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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第四章 緋色に染まる天地
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4‐19 夢の終わり(4)――光と影の青年

 * * *



 フギンの背中に乗り込んだフリートは、初めての飛行に戸惑いながら、大鷲にしがみついていた。乗馬より遙かに速く、ものの数十分で目的の場所に辿り着きそうだ。

 このまま何も起こらず、無事に到着できればと思ったが、現実はそう甘くない。

 ミスガルム領と旧アスガルム領の間を隔てる森の間から、羽を生やしたモンスターが飛んできた。

 時間が惜しい、空中戦などもってのほかである。フギンに速く飛ぶよう言いつつ、周囲に注意を払った。

 あと少しで接触される距離まで来たとき、突然フギンは急降下した。それを追うように、後ろから何羽かついてくる。しかし次の瞬間、今度は急上昇した。

 剣を握る余裕などない。振り落とされないようにするので精一杯だ。

 そうこうしつつも、フギンは着実に前進しており、森を飛び越え、何もないくぼんだ地形まで来ていた。周囲は霧で覆われているが、真ん中だけは開かれ、ぼんやり光っている。

「あそこにリディスとロカセナが……?」

 その二人の名前を出すと、胸が締め付けられた。一刻も速く行かなければリディスは生け贄にされてしまう。それをやめさせるにはロカセナを説得するしかない。

 しかし、それは可能なのだろうか。

 ロカセナの闇に隠れた過去を何も知らず、家族の仲違い程度で感情が揺れてしまうフリートに、そのようなことができるのだろうか。

 不意にフギンは鳴き始めた。それに呼応するかのように、後ろを飛んでいたモンスターたちも鳴き始める。いよいよ襲ってくるのだろうか。もう少しで中心地に近づくというところで、今までにない急降下をした。

 モンスターたちもつられてしようとするが、急には曲がれない。ほんの少し直進した瞬間、激しい電撃を浴びて黒こげとなり、還ってしまった。

 モンスターを一発で還せる程の結界が張られていたという事実を知り、ごくりと息を呑む。

 フギンは慌てず地上に着地し、フリートを降ろした。軽く首元を撫でてお礼をする。

「ありがとう。危なくなったらすぐに戻ってくれ」

 そして結界に向かって走り始めた。おそらく結界はモンスター相手に張られたものだ。人間に害はないはずだが、若干躊躇いつつも意を決して飛び越えた。触れた瞬間、軽い電撃は走ったが、特に異常はない。

 鞘に入れたバスタードソードに触れつつ、全速力で中心部まで走る。何もない空間のため、横たわっている少女の奥に、銀髪の青年がいるのはすぐにわかった。

 どうロカセナを説得するかは煮詰めきれていないが、まずは声をかけてみることにする。

 しかし次の光景を見て、思わずその場で立ち止まってしまった。

 ロカセナがリディスの顔に近づき、唇を乗せたのだ。

 彼女は避けようとせず、嫌がった素振りも見せない。その光景を見ていたフリートからは、彼の行為を彼女は快く受け入れたように見えた。

 心拍数が速くなる。

 表現し難い、感情の上下。

 たった一人だけ拒絶された空間。

 呆然としていると、セリオーヌから受け取った魔宝珠を落としてしまった。それに気づいたロカセナは顔を離し、二人で少し会話をした後に、フリートの方に顔を向ける。ニヤリとした表情でフリートを見てきた。

「フリート……?」

 リディスの元気のない声が耳に入ってくる。その声を聞き、自分の役割を再確認した。魔宝珠を拾い上げ、左手で鞘を握りしめて突き進む。

「ロカセナ、いったいどういうつもりだ」

「ここに来たってことは、副隊長にでも会ったのかな。恩があるから加減はしたけど、どれくらい生き残っていた?」

 ロカセナはまるでご飯の献立を聞くかのような雰囲気で聞いてくる。軽々しく人の生死に関する発言をするなど――、目の前にいる銀髪の青年はいったい誰だろうか。

「お前、自分が何をしたのか、わかっているのか!」

「わかっているよ。僕は自分の目的のために邪魔となる者を排除した。それだけだよ」

 フリートの頭に血がかっとのぼった。亡くなった騎士の中には、ロカセナとも面識がある第三部隊の者がいた。ロカセナの横暴を必死に止めようとしたにも関わらず、彼を邪魔者呼ばわりしたのだ。

