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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第六章 動き出す時の針
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6‐13 真実の断片(1)

 * * *



 リディスたちが城に戻ったその夜は、モンスターによる強襲はほとんどなかった。数匹のモンスターが城を包む弱い結界を通り抜けて、襲ってくるくらいだ。

 本当は加勢に乗り出したかったが、リディスだけでなく、他の四人も城内での戦闘行為は禁止されていた。ここは騎士団に任せてほしいらしい。

 時折、掛け声や斬る音、そしてモンスターの叫び声などが聞こえてくる。窓の隙間かつ遠目からしか見えないため、歯がゆい想いで見守っていた。

 しかし、戦闘に出られずとも、いつ何が起きるかわからない状況。それゆえ一同は常に戦闘体制に入れるように待機していた。結果的に早々にモンスターは還されたが、朝日が昇りきるまでは誰も気を緩めることはなかった。

 そのような状態であったため、城内にいた人間はまともに寝られるわけがない。ミディスラシールたちとの会議は昼以降に行われることになった。

 リディスたちは昼食をとった後に、中庭に面している通路を歩いていると、中庭の中心でミディスラシールが六人の若者や老人に向けて指示を出しているのが見えた。

 それが済むと彼ら、彼女らは両手で持たなければならないほど大きな宝珠を持ち上げて、年齢が最も高い老人だけをその場に残し、所定の位置に移動していった。確認したミディスラシールは城内に戻る。その際にリディスたちと視線があった。

「あら……」

「お疲れ様です、ミディスラシール姫。何をされていたんですか?」

「こんにちは、リディスに皆さん。結界を最構築するのよ。前回と同様に今回も私の力を中心に取り入れようかと思ったけれど、今後のことを考えると分散させた方がいいと思ってね。色々な人に力を借りているの。融通は効きにくくなる分、崩れにくい結界が張れると思うわ」

 中庭にいた老人は大量の文字が書かれた紙を広げ、詠唱をし始めた。周りには無防備な彼を守るために数名の騎士たちが佇んでいた。

「ある一人の身に何かあっても、そう簡単に結界は破れないということですか」

 フリートはちらりと老人たちを見て、ミディスラシールに言葉を漏らす。

「そういうこと。護衛する人を大量に必要するし、複数名動きに制限がかかるという短所もあるけれど……。私が今後自由に動くことを考慮すると、そっちの方がいいと思ったのよ」

「結界は術者が近くにいた方が効果は大きいですからね。――姫、待ってください。自由に動くというのは、どういうことですか?」

 フリートが眉をひそめて質問をする。ミディスラシールはにこにこと微笑んでいるだけだった。

 しばらくすると、空に薄らと何かが覆われ始める。上質な結界がリディスの目の前で形成されていく。

 もう二度と破られることがないことを祈りながら、リディスたちはミディスラシールたちとの会議の場へと赴いた。



 会議の場所は城内の奥にある小さな部屋だ。中央には円卓の机が置かれ、十二脚の椅子が周りに置いてある。

 参加者は国王から時計回りに、姫のミディスラシール、北の大地から無事に帰還したリディス、フリート、メリッグ、トル、そしてルーズニル。一席あけて、第三部隊副隊長のセリオーヌ、第二部隊長のクラル、かつて城の専属還術士であったファヴニールもその場に招かれていた。国王の左隣には城の専属予言者のアルヴィースが座った。スキールニルをはじめとする近衛騎士たちも、護衛対象のすぐ傍に立っている。

「ファヴニール先生、どうしてここに!?」

 彼が部屋の中に入ってきた時、リディスは思わず立ち上がった。焦げ茶色の髪の男性は気恥ずかしそうにしながら、セリオーヌの隣にある椅子に腰をかけた。

「いつ城に戻ってこられたんですか、還術はどうなったんですか!?」

「……久々だからって、そういっぺんに質問するな。ちょっと野暮用ができた関係で、城にいるだけだ。ここにいるのは姫様に呼ばれたから。還術については……まだだ。様子を見てから、また旅に出るさ」

