“帰宅彼女”
俺はついに人生最大期、“彼女”ができた。
屈折16年、女子という女子から縁がなかった俺は、高校に進学したのを切っ掛けに、学年のマドンナに一目惚れして、接近、告白をし、念願叶って付き合うこととなった。
そして今日、その“彼女”と一緒に下校をする約束をした。
「ごめんね。待ったかな?」
俺が校門の所で嬉しさを堪え、彼女が来るのをウズウズして待っていた時、噂をすれば影が射すという言葉があるのは本当なんだなと思った。
彼女が軽く走って急いで来たことにちょっとした感動を覚えながら、俺は答える。
「ん、いや?全然待ってないよ」
これこれ。これが言いたかったんだよ。
「そっか。よかった。私日直の当番で遅くなったから……。怒って帰ったかなって、心配してたんだ」
そんなことを俯いて、チラチラ上目を使いながら気にする彼女の姿は、とてもかわいく感じた。
「怒るわけないじゃないかっ。ちゃんと理由があるんだ。そんなことで一々腹を立てるわけないさ」
「……そっか。ありがとう。優しいね」
そんなことないです。と思いながらも心の内では踊り出してしまいそうになる。
なぜならあのマドンナから優しいねと、しかも少し頬を赤く染めながら言われたのだ。お礼もそうだが、誉め言葉は男心をくすぐる効力を発揮する。
俺は嬉しさ全開だが、表には出さない。変なことをして嫌われたら元も子もないからだ。
「じゃ、帰ろっか」
「お、おう」
あまりにナチュラルに笑うものだから、見惚れながら帰路を歩く。
こうして歩いていると、俺が学年で一番の男子の的であるマドンナと肩を並べて帰宅だなんて、夢みたいな話だな。
これが現実でなく、夢だと疑ってしまう。
だけど現実なんだなと、一緒に歩いていて実感を持てて来る。
「そういえば」
立ち止まらずに話を切り出す彼女。
「君って、なんで私に惚れたのかな?」
「――っぶほっ?!ごほっ」
突然の切り出しに何も飲んでもいないのにむせてしまった。
「……そ、それは」
「それは?」
期待するような上目で見上げて来る。
俺は少し言葉に詰まる。
「最初は、見た目」
「見た目~?」
期待とは違ったのか、がっかりな顔を見せる。
だが俺は言葉を続ける。
「最初はだよ。だけど知っていく内にわかったんだ。誰にでも隔てなく接して、誰にでも優しくて、それでいてどこかは儚い雰囲気があって……そんな所に俺は惚れたんだ」
「……」
あれ、なんか黙ってしまったぞ。
やっぱ少しくさかったかな……キザっぽかったよな…。失敗したな、くそっ。
でも本音だし、本当のことなんだよな……はあ。
「…………い」
「……え?」
何か言ったのだろうか?でも小さくて聞こえなかった。
「……嬉しいよ。そんなとこまで見てくれてたなんて……なんだか感激だな」
心底嬉しそうにやさしい微笑みを浮かべる彼女の言葉は、落ち込み気味だった俺の心情を包み込むかのように癒してくれた。
「い、いや……。それほどでもないよ」
「そんなことないよ。だってみんな見た目とか結果とかしか見てないんだもん。君みたいに中身まで見てくれてる人なんか滅多にいないよ」
「そ、そうかな?」
「うん。そうだよ」
肯定の言葉はなんだか嬉しかった。
それに、嫌われたわけではなく、ちゃんと俺の言葉を受け止めてくれたんだと思うと、ちょっとこそばゆくなる。
「だからかな……」
「…?」
「ふふ。私が君の告白にオーケーの返事をした理由」
「――っ!」
告白というワードに反応してしまう俺。
「あ……え、えと」
「ふふ。君ってなんかかわいい」
かわいいっ!?この俺が!?
