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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第五章 水に漂う記憶の欠片
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5‐12 果てなき暗き道(1)

 * * *



「あれから私は怪我の治療後、生き残った知り合いの結術士(けつじゅつし)のおばさんとおじさんと共に、村から出て行ったわ。当時は何も考える気力が起きなかったけれど、今思えばあの人たちなりの気遣いだったのでしょうね。家族が消えた地にいつまでもいては、気分が滅入るだけだと思って」

 メリッグはちらりと木の棒で作られた十字架を見た。

「これは旅立つ前に、残った人たちで作ったものよ。肉体はないけれど、魂の拠り所だけでも作りましょうって」

 フリートは地平線の果てまで続くような十字架を、目を細めて眺めた。

「その人たちと二年くらい定住はせずに、様々な村を旅して回った。その後、精霊もかなり扱えるようになってから、その人たちと別れたわ。……ほっとしたんじゃないのかしら。あの人たちは別の地での定住を望んでいた。けれど私は定住をしたくなかった、その地で思い出を作りたくなかったから。それと――」

 メリッグはフリートに背を向けて、目の前の十字架を見据えた。


「私はこの目で見たいのよ、この世界が変わる瞬間を。そして私の予言はプロフェート村だけでなく、世界の未来にも、正しく当たるものなのか――と」


 過去の話の中でメリッグはプロフェート村が消失する前に、バルエール相手に予言をしていた。その予言では、広大な更地と巨大な樹が見えたらしい。

 巨大な樹とは、バルエールが当時追い求めていたレーラズの樹と考えていいだろう。そして更地は、目の前に広がる何もない空間を意味していたのかもしれない。

「それがきっとグナー族の最後の予言者として、やらなければならないことなのよ」

 メリッグは視線を下げ、瞳を閉じて拳を強く握りしめた。そうしなければ、彼女はすぐにでも命を絶ってしまうのだろう。フリートとはあまりに背負っているものが違い過ぎた。

 冷たい風がフリートとメリッグの横を吹き抜けてゆく。

 朧気な形をして陽は昇っている。それを目にしたフリートとメリッグでは、感じ方がまったく違っていた。

 始まりの朝と、止まってしまった瞬間の朝と――。



 しばらくするとメリッグは毅然(きぜん)とした表情でフリートに近づいてきた。

「私の話はこれで終わりよ。貴方に同情して欲しくて喋ったわけではない、ってわかるでしょう?」

 哀愁漂わせる雰囲気は既になかった。なんて切り替えが速く、強い人なのだろうか。

 フリートは彼女の返答に対し、首を縦に振る。話の断片から、今後影響する事柄を頭の中で拾い上げていた。

「各地を旅していた銀髪のアスガルム領民と、ヘラという女性の存在だろう」

 ヘラの話を聞いて、フリートはある事件で出会った女性の顔を思い出していた。

 黒髪を結んでいる可愛らしい女性など世の中にはたくさんいるが、意味深で、かつ遠回しの言い方をする女性はあまり多くない。そのような女性と実は非常に珍しい場所で最近会っていた。

 リディスをミスガルム城に連れてきて間もなくして行った、城の近くの森でのモンスター掃討戦のことである。モンスターを一掃した後に、赤髪の少年ニルーフと共に現れた女性。彼女がヘラではないかとフリートは思っていた。メリッグの話の中で出てきた少女よりも、落ち着いた印象を受けたのは、七年もの歳月が経過したからだろう。

「メリッグ、俺、ヘラという女性と会ったことがあるかもしれない」

 彼女は目を大きく見開かせた。

「いつ、どこで?」

「ミスガルム王国からヘイム町に移動する前だ。場所はミスガルム城の近くにある、アスガルム領との境目付近の森で、モンスターを掃討した後にニルーフと一緒に出てきた」

 メリッグは眉をひそませる。

「ヘラもあの一団に……。迂闊だったわ。ここに滞在できる時間も短いかもしれない。……会った時、何か言っていた?」

「少しだけな。あの時は意味が理解できない、回りくどい言い方をしていた。今は自分たちは無害の者。だが時が経ち、俺たちが受け入れられなければ、対立するかもしれない、という内容だった」

