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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第六章 動き出す時の針
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6‐6 愛されし儚き子(1)

(結界の外に出て行動するのは、無理があったか。最近落ち着いてきたから大丈夫だと思ったが……運が悪いな、俺)

 結宝珠を至る所に付けている荷馬車に乗っていた中年の男性は、目の前に広がる光景を苦々しい表情で睨みつけていた。

 そこにいたのは町にも度々侵入しようとしていた、人の体の二倍以上ある獣型のモンスター。それが群を成して男性の前に立ちはだかっていた。

 対抗する手段を持ち合わせていない彼にとって、五匹いるモンスターと出会うことは、死を覚悟するのと同等のことであった。


 旧アスガルム領の上空にある巨大な扉が現れる前は、ここまでたくさんのモンスターと遭遇することはなかった。せいぜい一、二匹程度であり、結宝珠を持ち、息を殺していれば、やり過ごすことができていた。

 しかし、今回は既に殺気が向けられている。居場所がばれたとしか思えない。もしかしたら荷馬車に括りつけていた結宝珠を、どこかに落としたのかもしれない。それか休憩していた村で盗まれたか。

 どちらにしても降り懸かる脅威は変わらない。男性は護身用のナイフを抜き、切っ先をモンスターに向けた。

 万が一、道中危機的な状況に陥った場合は、迷わず馬車を投げ捨てて戻ってこいと言われている。

 だが、荷馬車に積まれている品を投げ出すということは、彼にとっては死活問題のことだった。お金を使い果たして買い込んだ商品がなくなったら、今後の人生はお先真っ暗である。

 そのような心配は優しい町長に言えば、何とかしてくれそうだが、今の彼にはそこまで頭が回らなかった。


 男性は地面に降り立つと、がくがくと震えながらナイフを突きつける。

「お、俺は死なないぞ。俺にとってこれは命と同じものなんだ!」

 最も大きなモンスターが前に出た。牙を生やし、猛突進で来る種だ。男性の震えがさらに激しくなる。

 モンスターは男性を見定めると、すぐに迫ってきた。男性はそれを見て息を呑んだ。

 これまでか――そう思った矢先、場違いなくらいに鮮やかで美しい金色の髪が目の前を横切った。突如現れた女は男性から少し離れた場所で足を止め、踵を返してモンスターの方に飛び出す。

「危ない!」

 男は叫ぶが、女は止まらなかった。

 女はショートスピアを握り、迫り来る一匹のモンスターに向かってスピアを振り回した。モンスターが一瞬怯んだのを見過ごさずに追撃の突きをする。

 刺されたモンスターは唸り声をあげて、標的を目の前にいる女に変える。他の四匹も女に向かって突進し始めた。

 女は立ち止まり、軽く屈伸してから高々とその場を舞い上がった。突進する対象がいなくなったモンスターたちは、お互いに激突しあう。

 彼女は上昇しながら、スピアの先端を地面に向けた。そして一匹のモンスターに向かって垂直に落ちていく。

「――魔宝珠は樹の元へ、魂は天の元へ」

 詠うように口から言葉が紡がれる。

「生まれしすべてものよ、在るべき処へ――」

 モンスターたちは牙を上空に向け、落下してくる女を待ち構えた。一匹倒しただけでは意味がない。このままでは女がモンスターの餌食になる。

 しかし彼女は焦った様子などまったく見せず、うっすらと緑色に染められた先端を向けたまま落下した。

「――還れ!」

 スピアの先端が輝き、そこから放射状に光が飛び出した。それは五匹いたモンスターすべてに突き刺さる。モンスターたちは呻き声をあげながら、黒い霧に変化していった。その横に女は軽やかに降り立つ。

 モンスターを在るべき処に還すと言われている、還術が成功したらしい。まもなくして五匹のモンスターたちはすべてこの地上から消え去っていった。

 どうやら助かったようだ。ほっと一安心しながら、目を細めて空を眺めている女を見た。

 一見するとただの町娘にしか見えない。そんな彼女がたった一人でモンスターを五匹も還した。

 彼女はいったい誰だろうか――そう思っていると、女が表情を和らげながら近寄ってくる。顔をじっくり見て、男は首を傾げた。どこかで見たことがある顔だった。

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「あ、ああ、怪我はない。ありがとう」

 声にも聞き覚えがあった。優しくも芯のある声。凛々しさも漂わせている。

「なあ、あんたとは以前――」

「リディス!」

 男の質問は彼女を呼び掛ける青年の声によって遮られた。黒髪の青年が金髪の女の元に駆け寄ってくる。

「お前、何勝手に飛び出ていくんだ! 護衛をしているこっちの身にもなれ!」

「いちいち言っていたら、その分遅くなるじゃない。今回もあと少し遅かったら危なかったのよ!」

「そうかもしれないが……。少しぐらい気を使ってくれ!」

 激しくやりとりをし始める男女を見て、男は目を丸くする。同時に記憶が少しずつ蘇り、彼女と過去のある人物が一致してきた。

 金色の髪のリディスという名の女――以前より逞しくなっているが、おそらく本人で間違いないだろう。

「――リディス・ユングリガ?」

 男がその名を呟くと、女は口論をやめて、目を瞬かせて見返してくる。青年は訝しげな表情をしていた。

「私を知っているんですか?」

「オルテガさんのお嬢さんだろう? 俺はよく町の外に出ているから、そちらは知らないと思う。――あんたのことは、オルテガさんが何かの演説をしている時に傍にいたのを見た」

