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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第二章 道と火を巡る夢現
38/242

2‐18 予言と推測の狭間で(3)

 * * *



 翌日からロカセナの忠告通り、フリートはリディスと対面しても怒鳴り散らすことなく淡々と会話を進めていった。彼女も視線をあまり合わせず、ぎこちなく話が進んでいく。

 体調もだいぶ良くなってから、ギュルヴィ団に誘拐されていた間のことを聞いていると、時折小刻みに震えることがあった。見かねたロカセナはリディスの手を握りしめると、彼女の表情が少し和らいだ。彼が軽く聞き出したことを紙に記し、それに関してはそれ以上触れないようにした。

 スルトやトルが見舞いに来たり、騒がしい時間もあったが、ある人物の訪問にはリディスは明らかに驚いた顔をしていた。

 それはリディスが目覚めてから、四日経過した日だった。

 リディスがトルと話している時に、唐突にドアがノックされ、返事をすると一人の品のいい女性が入ってきたのだ。彼女を見て、リディスは目を丸くした。

「ど、どうしてここに……!」

「そういえばきちんと挨拶はしていなかったわね。改めて自己紹介するわ、リディス・ユングリガ。私はメリッグ・グナー、少々わけありで彼らと共に行動させてもらったわ」

 笑みを浮かべ、流暢に言葉を紡いでいく。その場にいたフリート、ロカセナ、トルはあの事件以降多少話す間柄になっていたが、よく考えればリディスは彼女と面と向かって会うのは初めてである。リディスは依然として困惑気味な表情をしていた。

「けど、次に会う時は私がもう少し強くなってからって……」

「よく覚えているわね、そんな台詞。知っているかしら、人がもっとも力を発する時は、絶体絶命の時ってよく言うのよ」

 その言葉を聞いてリディスは首を傾げている。

 彼女から話を聞いてわかったことだが、火の魔宝珠に触れた以降の出来事は、まったく覚えていないらしい。もちろん火の魔法を鮮やかに操ったこともだ。こちらからすれば凄まじい現象を目の当たりにして色々と聞き出したかったが、本人は覚えていないため会話がまったく成り立たなかった。

 メリッグが渋い顔をしているフリートに視線をやると、すぐに察したのか話を打ちきりにした。

「……実は今回の事件で少し気になることがあったから、同行させてもらったの。船の上で話した時とは状況が変わったわ。私が予想しきれない方向にね」

「予想しきれない方向……? あの、メリッグさんは予言者なんですか。それなら私の還術の今後について予言してくれませんか?」

 予言者には偏屈者が多いのに、素直に自分の想いを伝えるとは――思わずフリートは感心してしまった。それほどリディスは今の状況を改善したく、必死なのだろう。

 メリッグはリディスのことを既に予言したと言っていた。どういう風にこの場で返すのか、見ものだ。

 まずはフリートの予想通り、メリッグは若干ながら顔をしかめた。

「私、個人の将来について予言するのは苦手だわ。変わる可能性があるから、その後に難癖付けられるのは嫌なのよね」

「そんなこと言いません。道標として予言を参考にしたいのです!」

「どうして貴女の還術について、私が予言しなければならないの? 自分の技術を上げれば、いくらでも未来は開けるでしょう」

「普通ならそうですが、私、今は還術を思い通りにできないんです」

「……ふうん、面白そうな話を持っていそうね。少し話を聞いてみましょうか」

 メリッグは口元を緩ませ、近くにあった椅子に腰をかけた。切れの長い目がリディスを真正面から見据える。

「思い通りにできないとは?」

「ある日突然発症したことで、還した直後、脳内に人の叫び声や、見るに耐えない酷い光景が広がって、しばらく立つのも辛い状態になるんです。だから連続的に還術ができなくて……」

「何かが脳内に流れ込んでくるような感じなのかしら」

「そんな感じですね……」

 最近は還していないため、リディスの精神状態は落ち着いているはずだが、思い出すことで抑えていた心の傷を抉る可能性がある。彼女の様子を注視しつつ、予言者の言葉を待った。メリッグは目を細めてリディスの体を全体的に眺めた。金色の髪や緑色の瞳には、特に興味深く見ている。

「ねえ、相手に触れた途端、その人の考えていることがわかるっていう物語、読んだことある?」

「いえ、そんな物語は……」

「知らないのなら知らないでいいわ。まあそんな物語があるわけよ。それが果たして現実世界で起きるかどうかは、残念ながらわからない。でも魔宝珠は無限の可能性を秘めているから、そういうことが行えてもおかしくないと思っているの」

「無限の可能性……」

「魔宝珠による不可思議な力、貴女の還術との反発能力、その他適当な理論を組み合わせれば、貴女の身に起こっている現象を引き起こすことは可能かもしれないわよ。あとはそうねえ、モンスターがどこに還るかがわかれば、何となく原因はわかるんじゃない?」

