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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第一章 運命の扉を開ける者達
18/242

1‐16 道を示す人々(2)

 * * *



 ミスガルム城の騎士団は、王族や身分が高い者を護るための近衛騎士団員たちと、城外を中心として活動している騎士団員で構成されている。通常騎士団と言えば後者を指すことが多い。

 その騎士団はさらに六部隊に分かれて編成されている。その隊ごとに特色があり、還術を重点に置いている部隊、結界を張りながら他部隊の支援をする部隊、弓などを使って後方からの攻撃を主とした部隊などがある。バランスが取れた部隊もあり、特色があると言いつつも、その一部隊だけでも充分活動はできた。

 今回は徹底的にモンスターを還すため、還術部隊や前線部隊が中心となっていた。

 フリートやロカセナが所属している第三部隊は前線重視のバランス型だ。隊長を見てもわかるとおり、血気盛んな好戦的な人から、ロカセナのようにそつなくこなす者など様々な人がいる。

 現在、フリートたち第三部隊は第五部隊の後ろを歩きながら、目的の場所に向かっていた。

 今回の目的は巣にいるモンスターをすべて還すこと。久々の大規模な掃討戦である。

「さて、今回の獲物はどいつだ」

 カルロットが意気揚々と先頭を歩いている。この規模の戦いは多くの相手と対峙できるため、好戦的な彼にとっては最も嬉しい戦いだった。朝から非常に機嫌が良かったのも記憶に新しい。

「隊長、今回は時間をかけずに掃討することが目的です。強いモンスターを一人で相手をしないでください」

 セリオーヌが警戒心を働かして左右を見渡しながら、カルロットに指摘する。

「俺が負けるとでも思っているのか?」

「思っていません。ただ隊長がもたもた相手をしていると、こっちがもたない可能性があります。上からも速攻で還すよう指示を出されていますので、勝手な行動はしないでください」

「何だその言い方は。俺が信用されてないみたいじゃないか」

「信用していません。そんなことも気づかなかったのですか?」

 皮肉を交えて言い返すと、さすがのカルロットも苦虫を潰したような顔をした。そしてぼそっと呟く。

「……お前、いい旦那が見つかんないぞ」

「未だに独身を貫いている隊長に心配される筋合いはありません」

 厳しい口調できっぱり言われると、カルロットはセリオーヌに背を向けて頭を激しくかいた。

「俺の事情なんか知らないくせに……!」

 苛立っている矢先、草むらが音を立てて揺れ始めた。隊の中に緊張が走り、皆は剣の柄に手をかけて即戦闘状態になる。だがそこからでてきたのは、耳の長い小動物だった。安堵の息を吐き、警戒心を解除する。

 黒髪の青年、フリートを除いては。

 依然として柄を握りしめているフリートを見て、ロカセナは首を傾げる。

「どうした?」

「精霊召喚ができる還術士が隊にいればよかった。一番近くて第五部隊に数名か。――間に合わないな」

 フリートは一歩踏み出し、できる限り素早く剣を抜いた。その時できた衝撃波が森の向こう側に放たれる。

 次の瞬間、奇声のようなけたたましい鳴き声が耳に突き刺さってきた。

 衝撃波が当たった辺りから、羽を生やしたモンスターが現れる。フリートたちよりも一回り大きい。鉤爪は鋭く、擦っただけでも深手の傷を負うだろう。

「属性は風で鳥型のモンスター。目の錯覚と風によって作られた膜のために、今の今まで気づかなかったのね」

 セリオーヌは自身の経験と知識から、的確にモンスターの性質を言い放った。そして彼女は右手にショートソードを握りつつ、さらに左手にも同じ剣を鞘から抜き、いつでも攻撃を仕掛けられるようにした。

