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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第二章 道と火を巡る夢現
33/242

2‐13 煌く想いを火に込めて(1)

 * * *



 異常は領主の屋敷の敷地内に入った瞬間から、誰でもわかるものだった。

 傭兵や侍女、医者らしき人たちが、屋敷の庭や中を慌ただしく走っている。綺麗に整えられていた庭の面影はほとんどなく、踏み荒らされた様子が無残にも広がっていた。

 屋敷の手前で馬から降りたフリートたちは、領主の部屋に急行した。

 開けっ放しになっている部屋に入ると、一人の男を囲むように筋肉質の男たちが立っていた。

「スルト領主!」

 フリートが声を発すると、傭兵たちに囲まれたスルトは顔を上げた。顔は青白く、絶望感に打ちひしがれているように見える。

「君たち……無事だったのか」

「……リディスを連れた男がやってきたんですね」

 スルトは力なく頷く。その後ろには粉々に割られた窓があった。

「どこに行ったか教えてください。リディスを助け出します」

「その傷はあの男にやられたものか? そんな状態で相手にできるのか」

 スルトはフリートの赤く染まっている左肩の布切れに目をやる。その鋭い観察力は良いことだが、今のフリートにとっては痛いところを突かれる要因となった。

 苦し紛れで言い返そうとした時、ロカセナにそっと手で制止された。そして彼は一歩スルトに近づく。

「スルト領主、別に僕たちは彼とやり合うつもりはありません。リディスさんを無事に助け出したいだけです。彼は目的さえ果たせば、解放すると言っていました。しかし真か偽かは判断できません。万が一のためにと思い、彼女の元に急いだ方がいいと判断しています」

「気が変わりやすい男のようだから、その言葉を鵜呑みにするべきではないだろう。だがね、私は直に見ていたが、一瞬で人間の急所を突いて息の根を止める男だぞ。どうやって対抗するつもりだ」

「そこら辺は多少なりとも考えがあります。急所を突かれないよう、一定の距離や物があれば防ぎきれますよ」

「しかし……」

「もしここで協力して頂けなければ、スルト領主は大事な客人が殺されるのを容認した、と国王に伝えさせて頂きます」

 ロカセナは無表情で目を細めてスルトを見据えた。

「――場所を教えてくれますか。ムスヘイム領主に代々伝わり、領全体に加護を与えている火の精霊(サラマンダー)が宿る、“火の魔宝珠”の場所を」

 スルトはごくりと唾を飲み込む。そして苦悶の表情で立ち上がり、自分の机にある一枚の羊皮紙と羽ペンに手を付けた。

 ムスヘイム領には、領全体を一望できる大きな山がある。そこから東西に流れ出る二本の川は、同時に中心都市のヘイム町をまるで他の領から守るように流れている川でもあった。

 今は行われていないが、その山はかつて鉱山の発掘作業のためにいくつもの洞窟が掘られ、多くの人で賑わっていた時があった。その発掘作業中に発見したのが、ムスヘイム領に加護を与えている“火の魔宝珠”なのである。

 発見した当初は剥き出しの状態であり、色は燃えるように赤く、まるで宝石のような光沢と美しさを兼ね備えていたらしい。しかし、その美しさにつられて興味本位で触れた作業員は、一瞬で炎に包まれたのだ。何事かと思い、他の人も触れると同様のことが起こった。

 人々はその現象に畏怖し、この件に関して当時の領主に相談したところ、優秀な結術士(けつじゅつし)によって火の魔宝珠の周りに結界が張られたのだ。

 それ以後、誤って触れてしまう等の事故はなくなり、火の魔宝珠はずっと領を見守り続けていると言う――。

「そんな魔宝珠をどうして奴は欲しいのでしょうか。触れられなければ、持って帰ることはできないはずです」

 スルトから男が狙っている火の魔宝珠について聞いた直後の感想である。彼は渋い顔をして、フリートの疑問に答えた。

「……一部だけだが、持って帰ることは不可能なことではない。人間や生きたものの手が触れなければいいのだ。ナイフで削る程度ならできるだろう。本体から離れた魔宝珠の欠片は威力が落ちるため、触れても火傷程度で済むから、持ち運びは可能だ」

「話を聞いていて思ったのですが、俺たちが知っている魔宝珠とは違うのですか? 欠片だけでも効力はあるのですか? 通常魔宝珠は手のひらに乗る大きさが一般的です。あまりに小さいと力が込められないため、何かを召喚することは難しいと思います」

 スルトは眉間にしわを寄せたまま、口を開いた。

「私たちが使っている魔宝珠とはまた違うものらしい。象徴と言ったところだろうか。……すまないが、私もよくわからない。ただ見ず知らずの者に、欠片だけでも渡すなとは昔から言われている。――この一件が終わり城に戻ったら、魔宝珠に詳しい人物に話を聞くといい。ここまで関わってしまったら、知らないでいる方が酷だろう」

 スルトは言い切るとソファーの背もたれに力なく寄りかかった。

 フリートはスルトに一礼をして、地図と結界を張る呪文が書かれた紙を握りしめ、屋敷を後にした。



 陽が落ち始め、辺りは少しずつ茜色に染められていく。

 昼間に活動している者とは別の者が活動を始める時間帯。良識のある女や子供ならば、外に出なくなる時間であった。

 そのような時間に駆け抜けていく二頭の馬がいた。一瞬で駆け抜けていくため、どのような人たちが乗っているかは、傍からでは判断ができないだろう。

「あの男がどこまで知っているかわからないけれど、火の魔宝珠に試しに触れるのなら、まず隣にいる娘を使うでしょうね」

 メリッグが平然と最悪の展開を言うと、フリートの顔は一瞬で強ばった。唇を閉じて、さらに加速していく。

 目的地の山は見えているが、なかなか近づいてこない。あの雄大な景観の中にある山に着くには、どれくらいの時間がかかるだろうか。遅くても陽が暮れる前に着かなければ、移動するのが困難になる。

