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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第三章 闇夜に吹き抜ける風
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3‐20 想いは風にのせて(3)

 リディスがハームンドの背中を見て、あっと声を漏らし、フリートに視線を向けてきた。

 その意味はわかっている。ここで呼び止めなければ、今後しばらく会う機会はない、いや二度とないかもしれない。

 ハームンドを探し始めた辺りから、過去の事件も含めて自分の想いを話そうとは思っていた。だがそれを口にするのは、無駄にある自尊心が邪魔をしていた。

 あの日の想いを認めたら、フリートの中で何かが壊れそうで怖かった。

 それを避けるためにフリートは――。


“踏み出さなければ、何も変わらない”


 数日前にリディスの口から出された言葉。それが日を増すにつれて、フリートの心の奥底に募っていく。

 ハームンドの背中が少しずつ闇に埋もれて消えていってしまう。

 今こそ止まっていた時間を再び進み始める時。

 過去の自分との葛藤を噛みしめ、フリートは一歩前に出て口を開いた。

「兄貴!」

 突然弟から呼びかけられ、振り返ったハームンドは目を瞬かせていた。

「フリート……?」

「……っすまん、本当にすまなかった!」

 最初に出たのは謝罪の言葉だった。ハームンドは首を傾げる。

「どうしてフリートが謝るんだい?」

「……あの時、本当は違うのに、俺が一方的に親父や兄貴に責任を押しつけた」

 変に持っていた自尊心が、フリートの心の中で消えていく。

「俺が弱かったから母さんは殺された。あの時から今までそれを認めるのが嫌だったから、怒りの矛先をそっちに向けていたんだ!」

 フリートを庇って、シグニューは毒々しい爪を持ったモンスターに切り裂かれた。

 モンスターに対抗する手段をフリートは当時持っていなかったから、護られる立場になってしまったのだ。

「何もできなかった。それが悔しくて、自分に腹が立って……。でもそこで自分の中で受け入れるだけの器量がなくて、思わず親父に怒鳴ってしまった。酷いことも散々言った。自分に対して言うことを、他人に言うなんて――本当に最低だ」

 間違った行いや言葉に対しては、きちんと叱る父親だったが、母親の件に関しては理不尽な言葉を発したにも関わらず、何も言わずに受け止めてくれた。

 それが当時のフリートにとってはどれだけ有り難いことだったのかと、いち早く気付くべきだった。

「俺が全部悪かった。俺が弱かったからいけなかった。本当にすまなかった……!」

 頭を深々と下げて、兄に想いをぶつけた。隣ではリディスが静かに見守っている。

 ふと土を踏み分ける音が聞こえてきた。視線を地面に向けたままにしていると、埃を被っている靴が視界に入った。

「弱いことを自ら認めていたから、フリートは騎士になろうと決めたんだろう?」

「いや、あれは家を出る口実が欲しかったから……」

「それは違う。それ以上に誰かを死なせたくないという想いの方が強かったはずだ。だから見習い時代から必死に剣を振り続けていたんだろう。話はよく聞いていたよ、フリート・シグムンドは努力家のいい少年だって。現実から逃げただけではそこまでできない。――それに僕たち兄弟だろう? 考えることは同じだよ」

 頭を上げると、微笑んでいる兄の姿があった。体つきも性格もだいぶ違ってしまったが、心に秘める想いや決意は同じだ。

「自分は弱い人間だと認めることは非常に難しいことだ。でもフリートは言葉には出していなかったけど、ずっとその想いを持っていた。それはとても凄いことだと思う。なぜなら弱さを認めた人間だけが強くなれ、他人にも優しくできるから――」

「優しい……?」

「自分にも厳しいからこそ、他者に対しても的を突いた意見が言える。それは愛ある想いがあるからこそだよ」

 ハームンドの視線が輝く星空に向けられる。

「父上もフリートの噂を耳にしては嬉しい顔をしていた。文も武も兼ね備えた息子を持てて、良かったと言っているよ。――もし父上や僕のことを気にしているのなら、余計な心配はいらない。遠慮なく家に戻ってきていい。そしたらまた一緒に食卓を囲もう」

 フリートの心の中で何かが溶けていくような気がした。

 今まで頑なに溶けなかったものが、少しずつ確実に――。

「……ありがとう」

 喉に詰まった状態では、その言葉しか出せなかった。だがそれでも充分だと言わんばかりに、ハームンドはにこりと笑う。リディスもフリートの新たな一歩を、笑みを浮かべながら見届けていた。

 ささやかで穏やかな風が吹いている。

 新たな道先を祝福するような風が――。



 * * *



 翌日、ミーミル村の村長の家に、リディスたちは呼び出されていた。ルーズニルから村長は非常に気難しい人だと言われていたが、昨日の事件のおかげでだいぶ変わったようだ。発せられる雰囲気は厳しくも柔らかなものだった。

「さて、ルーズニルから話は聞いている。昨晩は本当に助かった。改めてお礼を言わせてもらおう。村の危機を救ってくれて、ありがとう」

「いえ、村の皆様の助けがなければ、魔宝珠を護りきることは難しかったです。こちらこそ本当にありがとうございました」

 リディスが代表して言葉を述べる。家に入った瞬間から、即座に社交辞令用の顔を作り出していた。

「それで今日呼び出したのは他でもない、この村を護っている風の魔宝珠についてだ。遅くなったが欠片をミスガルム領、そしてムスヘイム領に渡そうと思う。――入っていいぞ」

 ドアが軽くノックされると、亜麻色の髪を一本に結った女性が、白い布を広げている一枚の板を両手にのせて入ってきた。きびきびと歩く姿は、つい先日まで落ち込んでいたのを微塵も感じさせないものだった。

 彼女が持っている板の上には、緑色に輝く宝珠の欠片が二個ある。

「失礼致します。現在、風の魔宝珠の護り人である、スレイヤ・ヴァフスです。村長様のお言葉に従って、魔宝珠の欠片をこちらにお持ちいたしました」

 スレイヤの後ろからルーズニルが遅れて入ってくる。朝、時間になったら村長の屋敷に行くよう伝えた後に家を出た理由は、ここにあったようだ。スレイヤとルーズニルで風の魔宝珠を砕き、欠片を入手したのだろう。

 スレイヤは姿勢を正しくして村長の隣に並ぶ。村長は用意していた小瓶に欠片を入れて、リディスにそっと差し出した。

「ヨトンルム領とミスガルム領の友好を更に深める印として、欠片を差し上げよう。お互いの領に何かあった際には、助け合うことをここに誓い」

「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 そして緑色に煌めく美しい魔宝珠はリディスの手に渡った。

 リディスも土の魔宝珠の欠片が入った瓶を取り出して、村長に渡した。

 同様のことをおどおどしているトルがムスヘイム領の代表として、火の魔宝珠の欠片を用いて繰り返した。

 すべての受け渡しが終わると、村長が締めの言葉を述べる。

「これで三つの領に、目には見えない関係が築けたはずだ。今後もよりよい発展のために、知識を、物資を、安定する術を広めていこう。そして危機が起こった際には、欠片で繋がったようにお互いに助け合おう――」

 その言葉に呼応するかのように、微かに欠片は光を発した。

 リディスは胸元にある魔宝珠を軽く見た。

 未だに還術直後は不安定な状況に陥る。そのため、還することに躊躇いがないわけではない。

 けれども避けるのではなく、状況を見ながら、今できることを最大限行おうと思った。

 フリートが過去を受け入れ始めて歩き出したのと同様に、リディスも今の自分を受け入れて進むために。




 第三章 闇夜に吹き抜ける風  了

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