扱えるように、知る限りで一番制御が上手いナナシに教えて貰うのが良いと言った。

 けども、制御が上手い下手など、自身もある程度使いこなせていなければ区別のしようが無いではないか。

 ナウジーの読みは、けれど魔魅はあっけらかんと、




「いや、俺本当に使えねぇんだけど」



「やらせたら、一回死にかけてた」




 ナナシまでが補足で否定した。

 ならば何故? ナナシは、自分から上手いと豪語する様な人では無い。

 沸く疑問を問おうと口を開くも、「おら、早く練習しろー」とやる気零の魔魅に塞がれてしまった。




「使える様になんねーと、結構やべぇからな」




 一転して真剣味を帯びた発言に、自然とナウジーの背が伸びる。

 気になってた事なのだが、昨晩、魔魅が両親を説得する時に聖法の事で交渉を行っていた。しかも、両者共それの資質があると言う事を重大視して。




「制御出来無いと、大変なのか?」




 首を捻るナウジーに、魔魅は「そう言や説明してなかったな」と、自身の赤毛を掻いた。




「大雑把に言っちまえば、魔力(マナ)の暴走で肉体が崩壊すんだよ」



「……………つまり?」



「死ぬ」




 ナナシの淡泊な一言に、首筋が震えた。




「体には血管と見えない魔力回路が張り巡らされてんだよ。身体機能はそれで成り立ってる」




 けども、もしその片方が乱れや逆流を起こしたらば?




「血管なら破裂すっし、魔力回路なら細胞をズタズタに切り裂く」




 本来の流れに逆らえば、反発し合う物同士で互いに傷付け、崩壊に向かう。当然の理である。




「人間誰しも大なり小なり魔力回路が存在すっけど、聖法が使える程強い魔力回路がある奴は、その強さで身を滅ぼすんだよ」




 後、強く無い奴が使おうとすれば、拡張の具合で逆流して、やっぱり死ぬから。痛そうな顰めっ面で顔を歪ませる魔魅。体験談で有るだけに、相当嫌な様だ。




「ま、そんなんで、放置しとけば死に至ると」




 軽い調子で締め括るが、子供のナウジーを(おど)かすには十分だった。

 気丈に平静を装っているが、血色の良かった顔から血の気が去り、肩が微小に揺れている。

 子供の割に理解が速いというのは利点にもなるが、転じて弱点でもあろう。一度人の死を見ていれば尚更。




大丈夫(でぇじょーぶ)だっつーの。コイツが居るんだぜ?」




 それを、あっけらかんと魔魅は自分の仲間の頭を乱雑に撫で回して、自分の事でもあるまいに、自信満々で笑う。




「コイツ程の使い手は居ないだろうし、ナウジーは安心して任せてくれよな!」




 嫌がるナナシに手を払われて格好は全く付かないが、それでも何処かで安心している自分がいる。

 義妹(フェバレーレ)に向き合ってくれると言ってくれたからなのか何なのか。

 何でもいいや。ナウジーは深く考えはせず、真っ直ぐに笑う魔魅の笑顔に、笑って返した。




(おう)! 任せたぜ、ナナシ、魔魅!!」




 魔魅は嬉しそうに頭を掻きながら、ナナシは無表情のままだが、多分内心は嬉しいのだと思う。




「では、もう一度練習から」



「うげ……っ」




 少しの覇気を感じさせながらの師匠(ナナシ)の言葉に、思わず言葉が文句になるナウジー。

 目を泳がせて魔魅に手助けを求めるも、肩を竦められてしまった。諦めろ、とでも言っているのだろう。

 仕方なく、ナウジーは先程立っていた、地に描かれた円陣の中に入る。

 だだっ広い平原のど真ん中、襲われる危険も在りながらここを選んだのには、当然理由が有るからだ。

 町に向かう途中と言うのも在るが、本当を言うとナウジーが魔力(マナ)をある程度使える様にする為。本来ならば一からゆっくり教える物だが、何せ時間が無い。省けるものは省いて、何とかして暴走が起きないようにしなければならいのだ。

