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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第六章 動き出す時の針
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6‐17 彷徨う銀色狼(3)

「お兄ちゃん、これからどうするの?」

 少年は困った顔で、精悍な顔つきをしている青年を見上げた。青年の後ろには大きな城がそびえ立っている。美しくも雄大なその城は、その領を統治している中心地であった。青年は城をじっと見つめている。

「ここでは騎士見習いを募集しているんだ。知識や体力があれば、身分に関係なく入れると言われている。そして見習い期間で優秀な成績を上げられれば、騎士に昇格して、城の騎士団に入団できるらしい」

「へえ、どんな身分でもいいんだ。お兄ちゃん、騎士になるの?」

 何気なく弟は兄に問いかけたが、彼は首を横に振った。

「いや、お前がなるんだ」

「え……、どうして!?」

 思ってもいない返答をされ、弟の薄茶色の瞳が大きく見開かれる。

「兄ちゃんは騎士になるよりも、やることがあるからだ。自分の魔宝珠で召喚ができる歳になったから、それを持って大陸中を旅してみようと思う」

「それなら僕も!」

「駄目だ、お前は連れていけない。今度は危険な旅になる」

「そんな……! お兄ちゃん強いじゃん、大丈夫だよ!」

「……すまない。これからの旅で、お前を守りきれる自信はない」

 兄は哀愁漂う表情で笑みを浮かべる。弟はすぐに了承の返事ができなかった。


 生まれ育った村を出てから五年――様々な困難があったが、二人で力を合わせて生き延びてきた。小さな村を転々と移動し、その村の中で仕事を探して食い繋ぐ。これからも兄がいればどうにかなると弟はずっと思っていた。

 そのため兄から出された言葉は、弟にとっては受け入れがたいものだった。

「……僕が弱いからいけないの?」

 震える声で言葉を絞り出す。兄は視線を合わせず、首を縦に振る。肯定の意に対し、悔しさのあまり涙が零れそうになったが、その前に兄は口を開いた。

「お前はまだ弱い。だからここで力を付けてこい。そこで充分な力が付いたら、また一緒に旅をしよう」

「本当?」

「ああ、本当だ」

 兄は視線を弟の高さに合わせ、よく母からやってもらったように頭を軽く撫でてくる。くすぐったいが、懐かしい行為だった。

「ねえ、何をしに旅にでるの?」

「ある人を探す。樹をこの地に下ろすために必要な“鍵”と呼ばれる存在を。そして樹のもとに行くんだ」

「消えてしまった、あの樹へ?」

 兄は何も言わず、目を細めて樹が存在していた場所に視線を向ける。兄弟にとって切っても切れない関係である樹。その樹を護る領民の血を引いたために、人生を壊されてしまった、むしろ忌まわしいとも思える存在。

 それでもなお、樹のもとに行かねばと思うのは、その血を受け継いだことによる本能なのかもしれない。


 やがて兄弟は再会することを願い、お互いが進むべき道を辿るために別れた。

 だが、その願いは叶わず、二人が再会することは二度となかった。



 * * *



「……何か大きな悩みを抱いているのなら、私で良ければ聞きますよ」

 暗闇の中でひときわ目立つ、美しい金色の髪を持つ少女は、少年と青年の狭間を漂っている彼に意を決して質問をぶつけてきた。

 若干彼女の顔が強ばっているのは、おそらく勇気がいる発言だったからだろう。城の屋上でささやかな語らいを通じて比較的親しくはなったが、そこまで突っ込んだ話は今までなかった。

 そのような心配をされるほど、今日の少年はおかしかったようだ。

 その日は訓練も会議もない、久々の休日だった。騎士に成り立ての少年たちの多くは城下町に繰り出し、実家が近くにあれば戻っている者もいた。だが少年はそのどちらもせず、図書室にこもって調べものをしていた。

