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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第五章 水に漂う記憶の欠片
99/242

5‐19 光の道を導く鍵(2)

 * * *



 フリートはガルームに一死報いるため、自分の命と引き換えに土の精霊にすべての力を託そうとしていた。だが、いつまでたっても死を予感するようなことは起きていない。

 激しい光によって瞼を閉じていたが、徐々に収まりを見せ始めたため、瞼を開けようとした。その瞬間、甲高い音がすぐ傍で鳴り響く。

 即座に開くと、正面に広がる光景を見て、目を大きく見開いた。

「お前……」

 目に入ったのは、風によってなびいている鮮やかな金色の髪。そして水色を基調とした長めの上着。いつも護っている娘が、ショートスピアをガルームの口元に押しつけて、その脅威からフリートを護っていた。

 彼女のスピアの先端がいつもと違っているのに気付く。天を貫くかのように差し込まれている見慣れた切っ先だけでなく、左右に二個ずつ、先端が尖った石が周囲に浮かんでいた。その石は赤、青、緑、茶色と四大元素を思い出させるような色合いである。

 突然の登場に呆然としていたが、リディスの左腕に巻きつけられている真っ赤な布と、後ろに押されているのを見て、フリートは我に戻った。

「リディス!」

 彼女は瞬間的に力を緩ませて、スピアを自分の体に引き寄せた。突進をスピアで受け流しながら、ガルームの牙をかわす。すれ違い際に右の顔の目をスピアで一線切った。

 けたたましい雄叫び声がする頃には、リディスはガルームの間合いの外にまで下がっていた。

 フリートは重い体を持ち上げる。ガルームが怯んでいる隙に、そこに刺さっていたバスタードソードの召喚を解き、自らの胸元にある宝珠に戻してからその場を離れた。


 

 リディスは肩で呼吸をしながら、ガルームをじっと見ていた。

 今の交戦はガルームからフリートを離れさせることが目的だ。そのためフリートが立ち去ったことを横目で確認できると、胸を撫で下ろした。

 祠の中の光が消え、この大地上に戻ってきた頃には、リディスは記憶を完全に取り戻していた。手にはリディスの召喚物であるショートスピアを握りしめており、切っ先の根本を中心として、四大元素の尖った石が浮遊していた。

 さらに土の精霊(ノーム)から誰かが死ぬ覚悟で精霊を召喚するという情報も得て、風の精霊(シルフ)の力を借り、まるで空を走り抜けるかのような感覚でこの地に駆けつけたのだ。

 激しい光の中心に行くと、ガルームが今まさにフリートに牙を向けようとした瞬間だった。

 ぎりぎり間に合ったリディスはガルームにスピアを使って防御をし、その攻撃を跳ね除ける。モンスターの意識をフリートから離すために、あえて挑発するかのように攻撃を加えもした。

 そのおかげか相手はフリートが移動したことに気付かず、リディスだけを見ていた。

 呼吸が速くなる。肩が激しく上下していた。

 久々の戦闘であるため、ほんの僅かな立ち会いだけでも、疲れが出てきたようだ。左腕の怪我のせいもあるだろう。決して無視できない痛みである。徐々に体力が奪われていくが、今ここでスピアを置くことは許されなかった。

 戦場にいれば、体の状態など考慮はされない。

 ここでは生きるか、死ぬか――ただそれだけだ。

 意識を前方にいるガルームのみに向けていたが、すぐ後ろから別の殺気も感じられた。背中越しから後ろを見ると、獣型のモンスターたちがリディスに狙いを定めている。

 リディスが育った故郷の町付近にもよく見られる種類のモンスター、それほど危険な存在ではない。しかし数が多すぎるため、まともに相手をしたらかなりの時間を要するはずだ。

 深呼吸をし、リディスは頭の中に自然と流れ込んでくる言葉を声に出した。

「――大地を守り、司る精霊――土の精霊(ノーム)よ。道を進むために、力をお貸しくださいませ!」

 スピアの下部を地面に力強く叩きつけた。リディスを中心として、同心円上に砂埃が発生していく。それに触れたガルーム以外のモンスターたちは、たちまち動きを止めていった。

「――モンスターたちよ、在るべき処に……還れ!」

 もう一度地面に叩きつけると、動きを止めたモンスターたちは次々と黒い霧となって消えていった。

 ほんの少しだけ表情を緩める。今行ったのはミディスラシールが月食時にしたものを真似したものだ。リディスにとっては初めての大規模還術だったため、内心冷や冷やしながらおこなっていた。

 今後はより精進しなければならないと思いつつ、ふらつきそうになる体を気力だけで持ち直す。

 人間たちによって傷つけられた目を持つ三つの頭は、今は静かな唸り声を発してリディスを見下ろしていた。視界がよく見えない状況にも慣れたのだろう、リディスだけに意識が向いている。こちらの様子を伺っているようだ。

