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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第七章 変革の先導者達
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7‐4 明日への旅支度(4)

 * * *



 フリートたちは簡単に打ち合わせを済ませた後、各々準備をしながら夕食をとった。

 ルーズニルはまだ準備が終わらないからと早々に去っており、メリッグは夕方に買い出しができなかったため、ご飯を済ませた後にトルを荷物持ちとして連れて行っていた。フリートがメリッグに夕方リディスの傍にいるよう頼んでいたからだ。彼女は口でこそ面倒だと言っていたが、リディスと一緒にいる時は表情を柔らかにして話をしている節があった。もしかしたら放っておけない妹のように見ているのかもしれない。

 夕食後、フリートはリディスを部屋まで送るために、光宝珠で明るくしている廊下を歩いていた。夜にも関わらず、擦れ違う騎士たちは皆駆け足か早足だった。それを見ていると、自然と歩調が速くなりそうだった。

 リディスはフリートから一歩下がって歩いており、口を開こうとせず、じっと俯いている。

 明日からの遠出に不安を感じているのだろうか。少しでも緊張を和らげたいが、上手い言葉が思いつかない。

 ぼんやりと夜空を眺めた。雲がややかかっているが、星は見える。

「結界が再構築されて、だいぶ楽になりそうだな」

「楽に?」

 話題を振られたリディスは目を瞬かせている。彼女自身が抱える問題が多すぎて、周囲の変化にまで目がいっていないようだ。

 フリートたちが城に来てからもモンスターの強襲はあったが、最近は敵側も諦めたのか、かなり沈静化したと聞いている。特に今晩は静か。扉が開く前と同じ状態に戻ったと言っていいかもしれない。

「結界のおかげでモンスターが寄ってこなくなっている。戦闘しなければその分体力は減らないし、精神的にも余裕ができる。モンスターを見ると、威圧感や圧迫感を感じて、結構しんどいからな」

「たしかにそのとおりね。結界が無事に張られてよかった……」

 少しだけ表情を緩ませたが、すぐに不安げな表情に戻る。

 彼女も気づいているのだろう。この静けさは、これから始まる争いの前触れにすぎないことを。

 重苦しい雰囲気になりそうなところで、フリートは慌てて話題を変えることにした。

「夕方、屋敷に忘れ物を取りに戻った」

 フリートが何気なく呟くと、リディスは目を丸くして振り向いてきた。

「家に一人で? あのお屋敷にフリートが一人で?」

「一人で悪いか」

 何度も聞かれて、若干不愉快な気持ちになる。眉間にしわを寄せてフリートはリディスを見ると、彼女はにやにやしながら首を振っていた。

「ハームンドさんやヘルギールさんとは会えたの?」

「まあ……な。たまたま家で仕事していた」

 視線を逸らして、気づかれぬよう小さな嘘を吐く。

 実は偶然ではない。事前にミスガルム王国に戻っていた兄のハームンドに、この時間帯に行くと伝えていたのだ。忙しい時期であったため期待はしなかったが、屋敷に戻ると二人と使用人が微笑みながら出迎えてくれた。あまり時間はなかったので、大怪我をし、城から一時離れた経緯と、これからミーミル村に向かうことを、一般的に出回っている情報を交えて簡単に話しておいた。

 気恥ずかしさを隠すようにフリートは父や兄にぶっきら棒に話していたが、それを苦ともせずに話を聞いてくれたのが非常に嬉しかった。

 話をしていても不自然なところは何か所もあり、訝しげに思っただろう。しかし、二人は決してその点に関しては追求してこなかった。ただ最後に一点だけ、念を押して次のことを言われた。