 鳥型のモンスターの周りに隠れていたのか、様々なモンスターが徐々に顔を出してくる。鳥や獣、半魚人、そして火を吐き出している生き物まで、多種多様なものが出てきた。

「風、土、水、火――すべての属性のモンスターがいる。こんな近くにこの種類。なぜ気づかなかったのか、悔やまれるわね」

「副隊長、分析はいいですから、今は掃討しましょう。後方に位置している第三部隊がこれでは、先頭を歩いている第一部隊はもっと危険なはずです」

「その通りね、フリート。……はあ、隊長が指揮してくれれば私も楽なのに……」

 ちらりとセリオーヌが横目で見ると、カルロットが一番大きな鳥型のモンスターを舐めるように見ていた。どうやら彼は既に獲物を定めたようだ。

「フリート、あれは還せる?」

 最も近くにいるモンスターを見て尋ねてきた。第三部隊の中では、フリートの還術力は上位に位置している。かつ適切な判断が取れるということで、若手ながら重宝されていた。フリートはしっかり首を縦に振った。

「無傷のモンスターはさすがに難しいですが、ある程度傷を負わして頂ければ還せます。安心してください、この前これより大きな物を相手にしても還しましたから」

 あの少女の力がなければ難しかっただろうが、などと心の中で付け加えて。

 モンスターたちが少しずつ近づいてくる。

 昼間のはずなのに、空が雲に覆われているためか暗かった。冷たい風が吹き、身も心にも寒気が走る。

 カルロットが一歩前に出ると、大声で叫んだ。

「野郎ども、行くぞ!」

 その言葉を皮切りに、一同はモンスターに斬りかかった。先頭にいたカルロットは容赦なく斬り抜けていく。

「普通、長は後ろで指示を出すのに……。毎回思うけど、あの人が隊長になれた理由がわからない」

 セリオーヌはカルロットが出ていっても微動だにせず、戦況を眺めている。そしてこちらが不利になりそうな場所や、まとめて攻めた方がいい場所を即座に判断し、指示を出していった。



 モンスター掃討を始めてしばらく経った頃、フリートは奇妙な感覚を得ていた。ある程度傷を負わせた相手を次々に還していくが、いつもより体にかかる負担が軽い。モンスターを還すと大きさや強さに比例して、体への負荷が変動するが、今回はそこまで感じないのだ。

(モンスターが弱い場合ならわかるが、やり合った感じではそうでもない。こいつらは何だ?)

 同じく還術に長けている先輩騎士に聞きたかったが、あいにく近くにおらず、それはできなかった。

 しかし軽いといっても量が非常に多い。体力が保つかどうかが問題である。近くにいた獣型のモンスターを還して一呼吸すると、ふとある言葉を思いついた。

(まるで中身が空っぽのモンスターが大量に産み出されたようだ)

 その言葉が一番しっくりくるものだった。

 引き続き何匹か還していくと、その一団の親分と思われる、一番始めに現れた羽が生えたモンスターの前に辿り着く。低い鳴き声を出されるが、たいした威嚇にもならず、精神的圧力となって伸し掛かって来なかった。

 モンスターの血が滴る剣を持ったカルロットは、嬉しそうにそれに斬りかかった。だがとっさに避けられ、空振りしてしまう。

「この、ちょこまかと!」

 すれすれのところで回避するモンスター。こちらから攻撃をしなければ反撃はしないようで、ある一定の距離を保つと飛んでいるだけだった。それは他の戦況を見ても同様のことが言えた。違和感がさらに募る。

 巣を突かれたのなら、動物でさえ怒りを露わにして攻めてくる。それがあの凶暴と言われているモンスターが、この状態というのは――。

「副隊長、とりあえず還しますよ」

「ええ、お願い」

 羽を広げれば、離れている人間をたやすく攻撃できるモンスターに向かって、フリートは正面から突撃していく。その援護を他の団員がし、先行して攻撃を与える。モンスターは先に近づいていた団員たちを適当に蹴散らす。その間、後ろから駆け寄ってくるフリートには見向きもしなかった。

