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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第七章 変革の先導者達
143/242

7‐9 灰色の思惑(1)

 * * *



「まったくさ、あっけないものだよね」

 暗い夜空の中、黒竜に乗った赤髪の少年は、燃え盛る炎を冷めた目で見下ろしていた。すぐ隣では銀髪の青年が無表情のまま、その光景を見ている。

 たった一軒の家から出火した炎は、みるみるうちに燃え広がり、やがて隣の家に燃え移った。ほどなくして、その村一帯が火の海となる。

 かつては火の精霊(サラマンダー)の加護を存分に受けていた地域だった。しかし、樹を取り囲む環境の不安定さが増した影響で加護を受けられなくなったため、為す術もなく村は炎に包まれたのだ。

 逃げまどう人々、人を押し退けて我先にと進む者、動かなくなった者にすり寄る者、火事場泥棒をする者、どさくさに紛れて暴行を加える者――など、人の寂しさ、醜い部分を切り取ったような現場となっていた。そのような中で響く老人の笑い声はあまりにも異様だった。

「ほっほっほ、人間の醜さとは程度が過ぎると滑稽ですな! そうは思いませんか、ロカセナ、ニルーフ」

「僕にはわかりません」

「……僕もよくわからない」

 ロカセナは躊躇いつつ発言したニルーフの横顔をそっと盗み見た。感情を無理に抑え込んでいるのか、無表情を装っている。だが、手は微かに震えていた。自分が放った炎をきっかけとして、この光景がある。ゼオドアにこうするのが最もいいと吹き込まれたが、目の前で人の命が消えていくのを見て、さすがにその内容に関して違和感を抱いたのだろう。

 平和な世の中で争いなど無い時代では、モンスターは限りなく少ない。一方、騒乱が起こっている時代など、激しい憎しみが渦巻いている時にはモンスターの発生数は多いと言われていた。

 このことは一般的には知られていないが、各地の有識者やミスガルム城の上層部は薄々と勘付いていることらしい。そう言った帽子を被った老人は、城の事情も知っていることから、もしかしたら彼はミスガルム城の関係者だったのかもしれない。

 モンスターの発生要因に目を付けたゼオドアは、それを大量に発生させるために、各地にロカセナたちを派遣し、争いの火種を撒く行為をずっとしていた。モンスターが大量に発生すれば、騎士団をはじめとして各地でその対応に追われ、鍵を用いて扉を開けやすくなると判断したためだ。

 だがロカセナは、半分はゼオドアの趣味でやっているのではないかと思う時があった。今のように笑みを浮かべている姿を見ると、ついついそう思ってしまう。

「私の顔に何か付いていますか?」

「いえ、何でもありません」

 ロカセナは軽く受け流す。ゼオドアだけは敵にしたくないと、切に思っていた。ここで不和な関係になれば、おそらく扉を開けた直後に真っ先に消去される。

 彼らとの共通の目的は、扉を開けて、樹をこの地に戻すこと。

 それ以外に関しては深く関わらないというのが、同志として歩む時の条件だった。



 ロカセナが十七歳の時、ゼオドアと初めて出会った。

 騎士見習いの実習で外に出ている際、通りかかった村で会ったのだ。

 一見して、ただの老人だった。だが、彼はロカセナを見ると、詰め寄り、囁いてきたのだ。

 君はアスガルム領民ではないか――と。

 その言葉に動揺したロカセナは、学者だと名乗った彼に仕方なくその事実を認めた。そして警戒をしながら少しだけ会話をし、また機会があれば会おうということになった。

 それから一年後――、叙任式を終えて騎士になり、兄の死を悟ったロカセナは、騎士団の遠征で外に出ている時にゼオドアと再会したのだ。

 ロカセナの服装は変わっていたが、ゼオドアは迷いもせず話しかけてきた。どうしても話したいことがあると言われ、夜遅くにフリートや班長たちの目を盗んで宿を抜け出し、彼が寝泊まりしている小屋に向かった。

 その日は新月だった。小屋までの移動は、光宝珠がなければ厳しかったのを今でも覚えている。

 光宝珠が僅かに発している小屋に入ると、ゼオドアは歓迎の言葉を発しながら、含みのある笑みを浮かべて待っていた。警戒心は衰えさせずに彼に近づくと、ドラシル半島の古びた地図を差し出されたのだ。中心にはアスガルム領とレーラズの樹の名が載っていた。