 死に急ぐようなことはするな――と。


 リディスは優しい笑みを浮かべて尋ねてくる。

「お元気そうだった?」

「仕事に忙殺されているって感じだ。兄貴がいなかったら、親父は過労で倒れていたかもしれない。二人でもかなりきつそうだった」

「なら、フリートが二人のお手伝いをすればいいんじゃないの?」

「はあ? 何で俺が。今更親父たちの手伝いなんて――」

「だってそうすれば大怪我をするような危険な目に遭う確率は減るでしょう」

 フリートは歩くのをやめて振り返り、立ち止まったリディスを真正面から見る。庭に面した外ぬけの廊下であるため、僅かな月の光だけしか光源はなく、彼女の表情をはっきり見ることはできなかった。だが、どことなく陰りを見せていた。

 突飛過ぎる発言にフリートは一瞬声を失ったが、すぐに笑い返す。 

「お前馬鹿か。俺は姫や国王といったこの国に忠誠を誓った身だぞ。そう簡単に破ることができるか。それにそんなことしたら――姫に一発(はた)かれる」

 苦笑して、気の強いお姫様を思い浮かべた。

 “護れ”と言われたのだ。その命令に背くことはできないし、命令以上にフリート自身が許さない。

 それを聞いたリディスは目を軽く伏せてから歩き出し、フリートの横を通り過ぎる。

「ごめん、さっきの言葉忘れて」

「お、おい!」

 今度はフリートが足早にリディスのことを追い始めた。

 記憶を取り戻し、鍵であるという事実を突きつけられてから陰りを見せることは多々あったが、魔宝樹の前でロカセナと会ってからは、それがさらに増しているようにも見える。

 あの銀髪の青年が、彼女の心をかき乱すようなことを言ったのではないだろうか。そう考えると、なぜか沸々と怒りが湧き出てくる。

「なあ、あそこで本当にあいつと何もなかったんだよな?」

「どういうこと?」

「ほら、あいつと向きあっていたから、何かしていたんじゃねえかって」

「だから何度も言っているでしょう。あの人は何もしていない。むしろ私が手を上げたって! 何なのよ、フリート、彼のことになると急にかっとして」

 リディスはいらいらしつつも、いつもの口調に戻っていた。それはいいことだが、フリートの苛立ちは募るばかりである。彼女のすべての言動が、ロカセナのことをかばっているようにしか聞こえなかった。

「フリートって、たまに子供みたいに見える。あの人とは大違い」

 辛うじて繋いでいた何かが唐突に切れた。

 フリートは後ろからリディスの右肩に右手を置いて、後ろに振り向かせる。目を瞬いている彼女が視界に入ると、勢いのまま背中を壁に押し寄せ、彼女の顔の横に左手で壁をついた。驚きに満ちた緑色の瞳が見上げてくる。

「どう……したの?」

「……お前はどうしてそんなにあいつのことも考えているんだ。酷いことをされ、殺されかけても……」

 壁に添えていた左手で握り拳を作る。言葉にできない感情が頭の中を巡っていく。

 リディスは胸の前で、自分の右手を左手で握りしめた。

「フリートを含めた彼と過ごした日々は、とても楽しかった。あの時の表情がすべて騙したうえで作っていたものだとは思えない。友人として、仲間として、決して忘れられない日々なのよ。フリートもそうでしょう?」

 柔らかな笑みを浮かべている。彼女が今でも大切に考えている青年のことを思うと、羨ましかった。

「俺も忘れられない。だがそれ以上にお前と過ごした日々の方が忘れられないんだよ」

 すぐ目の前には愛しい人がいる。右手を彼女の顎にそえようとした。

 瞬間、第三者の視線と声がフリートたちを貫いた。

「何をやっているんですか、フリートさん」

 フリートは顔を真っ赤にしてリディスから離れると、その人物の方に鋭い視線を向けた。

「お前こそ何やっているんだ、クリング!」

 栗色の髪の少年が暗闇の廊下の中からひょっこり現れた。顔は笑っているが、漂う気配は殺伐としている。彼は昔から時々フリートの後をつけていたのを思い出す。

「お手伝いの途中ですよ。第三から第四部隊の部屋に資料を運んでいるんです。騎士たちが外に出払っている関係で、見習いでも結構忙しいんですよ? 楽しく異性と話をする暇すらないんですから」