 ぎりっと噛み締め、鞘からバスタードソードを抜き、ロカセナに先端を向ける。

 ロカセナは肩をすくめて、赤い月と懐中時計を見比べた。

「あと十分もないけど、少しだけ構ってやろう。……フリート、リディスちゃんを助けたければ、僕を殺せ」

「何!?」

「そのつもりで来たんじゃないの? まさか説得とか考えていたわけ? あの凄惨な状況を見ても、まだ僕が耳を傾けると思っているの?」

 リディスの前に出て、サーベルを抜き、刺すような視線を向けた。

「大量のモンスターと共に扉の向こう側に行ってしまった魔宝樹をこちらの世界に戻すために、リディスちゃんの命を使って、扉を開けようと思う。――いいかい、僕はこれからお前の大切な人である、リディス・ユングリガの精神と肉体をすべて鍵として献上する。つまり僕を殺さなければ、彼女は死ぬよ」

 揺るがない瞳を突きつけられて、フリートの思惑は打ち砕かれた。

 説得は無理、ならば戦うしかない。

 バスタードソードの切っ先をロカセナの顔に向けると、彼はようやくにんまりと笑う。

 そして――その場からいなくなった。

(速い!?) 

 何もない地であるため、風の吹き方からどの方向から襲ってくるかは、冷静に考えればわかる。

 だが、ロカセナが予想よりも遥かに機敏な動きをするとは思っていなかったため、反応が遅れた。

 とっさに右肩辺りに剣を移動すると、そこに重い衝撃が加わる。

 かなり重みを付けてきたのか、防御しなければ肩に深手を負っただろう。

 歯を食い縛って、それを振り払い、勢いのままフリートはロカセナのサーベルに向けて、剣を打ち付ける。その攻撃をロカセナは冷めた目ですべて返していた。

(こいつ、こんなに強かったか?)

 一緒にいる時間が長いため、剣を交わらせることは多々ある。遠征に出た時もよくやっていた。その時のロカセナの剣術は、並の騎士よりも少しだけ感覚がいい程度だと思っていた。