 そこで何気なく開いた過去の記事を読んで、衝撃を受けていたのだ。

 記されていたのは、ニルヘイム領のある村が一瞬で消えた出来事について。原因に関しては詳しく載っていなかったが、とあるアスガルム領民の逆鱗に触れたためだと書かれていた。その日付は少年が兄からの手紙が届かなくなった日と同時期でもあった。

 手紙がまったく届かなくなり、妙だと思っていた。ただ、当時は日々の課題をこなすのに精一杯であったため、それ以上は気に止めていなかったのだ。

 しかし、こうして改めて事実を突きつけられると、やるせない想いでいっぱいになる。

 少年は聞きたかった。


 どうして、そんなことになってしまったのか。

 どうして、そんな所まで旅をしていたのか。

 そして、捜し人は見つかったのか――。


 返事はもちろんなかったが、最後の問いについてはおおよそ推測することができた。

 樹を巡る環境は変わっていない。つまり〝鍵〟は見つかっていない――と。

 ならば兄の意志を継いで、自分が鍵を探す旅に出る必要があるのではないか、と自問自答している夜だった。

 騎士団にいるのはとても居心地がよかったが、自分たちの最終的な目的はそこではない。

 少しでも楽になりたく、少女の言葉に甘えて自分の現状を口に出そうと思ったが、我に返ってそれはやめた。余計な気は使われたくない。自分の仕事で手一杯の彼女に負担をかけたくない。

 ふと、彼女の顔を眺めると、出会った頃よりも少しだけやつれたように見えた。そしていつもより元気がないように感じられる。余計なお節介と言われそうだが、少年は静かに問い返していた。


「――貴女こそ、お悩みがあるのではないのですか?」


 微笑みながら返すと、彼女は一瞬動きが止まった。やがて目を伏せて軽く笑う。

「ありがとう。そう言う風に聞き返したのは、貴方が初めてよ」

 風で揺らされる金色の髪に軽く触れる少女は、どこか嬉しそうだった。

「私、いつも自信満々なように見えるでしょう。でも本当は怖くて、自信がないのを誤魔化しながら頑張っているの。虚勢を張り続けるのは疲れるし、自分の立場から逃げ出したくなる時もある」

「立場上ここを離れることは難しいですが、少しは気を抜いて、お仕事に取り組んだらどうですか?」

「よくそう言われるわ。でも駄目なのよ。私が頑張らないと、別の人に大きな負担をかけてしまう。それこそ――命をかけるまでに」

 少女は正面を見据え、城壁の向こうにいるかもしれない誰かを思いながら言った。

 少年はその言葉を聞き、騎士団を退団して、旅に出ようという想いに傾く。目の前にいる少女も誰かの代わりに自分が頑張ろうとしている。ならば――と思ったが、少年が思っていることと、彼女が考えている内容にはややズレがあった。

「……ただ、私がいくら頑張っても限界がある。その人と私では今持っている能力も、歩いてきた過去も、これから歩く未来もまったく違うから。――誰かの意志を継いで、その人が歩むべきだった人生を歩くことはできない。だから自分の立場や状況を考慮して、これからの道を歩くべきだと思うのだけど、どうかしら?」

 少女が再び少年に話を振る。まるで彼が揺れている心中を察しているかのような問いでもあった。

 今から兄の意志を継いで旅をしても、目的が達成できる保証はない。兄が何年もの間、旅をしても叶わなかったことだ。むしろ別の側面からその目的に対して取り組むべきではないだろうか。

 たとえば、騎士団という立場を利用して。

 思いついた考えを頭の中に埋め込む。そして少女に顔を向けた。

「――その通りだと思います。同じ人間は世の中に一人もいないですから。――貴女様が話題に出しているその方は、特別な人なんですか?」

 そこまで必死になって想っている人だ、特別でないはずがない。男だろうか。そう思うと心の中が若干疼く。

 少女はほんの少しだけ寂しそうな顔をした。

「ええ、特別な人よ、一緒にいた記憶はないけれど」

「会いたいんですか?」

「会いたいけれど、会いたくはない……かしら。ごめんなさい、意味がわからないでしょう。でも彼女は複雑な立場だから、残念だけれども私と会わない方が幸せな人生を送れるはずなのよ」