 今まで誰も考えてこなかった内容をすらすら言われた。フリートもリディスと同様に、頭を動かしてそれを必死に理解しようとする。

 予言ではなく推論。それでも何か大事なことに気づかされる内容だった。

「頑張って呑み込もうとしているみたいだけど、ただの推論よ、真に受けないで。実証するのは難しいわ」

 メリッグはおもむろに魔宝珠を二個取り出し、そのうち透き通るような宝珠を手で握った。

「いいわ、気が向いたわ。期待するほどのことはできないけれど、少し予言してみましょう、今後のことを」

 メリッグを包む空気が変わった。触れると怪我をしてしまいそうな、鋭い気配に彼女は身を包ませる。

「――遠き未来を見るために、近き明日を見るために、すべての先を見るために、魔宝珠よ、我が想いに応えよ――」

 握っていた手から光がこぼれ始める。それは精霊召喚ほど激しくはなかったが、今まで見たことのない光り方をしていた。すぐに光が収まると、両手で持てるほどの丸い透明な水晶玉が出現した。



 本で読んだことはあるが、リディスにとって直に水晶玉を見るのは初めてだった。

 メリッグは笑みを浮かべて、水晶玉をリディスに差し出す。

「これに触って。私はお城にいるような予言者ではないから、大層な予言はできないけれど」

 言われた通りにリディスは右手を伸ばして、水晶玉の上部に乗せた。ただの冷たい石であり、特にこれといって特徴的なことはない。しかしそう思った矢先、意識が吸い込まれるような感覚に陥る。気持ち悪いとすら感じていると、メリッグがリディスの手を握り、無理矢理水晶玉から離れさせた。

 彼女は水晶玉の中心を見つめて、両手でぎゅっと掴んだ。

「彼女の未来を、還術の未来を示しなさい。情報は充分に与えたはずよ。さあ――」

 透明だった水晶玉の内部が白い靄に包まれ始める。リディスや他の人が中を覗き込むが何も見えない。

 しかし、メリッグだけが眉間にしわを寄せて、時に目を見開きながら見入っていた。

 やがて靄は拡散し、召喚した直後の透明な水晶玉に戻る。ほんの数分の出来事だったが、メリッグは肩で呼吸をして、額にうっすらと浮かんだ汗をハンカチで拭っていた。

「何かあったんですか?」

「こんなの見たのは初めてだわ。難しいわね。何て伝えていいものかしら」

 メリッグは険しい顔をしたまま、右手を口元に触れて考え込む。

 一同が見守る中、彼女は水晶玉の召喚を解除して立ち上がり、ベッドから少し離れて背を向ける。腕を組んで、彼女にしては珍しく躊躇いがちに口を開いた。

「……普通、未来を予言する時は、対象者が水晶玉に必ず映るはずなのよ。けれど今回は出てこなかった」

「何かいけなかったのでしょうか?」

「いえ、間違ったことはしていないわ。この水晶玉は対象者が触れれば、予言できるようになっているから。――考えられることとしては、今、映った何かは貴女だけでなく、多くの人に関係があるということ……かもしれない」

「何が映っていたんですか?」

 リディスは食い入るようにメリッグを見るが、視線を合わせようとせず、未だに背を向けていた。右手の人差し指で軽く何度か左腕で叩いている。彼女の言葉を待ち続けていると、しばらくして固い表情で振り返られた。

「――目立った色としては、色鮮やかな黄緑。他に赤、茶、緑、青もあったわね。あとは中心から黒々とした何かが出てくる映像。これは還す際に出る、黒いものと何か関係があるかもしれない……確証はないけれど」

 ぶつぶつと呟かれるが、リディスにとっては抽象的すぎる内容のため、余計に頭が混乱するだけだった。解説の言葉を待っていたが、メリッグに首を横に振られた。

「……残念だけど、この映像だけでは予言をすることはできないわ」

「そうですか、ありがとうございます……」

 予言に関してはかなり期待していた部分があったため、メリッグの返答はリディスを落胆させるには充分だった。フリートはリディスを見て、努めて落ち着いた声をかけてくる。

「まだこの領での聞き込みをやっていないだろう。そう残念がるな」

「わかっている。あくまで可能性の一つがなくなっただけよね。怪我が治ったら町に――」

「果たしてそれで本当に成果は上がるかな?」

 この部屋にはいない第三者の声が突然割り込まれた。フリートとロカセナはとっさにベッドの脇にあった剣を手に取り、ベッドの上から飛び降りる。リディスもドアから入ってきた人物に対して睨みつけた。

 当初は光りの加減で顔が見えなかったが、近づいてくると、その人の実体が見えてくる。顔を見て、フリートは表情を緩ませて警戒を解いた。

「やあ、お久しぶりだね。何人かの皆さんは初めましてかな」

 微笑みながら気さくに話しかけてくる、丸縁眼鏡をかけた二十代後半の男性。長めの亜麻色の髪を束ねており、気品のある服を着ていた。

「お久しぶりです。どうしてここにいるんですか、ルーズニルさん」

 フリートがルーズニルに言葉を返すと、嬉しそうな顔をされた。

「よかった、僕のこと覚えていてくれたんだね。今日はある人からの伝言があって、ここに立ち寄ったんだ」

 ルーズニルが懐から出したのは一枚の手紙で、その脇にはミスガルム領を表す、土の印が押されていた。

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