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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
第一章 運命の扉を開ける者達
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1‐9 光を頼りに進む道(5)

 リディスの体の調子も落ち着いてきたので、三人とそしてファヴニールは町長の屋敷へ向かっていた。

 ファヴニールはオルテガに挨拶をするために同行するようだ。頑なな性格と自由奔放な性格という、真逆の要素を持っている二人だが、意外にも相性は良く、ファヴニールが町を訪れた時は、夜更けまで二人で話をしているのをリディスは目撃している。

 屋敷に到着した時には陽が暮れており、ちょうど夕飯時だった。お腹を刺激しそうないい匂いが漂ってくる。

 扉を叩くと、マデナが血相を変えて飛び出てきた。リディスの顔を見るなり猛烈な勢いで口を開こうとしたが、後ろにいる男三人を見て、一度口を閉じてから再度開いた。

「ロカセナ様、フリート様、それに久しくお顔を拝見していなかったファヴニール様ではありませんか。どうかされましたか?」

「町で偶然リディスさんと会いまして、無理を言って町の中を案内して頂いていたんです。こんな時間まで引っ張り回すことになってしまい、申し訳ありません」

 ロカセナは一歩前に出て、頭を下げた。それを見てマデナは慌てた様子を見せる。さっきから彼女の表情がころころと変わりっぱなしだ。

「頭を上げてください、ロカセナ様。皆様と一緒にいらしたのなら、心配などご無用だったようですね。よろしければ、夕飯でも召し上がっていきませんか? スープを多く作りすぎてしまったので」

「しかしリディスさんを連れ回しただけでなく、そのようなご好意まで……」

「以前からオルテガ様は、貴方たちとお話をしたいと仰っていました。きっと快く受け入れてくれるでしょう」

「ですが……」

 ロカセナは少し困ったような表情をリディスに向ける。むしろ話をしに来たのだから、その好意は有り難く受け取っておくべきではないか。少し考え込んでいたロカセナは、やがてマデナに向けてにこりと微笑んだ。

「わかりました。お手間を取らせますが、是非ともご馳走になります」

「かしこまりました。一応オルテガ様に許可を取ってきますので、少々お待ちくださいませ」

 マデナはそう言ってから、急いで屋敷の中に戻った。

 リディスはちらりと横目で、にこにこしている銀髪の青年を盗み見た。流暢に紡がれる言葉を聞くと、彼は話術が巧みであると察することができる。一度断ったのは、駆け引きの一つなのだろう。

「リディスちゃん、僕の顔に何か付いている?」

 端正な顔立ちの青年が優しく微笑んでくる。リディスは一瞬鼓動が跳ね上がった。

「べ、別に……何でもない」

 顔を逸らして、一息吐いた。

(何で一瞬、見とれていたんだろう)

 やがてマデナが戻ると、オルテガも快く承諾したということを伝えにきた。そして彼女に促されて、四人は光宝珠の明かりで包まれている屋敷の中に入っていった。



 六人という、リディスにとって普段の倍の人数で食べた夕食は、食事の内容こそ目新しいものはなかったが、美味しかった。会話は途切れることなく、他の人々の表情も穏やかで楽しそうである。食事を一人ではなく、大人数でした方が美味しいというのは、雰囲気によるものなのだろう。

 食後のデザートを済ませると、ロカセナは斜め前にいるオルテガに向き合った。リディスはオルテガの横にいるため、少し体を動かして二人の様子を眺める。

「さて、オルテガ様、少しお話をよろしいですか?」

「何だね?」

 久々にファヴニールと再会したオルテガは、ワインを開けて二人で飲んでいたため、頬を赤くしている。

「最近、ミスガルム城において、様々な知識を多くの人に広めようという動きがあるのはご存じでしょうか」

「耳に挟んだことはある。学びの場所を作ったり、城の中の情報を広く公開しようという動きのことだな」

「ええ、その通りです。その動きの中で、情報や知識を積極的に得てもらうために、地方の町や村の人の受け入れも始めようと考えているのです」

「ほう、それは思い切ったことをするものだな」

 感心しながら、オルテガは相槌を打つ。

「しかし無闇に受け入れますと、城下が飽和状態になったり、治安が悪化するなどの懸念が拭い切れません。そこで試しに移行期間を設け、その件に関しては検討をしたいと思っているのです。その移行期間では、城の者などに推薦された者だけを受け入れる予定となっています」