「こちらの地図はアスガルム領が消失する前に描かれたものです。かつてここには美しい樹があったと言われています」

「知っていますよ。話くらいは聞いています」

 亡き母から寝る前によく聞かされていたものだ。

 樹は誰もが惹かれるほど、非常に美しく、荘厳な雰囲気を醸し出していたらしい。

「その樹を元に戻す方法があるというのは知っていますか?」

「あるのですか、そのような方法が」

 あえてロカセナは知らないふりをする。まだゼオドアのことは信用していない。もしかしたらロカセナを捕らえて、よからぬことをするかもしれない。

 ゼオドアはにやりと笑い、樹の名前を指で示した。

「樹はアスガルム領ごと、ある空間を繋ぐ扉の奥へと封印されました。それを行ったのはアスガルム領民の血を引く当時の女王であり、それを指示したのはミスガルム城の上層部です」

 ロカセナはほんの少しだけ眉をぴくりと動かした。

 樹が消えた時代の女王は他の領から娶られたという話は聞いている。だが彼女がアスガルム領民だということ、そして城側がそのような指示をしたというのは初耳だった。

「つまり貴方たちの人数が少なくなり、稀少人物として狙われるようになった原因は、城側にあるのですよ」

「……それで樹を元に戻すためには、どうすれば?」

 驚いていることを悟られたくないため、ロカセナは話題を元に戻す。逆に話に食いついてきたと勘違いしたゼオドアは、嬉しそうに口を開いた。

「扉の奥へ封印したと言いましたが、実はその扉を開閉できる〝鍵〟も作り出したのですよ。万が一、樹をこの地に戻さなくてはならなくなった時のために」

 ロカセナは目を大きく見開いた。兄が捜していた〝鍵〟と呼ばれるものが、この場の話で出されるとは。

 ゼオドアに心を許してはいない。しかしながら彼の口から語られている内容は、非常に興味深いものだった。

「――かつては当時の女王でした。それからしばらくして彼女は亡くなり、次の世代へと引き継がれました」

「それはいったい誰ですか?」

 もう少しで兄の求めていたものに手が届く。はやる思いを押さえながら、ゼオドアを見る。

 だが彼は首を横に振っていた。

「残念ながら、どこの誰かというのは把握できていないのです」

「どうしてですか」

 眉をひそめて問い返す。これでは今までの話もすべて偽りに思えそうだ。

 ゼオドアは顎に手を触れた。

「……おそらく国王あたりが何らかの手を使って、城から遠ざけたからかと。あの国王は本当にやり手ですから、先のことを考えて手を打ったのでしょう。鍵と呼ばれる者は、ある意味では世界の命運を握っている者といっても過言ではない。そのような者を狙われやすい城に置くのは、あまり感心できる行為ではないですからね。――私なら本人に何も教えないまま、どこか別の場所に行かせる」

「ミスガルム国王のことをよくご存じなのですね」

 ロカセナは若干警戒心を剥き出しにする。

「ご存じも何も、この領にいれば彼の有能さはわかるでしょう。それから考えたまでのことですよ」

 ゼオドアの真意が見えない。けれども不思議と嘘を吐いているようには見えなかった。

「それでわざわざここに僕を呼びだした目的は、今の話をするためですか?」

「――手を組みませんか。樹をこの大地に戻すために」

 予想外の申し出にロカセナは耳を疑った。

 樹を取り戻すことは、ロカセナが最終的にしたいと思っていることである。

「私も少々わけありで、樹をこの地に戻したいと考えているのです。ですが私の知識だけでは何もできません。――扉を開くためには、鍵とアスガルム領民の両方が必要。私はどちらの立場でもありませんから」

「だから僕に声をかけたのですか」

「ええ、貴方はお強いですし、聡明な方とお見受けしましたから」

 ロカセナが知らない事実を次々と述べていく老人。樹を戻すのを本気で実行するとなれば、ロカセナだけではどうしても限界があった。

 現段階ではとにかく情報が欲しい。その情報を得るために、仮に手を組むのも有りではないだろうか。

「基本的にはお手を煩わせることはさせません。情報や扉を開けるために必要な人材は私が集めます。貴方は鍵を探しつつ、来るべき日が近づいてきたら自由に動けるようになってくだされば、それでいいのです」

「僕が鍵を見つけるのですか?」

「はい。鍵を目にしたとき、アスガルム領民であれば何らかの直感が働くと言われていますから。血が疼くという感じでしょうかね?」

 根拠のない発言だが、有り得ぬ話でもない。召喚能力が優れた者と出会うと、はっとする時があるからだ。

 騎士になった目的としては、力をつけるだけでなく、自由に遠征できる身分になることで、鍵を捜しやすくすることだ。モンスターがいるこの時代では、相応の力がなければ隠された鍵など見つけることはできない。

