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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第七章 変革の先導者達
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7‐7 駆け行く想い(3)

「……色々とあったのね。ありがとう、話してくれて」

 スレイヤは椅子に座り、机の上で手を組みながら口を開いた。

 ヴァフス家にて、ちょうどフェルが買い出しに行っている間に、リディスは彼女に一連のことをすべて話していた。これから物事を早急に進めるためには、彼女の助けが必要だからだ。

「ミスガルム城の人が今朝方来て、水の魔宝珠の欠片を置いて、風の魔宝珠を持っていった時、かなり慌ただしそうだったわ。一刻も争う状況なのね。……残念ながらアスガルム領民に関して私は何も知らないから、リディスたちが言ったとおり、ヴォル様にお話を聞きましょう。最近お疲れのようだけれども、きっと相談に乗ってくるわよ」

 スレイヤが立ち上がると、座っていたリディスやミディスラシール、メリッグも立ち上がり、壁に背を付けていたフリートたちも姿勢を正した。その時、ちょうど買い物かごをいっぱいにしたフェルが家に入ってきた。彼は立ち上がっている一同を見て、目を瞬かせている。

「どこかに行くのか?」

「ヴォル様のところに行ってくる。ちょっと帰りが遅くなるかもしれない」

「わかった。気をつけてな。夕飯、たくさん作っておくな」

「ありがとう」

 張りつめた空気を感じ取ったフェルは、何も聞かずにスレイヤたちを見送る。察しの良さは、リディスとしても有り難いことだった。

「フェルさん、以前よりも大人しくなりましたね」

 彼の過去を多少なりとも知るリディスは、彼の変わりように僅かだが驚いていた。

「まあ、戻ってきた時に一悶着あったから……」

 頬を赤らめながらスレイヤは口籠る。おおかた泣きついたというのが有力な説だろう。昔の落ち込みようを考えると、音信不通だった婚約者が現れれば、泣き崩れても仕方なかった。

 村の中央にある塔に移動し、リディスはスレイヤと並んでヴォルがいる四階を目指す。

 九人がぞろぞろと歩く姿に時折目を留める人もいたが、ほとんどが(せわ)しげに歩いていた。中にはミーミル村では少々浮く、高そうな服を着ている人もいる。

「ミスガルム城から派遣されている人よ。扉が開く前に数名来て、私たちが持ち合わせていなかった知識を提供してくれている。様々な仮説が立証されて、毎日が驚きの連続のようよ。研究というのは情報を交換することで、より発展するというものね」

「役に立てたようなら良かったです」

 ミーミル村を去る前にかわした約束を、城に戻ってからリディスはミディスラシールに伝えた。それを彼女は早々に果たしているらしい。今の状況を顧みると素早く働きかけてくれたのが、いい面で大きな影響を与えているようだ。

 四階に着き、ヴォルの部屋の前にスレイヤは立った。全員がいることを確認してから、彼女は軽くドアをノックする。すぐに部屋の中から「入れ」という声がかかった。驚きつつもスレイヤはドアノブを回して、中に入った。

 以前と同様に、大量の本たちが床から積み上がっている。僅かにできた通路を、本を崩さないように気をつけて進んでいく。その先には窓枠に手を添えている、白い髪を一本に束ねた老婆が夕陽を眺めていた。弱々しい陽が老婆を赤く染めている。

「こんにちは、ヴォル様。こちらのリディス・ユングリガがお尋ねしたいことがあるということなので、お連れしました。お時間は大丈夫でしょうか?」

 スレイヤがリディスのことを紹介すると、ヴォルはリディスを見た後に、フードを被っている人間を胡乱な目で見た。

「いつぞやの娘か。どうやら切羽詰まっているようだな。時間くらい融通きかせてやる。……わしが知っていることを話すのは構わないが、顔くらい見せてくれんかのう。別に驚きはしないから」

