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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第壱章『偏狭に在りし教会を模す』
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第十話



そこは真新しくできた施設で、都市の人間の恩恵で出来たと言う話だ。

しかし、当時のナウジーからしてみれば胡散臭くて馬鹿馬鹿しい、今でもそうとしか考えられない場所である。

高圧的な態度で親よりも大きい態度で威張るその姿は、傲慢としか言いようがなく、見ていてみっともない。

だから、ナウジーは今まで自由に選ばせてくれていた親に反発して、家を飛び出した。

喧嘩をすることは少なくなく、その度に抜け出して半日右往左往した後に連れて帰られると言う始末。

しかし、この時は両親が迎えに来ることは無く、一日近くも家に帰らなかった。

その時に出会ったのが、木陰で蹲っていた幼い子供のだった。

綺麗な金髪のわりに薄汚れた衣服を身に纏い、寂しそうに一人座っている。

ナウジーは、そんな一人ぼっちの子供を放っておこうとは思えず、少しだけ髪の毛を手櫛(てぐし)で整えると、その子供に歩み寄った。




『何してるのさ?』




ナウジーとしては普通に訊いたつもりだったのだが、相手にとっては不機嫌に聞こえてしまったらしく、子供はビクリッと肩を揺らして後ずさってしまった。

失敗したなと反省しつつ、ナウジーは少し歩調を緩めて近寄る。




『別に何もしないよ。一人で寂しくないのかと思ってさ』




両手を軽く持ち上げて、何も持っていないとアピール。

すると、その子供は警戒心を和らげてくれたのか、興味有り気にナウジーを見上げてきた。

金髪と同じ位綺麗な金の瞳が、何かを訴えかける様にジッと見つめてくる。

ナウジーは、笑顔で子供の前にしゃがむと手を差し出した。

怖がりな様で、幼女は一瞬肩を揺らしたが、差し出された手が目の前で止まっていることに気付き、首を傾げる。

不思議そうな子供に、ナウジーは人懐っこい笑みを浮かべて、『ナウジーだ』と言った。




『ナウジーの名前はナウジーなのさ』




アンタは? 訊ねるナウジーに、子供は怖がりながらも彼女の手に自分の手を置いて、




『フェバ、レーレ………』




小さい囁き声程も無いその五つの音に、けれどナウジーは嬉しく笑う。




『ようし、フェバレーレ! ナウジーの事は「お姉ちゃん」って呼んでくれ!』




驚きに目を見張るばかりのフェバレーレを引っ張り起こし、ナウジーはさぁ来いとばかりに腕を広げる。

その大胆な堂々とした行動に、幼女は一瞬キョトンッとなった後、微かに笑った。




『………ナウジー……お姉ちゃん』




それが、初めて見たフェバレーレの笑顔だった。

妹が出来たみたいな感覚。一人っ子のナウジーにとっては、近所の煩い男子供(ガキ)共と遊ぶ時とはまた違った不思議な感覚だ。

色々な話をしたい。そう思って、フェバレーレに向き直ろうとした時。




「………ゥジィ……」




誰かの掠れ声が耳に届いた。

よくとまでは行かずとも、聞き覚えの有る声。

けれど、ナウジーが辺りを見渡しても、それらしい人物は見当たらない。




「…ナウジィ……ッ」




それでも、耳元で聞こえる声は確かにナウジーを呼んでいる。

誰だったのか。思い出そうと遡っていても、ピンとくる人物が思い浮かばない。とても最近聞いた事があった筈なのに。

うんうん唸って考えていると、いつの間にか目を瞑ってしまっていたのか、視界の全てが真っ黒に。

とりあえず、もう一度辺りを探してみよう。そう考えて瞼を開けると、




「起ぉっきろぉぉおおおっ!!」




赤い瞳が、鼻先数センチのところで叫んでいた。




「ぅわぁぁああああっ!?」




余りの驚きに、思わず条件反射で後退る。

百足(ムカデ)を引っくり返して猛ダッシュさせた様な不格好な姿で、何か壁らしき物にぶつかる。すると、視界が開けて、ようやく何が起こっていたのか理解できた。




「な、何だよ、マミかよ。驚かすなよなぁ」




紅い瞳は、ナウジーの知り合い、魔魅の物だったのだ。

突然過ぎて驚いてしまっただけなのだが、魔魅は納得行かない様子で腕組みをする。




「驚かすなよなって、こっちが驚いたんだけどなっ!」



「近過ぎ。当然」




その魔魅に横から無表情に冷ややかな視線を送るナナシ。

事実で言い返せずに口ごもる魔魅は、それでも敢えて開き直る。




「だってさぁ、いきなりの暴走だったんだぜ? そりゃ心配にもなるってもんだろ」



「心配でも迷」



「心配だろッ!!」




魔魅がナナシの言葉を遮り、声を荒げた。

突然の大声にナウジーもナナシ目を見開き、言葉を紡ぐ。

暫し短いながらも沈黙が流れると、魔魅は二人の視線から逃れるようにそっぽを向いてしまった。




「…‥……‥…心配、だろ」




ぶっきらぼうにそれだけ言うと、拗ねた子供のように乱暴に立ち上がる。そして、大剣を事もなにげに拾い上げ、背に戻してスタスタと歩いく。




