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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
終章 魔法の宝珠がなる樹
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終章 魔法の宝珠がなる樹(2)

 * * *



「ミディスラシール姫、よく国王様は寛大な処罰を認められましたね」

 主食を終え、デザートのケーキを口に運びながらリディスは呟く。ミディスラシールは視線を軽く国王がいる部屋に向けた。

「復興やモンスター掃討に時間を割いているから、同志たちの細かな処罰は私に任せると言ってくれたのよ。私としては生きて罪を償ってほしいから、彼ら、彼女の力が望んで使われるところに送ったつもり。――ただ反旗を翻さないとは絶対に言いきれない。だから国王は、しばらく暗殺ができる監視者を傍に付けさせて、『刃向かったりしたら、即座に処刑させる』と言っていたわ」

 紅茶を一口飲んで、息を吐く。

「甘すぎる処罰に、ルドリ団長からはもちろん辛辣な言葉は出されたけどね。呆れられたまま、隣の大陸近くまで偵察に行ってしまったわ」

 北の端からはバナル帝国がある広大な大陸に続いている道がある。バナル帝国はこれから脅威となる国。それを思い出し、リディスは一瞬で顔を引き締めた。

 だがそれを否定するかのように、ミディスラシールは右手を左右に振った。

「そうそう安心しなさい。しばらく、いえ十年以上はリディスが危惧していることは起きないらしいわ」

「どういうことですか?」

 イズナから話を聞いた時は、すぐにでも攻め込んできそうな勢いだった。それがなぜ十年以上も先の話になるのだろうか。

「一つは樹が戻り、こちら側が落ち着き始めたのを知ったから。もう一つはバナル帝国の中心部を震源として大地震があったから。特に軍の施設はその後に発生した火事の影響で、ほとんど焼け落ちたらしいわ。当分の間、何かが起きるとは考えにくい」

 突然の話にリディスは呆然とする。

「こちらが樹を戻した途端に地震なんて、偶然ですかね……」

「さあどうかしら。樹を戻したことで、微妙に地殻が刺激を受けたかもしれない。もともとあそこは地震が発生する可能性がゼロではない場所。数百年以上前にも、かなりの規模の地震があったらしいわよ」

 最後のケーキのひとかけらを口に入れて、ミディスラシールは紅茶を飲み干す。そしてちらりとポケットから取り出した懐中時計を眺めた。その時計を見るなり、深々と息を吐く。首からかかっているピンク色の石はささやかに輝いている。

「楽しい時間はどうしてこんなに早く過ぎていくのかしら……」

「充実しているからだと思いますよ。また一緒にご飯食べましょう。数日したら戻ってきますので、そしたらいつでも」

「いいわよ、焦らなくても。二人でゆっくり行ってきなさい。――これ、彼に渡してもらっていいかしら?」

「はい、もちろん」

 ミディスラシールはポケットから分厚い手紙が入っている、真っ白い封筒を差し出した。リディスはそれを両手で受け取り、宛名が書かれず、封が厳重にされている手紙を鞄の中に入れ込んだ。分厚さだけでも愛情の深さが良くわかった。

「伝書鳩を使って直接やりとりすればいいじゃないですか。どうして私やフリート、セリオーヌさんに頼むんですか? 時間かかりますよ?」

「万が一知らない人に読まれたら困る内容だからよ! 絶対になくさないで届けてよ。いいわね!?」

「わかりましたよ」

 にやにやしながらリディスは席を立った。いつもはミディスラシールにからかわれてばかりだが、たまには立場が逆になるのも楽しいものである。

 ミディスラシールも腰を上げ、リディスの後ろに視線を送りながら軽く手を振った。それにつられて振り向くと、きりっとした表情の黒髪の騎士が会釈をして近づいてくる。

「お待たせしたわね、フリート。貴方のリディスをお借りして、ごめんなさい」

「別に自分のではありませんし、姫とリディスの間柄なら誰も止める理由はないでしょう」

「だいぶ前から柱の後ろで待っていたのに、よく言うわね」

 ミディスラシールは軽くリディスの肩を叩いた。

「それではまた今度。道中気をつけて、そして皆さんによろしく言っておいてね」

「はい。では、失礼します」

 ミディスラシールは先に城の中に入ると、肩をすくめながらスキールニルを伴って歩いていった。午後もずっと書類と格闘すると言っていた。外に出たがりな彼女にとっては、牢獄に似た環境に戻るようなものだった。