「領全体に加護を与える火の魔宝珠。いったいどの程度の加護なのかしら」

 涼しい顔で馬の上に乗っているメリッグはふと呟いた。フリートはある事象を思い出す。

「メリッグは見ていないのか、火の精霊が突然現れたところを。現れるなり燃えている畑を一瞬で消し去ったぞ」

「その魔宝珠に宿っている精霊が起こしたことだと言いきれるの? 誰かが火の精霊を召喚して消したという可能性はないのかしら。数は少ないけれど、精霊を扱う人はいなくはない」

「そんな気配はなかったと思う。メリッグは水の精霊(ウンディーネ)を使えるんだよな。何か感じることでもあるのか?」

「さあ、他の精霊に関しては私も知らないことが多くて。だから他の属性の精霊に関しては、とても興味があるの。一緒に来て良かったわ」

 不謹慎な発言を躊躇わずにしているのが、フリートには理解できなかった。

 前方を走っていた馬上からトルが大声を張り上げる。

「もう少しだ! 少し入り組んだ道に入るから気をつけろ!」

 そう言われた途端、足場の悪いところに踏み入れた。あまりの揺れに馬から振り落とされそうになるが、そこを踏ん張って先に進む。

 足下に気をつけている間に、山は目の前に近づいていた。遠くから見た感じでは、周辺の山と変わらなかったが、近くで見ると若干ながら赤く色付いているのに気付く。暮れゆく陽の光の加減によるものだろうか、それとも元々の色なのだろうか――。

 洞窟が見えると速度を落とし、入り口に到着した。馬から降りたトルはランプを取り出し、マッチを使って小さな火を灯した。それを見たメリッグが不思議そうな顔をしている。

「貴方、ここの出身なのに火は出せないのね」

「俺が召喚するのはウォーハンマーだ。精霊召喚はできない」

「へえ、そうだったの。てっきり加護が強いと言われている領だから、誰でもできるかと思ったわ」

 トルがメリッグにふてくされた顔を向けた。

「悪かったな! 何もできなくてよ!」

「別に悪いなんて言っていないでしょう。ほら、早く中に入ったら? 時間がないわ」

 メリッグに促される形で、ランプを持ったトルを先頭にして中を歩き出した。事前に一同は武器を召喚し、心許ないランプの灯りを頼りにして進んで行く。

 注意深く進んでいるが、モンスターの気配は感じなかった。ミスガルム領なら人気のない洞窟に入れば、大なり小なりモンスターはいるものだ。

「人の出入りも基本的にはない。発掘作業が終わってから何十年も経っている。警戒するのはあの男だけでいいんじゃねえか」

 飄々と言いつつも、トルは右手でウォーハンマーを固く握りしめていた。

 しばらく無言で進んでいると、前方から大広間が見えてくる。息を殺して近づくと、広間の中から膨大な光が溢れ出てきた。目を凝らしながら光の先を見ると、フリートは目を大きく見開いた。



 フリートたちが到着する少し前に、リディスは男に引っ張られながら洞窟の中に連れてこられていた。大広間に入ると、真っ暗だった広間の側面に並ぶ松明に火が灯る。まるで火が生きているかのようだ。

 奥には球状の大きな赤色の魔宝珠が浮かんでいた。リディスが今までに見たことがない大きさで、成人男性の背丈以上はある。さらに宙に浮かんでおり、魔宝珠に対して抱いていた考えがまったく通じないものが目の前にあった。

「こりゃ面白えな。領だけでなくドラシル半島を支えているっていうのも納得できるな」

 リディスを放っておいて、男は火の魔宝珠に近づく。だが途中で立ち止まり顔をしかめた。あと数歩で手に触れられる距離である。

「なるほど、ここで結界か。解除の呪文は教えてもらったから、それを読んで……っと」

 男がスルトから奪い取った紙を広げ、つっかえながら読んでいく。堅苦しい言葉ばかりでリディスに読みを尋ねることもあったが、どうにかして最後の文まで読み切った。

 男の目の前にある空間が歪み、ヒビが入ると結界は粉々に砕け散った。大きな魔宝珠を取り囲むように張られていた結界は、跡形もなく消え去っている。男は嬉々とした表情で魔宝珠に近づく。

 しかしまたしても手を触れようとした寸前で、男は動きを止めた。ほんの少し考え込むと、地面に座り込んでいるリディスの腕を握り、魔宝珠のもとまで無理矢理歩かせる。男は魔宝珠に目を向けると、にやりと笑みを浮かべた。

「ちょっと触れてみろ」

「どうしてよ……。私は(てい)のいい人質でしょう。もう放っておいて……」

「いいから触れろって、死にたくなかったならな」

 男は柄に触れている。リディスは固い表情で、目の前にある魔宝珠に体を向けた。見上げると、赤々とした魔宝珠が視界に広がる。領を守る火の精霊(サラマンダー)が宿っている魔宝珠。あまりに美しいそれに触れるのは躊躇われたが、横にいる男の殺気に押されて手を持ち上げた。

『あなたはふさわしいもの? ふさわしくないもの?』

 突然脳裏に若い女性の声が流れた。手は魔宝珠に触れる直前で止まる。

『ふさわしくなかったら、知らないわよ?』

 その言葉を聞き、リディスの鼓動は速くなる。だが次の女性の声は、少し声色を変えたものだった。

『――あら、でもよく見たら大丈夫そうね。むしろ触れなさい。道を導く者よ』

 最後の言葉につられるようにして、魔宝珠に手が伸びた。

 そして触れると――リディスの全身に温かいものが走りわたった。

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