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不死を象る世界は遊戯なれど  作者: 茜木
第壱章『偏狭に在りし教会を模す』
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第五話



その短剣は刃渡り二十センチ程のもので、振り回せばそこそこ武器になる。リーチ等に不利は有るものの、手首の返しで容易に攻撃場所を変えることが出来る分、思うような攻防を出来ることだろう。

何より、持ち運びやすく、女性でも軽々と操ることが出来、衣服に仕込ませることも出来るそれは、間違いなく文字通りの手頃なナイフ兼凶器だ。

どれだけ不利だろうと、護身用としては十分に役立つ。

そして、羽交い締めにされている少年を突き刺すには、長剣よりも短剣の方がやり易かった。




「ま、待て待て待て待てっ!!」




真っ青になりながら、ナウジーと短剣を掲げたナナシに押さえつけられた魔魅は、冷や汗をだらだら垂らして二人を見上げる。




「何でそうなる?! 普通にかすり傷でも良いだろっ!?」



「解りにくい」




振り上げられた切っ先を下ろされまいと、必死の説得へ移るも、ナナシの無情な一言で一蹴され、濁銀の刀身が魔魅の脇腹を深々と突き刺す。

ようやく自身が殺害兼死刑宣言をお願いしていたことに考え至ったナウジーも、ナナシが容赦なく降り下ろして、少年の身体を刻み始める様子を気分悪気に見てはいるが止めようとはしない。言い出しっぺが止めろ言うのは失礼だ。

それでも、鮮血が溢れ出てきて、分離された小さな肉塊が飛び散る様は、目をそらしてしまう。

数秒でナナシは手を止めて、苦痛に顔を歪める魔魅を見やる。

流石にヤバイのではないのか。少なからぬ不安に恐る恐る魔魅の傷口を覗いた。




「うぇ………」




遠慮が無いのかわざとなのか、結構同じところばかりが抉れている。グロテスクだ。血も、土が剥き出した道に染み込むほどに流れている。




「これ、本当に大丈夫なわけ?」



「問題無い」




赤色が滴る短剣を魔魅のローブで拭きながらナナシが淡々と答える。

元々赤黒かった服に新たな鮮血が彩られて、ますます目立つ格好になった魔魅は、けれど気絶してもいい傷に苦痛しながらも押さえつけを続行している二人の女を恨めしく睨んできた。




「お、お前らなぁ……………っ!!」



「黙れ」




ナナシが魔魅の頭を地面に打ち付けて黙らせる。ゴスッ 何て言う嫌な音がしたが、大丈夫なのか。

そんなナウジーの心配を他所(よそ)に、魔魅の抉られた傷口が、ほんのり光りだした。




「うおっ?!」



「大丈夫。治る」




思わず仰け反ってしまうナウジーにナナシが言うと、その通りに少しずつ形が元通りになっていく。どちらかと言うと、粒子が集まって形作っている感じだ。

そして、十数秒もしない内に血塗れとなった箇所は、こびりついた血液を残してすっかり元通りになった。




「すげー………聖法も使ってないのに治っちまった」




恐る恐る手を伸ばして触ってみても、少年らしい肉付きのいい肌が滑らかに有るだけで、傷口はおろか傷跡さえもない。喩え聖法を使っていたとしてもここまで綺麗に治る筈はない。




「本当に不死なのかぁ……」




ぼんやりと呟くと、下敷きにされている魔魅が不思議に驚いたような顔でナウジーに振り返る。




「恐くないのか?」




まるで信じられないとでも言いたげな表情に、ナウジーはとんでもないと首を横に振った。




全然(ぜーんぜん)。むしろ羨ましいし」




痛くても、どれ程酷い傷を負っても直ぐに治ってしまう。木登り(もとい)屋根登りや農作業でさんざん傷を作りまくっているナウジーにとっては羨ましい事の他に言いようがない。




「そりゃ、肉を抉るのはグロかったけど、治るとこは断面が青白く光ってて綺麗だったしな」




小さな粒達が集まっていく様子は、新しい物を創造しているみたいで怖いと言うより神秘的だった。どうして男が怯えてしまうほど怖がるのか理解不能だ。

素直な感想を述べるナウジーに、魔魅は又々驚いた顔で「変わってるな」と呟いた。




「普通、凶魔だの何なのって逃げる奴が大半だってーのに……」



「キョウマ?」




産まれて初めて耳にする単語に、ナウジーはキョトンとなる。響きからして不穏だと言うことは解るが、何を指し示す為の言葉なのか。

解らないと顔をしかめるナウジーに、今度は一転して魔魅は得心した顔つきになった。




「凶魔、つまり【凶魔(バケモノ)】って言う奴等の事さ」



「人に限り無く近い凶悪な魔族。だから【凶魔】」




右からナナシが魔魅の言葉を補足するが、それでもナウジーは納得とまではいかない。




「人に? それって、魔獣とどう違うんだ?」




ナウジーにとって、魔族と言われれば野獣のような獣の姿をとる物しか知らない。本人が直接見たわけではなく、第三者からの間接的な情報でしか聞いたことは無いが、魔族は全て魔獣の事だと思っていたのだ。突然人に近い魔族と言われても、想像できない。