「魔宝珠は樹の元へ、魂は天の元へ」

 剣が輝き出す。ようやくモンスターはフリートの存在に気づいた。だがその時には既に懐に入り込んでいた。

「生まれしすべてものよ、在るべき処へ――」

 歩幅を寸前で変え、羽でフリートを弾き飛ばそうとする間をすり抜ける。そして細長い首に一線を入れた。

「還れ!」

 生温い血が溢れたのも束の間、羽を生やしたモンスターは黒い霧に包み込まれる。

 やがて肉体が消失し、黒い霧は空へと消えていった。

 還した瞬間、他のモンスターたちの動きも鈍くなる。それを還術が使える人々が一斉に還していくと、あっと言う間にモンスターはいなくなった。

 静寂の中に風が吹き抜ける――。

 安堵の雰囲気が広がるが、フリートは気を緩めず、一瞬だけ感じた気配に向かってナイフを投げつけた。団員たちがいる場所よりも奥にある木に刺さる。その脇から、あどけなさが残っている一人の少年が顔を出した。

「お前は――」

 フリートが口を開くと、赤毛の少年は薄ら笑みを浮かべた。背はあまり高くなく、小柄という印象を受ける。

「これだけ離れているのに、僕のことに気づくとは少し意外」

 挑発的な言い方と表情をする年下の相手に、鋭い視線を向けてフリートは言葉を選びつつ返す。

「少年、ここら辺にモンスターの巣があるというのは、周知の事実だ。なぜここにいる?」

「そうなの? 初めて来たからわからなかった」

 少年は何か裏を含んでいる笑みを浮かべた。彼の手には魔宝珠が握られている。それを見て、あまり思いつきたくないことが脳裏をよぎった。フリートはさらに慎重に口を開いた。

「……その魔宝珠を使って、何を召喚するんだ」

「別に何でもいいじゃん」

「十八歳になっていないお前が、何か召喚できるんだな」

 少年は目を丸くしてから、にやりと笑った。

「誘導尋問か、上手いね。そんなに知りたいの? 召喚して何が起こっても知らないよ?」

 腕を組んでいたカルロットがぎろりと少年を睨み付けた。セリオーヌはカルロットの様子を注視しつつ、フリートと視線を合わせてくる。彼女と視線が合うと、固い表情でこくりと頷きあった。

 召喚したものが何であれ、もし身に危険が及ぶようなら還せばいい。フリートはそう思い、一歩前に出て少年を見据えた。

「知りたいな。是非とも召喚してもらおう」

「わかった」

 少年が持っていた魔宝珠が、禍々しい黒い光を発し始める。気温が一気に下がった。

(精霊召喚にしては様子がおかしい)

 風、土、火、水の精霊を操る際には、魔宝珠はそれと同じ色を発する。すなわち緑、茶、赤、青という光が発せられるのだ。黒というのは見たことがない。

「さあ――僕の魔宝珠よ、あいつらにその姿を――」

「はい、そこまで」

 少年の言葉が若い女の声によって遮られる。腰にまで伸びた黒髪を二つに分けて結んだ、ブラウスもスカートも黒一色、まさに上から下まで真っ黒な女性がその場に現れた。その異様な姿、そして現れ方を目撃し、鼓動が速くなる。

「こら、何をしているの。今回君は監視だけでしょう?」

「そうだけど……。何か気に入らなくて」

「何も知らない人に構うだけ時間を無駄よ。適当な犬の遠吠えと思って聞き流しなさい」

 カルロットの眉間に薄らと血管が浮き上がる。鞘から剣を抜きそうなカルロットの手の上に、セリオーヌは自分の手を添えた。

 女性の言葉が騎士団員たちの怒りに触れているとは知らずに、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「私の仲間が失礼したわ。これで引くから安心して前の隊と合流しなさい」

「待て。お前たちはいったい何者だ!」

 背を向けようとした女性がフリートの声を聞くと、値踏みするかのようにじろじろと見てきた。

「黒髪で還術に優れた、ちょっと特殊な立場である騎士の男。――詳しくは言えないけど私たちは無害の者よ、今は。でもね、時が経てば対立するかもしれない。それはそちらが受け入れられない場合だけよ」

