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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
番外編 穏やかな時の流れ
213/242

番外編四 交差した道のその先は(1)

 ご無沙汰しております。

 web版完結後、魔宝樹の鍵の製本版を作っており、その本のページ数の関係上、番外編を何本か書き下ろすことになりました。そこで書き下ろした番外編を今回の話から連載したいと思います。


 製本版には、後日談本の中に収録するものです。(5月5日に発刊)

 時間軸としては、終章~後日談までの三年間です。人物たちとの関係を深めるために執筆したものなので、本編とは特に関係ありませんが、読めば少しは意外な一面が見られるかもしれません。

 短い間ですが、お楽しみいただければ幸いです。

 朗らかな陽気の中、左頬に傷がある男は、目の前にある書類の山を睨みつけていた。二、三日部屋を空けただけにも関わらず、この有り様。長期に渡って遠征でもしていたら、机の上からずり落ちていたかもしれない。

「隊長が出かける前と比べて、机の上はあまり変わっていませんよ。……城内にいたのに、どうしてこんなに溜まっているんですか」

 赤色の短髪の女性は、右手を腰にあてて溜息を吐いていた。女性の中では長身の部類に入る、引き締まった体の女騎士だ。上には容赦なく指摘し、下には丁寧に教える姿は多くの人に好評だった。

 隊長と呼ばれた男は机の上をびしっと指で示す。

「セリオーヌ、書類の量が多すぎる! どうして俺が椅子に座ってこれを処理しなければならないんだ? 俺は前線に出るために、ここまで上り詰めたんだぞ!?」

「この量が普通です! これでも他の隊長よりも少ないんですよ? 私や班長格でこなせるものは、隊長の手を煩わさずに、こっちでやっているんですから!」

 セリオーヌは大股で机の傍に歩み寄った。そして机の上を激しく叩く。衝撃で紙が何枚か落ちた。

「カルロット隊長、隊長というのは本来後ろで指揮を執る人間です。書類に書かれた下の者たちの意見や周囲の状況を知ることで、そういうことができるんです。それくらいおわかりでしょう!」

 カルロットは耳の穴に指を突っ込みながら、セリオーヌから視線を逸らす。

 お説教が始まった。この様子だとかなり長くなりそうだ。

 窓の外から見える青空と、遠く離れたところにある大樹をぼんやりと眺めながら、心の中で嘆息を吐いた。



 ドラシル半島にレーラズの樹が戻ってきた影響で、モンスターの絶対数が減ったため、カルロットたちミスガルム騎士団が現場に出ることが少なくなっていた。

 ラグナレクとの死闘後は、城や城下町を中心とした復興で日々追われていたため、カルロットが机の前にいなくても咎められることはなかった。

 だが半年が経過し、少しずつ落ち着きを見せ始めた最近は、この書類を読んでサインしろ、意見を出せ、書類をまとめろなどの事務文章が徐々に増えていったのだ。

 初めは書類に軽く目を通して、適当にサインをしていた。しかし減らしても減らしても山は消えず、むしろ大きくなっていた。もはや真正面から相手をするのが嫌になり、適当な理由を言って、この部屋から度々離れていたのだ。

 カルロットはがみがみ言っているセリオーヌを横目で見る。

 第三部隊の中で隊長に向かって最も容赦なく言葉を浴びせる女性。たしか今日は非番と言っていたはずだ。なのに、なぜここにいるのだろう。彼女がいないから、忘れ物を取りに来たというのに。

 よく見れば団服ではなく、私服だ。しかもロングスカート。全体的に柔らかで明るい、女性らしい服装だ。

「――聞いているんですか、隊長!」

 はっとしたカルロットは、頭をかきながら眉をひそめてセリオーヌを見返した。

「いちいちうるせぇなぁ。お前は俺のことをどう思っているんだ?」

「世話のかかる上司」

 もはや清々しさまでも感じられる即答っぷり。カルロットと相手をしても、それなりの試合ができるセリオーヌだからこそ、出せる言葉なのだろう。

 ふと、開いているドアから薄茶色の髪が見えた。あの柔らかそうな髪には見覚えがある。

「おい、セリオーヌ、お前、今日非番なのになんで来た?」

「……隊長にお話ししたいことがありまして」

 セリオーヌは視線をドアの方に向けて声をかけると、一人の青年が入ってきた。彼女と身長はたいして変わらない、男としては小柄な部類に入る青年だ。騎士よりも文官と間違われる方が多かった。

「ご無沙汰しています、カルロット隊長。相変わらずセリオーヌ副隊長に口うるさく言われているんですね」

「うるせぇな、クラル。どうだっていいだろう」

 三十過ぎに隊長格に出世した、若き文官貴族出身の第二部隊長クラルは、微笑みながら部屋に入ってきた。彼も非番だったのか団服ではなく、会議にでも出るようなスーツを着ている。