 鼓動を抑え、リディスもスピアを持ち上げて、切っ先をガルームに向けた。

 まだ相手の動向がよくわからない。少し距離を置いて、じっくり経過を見るのが無難だ。

 ガルームが前足を踏み出すと、次の瞬間、すぐ傍にまで寄ってきた。

 予想以上の速さに驚嘆しつつも、すぐにスピアに火の精霊(サラマンダー)の加護をまとわせ、風の精霊(シルフ)の加護を用いて、突っ込んできたガルームがリディスを突き飛ばす直前に軽やかに宙を舞う。ガルームのすぐ後ろに降り立つと、振り返られる前に、スピアで尻尾を切り落とした。切っ先は熱を帯びていたため、焦げた臭いがリディスの鼻孔に入ってくる。顔をしかめつつも、意識は逸らさない。

 ガルームは唸り声を上げ、すぐさま反撃をしてくる。真ん中の頭は両目が健在だったため、その目を軸として牙を向けてきた。

 リディスは攻撃を受け止め、スピアを振り回して牽制する。突破口を開くには純粋な槍術だけでは難しい。

 時折地面に手をかざして大地を揺らし、ガルームの足下に亀裂を入れさせた。体勢を崩したところで、左の頭にスピアを下から上へ突き上げる。顎から血が吹き出した。

 左の頭はリディスに苦悶の表情を向けつつも、怯むことなく大きな口を開いた。リディスは水の魔宝珠に願いを捧げて氷柱を召喚し、その口の中に入れ込んだ。

 甲高い悲鳴を上げながら、左の頭の目は徐々に閉じていく。いくらモンスターといえども、体内から攻撃を受ければ、結果は自ずとわかる。

 リディスは後ろに下がり様子を伺った。間もなくして左の頭は首からがっくりと垂れ下がった状態になる。

 躊躇いがなかったわけではない。

 今までも還術をするにあたって、多くのモンスターを傷つけ、急所を狙った。だが、どんな時でも何かを傷つけるという行為は、あまり気持ちのいいものではなかった。

 しかし戦闘時は()らなければ、()られるという状況。判断の誤りが戦況を一瞬で変えるだろう。

 もし還術士の職で稼いでいくのならば、感情はいれずに、淡々とモンスターを処理する必要があるのかもしれない。

 動ける頭が二つになったガルームは、リディスに激しい憎悪を含んだ視線を送っていた。

 瞬間、ガルームがその場から消える。神経を集中して位置を把握しようとしたが、後ろからも別の細かな殺気が迫っていることに気付いた。

 雑魚は一掃したと思い込んでいたため、それらが再びリディスを取り囲んでいたのは誤算だった。

 後ろに気を取られていると、ガルームが目の前に現れ、牙を向けてくる。

()られる!)

 スピアを握りしめていると、リディスは右側から何者かによって押されて、左へと弾き出された。体勢を崩しながら腰を低く屈めて着地をする。

 リディスがいた場所では、黒髪の青年が険しい表情でバスタードソードを使って牙を受け止めていた。フリートはリディスにあらん限りの声で一喝をする。

「何度言ったらわかる! 戦場で隙を見せるな!」

 彼と出会ったきっかけともなった出来事が思い出される。子供の獣は還したが、その後から来る親の存在をすっかり忘れており、隙だらけだった状態のリディスを叱咤しながら、フリートが還した出来事だ。

 変わっていない自分を疎ましく思いつつも、リディスは立ち上がり、後ろから襲ってくる多数のモンスターたちに向けて手を大きく広げた。

水の精霊(ウンディーネ)、すべてを凍り付くせ!」

 放射線状に魔法は放たれ、そこにいたモンスターたちはすべて氷付けになる。リディスが手を叩くと氷は砕け、一瞬で還っていった。

 視線をガルームと硬直状態が続いているフリートに戻す。彼の足下には僅かだが血が滴っていた。

 リディスはスピアを振りかざし、目が健在である右側から奇襲をかけた。中央にある頭はフリートに向かれたままだが、右側のはリディスに気が逸れたため、必然的にガルーム全体のバランスが崩れる。

 フリートはその隙を突いて、押し返し、後退した。それと入れ替わるかのように、リディスはガルームへ突っ込み、幾度となく突いていく。

 ガルームの意識は再びリディスに戻る。反撃してくる牙をかわし、リディスは目を貫こうとした。

 だが突然、ガルームは雄叫び声を上げた。動きが鈍くなり、リディスに牙を向けることなく下がっていく。

 視野を広げると、フリートがガルームの左後ろ足の腱を斬り裂いていた。おびただしい量の血が流れていく。

 臨戦態勢を崩さず、ガルームの様子を見ていると、フリートが駆け寄ってきた。顔色は非常に悪い。腹の辺りは赤黒く染まっている。リディスはそれを見ると、さらに眉間にしわを寄せた。