 その言葉を受けたミディスラシールはフードを取ると、微笑みながら一礼をした。

「初めまして、ヴォル様。ミディスラシールと申します」

「金色の髪に、ミディスラシールという名……。ヘイダッルムの娘か」

「父のことをご存じなのですか?」

 思いもよらぬ発言に、ミディスラシールの方が驚きの声をあげる。ヴォルは椅子の上に積み重なった本をどけながら答えた。

「昔、ミスガルム領を旅している時に、ある村でたまたま会った。なかなか食えない男だったよ。それが今や王なんて……。世の中わからないものだね」

 椅子に座り込むと、再びリディスに視線を戻した。

「さて、何のようじゃ。ここに来たのはこの娘を連れてきただけではなかろう、リディス・ユングリガ」

 ヴォルは目を細めて、リディスの瞳の奥を覗こうとしてくる。リディスは手をぎゅっと握りしめた。

「……ヴォル様は非常に多くの知識をお持ちだと伺っています。それを踏まえてお聞きしたいのですが……、アスガルム領民の生き残りがどこにいるかはご存じですか?」

 本質を誤魔化しながら聞ける相手ではない。リディスはすべてをさらけ出す覚悟でヴォルに尋ねる。

 彼女は視線を変えず、リディスをじっと見つめていた。

 値踏みをしながら、考えているのだろうか。それとも何も知らないのだろうか――。

 口を開く前に、突然ヴォルは立ち上がった。そして一番奥にいたルーズニルに鋭い視線を向ける。

「ドアは完全に閉めたか、鍵までしっかりと」

「ドアは閉じましたが、鍵までは……」

「誰も入って来られぬよう、鍵をかけろ。そして皆の者、もっとわしの近くに寄れ」

 ルーズニルは言われたとおり、入り口に戻り、近くにあった南京錠を使ってドアを堅く閉める。再び戻ってくる頃には、他の者たちはヴォルの机にくっつく形で立っていた。

 ヴォルは射し込む光を遮るように、カーテンを閉じた。光は机に置かれている光宝珠のみになる。その光は近くに寄ったヴォルの顔を浮かび上がらせた。

「これから話すことは、他言無用じゃ。もし話したら記憶が一週間飛ぶと思え。――さて、アスガルム領民じゃが、生き残りは存在している。ここからそう遠くない場所にいる。会いたいのなら会わせてやる。案内人もいるからな」

 ヴォルは臆しもせずに、リディスたちが求めていた言葉をすべて出してくれた。

 思いもよらぬ展開にミディスラシールでさえ戸惑いの表情を浮かべていたが、たった一人だけこの状況を予想している者がいた。彼女は軽く腕を組んで、通る声を発する。

「その言い方ですと、私たちが何を求めているかもわかっているようですね。ヴォル様……いえ、ヴォレト・グナー」

 発言をしたメリッグ以外の全員が目を見開いた。村に長年在住しているスレイヤや張本人であるヴォルさえも、同じような表情をしている。

「ほう……。さすがラティスの娘であり、歴代の一族の中でもっとも予言の能力が卓越していると言われている女。洞察力もすごいものじゃ」

「ありがとうございます。ですが貴女様の方がすごい人だと思いますよ。父から一度だけ聞きました。閉鎖空間を好む一族の一人でありながら、村を飛び出したという、歳の離れた従姉妹がいると」

「……ラティスのやつ、わしのことは話すなと言ったのに……」

 ヴォルは両手を腰に当てながら、小さな声で不満を漏らす。

「もともと予言する能力が欠如していただけじゃ。その欠如を補うために旅に出て知識を得ようとしていたら、旅が好きになってしまったんじゃよ。そして旅の途中でここに来て、随分と居心地が良かったから、居座っただけじゃ。それにしても、よくわかったな、わしがグナー族だと。何が確証になった?」

「確証はまったくありません。あえて言うなら、父と貴女の雰囲気がどことなく似ている点でしょうか。あとは積んである本の何冊か、私も読んだことがあります。その中で予言者が愛用している本が使い古されたのを見て、もしかしたら予言者関係の出自かと思っただけですよ」

 メリッグが涼しい顔でさらりと言うと、急にヴォルが声をあげて笑い始めた。ころころと変わる彼女の様子に、リディスたちは驚かされてばかりである。

「はっはっは! まさかそれだけのことでわしに鎌をかけるとは! 能力だけでなく、話術まで巧みとは面白いな。とんだ曲者じゃ!」

「お褒めの言葉として受け取っておきます。――話を戻しますが、アスガルム領民について知っていることを是非とも教えてください」

 メリッグが一歩踏み出しそうな勢いで聞いてくる。ヴォルは右手をひらひらと揺らした。

「わしらと同じ普通の人間じゃ。精霊の加護が強く、召喚能力が高いという以外は、外見も中身も同じだ。だがな、力を求めている者たちは、そんな彼ら、彼女らであっても捕まえたがる。時々あるだろう、ある村が山賊に襲われ、村人たちが死ぬか攫われた事例が」