 男ではなく女であると知り、少年は胸をなで下ろす。しかしながら目の前にいる少女が何かを隠しているのは明白であった。

「……貴方も会いたい人はいるのかしら?」

 まるでやり返すかのように、少女は尋ねてくる。

 少年の脳内には兄の姿が浮かんだが、すぐにそれは消え去り、まだ見ぬ〝鍵〟を思い浮かべた。

「いますけど、顔も名前もわからない人で。その人が本当に存在するのかどうかも謎なのです」

 正直な感想だった。兄はいると言っていたが、五年も探して見つからなかったのだ。いないと断言してもいいかもしれない。

 もしかしたら人間ではなく、物としての鍵という可能性もあった。

「いるかどうかわからない人に会いたいなんて、また変わっているわね」

「その通りだと思っています」

「あまり助言のようなものはできないけれど、ここで色々と情報を集めてみるのがいいと思う。一番情報が入ってくる、この王国で。それにある程度年数がたてば、数名単位で遠征にも出られて、人を探しやすくなるはずよ。それまでの間に進む方向を焦らずにじっくり考えてみたらいいと思う。まだ君は若いんだから」

 少女の意見は的確であり、揺らいでいた心を抑えるのには充分であった。年齢はあまり変わらないが、このような言動を聞くと、彼女は上に立つべき器の人間だと実感する。

「ありがとうございます。今は騎士として精進したいと思います。姫様やこの城を護るために」

「ありがとう、よろしく頼みますね。――人生は意外とうまく回っているものよ。もしかしたら何気ない遠征で、その人と出会えるかもしれないわ」

 予言者でもない彼女が発した言葉が、数年後に現実に起こるなど、当時の少年は思ってもいなかった。


 そして銀髪の少年が青年へとなった頃、その少女と同じ色の髪と瞳を持つ、別の少女と運命の出会いをすることになる――。



 * * *



「ロカセナ、外にいるゼオドアが呼んでいるわよ」

 黒髪の女性に揺らされて、ロカセナは目を開けた。いつも使っている小屋で椅子に座って眠っていたらしい。

 遠い彼方に置いていった記憶が夢の中で蘇ったようだ。どちらも他愛もないやりとりだが、今の自分の意志を確定づける出来事でもあった。

「疲れているの? 本当に大丈夫なの? そんな状態で次の満月の時に扉を開けることはできるの?」

「できるさ、ヘラ。邪魔さえ入らなければ」

「あら、大層な自信ですこと。頼んだわよ、今度こそこの地やあの人に恐怖をもたらすんですから」

 ヘラはにやりと笑みを浮かべる。彼女の瞳には、あの予言者への復讐しか映っていないようだ。

 ロカセナは彼女に言われたとおり、ゼオドアのもとに行く。外に出ると、帽子を被った老人が振り返った。

「また眠っていたのですか、体調でも悪いのですか?」

「至って元気です。何かご用ですか?」

「これから城に顔を出してこようと思いまして。貴方も一緒に行きますか?」

 まるで遠足にでも行くような軽い言いようだが、今、ロカセナたちが城に侵入するのは、かなり困難なはずである。眉をひそめてゼオドアを見返した。

「結界も再構築されて、検問もかなり強化されているはずです。行くのは難しくないですか?」

「ですから、結界のすぐ傍までですよ。城側の人間と少しお話をするだけです。もしかしたら貴方と縁のある人間に会えるかと思い誘ったのですが、疲れているようなら無理しなくていいですよ」