親にも言われたことない台詞を、まさか彼女に言われるとは……世の中わからないものだ。
「俺のどこがかわいいんだ」
「そういう風に困ったりした時の反応。かな?」
まるでイタズラでもしたかのように微笑む。
「……」
俺は照れてしまい、反論ができなくなる。
「ほら、そういう顔。かわいいよ」
「……か、からかわないで」
「からかってないもん。本当のことだもん」
反論するも、彼女の言葉はさらに俺を照れさせてしまう。
「えと、なんか複雑だな」
「ん?」
「かわいいって言われてさ。本当はあまり嬉しくないはずなのに、好きな子に言われると、すごくむず痒くなるというか……嬉しいけど否定したい気持ちになる」
「ふふ。かっこいいの方がよかった?」
「できれば」
「でもかわいいの方がしっくりくるんだよね。君の場合」
なんだか複雑な気分だ。髪をワックスで固めてみようかな…。
「あ、髪は弄らないでほしいな。あと髭の処理も小まめにね」
なぜか彼女には俺の考えは筒抜けのようだ。
「女の子は勘が鋭いんだよ?」
「そ、そうなん?」
「うん」
そうだったのか……。俺は女の子の秘密を一つ知った気がした。
「まぁ、君がわかりやすいだけなのかも知れないけどね。不思議そうな顔してたし」
そう言って笑う。
「俺、そんなにわかりやすい?」
「面白いくらいに」
そんなにか……ちょいショック。
「落ち込まないで。ねっ?」
左腕に柔らかい感触が襲った。
何事かと思ったが、彼女が俺の腕に絡み付いたのだ。所謂恋人がする腕組みだ。
「……っ?」
俺は彼女の慎ましいけど弾力がある胸の程よい感触に包まれながら動揺を隠せずにキョドる。
「あはは。やっぱりかわいい」
文面にしたらハートのマークが語尾に付きそうな声を出して笑う彼女は、とてもかわいくて抱き付きたくなるほどだったが、そんな俺には余裕はなくて彼女のペースに翻弄されっぱなしだ。
「私はちゃんと相手のことを見て、芯の方まで分かってくれる人がいいんだ」
笑っていた顔は真剣な眼差しに変わる。
「そして君はその条件を自然とクリアしていて、私はそれを直感で感じて君に返事をした」
「俺は不純ですけどなにか」
今ドギマギし過ぎて変なこと口走ってしまったが、彼女は大して気にしておらず、むしろ誉め言葉が返ってきた。
「君が思ってるより君は不純じゃないよ。それは私が保証してあげる」
にっこり笑うと、彼女は続ける。
「言ったよね、女の子は勘が鋭いって。私は人に見られてきたからわかる。君がどんなに不純な動機で誰かに近付いても、その本質は温かくて綺麗なものだって。そうじゃないなら……私は君にした返事はきっとノーだった」
俺の腕に抱き付く力が入る。
正直胸の感触と女の子の匂いが鼻孔と肌をくすぶり気持ちよかったが、感情は彼女の真剣な眼差しで心な奥底に鎮まり、俺はなぜか微笑ましい気持ちになって彼女の頭をなでる。
「……え」
「ありがとう。俺はバカだから隠し事が苦手みたいだし、もう一度言っておくよ」
君を見た時から、見た瞬間から僕は君に夢中だった。
それはただかわいいだけじゃない、君の溢れる輝きと心に秘める思いに惹かれたのだ。
だから伝える。
「好きだ。誰よりも、何よりも。君のことをこの世で一番愛してる」
「……はい。私も、あなたのことが何よりも大切で、かけがえなく、大好きです」
心が満たされ、甘い空間の中、時間はゆっくり流れて思い出の欠片となる。
そして俺はいとおしい彼女を抱き寄せ、ファーストキスを交わした。
――それは俺と彼女が、しっかりと結ばれた、彼女との繋がりの証だった。
本当は連載にして、一話ごとに“○○彼女”と題打っての短編集にしようも思ったのですが、試しに短編作品として投稿してみました。