 城内ではあまり見かけない服を着た二人を見たカルロットは、以前から漂っていた噂と総合して、瞬時に彼女らが何をしに来たか察した。

「カルロット隊長、実は……」

 セリオーヌが口を開こうとしたのを遮って、カルロットは立ち上がる。そしてクラルの前に寄ると、両手で彼の両肩を掴んだ。

 言わせてたまるか、この絶好の機会を前にして。

「お前がこんなところに来るなんて珍しいな? 俺と模擬戦でもしてくれる気になったか?」

「え、違いますよ。僕とカルロット隊長では戦術が全然違うので、まともに組み合うことすらできません。それでは鍛錬にはならないでしょう」

「臨機応変に対処するっていう鍛錬もあるんだよ。たまには変わった戦法の奴とやりてぇ」

「あのですね、僕は前線に出て戦うよりも、後方支援をしたり、物資を送る役割が中心です。かつては還したりもしていましたが、最近はそんな機会もなくなって、戦う機会なんてほとんど……」

「うだうだ言ってねぇで、行くぞ! ――相手をしてくれたら、話を聞いてやってもいいぜ」

 そう言われたクラルはカルロットに腕を掴まれると、為すがままに歩き出した。

 この部屋から抜け出せる口実ができた。ついでにクラルとの模擬戦も取り付けた。

 いい機会だから見極めてやる。

 こいつがどれだけ誰かを護れる力を持っているかを。



 城から少し離れたところにある屋内鍛錬場には、特に誰も使っていなかった。いくつか鍛錬場はあるが、ここが一番丈夫で、広い場所である。隊長同士の対決、しかも一人は精霊召喚使いのため、これくらいの規模でなければ収まりがつかなかった。

 クラルはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外し、団服の上着を羽織ってから右肩を軽く回している。

 鍛錬場内にある観客席の後ろ側では、噂を聞き付けた騎士たちが首を長くして待っていた。一番前の席では、双方ともに関係が深いセリオーヌと、肩をすくめている黒髪の青年が立っている。

「副隊長、どうして俺を連れてきたんですか。午後も予定があるのですが」

 ぼそりと言ったフリートに対し、セリオーヌは両手をあわせて軽く頭を下げた。

「ごめん。さっきいた団員の中で、何かあったらどうにか仲裁できそうなのがフリートだけだったから。土の精霊(ノーム)を召喚すれば、隊長とクラルを抑えられるでしょう?」

「カルロット隊長が本気になったら、団長しか止められないでしょ。クリングの剣の稽古に付き合う予定でしたが、あとで詫びを入れておきます。この際ですからじっくり見させてもらいますよ、二人の隊長の戦いを」

 一段と精悍な顔つきになった青年は、にやりと笑みを浮かべて視線を舞台の中央に移した。

 カルロットは首下にある魔宝珠(まほうじゅ)を指で軽く弾く。対してクラルは魔宝珠をぎゅっと握りしめた。

「どちらかが降参って言うか、フリートが止めに入ったらそこで終わりな。悪いが多少の怪我くらいは我慢してくれよ。なにせ小回りの利きにくい武器だからな」

「こちらこそすみませんが、自分も加減はできません。カルロット隊長を傷つける可能性もありますので、ご了承下さい」

「俺としては是非ともそういう理由で医務室送りにされたいな」

 フリートが観客席から降りて、舞台の端に立った。そして右手をすっと上げる。彼は両者をじっくり見てから息を吸い込んだ。降ろすと同時に口を開く。

「始め!」

 解除の言葉を声に出さずに、カルロットは魔宝珠から広刃の剣のクレイモアを召喚する。

 クラルも意図的に実体化させた風の精霊(シルフ)を召喚し、腰から刃がついていない柄を取り出した。そして柄の先に風をまとわせて、振り下ろしてきたカルロットの剣をそれで受け止めた。

 何か靄のようなものがカルロットの剣を遮っている。はっきりとした剣の形状が見えなかった。長さがわからなければ、適切な間合いを作ることができない、少々やりにくい相手だ。

 しかし純粋な剣の腕だけなら、クラルよりもカルロットの方が格段に上である。

 クラルの剣に向かって、何度か剣を打ち付けた。彼は合わせるようにして攻撃を防いでくる。こちらとしては、そこまで素早く動いていないが、既に彼は苦悶に満ちた表情だった。

 カルロットは剣を高く振り上げて、クラルの見えない剣に向かって思いっきり叩きつける。

 だが剣は空を切り、その勢いのまま床に切れ目を付けた。さっきまでいた青年の姿がない。

 舌打ちをして視線を正面に向けると、クラルが切っ先をこちらに向けたまま、後退しているのが見えた。

 彼の足がやや浮いている。風の流れに身を任せたのだろう。風の精霊がこちらを睨みつけている。一瞬でも隙を与えてしまえば、簡単に攻撃をかわされてしまうようだ。接近戦が得意ではないクラルが、まず考えそうな動き方である。