 ファヴニールは首を横に振って視線を逸らした。

 十一人が揃ったところでいよいよ開始かと思った矢先、乱暴な手でドアが叩かれた。近くにいた近衛騎士は訝しげな表情で、ドアの外にいる人物に問いかける。

「何者だ」

「へえ、俺にそんな口を叩ける奴がいたのか!」

 リディスとフリートの表情が一転する。顔を合わせると、お互いの顔から笑みがこぼれていた。

 セリオーヌは肩をすくめてから、ドアに近づき、近衛騎士をその前からどかせる。

「隊長、今開けますから、ドアから離れてください」

 内側から掛かっている鍵を開け、ドアを押した。するとドアの向こうから、標準的な男性よりも背が高い、がっちりした体格の左頬に傷がある男性が現れた。

「カルロット隊長!」

「おう、フリート、お前も生きていたか!」

 未だに体の至る所を包帯で巻いている第三部隊長のカルロットが、嬉々とした表情をフリートに向けた。だが、壁から手を離すと、体が崩れ落ちそうになる。

 見かねたセリオーヌはカルロットを支えながら、椅子の傍に連れて行った。ミディスラシールは死の淵から生還したカルロットを見ると静かに微笑む。

「動けるようになったばかりにすみません、カルロット隊長」

「いや、むしろ呼んでくれて、ありがとうございます、姫。呼んでくれなかったら、あとでフリートに八つ当たりしてそうだった」

「まあ、お上手なご返答の仕方で」

 ミディスラシールは冗談と受け取ったらしく、口元に手をあててにこやかに笑っている。

 しかし、リディスはカルロットの言葉があながち嘘ではないと感じていた。現に隣にいるフリートは顔をひきつらせている。怪我人であっても彼の恐ろしさは変わらなかった。

「そういや聞いたぜ。あいつにあっさり斬られたってな」

「……はい。今はどうにか傷を癒すことができました」

「それは見ればわかる。――いいか、フリート。護衛対象が殺されかけたことは、護衛している側からすれば最もあってはならないことだ。それをわかっているか!?」

 突きつけられた厳しい言葉に対し、フリートは何も言い返さなかった。両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、視線をやや下に向けている。カルロットはそれをじっと眺めていた。

 剣呑な雰囲気に陥り始める。リディスはそれを打破しようと思考を巡らせるが、その前にミディスラシールがやんわりと空気を戻した。

「カルロット隊長、今日はフリートを叱ってほしくて呼んだわけではありません。皆既月食時のことなど、幾つか聞きたいことがあり、お呼びしました」

「月食の事件の時は、セリオーヌもその場にいたぞ」

「ええ。その時の状況に関してはお二人から話を聞かせて頂きます。実はもう一つ聞きたかったんですよね。――なぜカルロット隊長は、ロカセナが何か事を起こすだろうと察することができたのかと」

 ミディスラシールの語尾が強くなる。彼女をまとっていた空気が張りつめていくのを、隣にいたリディスは直に感じていた。そして本当に僅かであるが、握りしめていた彼女の手が震えているのに気づく。

 その手をゆっくり広げると、ミディスラシールは表情を緩めた。

「話が逸れましたね。全員揃ったところで始めましょう。樹がある世界へと続く扉を開こうとしている同士たちに関しての会議を」

 そしてミディスラシールが進行役となり、規模は小さいが、今後の方針を決める重要な会議を開始した。



「初めに皆さん、リディスが鍵であり、狙われている立場である、というのは承知しているということで、話を進めてよろしいですね?」

 一同は首を縦に振る。リディスも事実を認めるのは辛かったが同じように首肯した。それを見たミディスラシールは、事前に準備しておいた紙を見ながら話を進めていく。

「鍵であるリディスは、ある扉を開ける際に必要な人物と言われています。その扉を開ける者たち――すなわち私たちの敵側に、騎士団から離れてそちらについた者がいます。――ロカセナ・ラズニール、第三部隊所属の特殊な召喚を行う人物です」

