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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第七章 変革の先導者達
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7‐5 駆け行く想い(1)

 質のいい結宝珠やミディスラシールが張っている結界の威力は、フリートが考えている以上に効果があるものだった。移動している間、モンスターが近寄ってきたかと思えば何事もなかったかのように離れたり、時にはまったく見向きもせずに通り過ぎていく。それゆえ出発から半日たっても一度も戦闘状態には陥っていなかった。改めて結界の有難さを実感している。

 フリートは自分の前にいる、金色の髪の娘を見下ろした。女性を優しく抱えるような器用なことはできない。ただ落とすまいと必死に体を抱えていた。

「辛くなったら言え。慣れていない人間がこんなに速い馬に乗ったら酔うだろう」

「大丈夫、これくらい」

 気丈に振る舞う声。表情は見えないため、彼女の言葉を信じるしかない。

 スキールニルとミディスラシールの二人乗りは慣れたものだった。時折彼女が結界を張るために宝珠を掴みながら詠唱をしているにも関わらず、フリートたちの馬と走る速度は変わっていないのだ。日々何かの形で練習をしているのかもしれない。

 フリートはちらりと視線を左に向ける。鬱蒼とした森が広がり、そこから獣たちの咆哮が聞こえてきた。木々が揺れたかと思えば、大量の鳥が現れ、飛び去っていく。後ろからは消えた鳥の二倍以上の大きさの羽を生やしたモンスターが顔を出した。人間たちだけでなく、動物たちまでモンスターに住処を追われているようだ。

「フリート、セリオーヌさんたちと離れているよ」

「あ、すまん」

 リディスに指摘されて、手綱を持つ手を引き締めた。馬はそれに反応すると、足を動かすのを速める。

 このまま何も遭遇しなければいいと思っていたが、世の中はそう甘くない。

 少し後ろを走っていたミディスラシールは視線を上げて、雲天を睨みつける。

「姫、どうかされましたか?」

 共に乗っている護衛のスキールニルが静かに尋ねる。

「結界を容易に見破れる強力なモンスターが来る」

「ゼオドアという老人の手先か?」

 フリートは眉間にしわを寄せて聞くと、ミディスラシールではなくリディスが首を横に振った。

「違う。操られていない普通のモンスターよ」

「わかるのか?」

「何となく……。おそらく扉が開いていなかったら、見ることがない相手よ」

 フリートはミディスラシールが乗っている馬と歩調を合わせた。

「どうしますか?」

「打ち合わせした通りよ。私とメリッグさんで守りを固めつつ、撃破する。時には馬の上から武器で攻撃。それでも(らち)が明かなければ、馬を結界内に閉じこめて、その間にモンスターを全員で一斉攻撃」

 ミディスラシールは光っている結宝珠をポケットの中にいれ、右の太腿に軽く触れた。

「――魔宝珠よ、我が想いに応えよ」

 太腿に括り付けている宝珠が光輝いたのと同時に、ミディスラシールの召喚物である宝石が所々にあしらわれた杖が出現した。同時に水の精霊(ウンディーネ)も召喚する。

「あら、わざわざ私に合わせていただいたの、お姫様?」

 後方を走っていたメリッグも、時を同じくして水の精霊を召喚している。実体はほとんど見えないが、気配で感じることができた。

「合わせた方が何かと都合がいいでしょうし、おそらく風系のモンスター。土では少々分が悪いですから」

 先頭を走っていたセリオーヌが少しだけ速度を落とした頃、雲の向こう側から鋭い羽を生やし、全身が真っ赤な竜が現れた。緑色の眼球がフリートたちを鋭く睨みつけている。

「あら、結構面倒な相手になりそうね」

「火と風なんて聞いていないわ。企画外もいいところよ」

 メリッグとミディスラシールはぶつぶつと嫌みを言ってから、同時に叫んだ。

「我らを守る、水の結界よ!」

 頭上にうっすらと水の膜が現れた。赤い竜の口から炎が吐き出される。それが水の膜と衝突し合った。

 水が水蒸気となって、フリートたちに降りかかる。手綱をしっかり握りしめつつ、リディスを覆うようにしてかばった。よく見れば彼女は魔宝珠を握りしめている。スピアを召喚して飛び出していきたい衝動を必死に抑えているようだ。

 リディスは多数の精霊の加護を受けているとはいえ、広範囲に現象を操ることはできず、スピアで振り回せる範囲しか使用できない。だが考えようによっては、四種類も精霊を操れるのだから、むしろそれくらいしかできなくて当然かもしれなかった。もしもミディスラシールやメリッグ並に使いこなせたとしたら、体には凄まじい反動がくると思われる。