「つまり貴方はシュリッセル町の人間ですか?」

 リディスの瞳の奥が煌めく。男はその様子に気づかずに、首を縦に振った。

「今から町に戻るところだ。本当にありがとう、モンスターから護ってくれて。この荷物がないと、何のために外に出たのか――」

「あの、荷馬車部分に空きはありますか?」

「空きなら多少ある。こんな世の中だから不景気すぎて、買うに買えないからな……」

「そうなんですか。――すみません、一つ頼みごとをしてもいいですか?」

 リディスは申し訳なさそうな顔をして、男を真正面から見た。緑色の瞳に思わず吸い込まれそうになる。

「何だい?」

「よろしければ町まで乗せていってくれませんか、私を含めた五人を」

 そう言うと、森の奥からさらに三人の男女が現れた。三人とも先ほどの青年と同じようにリディスが無事なのを見ると、緊迫した表情を少しだけ崩している。

 助けてくれた恩人であり、町長の娘相手に断る理由などなかった。男は二つ返事で承諾をした。



 * * *



「ウリウスさん、本当にありがとうございます。おかげで助かりました」

「いや、俺の方こそ感謝している。助けてくれただけでなく、護衛も引き受けてくれて、本当にありがとう」

 シュリッセル町に向かう荷馬車の上で、お互いに礼の言葉を述べた。リディスたちはこの荷馬車と遭遇しなければ五日は歩き続けるところだったが、乗せてもらったおかげで体を休めながら向かうことができている。

 彼が走らせていた荷馬車の結宝珠が数個なくなっていた。たとえあの場をやり過ごせていたとしても、その後無事に町に辿り着ける保証はなかった。

 リディスたちと出会うよりも前に襲われなかったのは、不幸中の幸いだろう。

 リディスはウリウスの横に座り、人がいない道を眺めた。

「人の気配がないですね……」

「こんなご時世だ、俺みたく外に出る人なんかほとんどいないさ。これでも俺、控えている方なんだぜ?」

「本当に厳しい世の中になりました。ウリウスさんも町の外に出る際は充分気を付けてくださいね」

 リディスの言葉に対し、ウリウスは力強い声で返事をした。

 やがて柵に囲まれた町が視界の中に入ってきた。見慣れた町であるが、以前と違って見える。久々に見ているからだろうか、それとも町の雰囲気の影響だろうか。

 まもなくしてリディスたちはシュリッセル町に辿り着いた。険しい表情をしていた中年の門番たちは、ウリウスを見ると表情を緩める。

「おう、ウリウス、無事に帰ってきたか。――その横に座っているのはもしかして……!」

 リディスは何度か顔を合わせたことがある門番に向かって手を振った。

「お久しぶりです。皆さん、お元気でしたか?」

「リディスちゃん……! よく戻ってきたな!」

 門番はリディスを見ると、嬉しそうな顔で寄ってきた。表面上では、リディスはミスガルム王国へ勉強のために行ったということになっている。

 戦火となっている王国から抜け出したこと、そしてモンスターが出現する道を通って戻ったことに、驚きを抱いているだろう。

 扉が開き、町の中に入ると、リディスたちは荷馬車から降りた。そして改めて町を見渡す。

 入り口から一直線に商店街は伸びているが、町を出たときよりも人気(ひとけ)はなかった。道を歩く人は多少見かけるが、以前よりもその数は格段に少ない。

「結界で町の中は護られていると言われても、たいていの人は家の外に出ることを拒んでいる。町中でも危ないからな」

「ときどき結界が破られているんですか?」

 リディスが聞くと、ウリウスは沈痛そうな面持ちで首を縦に振った。

「町の中は常に還術士や力に覚えがある者で見回りをしているから、モンスターが侵入してきたとしても、そこで還される。だが少し町から外れたところを歩いていた場合には、対応が遅れるかもしれない……」

「そこにいるのは、リディスちゃん!?」

 買い物中のふくよかな女性がリディスを見るなり駆け寄ってきた。顔なじみの果物屋を営んでいる女性だ。今は旦那が店番をしているのだろう。

「お久しぶりです」

「お久しぶり。リディスちゃんはお元気そうだね。良かったわ……」

「――私は?」

 その言い方に疑問を抱き、リディスは思わず復唱をする。 彼女は目を丸くして見返してきた。

「もしかして今、戻ったばかり? 屋敷にはまだ行っていないの?」

「何かあったんですか?」

 胸騒ぎがした。鼓動が速くなる。

 徐々に強張っていくリディスの顔から視線を逸らして、女性は重い口を開いた。

「実は――」

 その内容を聞くなり、リディスはフリートの制止の声も聞かずに町の中を駆け出した。


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