「今の状態を暗示していたのね。受け入れるか否かについては、おそらくリディスを鍵として使うかどうかってことでしょう」

「そうだろうな。あと、おそらくあの女はモンスターを召喚できる。俺たちがその時相手をしたモンスターは、召喚されたものだった」

「それくらいできても驚かないわ。精霊召喚だけで終わる子じゃないと思っていたから」

 メリッグは腕を組んで、軽く頷いていた。フリートはさらに有益な情報を掘り出そうと、必死にヘラと接触した時のことを思い出す。だが、さすがに一字一句当時のことを言うのは厳しかった。抽象的過ぎた内容の中に、何か重大なことを言っているような気がしたが、それを言葉にすることはできなかった。

「……ヘラは私のことを恨んでいる。おそらく今の私に出会えば、真っ先に息の根を止めにかかるでしょうね」

 メリッグは自分の首の部分を軽く指で叩く。

「どうしてだ? 慕っていたんだろう?」

 涼しい顔でさらりと出された言葉は、フリートにとっては聞き捨てならない内容だ。

「話にも出てきたでしょう。あの子はいつもにこにこして愛嬌を振り撒いているけれど、本当は独占欲の強い子なのよ。そんな子が好きな人に振られて、家族まで失ったら、その元凶である私に殺意を向けるのは当然のことでしょう」

 メリッグは腕を組み直して、口元を釣り上げた。

「もしヘラが現れたら、私が彼女と対峙するわ。安心して、刺し違えてでも止めるから」

「……死ぬつもりか。世界が変わる時を、その目で見るんだろう」

 眉間にしわを寄せてフリートは言葉を出すと、メリッグはふふっと表情を緩ませた。

「世界が変わる瞬間を見たいわね。けれど前に進むためには、目の前の出来事を対処しなければならないでしょう? ――説得なんて生易しいものを私は考えていない」

 その言葉がずきりとフリートの心に刺さった。

 説得は無駄だ、初めから力を使って捻じ伏せる必要がある。それができなければ、甘い考えを持っている者が先に脱落する――。

 その考えに呼応するかのように、体に受けた傷に痛みが走った。

 顔を歪めたフリートを、メリッグは冷ややかな目で見上げた。

「……後悔しても遅いのよ。――まあいいわ、話を変えましょう。気になっているのはもう一つの方よ」

「アスガルム領民の生き残りであるバルエールか。最期に誰かの名前を呼びながら逝ったんだよな?」

 銀色の髪の人間の絶対数はあまり多くない。アスガルム領民がどのような髪の人間で構成されていたかはわからないが、おそらく他の領と同様、銀髪はあまり多い方ではないだろう。

「ええ、『ロカ……』しか聞こえなかったけど、おそらく『ロカセナ』と言いたかったんでしょうね。鍵と考えられるリディスの周辺を調べている中、その文字が付く人物が傍にいると知った時はとても驚いたわ」

 メリッグは随分と前からリディスが“魔宝樹の鍵”であることを予想していたようだ。そして思わぬところでかつての想い人の弟を発見した。彼女としては複雑な想いだっただろう。

「バルエールさんとロカセナの容姿は少しだけ似ていたわ。特に笑い方、さすが血の繋がった兄弟ね」

「なあ、メリッグはロカセナがアスガルム領民だって察していたんだよな。どうして教えてくれなかった?」

「教えてどうするの。出身地を知って何ができるの? 出身地さえわかっていれば、ロカセナがあのような行動に出ると予想できたの?」

 もっともなことを言われて口を閉じる。

 事前に知っていたとしても、フリートはロカセナのことを少し違った見方をしただけだろう。今回のような事件を起こすなど、微塵(みじん)も思わなかったはずだ。出身地よりも彼がどのような環境下で育ったかの方が重要だが、それを今の時点で知ることはできない。