「何を言っているんだ?」

 以前、湖で会った女性は明らかに威圧をかけて言っていたため、何か隠しているのははっきり感じ取れた。目の前にいる彼女も表面上ではとぼけたような言葉を出しているが、内心は何かを企んでいると察することができる。

「そうだ! 貴方、今からこちら側に加わるのもありだと思うわ。還術が使いこなせる人は重宝するのよ。それに大切な人の傍に最後までいたいのなら、是非とも来るべきだわ」

「大切な人?」

 怪訝な顔を向けると、女性は鼻で笑った。かちんときたが慌てずに息を整える。このままでは有益な情報を得られない。突破口を模索していると、赤い髪の女性が通る声で言葉を発した。

「あなたたち、もしかして予言者かしら?」

 女性は視線をセリオーヌに向けて、首を横に振る。

「いいえ、私にはそんな高度な能力はないわ。私は普通の人と同じで、ただ魔宝珠を使って召喚するだけの者。その召喚する媒体が少し違うだけよ」

「――か」

 フリートが声量を抑えて、怒気を含んだ声で呟く。辛うじて聞き取った、もしくは口元から読み取った女性の雰囲気が少し張りつめたものになる。

「あら、無知なのにそれを上から目線で言うのは良くないわ。本来なら対等な立場であるはずなのに」

「どうしてあれが人と対等な立場なんだ!」

「そんなの自分で調べてみれば? どうせわからないんだろうけど」

 人を小馬鹿にしたような言い方が癪に障るが、これ以上突っかかっていたら思わず剣を振ってしまう恐れがある。相手は人間なのだから、感情に任せて傷つけてはいけない。

 硬直状態が続いていると、女性が驚いた顔をし、口元に右手を添えた。

「あら、立ち話をしていたら、指定の時間が過ぎてしまったわ。今回はこれくらいにしましょう。――騎士団の皆さん、無駄なお勤め、ご苦労様でした」

 にこりと笑って、女性と少年はフリートたちから背を向けて歩き出した。

 カルロットが剣を片手に持って駆け出す。ちらりと見た横顔は怒りで満ち溢れていた。だが女性や少年の元に辿り着く前に、舌打ちをして立ち止まる。

「……結界か」

 カルロットと二人の間には強力な結界が張られていた。非常に分厚く、そう簡単に突破できないことを物語っている。言葉を吐き捨てたカルロットら第三部隊は、その場で二人を見送るしかできなかった。

 姿が見えなくなると、フリートの近くにいた若い騎士が突然倒れた。それに続いて、数人の騎士が倒れたり、座り込んで激しく呼吸をし始める。

「大丈夫ですか!?」

 呼吸が荒くなっている騎士に話しかけると、辛うじて頷かれた。

「体力や能力がない者は、早めに切れってご親切にも忠告をしたのか、あの女」

「どういうことですか、カルロット隊長」

 フリートは調子を崩した騎士たちを横にして、眉をひそめて戻ってきたカルロットを見る。

「お前も気づいているだろう。あの二人の潜在能力。そしていつかは対立するということに。――お前なら、二人がどういう召喚ができるか察しているんじゃねえのか?」

 フリートは顔を俯かせて、口を一文字にする。思っている単語を口にしていいか判断に迷う。

 その時、肩に軽く手が乗せられた。振り返るとロカセナが力強く頷いていた。

「あまり一人で考えすぎない方がいいんじゃない。推測でも構わないから言ってみなよ」

「……ああ、そうだな」

 促された相棒に軽く頷き、並んで立っているカルロットとセリオーヌに向かって口を開いた。

「あくまで推論です。そして今まで俺が勉強した範囲だけから導いた考えです。あの二人のどちらか、もしくは両者かもしれませんが、魔宝珠による召喚物は――モンスターの可能性があります」

 一同が息を呑むのがわかった。セリオーヌは眉をひそめているが、カルロットは険しい表情のままだ。

 肌にべっとりと付くような、湿気が含んだ生温い風が吹く。

 モンスターは掃討できたが、また新たな難題を突き付けられていた。

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