 クラルは左手をカルロットに向けて、風の刃を次々と召喚させた。間髪おかずにそれが放たれ、カルロット目がけて上下左右から襲い掛かってくる。とっさに左に飛んで、その場から逃げた。だが追尾機能が付いていたようで、軌道から逸れたにも関わらず、すぐ後ろから風を切る音が聞こえてきた。

 カルロットは背後をちらりと見て、飛び上がる。風の刃が真下を通過した瞬間、剣を振り下ろしながら落下した。勢いによって風の刃はかき消され、着地すると土埃がその場に舞い上がった。

 クラルが次の召喚をする前に、カルロットは彼に向かって駆けだした。彼が手を動かすと、またしても風の刃が現れる。無限ではないかと思うほど、数は膨大だった。

 向かってくるそれらを避け、避けられないものは叩き切る。頬や腕にいくつもの赤い線が入るが、かすり傷程度。この左頬につけられた傷に比べれば、かわいいものだ。

 相手からの攻撃に対し怯まず攻め込むと、あっという間に目を見開いている青年と真正面から見合った。彼は受け身の態勢をとろうとしているが、カルロットから見れば遅すぎた。

「これで終わりだ!」

 剣を振り上げ、勢いをつけて振り下ろす。途端、クラルは目をすっと細めた。青年が左手を握って開くと、激しい突風が巻き起こった。その風に直撃したカルロットは無防備のまま空中に放り出される。

 体勢を整えながら着地しようとしたが、足下に妙な感覚があった。地面に触れていないのにだ。下を見ると、小さな竜巻がカルロットの真下に発生していた。

 クラルは開いた左手を横に突き出す。するとカルロットの足が触れていた風はなくなり、落下して竜巻の中に入ってしまった。内部に閉じ込められると、風の刃によって全身が傷つけられ、血が吹き出し始める。

(風の力を見くびっていたぜ……)

 剣で風を両断しようと試みたが、風が何重にもなっていたためできなかった。

 歯をぎりっと噛みしめて、剣を地面に突き刺す。そして地面を一回強く右足で踏み込んだ。

 剣先から土の柱が勢いよく飛び出てくる。その剣を握っていたカルロットは、宙を上昇する形になった。

 やがて土の柱は風の渦を突き抜ける。出た瞬間、柱は風によって砕け散った。

 外にいたクラルは驚いた表情もせずに、風の固まりを左右から投げつけてきた。身を縮めて、それからの攻撃を最小限に受ける。風の刃も放ってくるが、先ほどと同様すべて剣で断ち切った。

 風でできた剣を両手で握りしめたクラルに対し、カルロットは空中で剣を振り下ろした。

 風の剣は両断される。その勢いのまま、苦悶の表情をしているクラルの体の表面を切ろうとした。

 だがクラルはくねるようにして、その場を後退する。今回も剣は空を切り、着地と同時に床の表面に切り傷が入った。

 カルロットは肩を上下にしながら呼吸をして、相手をまっすぐ見据えた。

 クラルは左肩に軽く右手を添えている。左の手のひらの上には、いくつかの風の刃が浮かんでいた。未だに降参の色は見せていないようだ。

 呼吸はあがっているが、カルロットとしてはこれからである。

「さてと、二回戦と――」

「そこまでだ」

 はっきりとした女性の声が投げかけられる。さらに注意が向かれるよう、その者は軽く二回手を叩いた。

 クラルがおそるおそる視線をそちらに向ける。その人物を見た瞬間、明らかに驚いた表情をしていた。カルロットは剣を肩に背負って、じろりとその人物を見た。

 漆黒の髪を一本に結った女性が腕を組んで立っている。セリオーヌとフリートが、彼女から離れるように少し横に移動していた。

「おいルドリ、ここはお前が油を売って来るところじゃねぇだろ」

「どこぞの馬鹿な隊長が、別の部隊長に喧嘩をふっかけたと聞いて、気になってきただけだ。カルロット、そんなに力が有り余っているのなら、私が相手をしてやろうか?」

「ほう、願ってもないことだ。是非ともお願いしよう」

 ルドリはにやりと口元に笑みを浮かべた。そして観覧席から出て、闘技場の舞台に躍り出る。

「引っ込んでいろ、クラル。それとも先にここでお前の用事を済ませておくか?」

「い、いえ、明日でも大丈夫です……」

 おずおずと答えると、クラルはカルロットに向かって一礼をした後に、足早に舞台から降りた。

 ルドリは手持ちのショートソードを鞘から引き抜いた。愛用のフランベルジェは召喚しないのか。

「手傷を負ったお前など、これで充分だ」

「……なんだと?」

 眉をつりあげて、彼女を睨みつける。ルドリは左手のひらを上に向けて手前に拱くという、挑発的な態度をとった。

「来な、第三部隊長。お前がどれだけ強くなったか、確認してやる」

 カルロットはルドリをぎろりと見てから、クレイモアを肩から降ろす。そして握り直すと、彼女に向かって走り出した。

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