第十三話
この世界では、ファブレファ神は世界創造の当人とまでされ、拝まれている。
そんな神にわざわざ牙を立てるようなことをするのは異端者か魔族くらいしかいない。しかも、極々少数の。
しかし、ここまで抽象的に表現したものを見せられて、疑わざるを得ない。
教会の人間が、本当に心底から崇拝しているのか。
「何…だよ、これ…………?」
教会のステンドグラスや書物でしか見たことは無いが、ややそれらと違うものの、それはファブレファの姿形を取っていた。
それを貪り喰う魔獣。見たことも聞いたことも無いその獣は、憎しみありきでしているとは思えないくらいの充血させた眼球で神を睨み付ける。
こんなものが、教会の地下に在って良いものだろうか。否、偽で在ればあり得るやもしれないが、尋常ではない。
「やっぱし此処だったな」
驚くしかないナウジーの隣で、あっけらかんと魔魅は納得していた。
「どうだー? 【神欠】とか在ったかー?」
石像の奥に向かって呼び掛けると「無い」素っ気ない返事が返ってきた。
「機能が停止してる。誰かが持ち去った後」
「まぁ、あんな騒ぎが起きた後だからなぁ」
石像の裏から出てきたナナシの言葉に、魔魅は面倒臭そうに髪を掻く。そして、横で棒立つナウジーに手を差し出してきた。
「俺らの目的は終わったぜ、ナウジー」
そんでこれからどうすんだよ? 少し自棄気味に訊ねる魔魅に、ナウジーは疑問ばかりで埋め尽くされそうな頭を何とか働かせる。
「マミ。マミ達の旅の目的って、何だよ?」
「何って……捜し物だけど」
「それって、神の欠片?」
ストレートに聞きづらい事を訊くナウジー。
対する魔魅は、少し考えた後にそうだなと頷いた。
「大雑把に言えばそうなるな」
「何の為に?」
「自分の為にだろ」
あっけらかんと言う。何とも無しに。
「俺は自分の体がうんざりだからな」
不老不死の体は、端から見れば羨む程の物だとしても、本人にとって嬉しくなるものでもない。
「だから【神欠】か?」
それを治す為には、それしか方法がない。詰まる所そうなのだろう。
何者にも何であっても治せない、そもそも凶魔でも無いのになってしまった体質をどうやって治すことが出来るのか。
けれど、世界を創造したと言われる神ならば。
欠片といえど、それは、巨大な神の力である。不可能では無い筈だ。
それ位、子供のナウジーでも解る。世界の殆どの人間が知っている事だ。
魔魅は、この村の教会に蔵められている【神欠】を求めてやって来た。偽物だと解っていながら、ナウジーまで巻き込んで探しに来た。
偽物の教会に?
「何で偽物だと結論付けた教会に【神欠】が有るって思ったんだ? そもそも、何で偽物の教会が建つことが出来るんだよ?!」
それに、この石像は何なのか。怒鳴るに近い音量で質問をぶつけると、魔魅は少し溜め息を吐いてグシャリと髪を掻いた。
「在って当然なんだよ」
怪訝がるナウジーの後ろ、石像を指差して、
「政治に宗教が絡み始め、信仰熱き現世界情勢。だから、発見された神の欠片は厳重な管理の元で保管されている」
けどさぁ……… 自分で言い出しておきながら、少年は、本当にそう思うか? と言ってきた。
「【神欠】が発見され始めたのは約九十年、確定していない物を含めれば百年前だ。そんな昔から発見され続けた数々の欠片が、たった一つの首都だけに収まると思うか?」
しかも、管理をしているのが首都の教会だけ。首都と言えど、百年間にも渡って増え続けた大量の神欠を、全て一箇所で置いておくなど出来ない。
「そこで、管理する為だけの偽物の教会を建てたんだよ」
「はっ…………っ!?」
突拍子も無く言い出した魔魅の言葉に、ナウジーは口を半広げて愕然となった。
「な、何言って………」
「事実」
横からナナシが言葉数少なに断言する。
「【神欠】を教会に置く事は出来ない。だから代理が必要になる」
当然のことの様に話す二人に、ナウジーはついて行けない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」
片手を額に当てて、静止をかけた。
この世界は、王が統治する国家による政治と、信仰者によるファブレファ神の宗教の二つが主だっている権力だ。最近では混合が始まっているが、根源は変わらない。
国家は国を統率し、宗教は民を先導している。旅人や冒険者によって、信仰されるファブレファ神の力の欠片が発見され、それを王が管理する。
確かに、何処そこに保管している等の情報は大っぴらに公表はされていないが、まことしやかに首都の教会だと言われていた。
それを、いきなり保管しきれないから他の教会に収める? 偽物の教会を建てる?