「ここでは出身地や兄弟ということはたいした意味を持たない。重要なのはアスガルム領民の生き残りがこの大地をさまよい、鍵を探しているという事実よ」

 メリッグはフリートの横を歩き、背中越しから言葉を投げかける。

「それが何を意味しているかはわかる? 希望か絶望かはわからないけれど」

「……ああ」

 フリートは下げていた視線を上げ、メリッグの背中を見た。

「鍵であるリディスは、樹へと続く道を開くために、ロカセナたち以外のアスガルム領民にも狙われるかもしれない。一方で生き残っているアスガルム領民の中で、扉や樹のことを詳しく知っている人もいるかもしれない。そして、もしその人たちが俺たちの予想を上回る考えを持っていたら――」

 紡ぎだした言葉は、微かな想いにすがる希望。


「鍵の命を捧げなくても、扉を閉めることができるかもしれない」


 メリッグは振り向きざまに微笑を浮かべた。フリートが発した言葉は、彼女が求めていたものだった。

 樹について最も知識があるのは、ミディスラシール姫でもミスガルム国王でもない。

 かつてそこを護っていた、アスガルム領民だ。守護者を護る末裔のバルエールがいたのならば、守護者自体が存在していてもおかしくない。魔宝樹に関して、それ相応の知識を持っている人間がいるはずだ。

 僅かであるが、鍵であるリディスを救えるかもしれない――そう思うと、居ても立ってもいられなかった。


「――絶望に打ちひしがれていないで、僅かな希望に縋りなさい。貴方はまだ誰も失っていないのだから……」


 この地で一度すべてを失ってしまったメリッグは、儚げな笑みを浮かべている。その様子を見ると、彼女にも何かしてあげたかった。だが、簡単に人の好意を受け付ける人ではない。

 世界が変わる瞬間を見せてあげるのが、一番いいのかもしれない。

 体の芯から凍るような風が吹く。しかし、どんな状況でも前に進まなければ、見えないものがあった。

 フリートは拳に力を入れて、少しずつ先を見通し始めた。


 

「随分と遅かったな」

 メリッグと共に診療所に戻ると、エレリオが腕を組んで、口を一文字にして待っていた。非常に不機嫌そうだったが、メリッグが涼しい顔をして彼女の横を通り過ぎると、少しだけ表情を和らげた。

「メリッグから話を聞いていただけです、この地であったことを」

「あの子の口から? それは意外だった。何か為になることでもあったか?」

「糸のような細さですが、僅かな可能性を見つけることができました」

 同時に警戒する対象も増えた。今後は、より気を引き締めて行動する必要がある。

 玄関で立ち話をしていると、金色の髪の娘が駆け寄ってきた。

「エレリオ先生、朝食の準備を――」

 リディスはフリートを見ると、一瞬身を竦めつつ、エレリオに近寄った。

「これからしよう、リディス。ちょっと彼と話をしていただけだ。――お互い朝の挨拶でもしたらどうだ? 同じ屋根の下で寝泊まりしている仲なんだから」

 特に大きな外傷もなかったため、調子がいいときは、エレリオの手伝いをしていると聞いていた。

 久々にリディスの顔を見て、フリートは思わず緊張してしまう。そしてつい仏頂面で口を開いた。

「……おはよう、リディス」

「お、おはようございます、シグムンドさん」

 エレリオの後ろで、強ばりながらも挨拶をしてくれた。フリートの張っていた筋肉が緩む。だが他人行儀の呼び方をされて、残念がっている自分もいた。やはり依然として記憶は戻っていないようだ。

 やがてリディスはエレリオと共に台所に行った。

 フリートも一度部屋に戻ってから、食事場所へと出向いていった。

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