第四話
「化け物っ! 化け物っ!! 化け物がぁっ!!!」
突然扉を押し開けて入ってきた男は、気が狂ったように一単語をひっきりなしに叫び、その度に唾が飛ぶ。
ナウジーはそんな男の醜態に顔をしかめて立ち上がる。いつまでも転んでいて唾玉が飛んでくるのはごめんだ。
半身を引いて、顔が涙と鼻水と涎で汚くなった男を見る。足が小刻みに震えており、完全に怯えきっている。
どうやら少年と少女、基、魔魅とナナシと面識が有るようだが、人に対して放つ言葉ではない。
「お前うるせぇっ!!」
ムッ ときたナウジーは、一つ覚えの様に叫ぶ男の足を掬い蹴った。大の大人と言えど、ガクブルと体を支えるのもやっとで震えるだけの足を掬う事なんて造作もない。
男は、何とも言えない情けない表情で見事にすっ転び、背中全体を打ち付けた。
「ったく……いきなり人に向かって『化け物』なんて、礼儀どうこう以前の問題だぜ」
フンッ とナウジーは不機嫌に鼻を鳴らす。
打ち所が悪かったか、精神面の極端な圧迫からか、男は泡を吹いて目を回し、これまた情けない格好で気絶してしまった。
その姿を見て、ナウジーはもう一度鼻を鳴らすと、無表情で目を見開いているナナシと呆然とする魔魅に振り返る。
「悪いけど、家に案内すんのはこいつを教会に渡した後で良いよな」
「べ、別に構わねーけど…………」
呆気に取られる魔魅がそれだけ返すと、男の大声で集まってきた野次馬の中から何人かを手招きし、ナウジーは気絶した男を教会の中へと運ぶ。直ぐに騒ぎを聞き付けた神父が奥から現れて、男を奥へと運び入れているのが見えた。
その一連の様子を他人事の様に見ていた魔魅とナナシは、
「俺、長い事色んな奴と旅してきたけど、あんな奴初めてだわ」
「……私も」
それから数分後にナウジーが奥から戻ってくると、二言三言交わして外へ出た。
遅れて騒ぎを見に来た何人かの住民の質問をナウジーが適当に説明を付けていなし、教会前の広場から伸びている小道にと入る。
両脇に建つのは平屋の簡素な家屋ばかりで、都市ほどの整備はされていない。辺境の小さな村なのだから仕方が無いことだが。
暫くの間沈黙のまま、ナウジーの先導で歩いていたが、小さくとも畑となっている場所が見えた時、ナウジーが二人に振り返った。
「一つ訊きたいんだけど」
「何を?」
「あの男がマミ達を『化け物』って言ってたのって何だったんだ?」
一度くらいしか会ったことの無い相手や親しい相手に向けて言う言葉ではない。かと言ってこの二人があの男に『化け物』と呼ばれる何かをしたとは思いにくい。
後ろ歩きで二人の表情を窺うと、魔魅があっけらかんとして「そのままだろ」と返した。
「あのじじいにしてみれば、俺は【化け物】ってこった」
ふてくされるでも嫌がるでも無く、他人事の様に赤髪を引っ掻いて言う。
意味が解らない。ナウジーは怪訝に首を捻る。
「マミはどっからどう見ても人間だろ?」
炎の如く赤い髪に紅色の瞳、ナウジーよりも幾分か年上な背丈に、ローブを羽織って大剣を担ぐ少年。
血塗れな点を除けば、ごく普通の人間だ。
魔魅も当然と大きく頷く。
「そりゃそーだ。俺は人間だしな」
けれど、その言葉にナウジーはさらに混乱する。先程は自分がさも『化け物』だと言う口振りだったのに、一転して人間だと言う。
ノリが良い奴は好きだが、面倒くさい事やまどろっこしいのは好まない。
「つまり、どう言うことな訳よ?」
不満気に口を尖らせる。ついでに立ち止まって、明白な答えが返ってくるまで通さないとジェスチャー。
「それって、言わなきゃなんねぇ?」
「はっきり応えてくれれば別に言わなくても良いけど」
にべもなく言い返すナウジーに、魔魅は嘆息を一つ吐いた。そして、無表情を気取るナナシを横目で窺うと、もう一度、今度は大きく溜め息を吐いて、「仕方ねぇなぁ」と腰を折った。
「言いふらさねぇでくれよ?」
「ナウジーの口の固さは折り紙付きなんだぜ?」
言わないでくれと言われたことは一度も人に話した事が無い。現に、父親の寝室に忍ばせてあった曰く付きの書物について、知られたら喧嘩が起きかねない母親には一切伝えていない。その内ばれるのが関の山だから放っておこうと言う気持ちも、なきにしもあらずだが。
ともかく、黙っておくことに関してはナウジーの領分だ。
どんとこいと言わんばかりに余裕綽々の笑みを浮かべると、魔魅もにんまりと笑い、「んじゃまぁ、ぶっちゃけるけど」と切り出して
「実は俺、不死身なんだよ」
脳みそが思考することを放棄するとは正にこの事か、と気づいたのは、魔魅の告白から数十秒経った後だった。
「えーと………? つまり?」
それでも、一度放棄した思考回路が戻ってくるには乏しく、ナウジーは考えがまとまる事なく魔魅に聞き返す。
けれど、聞き返された魔魅も魔魅で「俺不死身♪」と不真面目な態度でおちゃらけて答えた。
あー えっと、つまりは? 混戦状態に陥っている僅かに回復した思考で必死に魔魅の回答を加味する。
「マミは、殺しても死なない不死身であると?」
「全く間違っては無いぜ!」
「正確には、死なない上に歳を取らない」
それって所謂不老不死と言うヤツではないのか。ナウジーの数少ない知識でもそれくらいは知っている、誰もが望む果て。
それが目の前にいる少年が身に付けていると言うのか。
「何か、現実味が無くて信じられんと言うかなんと言うか……」
今度はナウジーが呆気に取られる。本当かどうか怪しい、といったところだ。
そんな彼女に、ナナシは諦めた様子で空を見上げた。
「信じても信じなくても、現実は一緒」
魔魅も、解っていたのかのように苦笑いをする。話して信じてもらえなかったのは今回が初めてでは無いらしい。
それでナウジーは納得した。あの男が二人を化け物扱いしたのは何か不死を見せつけられる現場に居合わせたからなんだと。
「ん? ちょっと待てよ?」
ナウジーはそこで引っ掛かった。
今ナウジーは魔魅の言葉を本当には信じていない。死なないと言われても実感が湧かない。あの男だって、言われたって信じなかっただろう。
けれど、今は信じたか目の辺りにしたせいで二人に怯えきっていた。
そこまで考えれば、後は楽チンだ。
ナウジーの独り言に首を捻る二人にナウジーは妙案とばかりに、魔魅を指差す。
信じられないのは見たことが無いからであって、見たことが無いのなら今見ればいい。
「なぁ、マミ!!」
「うおっ? いきなり何だよ」
吃驚する魔魅に、ナウジーは自信満々で
「マミが不死身だって所を見してくれよ!!」
今度ばかりは、魔魅も無表情だけだったナナシも茫然として目ばかりか口まで半開きになっていた。
「………マジ?」
「ナウジーはいつだって本気だぜ!!」
あまりの本気さに、魔魅に遠回しに死刑宣告をしていると言うことに気付かないナウジーは、未だ未だ子供だった。