「数が多いから他に移すって言うのは解っけど、何でそれが偽物になるんだよ? 別に前から建ててある物でもいいじゃんか!」
「アレ見ても言えっか?」
訳分からんと投げやるナウジーに、指差す石像を見る様に促す。
ナウジーは、渋々再び非信仰的石像を見上げた。しかし、先程と変わることはない、不気味な魔物だ。
「これがなんだって言うんだ?」
顔を顰めて訊くと、魔魅はニヤリと笑い、
「カミサマの力は強大だ。人間なんか手も足も出ねぇ。けど、身分不相応にも、人間は神の力の欠片を持っている」
「それが?」
「おかしかねぇか?」
貧血のせいなのか、少し白い表情で魔魅は自信満々で言う。
「欠片でも凄ぇ力が在る【神欠】を、人間如きがどうやって大量に持っていられんだ?」
言葉に詰まるナウジーに、追い打ちをかける様に少年は手を下ろし、女の子とは反対の暗がりに浮かぶ階段を振り向きながら告げた。
「王は、神に逆らう事で力を抑え、多くの力を有する事に至ったんだ」
信仰している筈の神を、忌まわしき魔獣に喰らわせる事で力を抑え込む。普通に信じている信者にとって、狂ってる様にしか思えない発想だ。
「馬鹿げてる……」
「でも、今迄もこれからもこの政策が成り立ってるぜ」
世界を創造した神への冒涜を前にしても、魔魅もナナシも、平然としている。
「まぁ、かと言って、本当に信じてる奴らがいる教会にこんな物置いておける訳がねぇから、新しく名目上だけの教会を作ったって訳だ」
これで、ファブレファ神を率先して信仰している首都から近いにも関わらず、ファブレファ教会でないことも、犬猿の仲の女神と聖母が揃っていた事も、こんな無粋な石像が在る事も、全て繋がった。
そもそも、こんな辺鄙な村に教育施設が在るだけで大仰だと言うのに、加えて教会まであるなんておかしすぎだったのだ。むしろ、魔魅の説明で何と無しに納得出来てしまった。
「なぁ、マミ」
「何だ?」
問い掛けても振り返らない魔魅に向って、ナウジーは訊ねる。
「それで、【神欠】は無かったんだな」
「あぁ。無かったな」
素っ気無く応える魔魅。その隣では、ナナシが腰の細身剣の柄に手を掛けて、石像の暗がりを見つめている。
「こんな石像が在るって事は、本当はそれも有ったんだろ」
「まーなー」
やはり振り向かないで肯定する魔魅。
ナウジーは、冷や汗を一つ垂らして、もう一つ訊ねた。
「何で無いんだよ」
少女も少年も、応えなかった。
唯、地下の奥、墨のように黒い先から響く足音と、光が幽かに漏れる階段から聞こえる騒音。
これは、誰にでも解る現状、明らかな危機の知らせ。
取り乱していた頭を冷やして考えれば、直ぐに思い付く事だった。
何故、凶魔が教会の前なんて言う村のど真ん中で騒ぎを起こしたのか。多少なりとも自分に危険がある行為を無意味にやる筈が無い。
嫌な予感が知らせる中、ナウジーは再度魔魅に訊いた。
「何で【神欠】が無いんだよ?!」
瞬間、紫色の閃光が三人の僅か先の頭上を通り過ぎ、削られただけの岩盤を抉り取った。
地下にも関わらず、激しく上下に衝撃が走り、バランスが取れずにナウジーはすっ転ぶ。