ナウジーの直球な質問に、ナナシは一拍置いてから短剣をローブの中に忍ばせながら、




「獣とは違い、人の様に知識や知恵を持ち、姿形が人を型どり、尚且つ膨大な魔力を備えている魔族」




起伏の無い応答に、ナウジーは考える。

知識や知恵を持っているくらいなら魔族に居るかも知れないが、人の姿(かたち)をしていると言うなら、それは人なのではないのか。




「力の使い方が違う」




そんなナウジーの考えを読んだかのようにナナシがさらりと付け足しに掛かる。




「凶魔は【魔法】を、人間は【聖法】を使う。力の回路は同じでも、構成過程で別種の物に変貌する。そして、魔によって起こせるのは魔でしかない」



「ついでに、魔族には特有の破壊衝動が有るな」




魔魅が重要とばかりに割り込んできた。それくらいならナウジーも知ってはいたが、あえて口には出さなかった。

つまり、凶魔とは破壊衝動を持つ魔法を使う魔族と言うことだろうか。

自分なりに解釈をして、しかし、そこで何か魔魅との共通点が有るとは思えなかった。




「けど、マミが凶魔だと思われる程の事なのか? それ」




率直に疑問をぶつけると、もう何度目かの驚き顔を魔魅は見せた。




「え、話ちゃんと解ってたか? 凶魔は人間の姿をした魔族なんだぞ?」



「だから?」



「俺を凶魔だとは疑わないのか?」




心底から驚いている少年に、ナウジーは「疑わない」と言い切る。




「だってさ、魔族だったらわざわざこんな話しないだろ?」




怯えられるかも知れない相手に凶魔の事を話すなんて、自分が凶魔だとしたらやる筈がない。メリットはおろか、デメリットになりかねないことだったのだ。

それでも、喩え魔魅が凶魔だとしても、凶魔を見たことの無いナウジーに恐怖を抱けと言われても、無理な話。




「ナウジーは細かいことは気にしないし、一々気にしてられる程頭の中お花畑じゃないよ?」




何てこと無いように言うナウジー。

子供故の無知とも取られられなくも無いその発言に、魔魅は知らず知らず頬を緩めていた。




「やっぱり珍しいな、お前」



「お前じゃなくてナウジーだぞ」



「悪ぃ、ナウジー」




顔をほころばせる魔魅は、けれど、次には苦笑いでうつ向き、




「それでお前ら、一体いつまで俺の上に乗ってんだっ?!」


「そう言えば」


「さも忘れていましたみたいに言うなっ!」


「悪いマミ。ナウジーはすっかり忘れてたぜ」


「さっきまで良い事言ってた奴の台詞じゃねぇっ?!」




とにかく降りろぉー! じたばたする魔魅から面倒臭そうにゆっくりナナシは降りて、ナウジーは手早く退いた。

ようやく二人分の重力から解放された魔魅は、立ち上がると「あー あちこち痛ぇ」と軽口を叩く。




「怪我は全部治るんじゃないのか?」



「治っても痛いもんは痛むんだっ!」




そう言う物なのだろうか。ナウジーは話半分に聞き流すと、それじゃあ、と話を切り返して小道の終わり、小さな畑が耕されている家に向かう。




「マミの体の事も解ったし、ナウジーの家に案内しますか!」



「応っ! よろしくな!」




笑顔で返事をする魔魅だが、姿格好は赤と黒のコントラストによって全身に迷彩柄が彩どられ、結構不気味である。凶魔どうこう以前に見た目から危ない感じだ。

両親に不死身の事以外の説明をし終えたら、直ぐにでも水で洗い流した方が良いだろう。唯、血が染み込んだ衣服が完全に復活するかどうかは別として。

世間体をきにする点については他の大人や親と代わり映えしないが、子供(ナウジー)の自由を尊重してくれている。悪く言えば限り無くの放任主義だが、ナウジーは今の状況を悪くは思っていないので、良しとして甘んじている。

そんな両親ならば、心配すれど深い詮索をしてくることは無いだろうと高を括り、自宅の飾り気の無い素朴な扉を開ける。

すると、




「…………………は?」




ナウジーは、玄関の直ぐ目の前にいた、いつもなら家事に(いそ)しんでいる筈の母の姿に呆気を取られた。

別に、母が玄関に居たというだけではなく、




「あら、お帰りなさい」




自身の母が笑顔で武術の稽古で使われる木刀を、壁際まで追い詰めた父に振りかざさんとしていたのだ。






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