 滑らかに出てくる言葉、真摯に話す姿にオルテガやマデナは聞き入っている。

 ロカセナはさらに一段階声量を上げて、前置きから本論へ入った。

「――そこで僕たちはリディスさんを推薦しようと思っているのですが、いかがでしょうか?」

 突然名前を出されたリディスは、思わず飛び上がりそうになる。そっと横にいるオルテガの様子を覗き見た。眼鏡の奥にある瞳は、いつもより見開いている。

「リディスを――ミスガルム城に、ということか」

「そういうことになりますね。出会った時から、特にルセリ祠でお世話になった時から察していましたが、潜在能力は高いと思います、それは知識の豊富さや様々な情報の捉え方も含まれていますよ。もしきちんとした教育を、また多くの知識を得ることができれば、必ずシュリッセル町に有益なものをもたらしてくれると思います」

 説得するためのはったりだとしても、持ち上げられるような内容を聞くのは慣れない。リディスは机の下で手を何度も握り返していた。

 オルテガは口を閉じたまま言葉を返そうとしない。少し酔っているが、今は仕事をしている最中の気難しい顔に戻っている。やはり町から出る最大の難関は、一筋縄ではいかないようだ。

「……リディスはどうなんだ?」

 黙り込んでいたオルテガに話を振られて、リディスはどきりとする。すぐに前もって用意した、無難な回答をした。

「是非行ってみたいです。城は様々な知識の宝庫であると聞いていますから、非常に興味があります。シュリッセル町も大きな町ですが、歴史や政治部分に関しては少し弱いですから……」

 還術という言葉を出さないよう、気を付けて発言していく。リディスの好きなようにやらせているオルテガでさえも、命が危険に晒される可能性がある還術に関しては、あまりいい顔をしていないのは明白だからだ。

 しかし知識を深めるということなら、嘘は言っていない。還術であっても、歴史的な部分であっても、どちらも知識を得るというのには変わりないからだ。

 真実を求めるために 万が一城外から出るようなことがあっても、同じような理由で言い訳はできるだろう。

「やはり――は逆らえないのか」

 はっきりと聞こえなかったが、オルテガが不意に何かを呟いた。それが耳に入ったのはリディスだけで、他の者はオルテガの返答を待っている。ロカセナは視線を真っ直ぐ向け、フリートは若干緊張しながら、ファヴニールはリディスたちの様子を面白そうに眺めていた。

 沈黙が部屋の中を駆け抜ける。

 オルテガが大きく息を吐くと、その空気が和らいだ。

「……城からの推薦だなんて、そんな嬉しいことを無下にするわけにいかないだろう。――リディス」

「は、はい」

「定期的に手紙を必ず送りつつ、必死に学び、そして危険なことには突っ込まないこと。それができるのなら行ってもいい」

「本当ですか!?」

 思った以上に早く折れ、リディスは驚きのあまり感嘆の声を上げてしまった。

「ただし本当に無茶はするな。ミスガルム城周辺の方が強力な結界は張られているが、こっちよりも多くのモンスターが襲う機会を伺っている。結界の境界線上での小競り合いは絶えない。還術だって人並み程度なんだから、調子に乗って試みようとはするな」