「――いや、行きます」

 ロカセナは即答した。最近昔のことを思い出し過ぎている。これが続くようであれば、覚悟が揺らいでしまう恐れがあった。

 いっそのこと相手側から罵られ、嫌われた方が遠慮なく事を運ぶことができる。それを期待して行くという返事をした。

「準備してきます。少しお待ちください」

「わかりました」

 再びロカセナは小屋の中に戻る。中ではヘラがソファーの上でくつろいでいた。

「何だったの?」

「今から城に行ってくる」

「ミスガルム城!? 私も行くわ! あの女がいるんでしょ!」

 思いもよらぬ飛びつきように、ロカセナは若干後退した。余計なことを言ってしまったようだ。

「……戦いに行くんじゃない。ただ顔を出してくるだけだ。ヘラが行っても彼女が出てくるとは限らない」

「それでもいいわ、私も一緒に!」

「今日は留守番だ、いいな」

 有無を言わせないよう強い口調で言うと、ヘラは口を尖らせて、部屋の奥に行ってしまった。

 彼女はメリッグが関係する話を持ち出すと、人が変わったように食いついてくる。口に出す話題を取捨選択しなければならない相手となったため、ロカセナの中では困った人物に認定されていた。

 魔宝珠とショートソードを持ち、念のために食糧などが入った小さなショルダーバックに手を付ける。

 その時、突然窓付近が光輝き始めた。傍には四大元素の欠片が保管されている箱がある。あまりの光の強さに思わず目を細めた。

「何事だ……?」

『ロカセナ・ラズニールですね』

 どこからともなく、凛とした女性の声が聞こえてきた。部屋の中を見渡すが、それらしい人はいない。もしかしたらこの光の先にいるかもしれないと思い、じっと見つめた。その先にはうっすらと何かの影が見えた。

「僕がロカセナだが、貴女は?」

『何と言えば貴方の気を惹きつけられるでしょうか……。樹の護り人とでも言っておけばいいでしょうか』

 ロカセナは目を大きく見開いた。注意を引くには充分な内容である。

『興味を持ってくださいましたか?』

「その言葉が本当かどうかによりますが」

『つまり興味を持ってくださったようですね。今、お時間はありますか? 貴方に見せたいものがあるのです、扉を開ける者よ』

(この女性(ひと)はすべて知っている?)

 ほんの少し足を踏み出しつつも、光を訝しげに見ていた。

 罠だろうか。罠なら誰の手によるものだろうか。

 おそらくこの光の先は、別の空間に繋がっている。そのような道を召喚するには、かなりの力が要求されるため、アスガルム領民でなければできないはずだ。リディスたち側にそのような能力を持っている人間の話は聞いたことがない。

 つまり、第三者による行為。

 しかもかなり高度な召喚ができる者。

 思考を巡らせるが、それ以上の考えは浮かんでこなかった。

『罠なんてありませんよ。ただ貴方にも現実を見て、知って欲しいだけです』

「……僕も?」

 聞き返すが彼女は何も答えなかった。ロカセナだけでなく、他の人も呼ぶらしい。

 瞬時に頭の中に浮かんだのは、黒髪の騎士と王族の血を引いている金髪の娘だった。二人を思い浮かべると、にやりと笑みを浮かべる。

「わかりました、行きましょう。この光の道を通ればいいのですか?」

『ええ……。ただしこの中では召喚および殺生が禁止されています。もしそちらの剣を用いて何かを傷つけようとすれば、剣は消失するでしょう』

「本当にただ見て、話を聞くだけなんですね」

 ロカセナは肩をすくめて、力んでいた右手を開いた。

(まあいい。今回はまだあいつとやるつもりはないからな)

 光の声に導かれて歩を進めていると、部屋から出てきたヘラは目を大きく開いて、光を指していた。

「何それ!?」

「すまないが、用事ができたからでかけてくる。ゼオドアにもそう言っておいてくれ」

「ちょっとどこに行くつもり!? 明らかに怪しいでしょう、その光!」

 ヘラはロカセナが初めに抱いた感想を述べた。詳しく説明する時間が惜しい。今は最低限の言葉だけ伝えておく。

「あまり遅くならないようにするから、よろしく」

 ロカセナはヘラの制止を振り切って、光の中に足を踏み入れた。そして眩い光に包まれながら、前進していった。


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