 二人の姿を見送ったフリートは、リディスに視線を合わせてくる。

「準備は?」

「できているわよ。荷物を取ってくれば行けるわ」

「ならとっとと行くか。あいつと会うの、お前は久々だしな」

 そう言われて、リディスは笑顔で頷いた。



 * * *



 リディスはフリートが操る馬の上で、彼に支えられながら目的地に直行していた。飛ばせば半日もたたずに到着する場所なので、この速度で行けば夕刻前には着くだろう。久々に再会する人物を思い出すと、思わず表情が緩む。

「ねえフリート、城下町の復興は進んでいるの?」

「それなりだな。もともと結界を張っていたから、そこまで被害は大きくなかったが、光の線による被害だけはほとんど防げなかったらしい。今は壊れた家屋を中心に建て直している。あとは王国を囲む城壁だな。モンスターが散々衝突したせいか、かなり脆くなっている」

「城壁も補修か新たに作る必要があるのね。材料とかはどうするの?」

「それは親父や兄貴、文官たちが中心となって手配を進めているみたいだ。しばらくまともにベッドで寝てないとぼやいていたな」

 家族との確執もすっかり無くなったフリートは、頻繁に父親たちと会っているようだ。お互いに忙しい身ではあるが、都合が合いそうなときは極力一緒に食事をとっているらしい。シグムンド家がよりいい方向にいってほしいと思っていたリディスにとっては、嬉しい話だった。

「どんどん時は流れていくのね。あの時の死闘がまるで遠い昔のように感じられる」

「そうだな。今では大樹があることが当然のようになっている」

 フリートは森に囲まれた巨大な樹に視線を送った。枝の先からは鮮やかな緑色の若々しい葉が付いている。リディスもつられて、目を細めて見た。

「それに割れたはずの四大元素の魔宝珠も気が付けば元に戻って、以前よりも輝きを増しながらその場に佇んでいる。樹が私たちや大地に与える影響は、予想以上にすごいものだったのね」

 目映い光を発していたその魔宝珠を見て、リディスは思わず見とれてしまったほどだ。一度壊れたとしても、復活できる可能性があることを示唆したような出来事だった。

 人々に加護を与え、人々を見守り続けている魔宝樹――。

 その樹に向かって、さらに馬の速度を上げて走らせた。



 軽やかな足取りで森を抜けると、巨大な樹が視界から飛び出すほどに広がっていた。呆気に取られてしまうほどの大きさである。

 樹の近くに来ると、馬から降りてそれを引きながら、リディスとフリートは樹の周りを歩き始めた。剥き出しだった太い根は、土の精霊(ノーム)たちが埋めてくれたため、足下を気にすることなく平坦な道を歩けている。

 風が吹くと、新緑の葉が音を立てながら互いに触れ合う。葉と葉の間から光が射し込んでくる。リディスは深呼吸しながら、緑豊かな環境を全身から味わっていた。

 しばらく歩いていると小屋が見えてきた。その傍には銀髪の青年が目を細めながら、樹を見上げている。彼はリディスたちの存在に気づくと、微笑みながら出迎えてくれた。

「お久しぶり、リディスちゃんにフリート」

「ロカセナ、お久しぶり。元気だった?」

「元気だよ。毎日美味しいものを食べさせてもらっているからね」

 にこにこしながら、背後にある集落に視線を送った。その集落にはイズナなど、アスガルム領民が何十人かいる。魔宝樹を護るために、そして宝珠を正しく還すために、この地に来たのだ。

 ロカセナも傷が癒えてからは、こちらに移って魔宝樹を見守る側の一人となっている。ミディスラシールから城に残ってもいいと言われていたが、城にいると一部の人間の視線が厳しく、居づらかったらしいので、怪我が治り次第、この地を訪れていた。

 それ以後、フリートやセリオーヌなど城の連絡係を通じて、逐一魔宝樹の状況を報告する立場となっていた。本人としては満足な居場所に納まったようで、以前よりも表情が和らいでいるように見えた。

 リディスは鞄から分厚い封筒を取り出して、ロカセナに手渡した。

「お届け物です」

「いつもありがとう。また帰りに返事を渡すから、よろしくね」

 照れもせずに、ロカセナはミディスラシールからの手紙を受け取った。

 二人は互いの気持ちに気づいているとはいえ、立場が違いすぎるため、このように文通という形で言葉を交わし合っている。今後ミディスラシールがどのような未来を考えているかはわからないが、ロカセナが精神的にも立場的にも落ち着くまでは、遠くから見守っていたいようだった。

「そういえばリディスちゃん、シュリッセル町に戻っていたんだっけ? つまり久々にフリートととの二人旅だったんでしょう。もう少し時間をかけて来てもよかったんじゃない?」