「……わかっています」

 渋々と頷くが、目の前にモンスターがいたら、今の約束を破って迷わず駆け出すつもりである。

 オルテガはリディスの返事を聞くと肩をすくめていた。リディスが心の中で思っていることを、わかりきっているようだ。

「リディスさんのことは僕たちにお任せください。しっかり支えていきますので、ご安心を」

「危なそうなときは護りますから、ご心配しないでください」

 ロカセナとフリートが次々と言葉を出していくと、肩の荷が降りたのかオルテガの表情はようやく緩んだ。そして二人の青年に深々と頭を下げた。

「リディス・ユングリガのことを、よろしくお願いします」



 リディスはフリートとロカセナを見送るために、玄関先まで出ていた。ファヴニールはオルテガに誘われて、部屋で飲んでいるらしい。

「今日くらいはそっとしておきなよ。娘に旅立つと言われて、衝撃を受けない父親はいないから」

「そういう風に話を持っていったのは、貴方だけど……」

 白々しい態度をしているロカセナにさりげなく事実を言うが、彼は何事もなかったかのように澄ました顔をしている。リディスは体の後ろで手を握りしめて、靴の先を見つめた。

「たぶん大丈夫だと思うけど、ファヴニール先生が誤った発言をして、お父様の気が変わるようなことがないように願うわ」

「たとえ真実を知ったとしても、ロカセナが言った内容に偽りはない。芯がはっきりしている親父さんなら一度言ったことは撤回しないだろう」

「そうね。お父様は発言したことには責任を持つ人だわ。きっと大丈夫よね」

 リディスが顔を上げると、ロカセナが軽く肩を叩いてきた。

「さっきも言ったとおり、五日後にシュリッセル町を出るから準備していてね。歩いて行くから荷物は必要最低限で頼むよ」

「ええ、わかったわ」

 明るい声で返事をすると、ロカセナは嬉しそうな顔をして、フリートと一緒に宿に戻って行った。

 上空は一面星空の絨毯(じゅうたん)が広がっている。しばらくシュリッセル町でこの美しい風景を見ることはできないが、まだ見たことのない風景を見られると思うと、心が躍りそうだった。



 * * *



 出発までの五日間、リディスは慌ただしい日々を過ごしていた。

 必要なものだけと言われたが、初めて長期に渡って町を離れるため、何を持っていけばいいか検討が付かなかった。そのため店の人やマデナに助言をもらいながら、鞄に荷物を詰めていく。

 またしばらく町を離れるという挨拶がてら店を回っていくと、旅のお供にと次々と果物や保存が効く食べ物を渡してくれた。有り難く受け取ったが、すべてを持っていくのは重すぎるため、小さな簡易食以外は屋敷に置いていった。

 時折フリートたちと会って、道中の進み方について打ち合わせもしている。その際、城下町に行けば必要なものはほとんど揃えられる、ということも聞かされた。魔宝珠だけ持っていけば充分らしい。簡易食すらも置いておこうかと思ったが、城に辿り着くまでは十日程度かかるので、鞄に入れられる範囲で詰め込んだ。

 三日経過し、必要なものをあとは取捨選択するとなった夜、リディスが居間に顔を出すと、マデナが台所で夕飯の支度を始めているところだった。背中を向けて、包丁を一定の速度で動かしていく。母親の代わりとして当たり前のように接していた彼女の背中が、以前よりも小さくなったように感じられた。

「リディス様、どうかされました?」

 マデナがエプロンで手を拭きながら振り返る。リディスが台所に行くと、たくさんの種類の野菜が机の上に置かれていた。

「野菜スープ?」

「そうですよ。今晩は昨日よりも冷え込んでいますので、少しでも体を温かくしてもらおうと思い」

「ねえ、久々に手伝ってもいい?」

「準備は大丈夫ですか?」

「一通り終わったわ。あとはどれを詰め込むか考えるだけよ」

 包丁を持つと、マデナが横に退いて、丸い芋をまな板の上に乗せてくれた。彼女に指示されながら、リディスは野菜をゆっくり切り始める。マデナはその様子を見つつ、隣で別の野菜を切っていた。