 フリートも飛び出したい思いを必死に留めながら、リディスを抱きしめた。

 赤い竜はしばらく炎を吐き続けていたが、攻撃が通じないことがわかったのか、降下してくる。

 メリッグは振り向きもせず大声を発した。

「お姫様、私が還すから援護をお願いしてもいいかしら?」

「是非ともそうしてもらいたいわ。メリッグさんの水の召喚は一級品ですからね」

 そしてミディスラシールは手のひらを空に向かって広げた。

水の精霊(ウンディーネ)、結界をさらに強化せよ!」

 水の膜がより青くなり、一段と強化されたのを確認すると、メリッグは右手の人差し指で真上をさした。

「――大気の中には目に見えない水があり、それは常に循環し続ける。その水よ、我に力を貸したまえ――その水よ、昇華せよ!」

 赤い竜が近くに寄って再び炎を吐いた瞬間、メリッグの指先から長細く鋭い氷が出現した。それは炎を真っ向から浴びても溶けず、あっという間に上昇して頭を貫いた。

「――還れ」

 ぽつりと呟くと、赤い竜は黒い霧となり、霧散した。放たれた炎の残りかすは結界によって防がれ、大事には至らなかった。

 一瞬で連携を取り、還した二人の力量は驚異的だった。

 だがメリッグが汗を拭いながら、若干前のりになっているのを見ると、喜んでいられる状況ではない。

 馬は再び速度を戻し、ひたすら進み続ける。ミディスラシールはメリッグをちらりと見ると、軽く首を横に振った。

「メリッグさん、なるべく早めに還す必要があった相手とはいえ、無理はしないでください」

「ご忠告ありがとう。せいぜい気をつけるわ」

 飄々として振る舞っていたが、明らかに息が上がっていた。羽を生やしたモンスターは地面を駆ける人間たちにはかなり不利な相手であるため、すぐさま還したようだが、無理をし過ぎたようだ。

 連戦だけは避けなければならないとフリートは思っていたが、リディスは依然として難しい顔をしていた。彼女は意を決してミディスラシールや皆に向かって叫ぶ。

「左横の森からモンスターが接近しています! おそらく森の入り口にいたそいつの縄張りに踏み込んだため、敵と見なされた可能性と思われます」

「リディス、ありがとう。――まずは森から少しだけ離れて! 出現したら状況によっては地面に降りるわ」

 モンスターが人間を襲ってくる理由の一つに、彼らの縄張りに踏み入れたから、というものがある。入れば容赦なく襲ってくるのは自明のことであるため、人間たちはそれらから離れるように移動を試みていた。今回は旧アスガルム領付近の森を久々に通っていた関係で、縄張りの変化に気付かなかったようだ。

 先頭を走るセリオーヌたちの馬から徐々に右側へ移動していくが、遭遇する前に完全に縄張りから脱出することはできなかった。

 体の芯から震えるほどの地鳴りがした瞬間、耳がぴんっと尖り、鋭い牙を持ち合わせた狼が飛び出てくる。以前、ミーミル村に行く途中で出会ったグレウイルフを巨大化したものだ。

「おい、どうしてこんなにでかいのがいるんだよ!」

 トルが顔をひきつらせながら声を荒げる。グレイウルフは一直線にフリートたちに走り込んできた。

「精霊召喚では間に合わない。――スキールニル、セリオーヌ、行って!」

 ミディスラシールが指示をすると、彼女は手綱をスキールニルから受け取った。それを確認した彼は、グレイウルフに向かって飛び出す。手には彼の愛用の剣であり、フリートのものよりも一回り大きいバスタードソードが握られていた。

「トル、振り落とされないようにきちんと手綱を握っていて。賢い馬だから勝手に行動してくれるから」

「はい!? え、ちょ、ちょっと!?」

 セリオーヌが無理矢理トルに手綱を握らせると、双剣を召喚して飛び出る。

 先にグレイウルフに向かっていたスキールニルが剣を振りかざす。グレイウルフは彼に対して鋭い牙を向けた。それを軽々とかわし、右前足に一斬り入れる。

 怯んだところを、セリオーヌが双剣で左後ろ足を細かく切り刻んだ。

 動きが止まったところで、地上に降りていたスキールニルが再度飛び上がり、バスタードソードで首元を深々と叩き斬った。グレイウルフは反撃することなく、黒い霧となって還った。

「さあ、戻って!」

 進んでいた馬たちは、ミディスラシールの一声で急旋回し、地上に降りたスキールニルたちの元へ急いだ。

 彼らの周りには雑魚であるが、獣型のモンスターたちが襲ってきている。それを二人は慣れた手つきで蹴ちらし、駆け寄ってきた馬に飛び乗った。

「結界を再び強固に構築。戦線離脱!」

 姫の声と共に馬四頭を覆うような結界が構築されていく。

 しかし、再構築される前に、フリートとリディスの目の前に巨大な獣型のモンスターが突進してきた。

 かなりの速さである。リディスを抱えながら剣を振り回すとなると、あの速さに太刀打ちできるかわからなかった。ならば馬から降りて相手をするか。だが、それでは離脱が遅れてしまう。

 ほんの数瞬であるが考えていると、共に乗っていたリディスがショートスピアを召喚していた。スピアを地面と平行に持ち、切っ先をモンスターに向ける。

「何をするつもりだ?」

 問いかけるがリディスは応えず、目を細めて前方を見据えていた。やがてモンスターがある程度近づいたところで、スピアを一直線に投げ飛ばした。

 持ち手のところに宿っていた風の精霊(シルフ)が、正確な軌道を維持しながらモンスターの急所に向かっていく。そして深々と脳天に刺さると、瞬時に黒い霧となって還った。

 スピアの召喚が解け、リディスの首下にある魔宝珠が軽く色付く。ほっとした表情になった彼女を見ると、フリートはミディスラシールへ視線を送った。彼女は力強く頷き返す。

「予定よりさらにやや南を進みながら、目的地へ進路を取るわ!」

 その指示に従って、先頭で馬を走らせるセリオーヌが南へ移動してから、東に進んだ。その後ろを三頭の馬の集団が追った。

 ほんの僅かな時間での出来事であったが、軌道を修正するには充分すぎるモンスターたちとの遭遇である。

 同時に皆の連携も上手く取れることを知る、いい機会となった。

 ミディスラシールがいなければ、おそらく泥沼の戦闘になっていただろう。彼女をミーミル村に向かわせることに多少不安もあったが、今の戦闘の駆け引きを見た後では、その考えなど消え去っていた。

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