痛みに顔を顰める余裕すら無く、後続の光が連続で地下を揺らす。
「ちっとヤバイかもな…!」
立ち上がれないナウジーが、ナナシの腕に掬われる形で助けられると、二人は階段を駆け上がった。
「って、待て待て待て待てっ?! 外には皆が………ッ!」
「知るかッ!!」
ナウジーの最もな注意を判っていながらも、魔魅は階段を抜け、教会内部に出た。
そして、案の定。敵意剥き出しの村人たちと鉢合わせだ。
振動が教会全体にまで及んでいるらしく、何人か転んでいる者がいるが、それでも向かってくる者は少なからず。
「面倒臭えっ!!」
魔魅が言い放った瞬間、大剣を背から抜き放ち、中峰で大の大人達を振り払った。
「お、おい、マミっ!!」
「打撲だけだ!!」
早口にそれだけ言うと、中央を突っ切って、扉に飛び込まんとする勢いで開け広げ、死屍累々の広間を駆け抜ける。
殆どの人員が教会に向かっていたようで、誰一人にも出会わず、ナウジーの家に到着した。
「な、何で家?」
疑問がるナウジーをナナシは下ろし、身軽な動きで客室としていた部屋の窓から中へ入って行った。
首を傾げるナウジーに、魔魅は「中に入ってな」と言う。
「そろそろ本気でヤベェから、俺らはおいとまするわ」
「はぁッ?!」
「これ以上、ナウジーを巻き込むのも筋が合わねーしな」
適当にいなして村から出る。少年は人懐っこい笑みを浮かべた。
「ナウジーには迷惑かけたな、悪ぃ」
ガシャンッ と音が響いて、自分の小荷物を回収した少女が戻って来た。しっかりと、洗っても汚れが僅かに残ってしまった元の少年の服も持っている。
「服はまた返しにくるから、ちっと借りるな」
すまなそうな苦笑いで言うと、ナナシと顔を見合せ頷いて教会の道を戻っていく。
二人は恐らく、あの地下に居た何かを引き摺り出して、それと一緒に村から離れるか倒してしまうか、どっちかだとナウジーは思う。
二人は優しいと、ナウジーは思っている。
あんな良くわからない話をされたせいか何のせいか、とりあえず全身にあまり力が入っていない。だからなのか、村人から追われていた時も、移動する時も、二人のどっちかがナウジーを持った。それに、見つかるかもしれないのに、ナウジーが目を覚ますのを待っていた。
会ってたかが数時間。たったそれだけでも、信じたければ信じればいい。面倒臭い事は好きでは無い。
決めたなら実行。行動主義なナウジーの出した結論は、
「マミィイッ!!!!」
仮名を叫ぶと、走っていた二人が驚いて止まり、振り返る。
見つかるなんてこの際気しない。ナウジーは大声で云う。
「ナウジーは仲間外れが大嫌いだ!! 置いてくなんて無しだッ!!」
この時、ナウジーは二人が何を驚いて呟いていたのかは知らない。
けれど、少しでも二人の事を知り、僅かな国の事を知り、義妹の事を知り、それなのに知らん顔で普通にしているなんて我慢出来ない。
それに、肝心な所ばかり二人は教えてくれていない。
「だから、ナウジーも着いてく!!!」
大声に何事かと、ナウジーの両親が窓から覗いてくる中、魔魅は場に似合わず、悪戯っ気満載の愉しそうな笑みで、
「おっもしれぇ!!」