 ゼオドアと利害は一致している。完全に気を許せる相手ではないが、手を組んでも損はない。

「……わかりました、貴方と手を組みましょう。ですが樹をこの地に戻すことを目的でないと知った場合には、容赦なく貴方と手を切ります」

「ええ、お構いなく。あともう一つだけ条件をいいですか? その目的以外にはお互いに干渉しないということを」

 どうやらゼオドアは樹をこの地に戻す以外に、何かやりたいことがあるようだ。気になったが、聞き出したい思いをぐっと堪える。その件に関しては徐々に彼の真意を見抜けばいいだろう。もし目的に悪影響を及ぼすものであったら、ロカセナの召喚を駆使して、ひれ伏せさせればいい。

「その条件、飲みましょう」

 そう言うと、ゼオアオはすっと右手を伸ばしてきた。それをロカセナは握り返す。

「これで私たちは共通の目的を持つ、同志という関係になりました。目的を達成するために頑張りましょう」

 笑みを浮かべながら口を開くゼオドア。ロカセナは目を細めて、彼を見ていた。



 ゼオドアと出会った後、基本は手紙でやりとりをし、城から出た時には他者の目を盗んで直接会って、事を進めていた。

 彼は言葉通り、情報と仲間集めに奔走しており、これといって大きな動きはなかった。ロカセナも同時並行で情報を仕入れ、鍵を手に入れ次第、魔力が高まる時である満月の日――あわよくば月食の日に事を起こしたいと考えていた。

 そのような中、ゼオドアが樹をこの地に戻したいというヘラやニルーフを同志に引き入れ、旧アスガルム領に踏み入れる人間を牽制する日を送っていた時に、ロカセナは運命の出会いを果たす。

 鍵と出会ったのだ。


 それはカルロット隊長経由で国王からの命令で訪れた場所だった。

 金色の髪に緑色の瞳。城にいる女性とどことなく似ている容姿や雰囲気。ルセリ祠で人よりも優れた能力を垣間見た瞬間、彼女が鍵だと確信したのだ。

 鍵である彼女をできる限り自然に町から連れ出して、旧アスガルム領に連れて行かなければならない。そこで彼女や相棒の青年に気づかれぬよう、ロカセナはある召喚をすることにした。

 人の負の感情を召喚し、無理矢理相手の脳内に送り付けることだ。

 特殊と言われているが、とある召喚を途中で切り上げればできるため、そこまで難しいことではない。応用すれば映像を送ることも可能だった。

 その後、その召喚を何度かすることで、鍵を町から連れ出すことに成功した。これが実行できたのは、召喚能力が人よりも秀でている、アスガルム領民だったからだろう。


 ロカセナは自分の右手をじっと見つめた。今は汚れていないが月食の夜は真っ赤に染まったのを覚えている。

 感情を殺し、邪魔な者を淡々と斬っていく。無意識の中で多少加減したが、いったい何人が生きていただろうか。歯を食い縛りながら、あの現場では決して振り返りはしなかった。

 そして相棒であり、かつて助け合うと誓いあった仲の黒髪の青年を斬った時、もはや後戻りはできないと悟り、覚悟を決めたのだ。


 目的を遂行し、樹を必ずこの地に戻す――と。


「……ゼオドア、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「何ですか?」

「僕の他に四人いるのは扉を開くために必要だからだと理解していますが、どうしてこの人たちを?」

 隣にいたニルーフをちらりと見て、ロカセナは尋ねる。眼下に広がる光景は、似たような経験があるロカセナにとっても、見続けられるものではなかった。問われたゼオドアは、口元を釣り上げる。

「皆さん、誰もが村を失っているという共通の過去を持ち合わせているからですよ。私は少々違いますが」

「ガルザも……?」

「ガルザもですよ。ヘイム町の近くにある貧民村の出自らしく、町から追い出された人たちの鬱憤(うっぷん)晴らしのせいで、村が襲われたそうです。その際、弟分を殺されたとか。詳しくはご本人から聞いてください」

 珍しくまくし立てるように言っているゼオドアを、ロカセナは不思議そうに見ていた。ふと隣にいる少年を見ると、かなり顔色が悪くなっているのに気づく。彼が召喚している黒竜ニーズホッグの調子もおかしかった。このままでは召喚が解けて落下しかねない。そっと肩を叩いて、少年の意識を戻させた。

「ニルーフ、移動しよう。ここはもう終わったから」

「……わかった」

 ニルーフが黒竜に指示をすると、ゆっくり動き、暗い夜空の中を移動し始める。下には赤い炎が引き続き燃え盛っていた。ロカセナは一瞥した後に、黒竜に揺られながらその場から去っていった。

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