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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第四章 緋色に染まる天地
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4‐20 夢の終わり(5)――真逆の道へ

 出血の量からして、そう長く意識を保つのは無理だとフリートは悟っていた。ガルザと対峙した時も傷を負ったが、ここまでではない。

 今、ミスガルム城がどうなっているかはわからないが、この場に長時間放置されれば助からないだろう。気が動転していたとはいえ、ほぼまともに攻撃を受けたのが痛手だった。

 視界が霞む中、ロカセナの声が入ってくる。扉が現れ、リディスがそれに向かって上昇していく。


 魔宝樹がある場所に続く扉を開くための鍵――それがリディス・ユングリガ。


 ロカセナの言葉から察すると、鍵を使うということは命を捧げるということだ。

「リディス……」

 届かないとわかっていながらも、彼女がいる中心に向かって手を伸ばす。

 すぐ傍にいれば抱きしめたい、その衝動にフリートは駆られていた。


 美しい金髪を揺らし、緑色の瞳で見つめ、笑顔を絶やさず、自分の誇りだけはどんなときでも持ち続けているリディスが――いつの間にか特別な存在になっていた。


 気付くのが遅すぎた。誕生日会の前に自分の想いを察し、あの戦闘でほんの僅かな時間でも離れなければよかった。後悔だけがフリートの心の中に募っていく。

 モンスターがいる場所へと通じる扉が開いては駄目だ。

 彼女がこの世からいなくなってはいけない。

 そう思うと、僅かながら手に力が入り始める。

「プレゼントも渡せないのか……」

 ミディスラシールから呼び出しを受けた時、最後に言われたのだ、リディスの誕生日も彼女と同日であると。その時は何も感じなかったが、どことなく似ている容姿や性格、同日ということを深く考えれば、双子という推測に行きあたったはずだ。

 ポケットに手を突っ込み、茶色の欠片を取り出す。

「俺は大切な人も相棒の心も救えないのか? お願いだ、力を貸してくれ……土の精霊(ノーム)

 言葉に呼応するように欠片は光り、髭を生やした小人が現れた。

『既に扉は開き始めている。だが最悪の事態だけは止めるよう、努力する』

 土の精霊は硬い表情で頷き、ロカセナのすぐ傍にまで近づいた。一瞬、彼は目をくれたが、すぐに視線を扉に戻している。

 土の精霊が軽く手を振ると、ロカセナの足下が歪んだ。異変に気づいた彼は軽々とその場から離れる。数瞬後に彼がいた地面から尖った土の槍が現れた。それを何度か繰り返すが、すべてかわされてしまう。

 一方、右側の扉は少しずつ開き始めており、その奥にある暗闇の中から赤い光が見え隠れしていた。そのまま扉は順調に開き、半分くらい開いたところで、向こう側にいたモンスターが何匹か飛び出してきた。この大地でもよく見る種である。今まで対峙していたモンスターは、これらが漏れ出てきたのだろう。

「フリートも往生際が悪いね。精霊召喚は術者の体力や精神力に特に左右される。ぼろぼろのお前の召喚なんか怖くはない。リディスちゃんの死を見届ける前に――死ぬ?」

 フリートは体を起こし、片膝を付けて、銀髪の青年のことを見上げた。

「俺もリディスも死なない……、姫もいつまでも諦めないだろう、お前が心を開いてくれるまでは」

 その言葉を聞いたロカセナは鼻で笑った。


「戯れ言はやめろ。何も知らない、綺麗な世界でしか生きていないお坊っちゃんが何を言うんだ!」


 手を広げるのをやめ、サーベルを握りしめてフリートに向かって歩み寄る。

「お前の首を斬って、姫に献上してやる。僕はこういう男だって思い知らせてやろう。そうすればいい加減に愛想も尽きるはずだ! 素性も知らない男を気にかけるのが、どんなに愚かなことだってことを教えてやる!」

 そこにはどんな状況でも冷静に判断し、行動しているロカセナの姿はなかった。ただ感情の赴くまま言葉を吐き散らしている。

 歪んだ顔だが、ほんのり目元に涙を浮かべているように見えた。まだ情に訴える余地はあるのか。

 フリートは力を振り絞って、声を投げる。

「ロカセナ、姫を傷つけたいのか。あんなにお前のことを心配しているんだぞ!」

「黙れ! ただの女に何がわかる、何ができる!? 所詮、昔からの縛りの中でしか動けない女が!」

「それにリディスもお前のことをずっと心配している。そんな彼女を殺す気か!?」


「いい加減に口を閉じたらどうだ、フリート! 僕の――俺の信念を曲げさせるな!」


 その慟哭の中での叫びはロカセナが初めてフリートに見せた、心の底からの主張だった。

 微笑むだけでなく、怒り、感情を振り乱す青年こそが、本当のロカセナなのである。

 突如リディスが横たわっていた簡易的な寝台が光り出す。ロカセナは驚き、振り返ると顔をしかめた。

「何だ、いったい……」

 そこに向かって、何かがこぼれ落ちている。視線を上に向ければ金色の髪の少女がいた。彼女から僅かではあるが水が滴っている。

「リディスの涙……?」

 フリートが呟くと、その通りだと言わんばかりに輝きが増す。ロカセナは彼女に視線を向けて、再び手を広げた。

「一刻も早く開ける必要があるな。――鍵よ、扉を開けたまえ!」

 その声と同時に、半分くらい開いていた右の扉が一気に開かれた。そこから大量のモンスターが出てくる。

「さあ左も――」

 しかし、それに対抗するように、光は大きくなっていた。まるでリディスの願いが光となって乗り移っているかのようである。傍にいたロカセナが光に触れると、急に胸を抑えて膝を折った。表情が見る見るうちに険しくなっていく。