「あります……ね。ミスガルム領でも、昔は時々あったらしいです」

 ミディスラシールが歯噛みしながら、顔を俯かせた。ミスガルム領内の治安を統治するのが、城の一つの役割でもある。その惨状を防ぎきれず、悔しがっているようだ。

「若いお主が気を落とすことでもない。――五十年前に樹が消えた直後はかなり多かったが、それ以後はたまに程度だ。最近でもっとも酷かったのが十五年近く前か。まだ子どもだろう」

「はい……」

「あれは酷かった。その村を陰ながら納めていた貴族が金欲しさに裏切ったらしいからな。その事件を聞いたわしの知るアスガルム領民の団体様は、人目の付かないところに行ってしまったよ」

「……ですが、アスガルム領民全員が周囲との交流を完全に断ち切ったわけではなかった。だから案内人が存在するのですね?」

 元の調子に戻ったミディスラシールは、的確に話の中心を突いていく。

「ああ、そうじゃ。一人はお前たちもよく知る者じゃよ。一筆書くからそやつに渡してくれ。あやつなら、お主らのことを手伝ってくれるだろう」

 引き出しの中から紙を一枚取り出すと、ヴォルはペン先にインクをつけて文字を書き始める。それは一般的に使われている文字ではなかったため、リディスには内容までわからなかった。

「古代文字……ね」

「なんだ、それ?」

 リディスがぽつりと呟いた単語に反応したトルが首を傾げた。知っている範囲内で教えてあげる。

「昔の人が使った文字よ。読みこなしたり、書けるようになるまでは長い年月がかかる。非常に古い資料を読み漁る時は古代文字の解読が必須だけど、私はさすがに……」

「メリッグやルーズニルならわかるのか?」

 トルは頭がもっともいいと思われる二人にも聞くが、首を傾げられた。

「僕は辞書とかがあれば、解読は不可能じゃないけど、時間がかかるかな」

「私も辞書片手に、触りしか解読できないわ。ただし彼女が書いているのは筆記体だから、読もうと思っても読めないわよ」

「へえ、そうなのか」

 トルは、自分にとってはただ黒いミミズが並んでいるだけの紙をぼんやりと眺めていた。

 そう時間もかからずにヴォルは筆を置くと、紙を折って封筒に入れ、ルーズニルに差し出した。リディスやミディスラシールではなく彼に渡され、目を瞬かせる。

「僕ですか?」

「お前もよく知る男じゃ。ケルヴィー・ドナウに渡してくれ」

 彼と面識があるリディスたちは、思わず声を漏らす。手紙を受け取ったルーズニルでさえ、訝しげな表情でヴォルを見ていた。

「どうしてケルヴィーの名前が……」

「ルーズニル、もう少し頭を柔らかくしろ。アスガルム領民の全員が団体様で集落を作っていると思うか? どうしてあやつはあんなにも精霊に好かれておる?」

「それは彼の資質が……。それにケルヴィーは騎士団に所属している従兄弟がいますよ」

「頭が固すぎる。樹が消えてから五十年、各地に点在したアスガルム領民たちが違う領民と契りを結ぶこともある。無事に生き抜ければ子孫を残すだろう。純血ではないが、そのような者たちが各地にいてもおかしくはない。あやつの両親でアスガルム領民側ではない人間が、その騎士とやらの両親と血が繋がっていれば、騎士とアスガルム領民であるが従兄弟という関係になる」

 ヴォルはまだ事実を認めきれないルーズニルを見ると、深々と息を吐いた。

「とっとと本人に会ってこい。わしも忙しいんじゃ、構っていられん。――ヘイダッルムの娘よ、次の満月じゃろう、決戦は。扉やお主らの表情を見ていればわかる」

「……そうです。それも伝えたく、ミーミル村に来ました」

 ヴォルの視線がミディスラシールからスレイヤに移る。

「スレイヤ、あとで村長のもとに彼女を連れて行け。争いが激化した場合、ヨトンルム領だと人が密集し、恐怖という感情が多く渦巻きやすい、この村が一番襲撃されやすいはずだ。スレイヤの結界だけで乗り切るのは難しいから、自警団も隊を組むように言っておけ」

「はい!」

 スレイヤが返事をすると、ヴォルは立ち上がり、カーテンを開く。雲の合間から赤い夕陽が部屋の中に射し込んできた。


「――本当に何かを変えたいのなら、今ではなく未来を考えろ。自分たちの利益だけを考えて行動しても、何も変わらないはずじゃ。辛い今日となろうとも、諦めずに前に進め」


 生涯の半分以上歩き回った、歴代の旅人からの言葉をリディスは深々と胸に刻み込んだ。

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