「――それとアスガルム領民の生き残りですわ」

 メリッグが涼しい顔をして付け加える。それを聞いたミディスラシールは目を丸くしていた。

「本当ですか?」

「ええ、お姫様。本人から聞いたわけではないけれど、かつて交流があったアスガルム領民が彼の名前を挙げていたことがあったわ」

「しかし、それだけでは――」

「ミディスラシール姫、それは本当です。私はロカセナの口から直接聞きました」

 沈痛な面もちのままリディスが言うと、ミディスラシールだけでなくその場にいた皆の視線が集まった。

「ねえ、リディスは彼から他に何か話を聞いたのかしら?」

 リディスは両手を握り返しながら、秘密を打ち明けられた皆既月食時のことを思い出す。

 ロカセナから言われた内容はどれも衝撃的過ぎて、話をまとめるのが難しかった。その中からいくつか取捨選択をし、この会議で言わねばならないことを挙げている途中、手を握り返すのをやめた。

「リディス、どうしたの?」

 様子が変わったリディスを見て、ミディスラシールが覗き込んでくる。

 ロカセナが言っていた内容に、ミスガルム王国の知られざる過去に大きく踏み込むものがあった。王族やその側近は知っていると言っていたが、隊長たちはどうであろうか。知らない可能性がある。

 そして万が一、今から言うことが変に曲げられて噂になってしまったら、王国を揺るがす一大事になってしまう。

 脳内で丁寧に文面を組み立てた後に、リディスは顔を上げた。

「ミディスラシール姫、そしてミスガルム国王、お聞きしたいことがあります。――約五十年前、城の関係者が樹とあるモンスターを別の世界へ封印したというのは本当ですか?」

 その尋ね方でそれに関して知らなかった人物をすぐに判断することができた。フリートとトルだけが目を大きく見開いている。どうやら城側の上層部はほぼ知っているようだ。メリッグやルーズニルはどこかの有識者から聞いたのかもしれない。

「どういうことだ、リディス」

「――私から説明するわ。この事実を知らないということは、フリートはリディスが鍵となった詳細な理由も知らないわけね」

 そして、姫は必要な事実だけを切り取って話し始めた。

 ミディスラシールとリディスの祖母、つまり現ミスガルム国王の母親はアスガルム領民であったということ。

 五十年前にモンスターの大量発生など、人間たちが生き抜くには非常に厳しい環境下に置かれる事態に直面した際、モンスターと共に樹を封印しようとしたこと――。

「魔宝珠を生み落すレーラズの樹は、膨大な力を持ち合わせていた。それに惹きつけられて近づくモンスターも多くいたことを考慮した結果、樹ごと封印するのがモンスターの量を格段に減らすのに最善な策だったのよ」

「姫、レーラズの樹と共にアスガルム領も消えたと聞いています。それはいったいどうしてですか? 樹だけなら、あれほど広範囲ではなくても……」

 フリートの問いにミディスラシールはちらりと右隣にいる国王に視線を向けた。彼は目を伏せたままである。一瞥して彼女の視線はフリートとリディスに戻った。

「――それは完全なる誤算だったのよ」

「誤算?」

 ロカセナから聞かされた事実とは異なることを言われ、リディスは眉をひそめる。だが正確に思い出せば、彼からは‟アスガルム領は樹やモンスターと共に消えた”、という事実しか言っていなかった。

「当初はアスガルム領の大部分にあたる、あれだけ広範囲の土地ごと封印するつもりはまったくなかった。けれどそれくらい大規模なことをしなければ、あのモンスターは封印できないと直前で気付いたのよ」

「そんなに強力なモンスターがいたんですか……?」

 ミディスラシールは一拍おいて、はっきり口にした。


「この大陸を一瞬で滅ぼすほどのモンスターよ」



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