 それでも、その場凌ぎとして、一応の扱いを教えようと先程から試みているのだが。




「こりゃあ、結構な物だなぁ…?」




 呆然とした魔魅の苦笑い。

 目の前で本日何度目かも不明な不発の魔力が暴れだした。

 その原因は、やはりナウジーである。

 一定の集中力を整えられれば、暫くの凌ぎになる。そう考えて、魔力を流す極単純な事をやらせているものの、魔魅も苦笑い物の不発連発。




「またかよチクショー……」




 その不発に巻き込まれたナウジーは、やはりやはり魔力に当てられ、浅い切り傷擦り傷だらけ。

 本人は傷程度でへこたれる事は無いのだけれど、見ている方はいたたまれなくなってしまう。かと言って、止められはしないのだが。




「ある程度の暴走なら止められるっつってもなぁ、俺らでも御しきれない時だってあるしな。何とか自分で出来たら良いなって思ったんだけど………」




 岩の上での高みの見物、と言われ様の場所に依然座る魔魅の独り言に、「どうする?」と問い掛けがやってきた。




「これ以上は、体力が持たない」




 ナウジーの身を案じたナナシが、案を乞うように見上げてくる。勿論、ナウジーの手当は忘れない。




「ナウジーはまだできるぜ! 平気平気!!」



「顔色悪くなってる奴が言っても説得力皆無だぞー」




 強がる子供に、魔魅は困った溜息を吐いて終了を言い渡した。

 魔力を使おうとすればそれ相応の体力の消費が起こる。それを朝から繰り返し続け、まして子供の体力ではここらが限界のはずだ。




「こればっかしは焦ってもどうにもなんねぇし、続きは町に着いてからだなぁ」




 自分の手荷物を仕舞い、ひょいっと魔魅はこっちに駆け寄ってくる。同時にナナシの応急手当が終わり、彼女も出発の軽い身支度をし始めた。

 ナウジーも納得いかないまでも、渋々立ち上がり、地面に描かれた円陣をパタパタ消しにかかる。




「そう言えばさー」




 粗方消し終わり、魔魅とナナシがナウジーを待っていると、ふとナウジーが思った疑問を口にする。




「これから向かう町って、どんな場所?」




 城へ向かう道のりの近場を選んでいると聞いたが、そもそも野獣や魔獣が増加したせいで殆ど村外に出たことのないナウジーにしてみれば、地図上の名前の存在でしかない。時偶、商人が自慢げに話しているのを何回か聞いたことがある程度。

 着いてからでも良いのだが、先に知っておく分に何ら不都合など無い。好奇心も加わって、どうなのだと二人を見る。




「どんなって言われてもなぁ……ナウジーの村同様に、時給自足で商人を介して取引やってる様な、これと言って特徴の無い良く在る町だぞ」




 髪を掻きながら魔魅は、何やら悩む素振りを見せつつ投げやりに答えた。

 城が居にする首都が年々徐々に広がっているのは事実だが、その比較的近辺の町や村が飛躍的に成長するわけではない。むしろ、変わらなかったり悪化したり、最悪誰一人として住んでいない村が出来てしまったりする。

 ので、同じ近辺に位置する村や町に相違など殆ど無いのは確かだ。

 ナウジーも何処かで解っていたのか、それ程追求せずに、消し終わった円を後にする。




「あぁ、でも」




 不意に言葉を繋げた魔魅に、ナナシはジッと彼を見、ナウジーは首を傾げる。

 その横顔は、悪戯の様な無邪気な年相応の表情ではなく、寂しさを紛らわす如く憂いを滲み出した、暗い面持ちで。




「アイツが居るんだっけか………」




「アイツ?」




 ナウジーが怪訝に少年の顔を覗き込むと、一転して呆れた顔付きで、肩を竦めた。





「世界屈指の奴隷貴族」







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