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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
番外編 散りばめられた旅の思い出(掌編集)
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新たな道に進む前に

 ペン先にインクを付けて、花柄の便箋にそれを下ろす。そしてゆっくりと文字を書く。まずは『オルテガお父様へ』と。それから行を変えて、本文を書き始めた。

 あらかじめ下書きをした内容を確認しながら、書き進めていく。いつもよりも丁寧に書いているからか、思った以上に進みが遅かった。カーテンが閉じられている室内にて、時計の動く針とペンを書き進める音だけが部屋の中に響いていた。

 途中で句点をつけたところで、私は時計を見て、ペンを止めた。思ったよりも時間が過ぎている。今は体調を整えないといけない時期だ。早く寝なければ。

 ペンを置くと、便箋を引き出しの中に入れて、寝る支度を始めた。


 * * *


 人生の晴れ舞台を一週間後に控えた私は、今日もシュリッセル町を歩き回っていた。

 昨日までは自警団の仕事の手伝いをしていたが、今日からしばらく落ち着くまでは来なくていいと断られてしまった。気を使っての発言だと思うが、私としてはいい気分転換にもなっていたため、ギリギリまで手伝うと必死にお願いしたが、結局押し切られたのだ。

 そのため息抜きに、町中や商店街などを散歩していた。賑やかで、活気に満ち溢れている町。旅をしている時に他の町も訪れたが、やはりこの町が一番好きだった。

 すれ違いざまに町の人たちと挨拶をかわしていく。誰もが「式、楽しみにしている!」と言ってくれた。笑顔で「ありがとう」と返していくが、嬉しさと恥ずかしさが入り混じっていた。

 広場を進んでいると、十歳くらいの二人の少年たちが木の長い棒を持って歩いていた。彼らは私のことを見るなり、嬉しそうな顔で寄ってくる。

「リディス姉ちゃん、ここにいたんだ! 自警団の詰所(つめしょ)に行ってもいなかったから、どうしたかと思った」

「ねえ、スピアの稽古、してくれよ! 僕、だいぶ上手くなったんだよ?」

 ぐいぐいと押され気味に言われて、私は若干後ろ下がりになった。一時間後に式の打ち合わせが入っている。仮に今から稽古をすれば、遅刻してしまう可能性があった。

 困った顔をしていると、巡回していた自警団の青年が割って入ってきた。

「おいおい、リディスさんは忙しいんだ。しばらく稽古はやらないと言ったはずだろ!」

 少年たちは顔を見合わせ、そして再び青年に視線を戻した。

「えっと、結婚式、だっけ? 男の人とチューするやつ」

「違うよ、みんなの前で愛を誓うやつだよ。チューなんて、いつでもできるだろう。みんな、隠れてよくやっているって」

 次々と出てくる言葉に、青年は顔をひきつらせる。私は軽く笑いながら、それを聞いていた。

「お前たち、いい加減にし――」

 言いかけている途中で、青年の肩に軽く手を添えてから、私は前に出た。まったく時間がないわけではない。少しくらいなら稽古はできるだろう。

「わかった、二人とも少しだけね。明日以降はできるかわからないから、そのつもりで。短い時間だけど、一緒に素振りをしましょう」

 首もとから下げている、若草色の魔宝珠(まほうじゅ)に手を触れる。

「魔宝珠よ、我が想いに応えよ――」

 宝珠は光り輝き、そこから一本のショートスピアが召喚された。少年たちは、おおっと声をあげる。魔宝珠からの召喚は満十八歳からであるため、彼らにとって召喚する光景は珍しいものであった。

 私は片手でスピアを持ち、それを振り回しても周りに迷惑をかけずに十分な距離を保てる場所まで移動する。そして先に私が振るので、続いて真似してみてと伝えた。

 心を静めて、スピアを両手で構える。そして勢いよく一歩前に突き出した。それから流れるようにして、振っていく。

 無駄なく、隙なく、見ている者の心が惹かれるように、美しく――舞う。

 色々な想いが溢れ出てくるが、それを押さえるかのように、一心不乱に振った。


 数年前、私たちが大樹を巡り、絶望の使者と対峙し、苦難の果てに還したことで、穏やかな平和を取り戻した。それにより町の結界の外にうごめいていたモンスターの数は激減し、外に出ても適切な結界を張れば、ほとんど遭遇することはなくなっていた。

 そう遠くない未来、召喚物として武器を選ばなくてもいい時代がくるだろう。ただ、少年たちの期待に応えるために、実際に武器を扱う機会がないかもしれないが、体力作りという名目で、時々稽古をつけているのだ。私がスピアに興味を持ったときのことを思い出して。

 興味を持つということは、それが未来の何かに通じるかもしれない。私も多くの人から刺激を受けて、それが成長に繋がった。そのきっかけを私も誰かに与えてあげたいのだ――。


 稽古を終えると、私は簡単な打ち合わせのために、急いで式場に向かった。おおかたの打ち合わせは彼が町に顔を出したときに済ませているが、直前になって細かいことを調整したいと言われたのだ。

 当日の天候も予測しながら、改めて式の内容を見ていく。町長の娘の結婚式ということで、町の皆にお礼もかねて、盛大に行う予定である。晴天なら、なお素晴らしい式になるだろう。