「マミ、どうしたんだ?」




ナウジーも立ち上がりながら棒立ち状態で呆けるナナシに訊ねてみるも、当然にナナシは無言で答えず、唯じっと離れていく背中を見続けているだけ。

まだまだ謎がある二人だ。とナウジーは思ったが、そもそも、出会ったばかりの彼らについて知っていることなんて微々たるものだ。未だほとんど二人の事を知らない。




「なぁ、ナナシ。何かあったのか?」




答えてくれるとは思えないが、物は試しだ。

案の定、ナナシは振り向きはしてくれたが、無表情に見返して来るだけで何も言わない。

仕方ないので、ナウジーは衣服に付いたら土や泥を払い落とす。すっ転んだのか、結構汚れている。




「ナウジー、転んだ覚え無いんだけどなぁ………」




パタパタと土埃を舞わせながら呟く。覚えていることと言えば、魔魅の体を束子で洗った辺りまでしかない。

魔魅に叩き起こされる前の僅かな間に見ていたフェバレーレとの会話は、今では夢だと判別がついている。どうしてか寝てたらしい。

何で寝ていたのか、疑問に思うことばかりだが、とりあえず一通り払い終わるとナナシに向き直った。




「じゃ、こんなところで立ち呆けてるのもアレだし、家に戻ら」



「一つ」




突然、ナナシが初めてナウジーの言葉を遮った。



「聖法の暴走」



「へ?」




唐突に知らない単語が発せられ、間抜けな声を漏らすナウジー。しかし、ナナシは淡々と続ける。




「ナウジーが倒れた」


「は?」


「凶魔は逃げたけど、暴走は危険」


「え?」


「だから、二人で止めた」


「はい?」


「そして、心配した」




以上。それだけ言うと、ナナシは踵を返して魔魅と同じ方向へ歩いていく。

ナウジーは何を言われたのかさっぱり理解できず、一秒遅れて辛うじて現状に至った経緯を説明してくれた事だけ飲み込めた。

けれど、言葉数少なのナナシの説明は説明には程遠い。




「それってどういう意味だ?!」




慌てて追いかけてナナシの横について歩く。




「聖法…? の暴走とか、凶魔って…‥……‥…?!」




勢い任せに口走った質問に、ナウジーは現状の状況にようやっと気づいて絶句した。

焦げた地面と燃えた塊、ベタベタとした空気に嫌な臭い。

それらに刺激され、脳が思い出した。

そして、歩き進めるナナシの腕を掴んで止める。




「なぁ、ナナシ」




認めたくない、気持ち一杯にたれど、事実を知ろうと唇は動く。




「凶魔って、…………フェバレーレの、事?」




歩みを止められたナナシは振り返り、起伏の無い淡白な口調で一言、




「間違ってない」




返ってきた返答に、ナウジーは脱力した。

解っていた、知っていた。目の前で、笑顔でナウジーを殺そうとしたのを見たのだから。

それでも、たとえ凶魔であっても、彼女にあんな表情を向けられたくなかった。




「マジかぁ……………」




顔は不様に笑ってる。けれど、声は隠し様がなく震えている。

ナナシから顔を見られない様に背を向けた。これではバレバレであるが、どうしようもない。




「だから、心配した」




額を片手で押さえて、下を俯きかけた時、後ろからナナシが言った。




「こうなるって、心配した」




そして、強引にナウジーの腕を引っ張ると再び歩き始める。




「な、ナナシ?!」



「昔みたいに、悲しませるのは気分が優れない」



「何言ってるんだよ?!」




困惑するナウジーはお構いなしで、「兎に角」と勝手に話を進めてしまう。



「もう一度きちんと話す。そうすれば、一通り解る筈」



「解るって………」



「フェバレーレと言う子の事も」



「…‥……‥…!」




目を見開き、驚くナウジー。

ナナシは、一度速さを緩めると振り返り、微笑であるが笑いかけた。




「あの人は、優しいから」




フェバレーレと似た金色の瞳。

何処か理由もなく安心できてしまうその表情に、ナウジーはいつもの悪戯気に溢れる笑みを浮かべて、八重歯が目立つ歯を見せた。




「でも、それが弱点でもあるよなぁ?」



「正解」




無遠慮に明言するナナシの口元は、当然緩んでいる。

説得力無いぜ、と内心思うも口には出さず、歩調をナナシに合わせる。

何処に向かっているのかは言うまでもない。

手は繋いだまま、荒れ焦げた地面を踏みしめて歩いていく。

と、




「あ」




いきなりナナシが立ち止まり、つられてナウジーも止まってしまう。




「どうしたんだ? ナナシ」




見上げる形でナナシに問うも、今度も返事は返ってこず、代わりに逆方向へと手を引かれる。




「マミん所いかないのかッ?」



「来る」



「え゛?」




引き続けるナナシに少なからずの抵抗をしながら、ナナシが無表情に戻った方向を見やると、





「あ、ヤバそう」






明らかに村人に追っ掛けられている赤髪の少年が、こっちに向かってきていた。






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