 昔はよく二人で並んで料理を作ったものである。危ない持ち方をして、何度もマデナに怒られたのも懐かしい出来事だった。

「リディス様、城に行かれましても、栄養は偏らないように食事はとってくださいね」

「ええ。マデナから今まで教えてもらった、食というものに気を付けながら過ごすわ」

「食事だけでなく、睡眠もたくさんとってください。どちらかが欠けていては調子が出ませんから」

「わかっているって、マデナ。私はそこまで子供じゃないわよ」

 苦笑しながら脇を見ると、マデナの目には薄らと涙が溜まっていた。それに気づいた彼女は慌てて涙を拭う。

「すみません。リディス様と初めて長期間離れると思うと、寂しく感じまして」

 リディスは包丁を置き、哀愁漂う表情を向けた。

「私もマデナと離れるのは寂しいわ。でもせっかくの機会なの。これを逃したら、私はきっと後悔する」

「わかっています。ですから私のことなど気になさらず、リディス様は自分の信念に従って前に進んでください。フリート様とロカセナ様が、きっと力になってくれますよ。あの二人の騎士は信用に値する人ですから。私はこの地でリディス様の無事のお帰りをお待ちしています。危なげない手つきで、野菜を形よく切ったスープでも作りながら」

 マデナにふふっと笑われると、リディスは自分が切った野菜を見下ろした。

「それって嫌味? 野菜スープなんてどうせ煮込んじゃうんだから、形なんて関係ないわよ」

 形がまばらな野菜がまな板の上に転がっている。その前に切っていたマデナの野菜たちとは形の美しさが違っていた。二人でその野菜を見比べて、くすくすと笑いつつ引き続き野菜を切り続けた。



 * * *



 五日という期間はあっという間に過ぎ、出発前夜となった。

 翌日は朝早いため、前日の夜は早めに三人で食事をとる。いつも通り談笑を交えつつの食事だったが、オルテガやマデナの笑顔に混じる寂しげな陰は見逃さなかった。

 寝る前に、リディスは食事の後も仕事をしているオルテガの部屋を訪れた。

「寝ないのか?」

「もう寝ますが、一応ご挨拶をと思って」

「明日の朝もあるだろう」

 素っ気なく返すと、オルテガは一枚の紙を持ち上げて、リディスとの視線の間に割り込ませた。傍から見れば、紙に書かれている文章を読んでいるようにも見える。だが本当は顔に出ている表情を隠したいがための行為だとはわかっていた。

 リディスはじっと待っていると、オルテガは一息吐いて紙を下げ、手を組んで視線を向けてきた。

「国王様は非常に優秀かつ賢い人で、目的は必ず達成する人だ。彼の指示に従えば必ず道は開けるだろう。それだけは覚えておけ」

「お父様、国王様のことをよく知っているような言い方ですね。お会いになったことがあるのですか?」

「貴族という立場で謁見は何度かしたことがある。本当に驚くくらい頭が切れる人だ」

 どこか遠くを見ながら、過去のことを思い出しているようだ。しばらくしてオルテガは手を組むのをやめると、突っ立っているリディスに厳しい言葉を向けた。

「早く寝なさい。夜更かしをして、二人に迷惑をかけてはいけないだろう」

「わかっていますよ。いい加減に寝ます。ではおやすみなさい、お父様。また明日」

 一礼をして、リディスは部屋のドアを閉じた。閉じる間際、オルテガが引き出しから羊皮紙と封筒を取り出すのが垣間見えた。明日以降に発送を頼む手紙だろう。特に気にも留めずにリディスは自分の部屋へと戻った。



 * * *



 翌朝、夜も明けて少しずつ町全体が起き始める時間帯に、リディスはフリートとロカセナと共に南門まで歩いていた。ここで二人と出会い、リディスの運命は新たな道へと繋がることになった。あの日からあまり日数は経っていないが、平坦な人生であるリディスにとっては非常に濃い期間だった。これから先はさらに濃さを増していくだろう。

 あと一歩で門を出るというところで、朝早くから見送りに来てくれた、オルテガとマデナに向けて最後の挨拶をする。

「では、お父様、マデナ、行ってきます」

「ああ、気を付けて行ってきなさい。リディスにとって充実した日々を過ごせることを願っているよ。お二人とも、世話になりますが、どうかよろしくお願いします」

「リディス様、フリート様、ロカセナ様、道中お気を付け下さいませ。またお会いできる日を楽しみにしております」

 リディスは最大限の笑顔を向け、フリートとロカセナは快く頷いた。

 門から出ると、見送りはそこまでである。名残惜しそうな視線で送られながら、リディスは新たに広がる世界に夢を抱きながら、フリートとロカセナに導かれてシュリッセル町から旅立った。

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