 ドレスの最後の試着も行った。スピアを振って、引き締まった体は未だに維持され、サイズを変えることなく、当日を迎えられそうだった。


 家に戻ってからは、片づけをしたり、お手伝いさんが用意してくれる食事の支度を手伝ったりと、慌ただしい時間を過ごしていた。

 食事を終えて部屋に戻り、一息ついたところで、引き出しから便箋を取り出して、続きを書き出した。頭の中で文章を作ってから、文字に落とす。しかし、あっという間に寝る時間が来てしまい、仕方なく便箋を引き出しの中に戻した。

 そのとき、気真面目そうな文字で書かれた封筒が目に付いた。それを取り出し、じっくりと見る。これから私と一緒に生きる人からの手紙。運命の扉を開けてくれた、旅の終わりで想いをぶつけあった、大切な人。

 今は互いに住んでいる町に戻ったが、何度にも渡る手紙の交換と、時折互いに町を行き来しながら、愛を育み、ようやく一緒に暮らせるようになるのだ。

 宝物でもある手紙をそっと抱きしめながら、中に戻した。


 * * *


 そして、式の前夜――、私が居間に行くと、お父様が椅子にぼんやりと座っているのに気づいた。目の前には水が入ったコップが置かれている。

「お父様、こんなところにいらしたのですか?」

 声をかけられたお父様は振り返り、軽く目を見開く。

「少し水が飲みたくなってな。リディス、今晩は早く寝たらどうだ? 明日は主役だろう。皆、楽しみにしている。寝不足なんてことには、ならないでくれ」

「もう寝ますよ。――お父様、これ」

 私は一通の花柄の封筒を差し出した。宛名には『オルテガお父様へ』と書いている。お父様は目を丸くしながら封筒を眺め、そして私のことを見上げてきた。

「これは……?」

「明日だと忙しそうだから、手紙にしてまとめました。時間があるときにでも読んでください」

 押しつけるかのように前に出す。お父様は驚きつつも、それを手に取った。

「ありがとう……」

「私こそ、色々と無茶してばかりで、心配かけて、ごめんなさい。これからも無茶はするだろうけど、彼がいるから、そこまで心配しなくても大丈夫だと思います」

「無茶する前提とは。そういうところは母親譲りか」

 お父様は小さく笑みを浮かべて、手紙を机の上に置いた。そしてコップをぼんやりと見つめる。

「リディスが結婚してくれることが、本当に嬉しい。世界が絶望に浸されたとき、もう会えないかと思った。けど、無事に戻ってきてくれた」

「あの戦いは、私一人の力だけではどうにもできませんでした。彼や仲間たちがいたから、何とか成し遂げられました。だから、これからもお父様をはじめとして、人に頼って生きていきたいと思います」

 にこりと笑って言うと、お父様も頬を緩ました。姿勢を正して、そっと頭を下げる。

「お父様、今までありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」

 目に涙が溢れ出そうになったが、それを耐えて、足早に部屋に戻っていった。


 * * *


 町民たちや仲間たちなど、多くの人に祝福の言葉を投げかけられながら、私は純白のドレスに身を包んで、お父様と一緒に歩いていく。

 慣れない靴とドレスで足がもつれそうになったが、お父様はしっかりと支えてくれた。

 空は澄み渡るような晴天。この空がかつて真っ黒な雲で覆われたことなど本当にあったのかと思うほど、天気のいい日だった。

 あと少しで正装を着た愛している青年が待っている場所につく。その前にお父様が囁いてきた。

「手紙、ありがとう。嬉しかった」

「喜んでくれて、よかった」

「色々と思い出してしまったよ。……リディス、今までありがとう。大変だった分、幸せになってくれ」

 じんわりと胸に言葉が突き刺さってくる。一言二言しかかわせない貴重な時間だからこそ、さらに重みを増す言葉になった。

 新郎の前に着くと、お父様は深々と頭を下げ、新郎もきりっとした表情で同じく頭を下げた。そして私と視線を合わすと、微笑みながら彼の手を取って、再び歩き出した。


 多くの人に見守られながらの結婚式とは、人生の区切りのための行事なのだろう。

 それは花嫁と花婿だけではなく、両親たちにとっても子どもたちの新たな門出という、一区切りを表しているのだ。

 その区切りの前に振り返りたく、手紙を書いた。感謝を綴った、両親への手紙を。その想いは、きっとこの瞬間しか書けないと思ったからだ。

 喜んでもらえてよかった。その言葉だけで十分だった。


 そして私は新たな道を彼と共に歩き出す――。



『お父様、今まで大切に育ててくれて、本当にありがとうございます。

 結婚式を無事に迎えることができたのは、お父様のおかげでもあります。

 彼となら一緒に生きていきたいと思い、結婚することに決めました。 

 お父様との思い出はたくさんあり、昔――』



・2020年12月26日~2021年1月11日開催のText-Revolutions Extra2公式アンソロジー「手紙」寄稿作品

・時間軸:後日談の17と18の間

・コメント:花嫁の手紙が元ネタとなっています。

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