「これ以上遅くしたら野宿になるじゃない。それはさすがに……」

「モンスターもほぼいなくなったし、今の時期ならそこまで寒くないから、二人で寄り添って寝れば寒くないでしょう」

「……は、はい!?」

 頬を朱色にすると、ロカセナはにやりと口元に笑みを浮かべた。

「よかったら今晩、寄り添うことでどれだけ温かくなるか僕と一緒に――」

 リディスの視界を黒髪の男が横切る。彼はロカセナの胸倉を左手で掴みあげて、怒りを隠さずに言い放った。

「いい加減にしろ。お前、ぶっ飛ばすぞ」

「本気にならないでよ、フリート。冗談だってば」

「冗談でも言うな、馬鹿野郎! お前は前科がありすぎて、信じられねえんだよ!」

「あれ、先に唇奪い取ったの、まだ根に持っているの? 子供だね、フリートは」

 フリートは右手を拳にしてロカセナを殴ろうとする。だが銀髪の青年は真顔に戻って右手を盾にして、彼の拳を握り返した。

「感情が見えすぎて行動がわかりすぎ。そんなんじゃ、いざという時にリディスちゃんを護れないよ」

 フリートはむすっとした表情で胸倉を荒々しく離す。ロカセナは数歩下がり、服を整えた。

 一触即発状態の二人を見て、リディスは慌てていると、髪を揺らす強い風が吹いた。自然と三人の視線は大樹に向けられる。柔らかな色の樹を見ると、不思議と心が落ち着いてきた。

「――君たち二人には感謝しているよ。それは嘘じゃない。二人と出会えて良かった」

 ロカセナがぽつりと呟くと、フリートは頬をぽりぽりとかいた。

「色々あったが、俺もお前たちと出会えて良かった。こうして大樹も生み出せたしな」

 リディスはフリートとロカセナの前に移動し、笑顔を向けた。

「本当にありがとう、二人とも。私ももちろん二人と出会えて良かった。私の未来も切り開いてくれたしね。こうして三人で並んで魔宝樹を見ることができて、私は本当に幸せよ」

 リディスが自分の髪をしっかり押さえねばならないほどの強い風が再び吹く。すると煌めく雫のようなものが枝から一つ落ちた。それが地面に落ちると、リディスは傍に駆け寄った。そして満面の笑みで拾い上げる。

「見て、新しい魔宝珠よ! こんなに綺麗な色の宝珠を初めて見た!」

 飛び上がりそうな勢いで言うと、フリートとロカセナも笑顔で頷き返してくれた。

 うっすらとだが、土の精霊(ノーム)水の精霊(ウンディーネ)風の精霊(シルフ)火の精霊(サラマンダー)の気配も感じられる。皆、新しい魔宝樹の新しい宝珠――つまり種子が生み出されたのを、喜んでいるかのようだ。

 鮮やかな光を発しながら煌めく魔宝珠。リディスは魔宝樹に向かって、それを掲げて微笑んだ。


「私たちに加護を与えてくださり、ありがとうございます、魔法の宝珠がなる樹よ」


 まるでその言葉に応えるかのように、風が吹き抜け、葉が揺れていく。

 今、三人で生きてこの場にいる嬉しさを噛みしめながら、リディスは大樹をじっくり眺めていた。



 * * *



 ドラシル半島の至る所から見ることができると言われている、魔宝樹。それは長い時をかけて、人々に加護を与える魔宝珠を再び生み出し始めた。

 しかし人間たちが樹を巡る循環を乱すことがあれば、すぐにでも魔宝珠は生み落されなくなるだろう。

 それは遠い遠い昔から、暗黙のうちに伝えられていることだった。

 人間たちはその出来事を再確認しながら、使い続けていくことになる。

 そしてその様子を魔宝樹は過去から未来まで世代を繰り返しながら、見続けていくだろう。



 天高く枝を伸ばす魔宝樹(まほうじゅ)

 それを生み出す力を秘めた魔宝珠(まほうじゅ)

 そして魔宝珠を魔宝樹へと生まれさせるきっかけを作った、魔宝樹(まほうじゅ)(かぎ)


 所詮鍵という存在など、ただのきっかけである。

 鍵がかかった扉が目の前にあり、その場に鍵がなかったとしても、鍵を探したり、遠回りをして新たな道を進んだり、または扉を壊したりすることで、前に進むことはできる。

 そう、先に進むための手段など、決して一つではないのだ。


 それを教えてくれた多くの人々に対して感謝の念を抱きながら、魔法の宝珠がなる樹を背にして、リディスやフリート、そしてロカセナは未来へと歩き続けていくだろう。


 この地に生を受けた自分たちが、最期に在るべき処に還るまで――。





 了



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