 だが今の感触だと、その感覚が思っていた以上にいい。さらにフリートへ向けられる殺気も凄まじかった。

 純粋な剣の力だけなら、今のロカセナの水準でもフリートの方が上だろうが、このままでは――殺気により飲み込まれる。

「いつもより動きが遅いよ、フリート。敵だと見なしたら、殺さないと殺される。それにそんな宙ぶらりんな感情を持ったままで、誰かを護れると思っているの!?」

 ロカセナが一気に接近し、鍔迫り合いを起こす。殺気に満ちた目でフリートを睨み付けた。


「上辺だけの発言や強さで、誰かを護れるとは思い切れない。甘っちょろい発言だけで、誰かを護れるなんてただの幻想だろう!」


 押し切られ、フリートがたたらを踏んだ瞬間に、右腕を斬りつけられた。微妙に後退していたため致命傷にはならなかったが、状況としては悪い。

 どう攻めればいいか考えあぐねていると、ロカセナは悪態を吐いた。

「こんなに弱いとは思わなかった、残念だ。じゃあ、リディスちゃんは僕のものだね」

「そんなことは、させ――!?」

 急に激しい頭痛に襲われる。同時に脳内に異様な光景が入り込んできた。

 人が人を殺し、殺した人間は冷めた目で血溜まりを見下ろしている。映像の視点が、恐怖で顔が歪んでいる女性に向けられた。彼女は恐ろしさのあまり悲鳴を上げている。

「その光景はリディスちゃんが僕の目の前で還したときに流した内容だよ。どうだい、殺さなければ、殺されるだろう?」

「それでも俺は――!」

「馬鹿と言えるほど人を信じ、生真面目なフリート・シグムンド――さようなら」

 立つのもままならい状態のフリートを、ロカセナは躊躇いもなく右肩から左腰まで一直線に剣を振った。

「ロカ……セナ……」

 斬られた部分から、赤い鮮血が吹き出す。

 フリートは為す術もなく、その場に倒れた。全身から一気に血が抜けていく。

 ロカセナはサーベルの血を振り払いながら、リディスの方に歩み寄る。

「フリートには絶望を感じた後に死んでもらうから、即死ではない程度に加減はしたよ。そこでリディスちゃんが魔宝樹の鍵となるのを見ていろ」

「やめろ、リディスだけには手を出すな……。お願いだから、代わりに俺を生け贄にしても構わないから……」

 必死に喘ぎながら叫ぶが、ロカセナは振り返りもしなかった。



 リディスはあまりに衝撃的な出来事を目の当たりにして、すぐに言葉が出でこなかった。だが、フリートの周囲から血が広がっているのを見ると、反射的にあらん限りの声を発していた。

「ロカセナ、やめて、彼を殺さないで。私がどうなってもいいから、フリートだけは殺さないで!」

 目からは大量の涙が零れ出てくる。

 フリートだけは生かさなければ。ようやく家族と和解ができ、ミディスラシールも信用している彼だけでも生きてもらわなければ……。

 彼が死線をさまよっている姿を見て、ようやくリディスは自分の気持ちをはっきり言葉にすることができた。

 たとえフリートが他の誰かに好意を向けていたとしても、リディスは無愛想だが、実は温かな心の持ち主である彼のことを愛している――ということに。

「こんな状況になっても、二人してお互いのことを想っていて嫌になる」

 ロカセナは吐き捨て、リディスのすぐ傍にまで寄った。

 顔を近づけ、両手で肩を押しつけてくると、今度はリディスの唇を荒々しく塞ぎ、舌まで侵入させてきた。

 先ほどのキスとは違い、優しくなく、不快と思えるものだ。だが、それでも抵抗ができない状態であるリディスは流れに身を任せるしかない。彼の舌と自分の舌が触れると、罪悪感が降り注ぐ。

 初めてのキスの相手は好きになった人と――リディスはそう思っていた。しかし一瞬は好意を寄せていた人とはいえ、こんな風な展開で二度もされるとは思っていなかった。

 もうやめて――そう口の中で喘いでいた時、突然心臓が激しく波打った。全身に血が激しく巡り始める。

 ロカセナは顔を離すと、冷たく笑っていた。

「これでリディスちゃんの唇を知るのは僕だけだね。この世から君が消えても、その事実は消えないよ」

 声を出して反論したかったが、心拍数が急激に上がってくる影響で言葉を発せなかった。まるで全速力で走っているかのようだ。

「さあ、時間だよ。扉を鍵で開けようか」

 ロカセナが腕を大きく広げ、赤い月を見上げた。


「世界創世の時代から、存在する魔宝樹よ、その扉の奥から姿をお見せくださいませ――」


 周囲にある四つの欠片が呼応するかのように激しく光ると、星が雲に覆われて見えなくなる。そして暗い夜空の中から、巨大な扉が現れた。素朴な感じがするその扉には大樹が描かれており、その樹の葉の部分にはいくつもの赤や緑、青や茶色の欠片が埋め込まれていた。

 扉は徐々に地上に近づき、地上にいる人間たちが全体像を見える場所で止まった。


「すべての時を止めた鍵はここにあり。すべてを開ける鍵はここにあり――」


 何の前触れもなく、リディスの全身は浮き上がった。両手を握りしめたまま浮かんでいく。意識は少しずつ遠のいていた。やがて扉の中央の位置で止まる。


「まもなく魔力の最高潮である皆既月食の最大となります。どうぞ鍵を用いて、その扉をお開きくださいませ」


 ロカセナの言葉が遠い彼方から聞こえる。リディスは目に涙を浮かべて、瞳を閉じていった。

「フリート、ロカセナ……」

 黒髪と銀髪の青年のことを最後まで思いながら目を閉じると、流れた涙が一筋地上に向かって落ちていった。

 そしてリディスの全身が輝き出すと、堅く閉ざされた扉がゆっくり開き始めた。

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