「リディス……記憶が……。それよりもお前、精霊召喚をできるようになったのか?」

「……記憶は戻った。詳しいことは後で話す。それよりも今はあれを還そう。フリートだってそう何度も剣を振れないんでしょう」

 ちらりとフリートの服に滲んでいる血に視線をやると、彼は苦虫を潰したような顔をした。

「いちいち見るんじゃねえ。気にするな、動けるんだから、たいして傷は開いてない」

「嘘! 本当は動いているのも辛いくせに!」

「俺が大丈夫だって言っているんだから、大丈夫なんだよ! お前だってどうなんだ、その左腕の傷。明らかに傷口が開いているじゃねえか!」

 痛いところを突かれても、リディスは平静を装いながら言い返した。

「スピアを持つ分には影響はない。大丈夫!」

「お前はな、本当にいつも無理し過ぎなんだよ!」

 ぴしゃりと言い放ってから、リディスの傍に寄ってくる。彼は視線を落とすと一瞬だけ表情を緩めた。そして剣を持っていない手で軽く頭を叩かれた。

「……ペンダント、首からかけてくれたんだな、ありがとよ」

 その言葉がリディスの鼓動を一気に速くする。

 フリートはそれ以上そのことに関しては触れず、背中をリディスの背中にくっつけた。

「……だから後ろががら空きだ。雑魚だが、まだ他のモンスターは残っているぞ」

 背中越しから伝わってくる温もりを感じると、不思議と落ち着いた。

 フリートの呼吸は速く、リディス以上に肩を激しく上下させている。これ以上傷ついている彼をガルームと対峙させるわけにはいかない。

「お前も息は上がっているが、大丈夫か?」

「ちょっと飛ばしすぎただけ。あと少しなら動ける」

 怪我だけでなく、慣れない精霊召喚まで多用しているため、体力的にはかなり厳しくなっているが、まだ気力で賄えられる。

「……なあ、リディス……」

「何?」

 後退していたガルームが、唸り声を上げてリディスを睨んでくる。身が竦むような恐怖を感じとり、心を乱しそうになったが、後ろにいる青年のおかげで我を保つことができていた。

「俺が護るって言ったはずなのに、早々にその約束を破ることになるが……」

 背中越しから聞こえてくる言葉を待ちながら、リディスはごくりと唾を飲んだ。


「俺がお前の背中を護り抜く。だからガルームを還してくれないか?」


 それを聞いたリディスはくすりと笑った。

「――初めからそのつもりよ。それに私の背中を護るんでしょう? 約束は破ってないわ」

 彼の言葉が嬉しかった。

 戦場において、対等な立場として接してくれることが――。


「私の背中、フリートに預けた」


 ガルームがリディスたちに向かって駆け出した。それに合わせるかのように、リディスもガルームに向かう。

 ショートスピアを握り、隙があれば一瞬で噛み砕こうと考えているガルームを見た。

 おそらく相手はリディスと何度か攻防し、隙を作らせた後、止めと言わんばかりに牙や爪を容赦なく向けてくるだろう。もしかしたら体力の消耗戦に持っていくかもしれない。そうなったら不利なのは小柄で体力がないリディスである。

 ガルームの厄介な点は瞬間移動とも言える、急速に上がる移動速度だ。牙と爪に関しては注意深く見ていれば、今のリディスなら対処できる自信はある。だが瞬間移動までは目が追い切れていない。

(次に交わる時に、勝負を決するしかない)

 スピアの先端に意識を集中させる。

 ガルームが目の前から消えた。次に現れるのは左か、右か、真正面か、それとも背中か――。

 無限に溢れる可能性の中からリディスは即座に取捨選択をし、その方向へ風の精霊(シルフ)の力を使って跳躍した。同時にその場所を土の精霊(ノーム)の力によって、地面を柔らかくする。

 予想は見事あたり、自分が立っていた右斜め前にガルームは現れた。

 その様子を上から見下ろしていたリディスは表情を緩めずに、上昇中に巨大化させたスピアの先端をガルームの背中に向ける。火の精霊(サラマンダー)によって肉を簡単に貫けるようスピアに熱を帯びさせた。そして水の精霊(ウンディーネ)の力を用いてガルームの足に氷柱を刺して、逃げられないようにした。


「魔宝珠は樹の元へ、魂は天の元へ――」


 還術をするための詠唱文を口ずさんでいく。上昇が終わると、一気に加速しながら落下し始める。


「――生まれしすべてのものよ、在るべき処へ――」


 ガルームの背中に突き刺さる瞬間、リディスは叫んだ。


「還れ!」


 巨大化したスピアの先端は深々とガルームの背中に刺さり、貫通した。激しい光が発する中、呻き声を発しながらガルームはリディスに顔を向けようとする。だが体のあちこちが黒い霧となり、消失していくのが先だった。

 その霧はいったいどこに消えていくのだろうか。

 リディスはガルームの背中から降り、消えてく黒い霧を見上げる。どことなく物寂しい光景であり、その霧はまるで天にまで昇っていくようだった。

 ふと目から涙がこぼれた。理由はわからないが、リディスの胸中は寂しい思いでいっぱいだった。

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