「浄化も含まれているのか、この光は。厄介すぎる」

 光は少しずつフリートに近づいていく。触れると温かな気分になれた。このまま心地よく眠ってしまいそうだが、唇を噛みしめながら意識を確かにする。

 ロカセナが覚束ない足取りで寝台まで歩く。光の発生源を苦しそうな表情で見る。

「ミスガルム王家の血――いや、アスガルム領民の血が含まれているから、こんな奇跡が……。くそっ」

 悪態を吐いた瞬間、ロカセナは手を口に抑えて、苦しそうに咳をしながらうずくまる。手の間からは血が漏れていた。

「少しばかり召喚しすぎたようだ。そろそろ皆既月食も終わる。今回は残念だが、ここまでか」

 よろよろと立ち上がると、ロカセナはフリートを見下ろした。彼の背後から非常に大きな鷲が飛んでくる。青い嘴を持ち、フリートが乗ってきたフギンよりも遙かに大きい。その背中にはミーミル村で出会い、デーモンを召喚させた老人が乗っていた。

「痺れを切らして迎えが来たようだ。残念だよ、お前を殺せず、扉も完全に開けることができなくて。だが次こそはすべて開けてやる。その時まで二人で仲良く思い出作りでもしていたらいいだろう。――いや思い出作りさえもできないかもな」

「どういう意味だ?」

「扉を開けるには、鍵の命を差し出す必要がある。今回は半分だけ開けた。まだ生きているだろうが、おそらく何らかの負担はリディスちゃんに降り懸かるだろう。例えば――精神的なところとか」

 ロカセナは四つの欠片を回収すると、着地した鷲に乗り込んだ。そして地上部から離れる。

「次に会う時、世界を、彼女を救いたければ、真っ先に殺しにかかってこい。その覚悟を固める猶予を少しやる。――いいか、躊躇ったら、こっちが真っ先に()るからな」

 その言葉を吐き捨てて、ロカセナは老人が操る大鷲とともに、飛び去っていった。フリートはその背中を苦悶の表情でいつまでも見続けていた。

 ロカセナが乗った鷲が見えなくなると、空に浮かんでいたリディスが徐々に降りてくる。巨大な扉からモンスターは度々出てきているが、彼女が包んでいる光のおかげで、こちらに寄ってこなかった。やがて彼女は寝台の上に落ち着いた。

 フリートは血が流れ過ぎた体を気力だけで動かし、リディスに近づく。体を持ち上げて、彼女の手を右手で触れた。

「ああ、温かい……。まだ生きているみたいだな、リディス」

 手を少しだけ移動し、胸のあたりを触れると、確実に鼓動は打っていた。彼女は生きている、という事実がフリートに安堵感をもたらした。

 赤かった月が少しずつ黄色に戻り、輝きを取り戻し始めている。長かった月食はようやく終わろうとしていた。

「なあ、リディス……お前のこともそうだけど、ロカセナのことについては、だいぶ驚かされたな……」

 眠っている少女に対し、ぽつりと呟き始める。


「あいつ、最後に自分のことを“俺”って言っていた。その時出した言葉は、すべてあいつの本心だと思う。もしかしたら――自分がしている行為を止めて欲しいのかもしれない」


 扉から出てきたモンスターが、他の領に向かって飛んでいく。

 扉が開く前でさえ、モンスターに脅えながら生活をしていたのに、格段に量が増えてしまう今後は、もはや息を潜めて生活するしかないのか。


 そして開いてしまった扉は、もう閉められないのか――?


 今後の鍵となるのは、魔宝樹の鍵であるリディスということは確実だろう。ロカセナたちも左扉を開けるために、再び奪いにくると思われる。

 その時までに、フリートはロカセナに突きつけられた命題の答えをはっきり言えるだろうか。

 不安や恐怖でフリートの心の中は覆われていく。しかし、手から伝わる温もりによって、それは少しだけ払拭できていた。

 西から飛んできた一羽の鷲が降下してくる。それに乗っていたルーズニルが必死に声をあげていた。隣にいた冷静沈着のメリッグすら真っ青な顔をしていた。

 二人の姿を見て、保っていた意識が徐々に遠のき始める。

 これからどんな世界が始まるのかわからない。

 だが、たとえどのような状況であったとしても、今度こそフリートはリディスを最後まで護りぬくと決心して、瞳を閉じた。




 第四章 緋色に染まる天地  了

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