黒髪騎士のささやかな駆け引き
フリートが本を戻しに図書室に行くと、棚と棚の間で見慣れた金髪の少女の背中が目に入った。彼女の前にはにやにやしている青年が立っている。騎士の一人で、あまりいい噂は聞かない男だ。剣術も学問もそこそこで、親のコネで騎士団に入団したらしい。
面倒な奴に絡まれているなと思いながら通り過ぎようとすると、二人の会話が耳に入ってきた。
「お嬢さん、これから僕と一緒に食事でもどう?」
「本を片づけてもらっただけでなく、そんなお誘いまで……。ですが、まだ調べ物が残っていますので、ご遠慮させていただきます」
「じゃあ調べ物が終わったら、どうかな? 美味しい食事ができる、個室の店を知っているんだ」
男が彼女に体を近づけている。フリートは溜息を吐いてから、踵を返して本棚の間に足を運んだ。
「何やっているんだ」
声をかけられた少女リディスは、表情を緩ましていた。対して青年は顔をひきつらせている。
「な、なぜ、フリートがここにいるんだ?」
「調べ物があったから来ただけだ」
分厚い本を持ち上げて、見せつけるかのように青年の前に押し出す。
「バルヘミア大陸の歴史だと? こんなこと調べてどうするつもりだ!」
「今日の会議で話題に出ていたと思うが、聞いていなかったのか?」
やや顔が赤らんできた青年が拳を握りしめている。それをさめた目で見ながら言い放った。
「ああ、いつも女をたぶらかすことで頭がいっぱいだから、聞いていなかっ――」
言い切る前に、青年の拳が飛びかかってくる。それをよけずに、右手で掴みとった。青年は目を丸くした後に、ばたつき始める。
「離せ!」
「ああ、離すさ。図書室は静かにする場だからな。この続きは次の模擬戦できっちりしてやるぜ」
拳を離しつつ左に動くと、青年は前のめりの状態で数歩進んだ。そして「覚えろよ」という捨て台詞を吐いて、図書室から逃げていった。
「ありがとう、フリート。あの人より文も武も遙かに上なのね」
後ろからリディスがおずおずと礼を言う。フリートはそっぽを向いて、歩き出した。
「お前みたいな女でも声をかけられるんだな」
「その言い方はどういう意味よ!」
肩を小さくしていた少女の姿はもうない。調子が戻った彼女と共に、椅子に腰掛けた。
・2016年10月8日開催 第4回Text-Revolutions内有志企画「第1回キャラクターカタログ企画」寄稿作品(フリートで参加)
・時間軸: 第1章もしくは第4章の城内での話
・コメント:口は悪いですが、内心、彼は結構優しいです。