 クリングの視線がリディスに突き刺さる。彼女は勢いに押されて、半歩だけ下がった。

「まあ、フリートさんが何をしようが、僕が知ったことじゃないですけどね」

 クリングは視線を逸らして、ふっと笑った。よくわからないが、とりあえず詫びを入れておく。

「すまない。お前も頑張っているのに、だらだら歩いていたら邪魔だよな」

「……そうじゃないです。いちゃつくなら、せめて僕が見えないところでやってくださいよ。色々と衝撃を受けちゃうじゃないですか」

「何か言ったか?」

 膨れていたクリングは肩をすくめながら首を振った。

「何でもありません。――さっき第三部隊に行った時に聞きました。これから危険なところに行くんですよね」

「そうなる」

 城にいるよりも格段に厳しい環境下に明日から置かれることになる。温かく王国を包み込む結界とお別れだ。

 クリングはきりりとした表情に変わり、姿勢を正して一礼をした。

「ご無事の帰還を願っています、フリート・シグムンド様」

「ああ、お前も自分の命を第一に動いてくれ」

「はい。――もし事が無事に終わりましたら、また剣の指導をしてくれませんか?」

「いいぞ。お前がどれだけ伸びたかに興味があるからな」

「ありがとうございます」

 クリングは歳相応の屈託のない笑顔をフリートに向けた。

 純粋に何かを追い求めている姿。

 疑うことの真の意味を知らなかったあの時。

 もう二度とあの日々は戻ってこない。けれども忘れてはならない時期。

 心が(すさ)んでしまった今だからこそ、再び思い出す必要があるのだろう。


 なぜ剣を取ったのか――と。



 * * *



 夜が明ける前、一同は荷物を持って移動を開始した。夜明けと共に城の裏門から出る予定である。

 既にクラルとファヴニールは大鷲のフギンに乗って、ムスヘイム領に向かっていた。敵側の意識をそちらに持っていきたいという意図もあったらしい。かなり強力な結界を張れる結宝珠を持っていったためか、とりあえず見える範囲でモンスターに襲われたという情報は入っていないようだ。

「皆さん、結宝珠は持ちましたね?」

 ゆるいウェーブがかかった長い金色の髪を束ね、群青色のローブを着ているミディスラシールは、その場にいた者たちを一人ずつ見ていく。皆が淡い色を発している宝珠を持っていることを確認すると、馬へ視線を戻した。

「では乗ってください。先頭はセリオーヌ副隊長とトル、間に私とスキールニル、リディスとフリート、そして最後尾はルーズニルさんとメリッグさんでお願いしますね」

 単独で馬に乗れる者が少なかったため、二人一組で走ることになっている。意外だったのが、ルーズニルが軽々と馬を操れることだった。昔クラルに頼んで教えてもらったらしい。

「セリオーヌさん、トルを乗せても大丈夫なんですか?」

 リディスはセリオーヌよりも背が大きく、体格がいいトルを見上げて言った。

「大丈夫、こんなことよくあるから。騎士たちを見てみなさい、私より小柄な人がいると思う?」

「いない……ですね」

 当たり前の事実を言い返され、リディスは軽く頬をかいた。

 やがて八人は馬に乗り、裏手まで移動すると裏門が静かな音をたてて開いた。見送りにはアルヴィースと彼の護衛の近衛騎士たちが集まっている。

「くれぐれもお気をつけて行ってください」

「ご心配ありがとうございます。しばらくの間、城のことを頼みます」

 ミディスラシールの視線が広大に続く草原へ移る。

「さあ、行きますよ!」

 掛け声とともにセリオーヌが手綱を叩くと、馬は走り始め、徐々に加速していった。その後を他の三頭の馬が追っていく。それを城に残る者たちは口を一文字にして見守っていた。

 この先の道行が明るいものであるのを祈るかのように、朝焼けの光は四頭の馬と八人の人間をうっすらと当てていった。

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