第〇話
逃げなければ捕らわれる。
逃げなければ刻まれる。
逃げなければ殺される。
逃げなければ死ぬだけ。
逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければっ!!!
焦燥に急き立てられ、重くてなかなか動こうとしてくれない足を手を必死に動かし、口を喘いで、先へ先へとみすぼらしく走る。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、死ぬ為にこんな事までしてるんじゃない!!!
美貌を忘れ、涙を横流し、鼻水が垂れてこようとも走り続ける。
命に比べれば、こんな苦しみは、醜態は比ではない。ここ迄身を貶めた者が縋るのは自分の命だけなのだから。
走り転び、また縺れる足を走らせる。
あと少し、あと少しで扉が届く。
僅かな希望を笑みに変えながら、ようやく届く扉に手をつき出した。
あと少し、あと少し、あと少し。
豪華な扉も、今では忌々しい。しかし、これでもうこことはおさらばだ。
手を掛け、ノブを捻り、扉を押す。
だが、その煩わしい程の装飾に飾られた扉はビクともしなかった。
押しても引いても、ぴくりとすら言わない。
「前に教えてあげたじゃあ無いか。最新式だと」
重々しい靴音を立て、わざとらしくソイツは言った。
ふかす煙の嫌な臭いを漂わせ、鼻孔を甘く刺激する。
追いつかれた。
「ちゃあんと人の言う事は覚えておかないとねぇ」
捕まってしまう、捕らわれてしまう。
「だからこんな事になっちゃうんだよぉ?」
近づいてくる、捕まってしまう、殺される。
「優しいワタシは、直ぐ楽にしてあげるからねぇ」
殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される!!
カツンッ 重い音が背後で止まり、握り潰す力で首を掴まれた。
嫌だ。
「さぁ、こっちに来るんだよぉ?」
息が出来ない、苦しい、嫌だ。
「それとも、ここがお気に召したのかぁい?」
力は強くなる、更に締めつく、苦しい、苦しい、嫌だ、嫌だ嫌だ。
「じゃあ、望むままにしてあげましょぉかぁ」
口も、目も、鼻も、耳も、全ての機関が狂い始める。
食い込む指が、気管を潰す。
苦しい。
苦しい、苦しい。
苦しい苦しい苦しい苦しい。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!
徐々に視界は暗転し、耳鳴りが劈き、全身から力が抜け、叫びはもう言葉すら型どらず、喘ぎに変わり、消えていく。
もう、無理だ。
絶望を込み上げさせ、力無く垂れる。
一つの失敗は全ての終わり、最悪の果て。
暗く淀む視界に、希望なんて微塵もない。
唯、最後に聞こえたのは、底無しに澄んだ鐘の音だった。




